影に陽は差し
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「それでも、祈ることをやめない」
病院を出ると、門のところにゲンマが立っていた。外は寒いのに待っててくれたんだ。まさか別の用事ってことは……ないよね?
ゲンマは難しい顔をしていて、長楊枝を咥えた口は立派なへの字だ。怒ってる、でも、待っててくれた。やっぱりゲンマは優しい。
こんなときに場違いかもしれないけど、好きだな、と思った。
「ゲンマ、その……」
私に肩を貸してくれているガイが、ゲンマのほうに歩み寄りながら、気まずそうに口を開く。私は小さく首を振ってそれを制した。
私たちはゲンマの前まで近づいて足を止める。近くまで来たら、ゲンマは怒ってるわけじゃないことに気づいた。心配してくれてるなって目を見れば分かった。本当に、優しいな。
「ゲンマ……ごめんね」
私が切り出すと、ゲンマは驚いたようだった。彼の目をまっすぐ見つめ返して、続ける。
「私、初めてのCランクで焦ってたの。ゲンマがちゃんと状況を見て指示出してくれたのに、冷静に聞けなかった。そのおかげで怪我までして足引っ張って……ゲンマがチームのこと真剣に考えてくれてるのに、それに甘えて自分で考えてなかった」
「ぼ、ボクもだ! 目の前しか見えていなくて、君の指示が聞けなかった。ゲンマはボクたちの中で一番頼りになるからって、君が何でも決めてくれることに安心して、それなのに勝手なことをして……本当にすまない」
私とガイが続け様に頭を下げる。ゲンマは虚をつかれたように呆然としたあと、少し苛立たしげに頭を掻いた。
「謝らなきゃいけないのは俺だ。いつも俺が勝手に決めて、お前らは俺についてきてくれた。それが当たり前だと思って、お前らが指示に従わないことに腹を立てた。だから、いざというときにお前らを守ることができなかったんだ。ガイは迷わずを助けたのに、俺は何もできなかった」
「や、やめてよゲンマ。私たちがゲンマに甘えてた……だからゲンマは、ひとりで頑張ってくれてた。ありがと。でも、これからは私たちもゲンマを支えるよ。甘えていいんだよ。私たち、仲間でしょ?」
強くなりたいといつも願っているのに、結局私はまだまだ頼りない。でも、諦めたくないな。ゲンマがいつも支えてくれたように、私も仲間を支えられるようになりたい。優しくなりたい。どうすればそうなれるんだろう。
私の言葉を聞いて、ゲンマはしばらく固まっていた。私なんかに甘えられないって思ってるのかもしれない。でも、ゲンマをひとりにはしない。一緒に強くなりたいって伝えたい。
ゲンマがやっと口を開いたとき、声が少し震えているような気がした。
「……ありがとな。俺、ひとりでお前らを引っ張っていかなきゃなんねぇと思ってた。お前らのこと信じてなかった。俺が何とかしてやんねぇとと思ってた。お前らのほうがずっと成長してるのに……ごめんな」
「いや、ボクが頼りないのは……事実だ……ゲンマの指示も聞けず、突っ走ってしまうことも……」
ガイが青くなってそう言うと、ゲンマはやっと力が抜けたみたいで笑顔になった。その顔を見て、私もすごく安心した。
「お前はそれでいいんだよ。お前の武器は機動力とパワーだろ」
「でも……」
「お前は反射神経もある。いざってときは大丈夫だ。あとは俺とがサポートする。な?」
ゲンマに問われ、私は笑って頷く。よかった。いつものゲンマに戻ってきたみたい。
ゲンマはもう一度私たちに向き直って、どことなく居ずまいを正した。
「悪い、弱気になってた。俺、これまではチョウザ先生に言われたから指揮役みたいなことやってたけど、今は俺が自分でやってみたい。お前らの長所を活かして、三人で任務達成のために考えて動く。俺がまた今日みたいにパニックになってたら助けてくれ」
私はちょっとびっくりしてゲンマを見つめた。ガイも同じだったみたいで黙ってゲンマを凝視している。ゲンマが心なしか赤くなるのを見て、私は目を細めて笑った。
「当たり前だよ! でもゲンマ、『お前ら』じゃなくてそこは『俺ら』って言うとこ」
「そうだな! ボクらは三人でひとつ! 一心同体、身も心も委ね合って……」
「それはちょっと、遠慮する」
「な、なぜだっ!!!」
私のツッコミに、ガイが唾を飛ばして喚く。肩を貸してもらっているため至近距離でそれを受けることになった私は気分が悪くなってきた。ティッシュで顔拭きたい……。
私の気持ちを察したように、ゲンマは懐から取り出したティッシュで笑いながら私の顔を拭いてくれた。なんか、すごく恥ずかしい。ほんとに子どもみたい。でもゲンマに子ども扱いされるのは嫌じゃない。早く大人になりたいのに、嫌じゃない。悔しい。
ゲンマは私とガイを見て、いつもみたいに余裕ありげに微笑んだ。
「俺たちは三人揃ってもまだ一人前じゃねぇ。でも俺たちの長所をあわせて助け合えばできることも増える。慌てず、ひとつずつやれることをやっていく。これからも宜しくな」
ゲンマの言葉がすんなり胸に入ってくる。焦らず、ひとつずつできることをやる。アカデミーの頃からずっとゲンマが教えてくれたことだ。何度も忘れそうになるけど、そのたびにまた思い出して立ち止まればいい。ゲンマだってそうだよね?
「うん、こちらこそ宜しくね」
私たちはこぶしを突き合わせる。ガイは大きく「もちろんだ!」と叫んで気合い入れの声をあげかけたけど、病院の前なのでゲンマに怒られて終わった。私たちはまだ結成から一年も経っていない。これから、何度でもやり直せる。取り返しのつかないことになる前に、今は失敗を繰り返す時期なんだろう。だからチョウザ先生は、いつも私たちに任せてくれる。何度でも失敗できるように。
私の捻挫のせいで、チョウザ先生からは全員一週間の休暇を言い渡された。ゲンマとガイは演習場で修行、私は回復次第、復帰することになっている。数日は自宅でまた木の葉の修行を続けるしかない。情けなくて惨めになった。
「ガイ、は俺が連れて帰る。近所だからな」
「ああ。そういえば君たち、幼なじみなんだって? 水くさいじゃないか」
「別に説明するほどのことでもないだろ」
ゲンマは淡々と切り返して、私の隣に並んだ。ガイもこの四年で私より背が伸びたけど、さすがに年上のゲンマのほうが大きい。ゲンマはだいぶ屈んで私の右腕を自分の肩に回した。
「ごめんね、ゲンマ」
「いいって。捻挫くらいで済んで……ほんとに良かった」
ゲンマの声が少し、かすれた気がした。驚いて見やると、ゲンマの目がちょっとだけ赤くなっている。きっと今回の任務のことですごく悩んで、苦しんで、自分が許せなくて。飄々としているように見えて、ゲンマは本当に真面目だ。
「あんまり見んな」
「泣いていーよ」
「泣かねーよ!」
ゲンマが強めに言い返すのを見て、私はフフッと笑う。ゲンマが頼りになる『お兄ちゃん』なのは変わらないのに、ちょっとずつ可愛いなって思うことも増えてきた。確かに少しずつ、私たちの関係性は変わってきているのかもしれない。
そんな私たちの様子を見て、ガイが納得したように頷く。
「やっぱり君たちは幼なじみなんだな」
「ん? なんで?」
「二人とも嬉しそうだ」
ガイにそう言われても、ピンとこない。これまでも今も、大きく何かが変わったわけではない。私たちが幼なじみという事実を知ったガイにとって、今までと違う光景に見えるだけだろう。
でも私はニコリと微笑んで告げる。
「うん、嬉しいよ。ゲンマのこと大好きだもん」
「ばっ! おま!」
ゲンマが赤くなって慌てたようにこちらを睨む。ガイはそんなゲンマの様子を見て不思議そうに首を傾げた。
「どうしたゲンマ。照れているのか?」
「おまっ! お前ら! 何でそういうこと平然と……」
「どうして照れるんだ。素晴らしいことじゃないか。ゲンマだってが好きだろう?」
「お前な!!」
外は寒いのにゲンマの顔はまるでゆでダコといった感じだ。私とガイの視線に耐えかねたように、ゲンマはまた私を睨みながら早口に捲し立てた。
「さっさと帰るぞ。家でゆっくり休め」
「はーい」
「じゃあな、。無理するなよ!」
「うん、ありがと、ガイ。またね」
肩を借りているゲンマに促され、私はガイに手を振ってゆっくり歩き出した。捻った右足はまだズキズキ痛むけど、不思議と心は温かい。仲間の頼もしさも、ゲンマの優しさも身体中に染み渡るようだった。