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「それでも、祈ることをやめない」

影に陽は差し

第一部 (top)

41.復帰

 一か月ぶりのチーム復帰は、ゲンマたちとの連携を思い出すのにやはり時間がかかった。ゲンマというより、主にガイのほうだが。
 ゲンマの指示に従い、ガイが先発して後方から私のサポートというのが今の基本フォーメーション。でもガイと息を合わせるのが、また結成時の頃のように大変だった。まぁこれは、一か月も留守にした私が悪い。悪いけど。
「あんたね……計画と違うじゃない!」
「す、すまん……がいるのが嬉しくてつい気持ちが先走って……」
「……もう!!」
 こういうやり取り、前に何回もしたな。ガイの胸ぐらをつかんでイライラと歯ぎしりする私の背中に、ゲンマが淡々と声をかける。
、諦めろ。ガイに計画通りを期待するのは」
「えっ、えー……」
 私が顔をしかめて振り返ると、ゲンマは長楊枝の先を少し上に上げて言った。
「ガイの長所は機動力だ。計画通りを求めすぎればガイの長所が消える。あとは俺たちがどうフォローするかだ」
「そう……だよね」
 ガイとゲンマの長所は明らかだ。私だけ、取り立てて長所と言えるものがない。
 でもゲンマがそんな私の胸中を察したように、私のおでこを軽く弾いて言ってきた。加減してくれてるの分かるけどちょっと痛い。
「いちいち凹むな。お前は観察力があるし、命令には忠実だ。お前のサポートがあればガイの尻拭いも問題ない。全体の指示は俺が出す」
「……すぐ、目の前のことでいっぱいいっぱいになるのに?」
「そのときは俺が指示を出す。お前は大丈夫だ、俺が見てるから」
 そう言われて安心する自分と、このままじゃダメだと思う自分がいる。でも今はゲンマがいないと私も自分を見失ってしまう、それが事実だ。
 私は目線を落としたままおとなしく頷いた。焦るな、現実を見ろ。今、できることをやっていけばいい。

***

 シカク班での修行から一か月、私は木の葉にチャクラを流す修行を続けていた。集中力が切れそうになったら、手裏剣やクナイに切り替えて鍛錬を行う。これが私には良い気分転換になり、性質変化の修行がうまくいかなくても、やけを起こさずに済んだ。
「何というか……地味、だな」
 私の木の葉の修行を見て、ガイが不思議そうに言った。ガイは毎日体術の腕を磨き、チョウザ先生の秘伝忍術を相手に勝負を挑んでは返り討ちにされている。私たちは時々三人でチョウザ先生と対戦するが、あっという間に弾き飛ばされて勝負にならなかった。
 それでも、ガイの体術とゲンマの楊枝吹は目に見えて進化していた。以前はチョウザ先生にたどり着く前に吹き飛ばされていた長楊枝が、今では先生の気を逸らせるくらいまで迫るようになった。ガイの拳も、一発は先生を捉えられるまでになった。
 焦るな。私の修行は、まだ始まったばかりだ。頭を振って、私はガイに目線をやる。
「そんなもんだよ。会得には年単位でかかるって言うし……まずは一年以内に、烈風掌を使えるように頑張る。その前に、半年以内に木の葉を真っ二つに切れるようにする」
 もう二か月経った。あと四か月。ほんの少しずつだが、切れ目は長くなってきた。でもすべてが完全に切れるまで、まだ道のりは遠い。
 額の汗を拭きながらチョウザ先生が私たちのところに近づいてきた。
「ところでゲンマ、お前、火遁はどうなんだ? 不知火家の十八番だろう」
 私が驚いてゲンマを見ると、ゲンマは気まずそうに目を逸らした。ゲンマが火遁なんて、聞いたことない。
「俺は……向いてないんで。楊枝とか手裏剣とか、飛び道具のほうが合ってるんですよ」
 いつ練習していたんだろう。少なくともアカデミーの頃、私との修行では一度も使っているのを見なかった。もちろん、あんな茂みの中で火遁なんか使えないだろうけど。私の知らないところで練習してたのかな。
 それを聞いて、チョウザ先生は訝しげに首をひねった。
「イクチからそんな話は聞いてないがな。お前も意外と謙虚なんだな」
「あいつの話は鵜呑みにしないでください。誰でも得手不得手はあるでしょう」
 久しぶりに聞く名前に、私は懐かしさを覚えた。ゲンマとの修行のとき、何度か顔を見せた彼の従兄だ。確かにちょっといい加減なことを言う人だったかもしれない。不思議そうに「誰だ?」と聞くガイに、私は小声で「ゲンマの従兄だよ」と教えておいた。
 チョウザ先生はまだ腑に落ちない様子だ。
「そうか。まぁしかし、が風遁を使えるようになればお前も考えが変わるかもな」
「え? どういうことですか?」
 思わず私が口を挟むと、チョウザ先生がこちらを見て聞いてくる。
、五大性質の優劣は覚えているか?」
「あ、はい。えっと……火は風に強く、風は雷に強く、雷は土に強く、土は水に強く、水は火に強い」
「その通り。つまり風は同レベルの火に対しては弱いが、裏返せば風は火の威力を強める。が風遁を使えるようになれば、ゲンマの火遁を強化できるというわけだ」
「へぇ……なるほど」
 私は素直に感嘆したが、ゲンマはまだ難しい顔をしている。よほど火遁に苦手意識でもあるのか、進んで取り組む気はないようだ。
 チョウザ先生は嘆息混じりにあとを続けた。
「まぁ、お前に何か理由があるなら、無理に修行しろとは言わないさ。だがこれからお前たちは任務の幅も広がっていくし、いつまでも下忍というわけじゃない。武器は増やしておくに越したことはないからな。も今、時間がかかろうともその修行に取り組んでいる。その姿は、お前たちの刺激になっているはずだ」
 いつまでも下忍じゃない――ガイがちょっと表情を硬くしたけど、彼はすぐにそれを振り払って明るく声を出した。
「はい、もちろんです!」
 私はちょっと照れくさい気持ちになる。でもゲンマの複雑な表情を見ていると、何とも言えない気持ちになった。何かあったのかな。いつか風遁でゲンマのこと、手助けできたらいいのにな。
 そのあともゲンマのことが気がかりで、その日はあまり修行に集中できなかった。ゲンマのあまり見たことのない表情が、何度も頭をよぎる。そりゃ、私なんかに言えないことくらいいっぱいあるよね。私が頼りないから、ゲンマが私の話をたくさん聞いてくれることはあっても、ゲンマが抱えてること話してくれるなんて――。
 そのときふと、ゲンマの家にご飯を食べに行ったときのことを思い出した。戦争が始まって、ゲンマのおじさんが戦場に出ていったあと。元気のないおばさんと一緒にご飯を食べて、その帰りにゲンマがおばさんのことを話してくれた。あのときゲンマ、ありがとなって言ってくれた。
 私にもひょっとして、できることがあるのかな。そう思ってゲンマの方を振り返ると、ゲンマは私の視線に気づいて曖昧に笑ってみせた。そんな顔、ゲンマらしくない。でも私は何も言わずに笑い返してまた自分の修行に戻った。
 もしいつか、あのときみたいに話してくれたら。そのときちゃんと受け止めてあげられるように、もっと、私が強くならなきゃなと思った。