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「それでも、祈ることをやめない」

影に陽は差し

第一部 (top)

48.焦り

 チョウザ先生は一足先に立ち去り、私は病院内のベンチでしばらくガイと話したあと、膝を押さえながらゆっくり立ち上がった。動くとやはり痛みが強く思わず声をあげる私に、ガイは急いで肩を貸してくれる。
「家まで送ろう」
「ごめんね……でも、ゲンマに謝らないと。家にいるといいんだけど」
「ゲンマの家、知ってるのか?」
 言ってなかったっけ。ゲンマとはアカデミーの頃からの幼なじみだと告げると、ガイは目を丸くしていた。まぁ、確かにそこまで親しいような素振りは見せてなかったかもしれないし、ガイは無頓着なところがある。
 ガイの肩を借りて廊下を歩きながら、私は足元に視線を落とした。
「……ゲンマは昔から面倒見がよくて、一度引き受けたことはちゃんとやり遂げるっていう責任感もあってさ。チームメイトになったんだから、対等にならなきゃ、ゲンマを助けられるくらいにならなきゃって私は思ってたのに……結局またゲンマに甘えて、色々と押し付けちゃってたんだなぁって思った」
「そんなこと……ボクだって同じだ。ゲンマが頼りになるから、つい、甘えていたんだな。ボクももっと自分で考えて、強くならないと」
 そんなことを話しながら外に出ると、病院前の門にもたれかかって、難しい顔で空を見上げているゲンマの姿が目に入った。

***

 ――この怒りは何なのか。
 二人が俺の指示を聞かなかったからか? が怪我をして任務が失敗に終わったからか?
 それもあるだろうが、一番は自分自身への怒りだ。
 そもそもチームは任務達成のために存在する。だが任務達成のためには仲間の長所を活かして協力し合うことが必要だ。そうすることで成功率も上がる。実際、Dランク任務をこなす中で、チームワークの大切さは分かっていたつもりだ。
 だが仲間の身の安全がかかってくるとなると、話はまったく別だと分かった。俺はこれまでの経験から、ガイが反射的に前に出過ぎることは想定できたし、だって初めてのCランク任務で焦っていると分かっていた。もっと的確に指示を出せたはずなのに、が動けなくなってイノシシが突進していくとき、その一瞬の判断ができなかった。ガイは迷わずを助けに入ったのに。
 チョウザ先生は、プレッシャーを打ち明けた俺に「お前は考えすぎだ」と言ったけど。俺に二人とは違う役割を与えたのは先生じゃないか。そう恨み言を言えば、チョウザ先生はニッコリ笑ってこう言った。
「お前にはそれができると信じているからな。だが、焦るなよ。ゆっくりでいいんだ。仲間を信じて、仲間を頼って、一緒に成長していけばいい。お前たちはまだ芽吹いたばかりの若葉なんだからな」
 そう、聞かされて臨んだのに。結局ひとりで抱えて、任務は失敗するし、にも怪我をさせた。自分が嫌になる。本当に俺は、どうしようもない。
 気持ちの整理がつかず、俺は病院にもついていかなかった。冷たいやつだと思っただろうな。ガイはどうしてあんなに、まっすぐ突っ走れるんだろうな。
 遠回りして歩いて、家の近くまで戻ってきた。どのみちがあの足では、しばらく任務は無理だろう。一族の訓練場でも行くか……そう思いながらぼんやり歩いていると、川原まで出た。とよくここで話したな。泣いたり笑ったり、忙しいやつだ。
 彼女のことを思い出したら、自然と笑みがこぼれた。同時に、自己嫌悪が全身を駆け巡る。
 俺は何をやってるんだ? 俺の未熟さで二人を危険な目に遭わせたのに、ひとりでさっさと逃げ帰ってみっともなさすぎる。謝らなければならない。そしてまた、三人で話し合ってやっていきたい。俺は自分を高く見積もっていたんだ。自分ひとりで二人を引っ張っていけると。
 まだたちは病院だろうか。念のため検査もあるだろうし、きっとまだ帰っていないだろう。それにガイかチョウザ先生が家までを送るはずだ。戻って来るならどこかですれ違うだろう。俺は覚悟を決めて、病院への道を歩き出した。
 みっともない。どうしようもない。器が小さい。自分を形容する言葉なんてそんなものしか出てこない。俺はが思ってるような立派なやつじゃない。自分のことで精一杯だし、が世界を広げていくのを心から喜んでやれない情けない『お兄ちゃん』だ。が他のチームと仲良くするのを見るのは今でも胸が少し痛む。はどんどん成長していくし、これからも俺の知らない世界なんていくらでも広がっていくのに。
 俺が、もっと前を向いて進まないといけない。そのために火遁も再開した。いつかと一緒にコンビネーションの攻撃ができれば武器になる。だから今は、自分のことに集中するんだ。仲間を信じて、仲間に頼る。俺ひとりでできることなんて限られているのだから。
 病院に着いて、中に入るか迷った。だが診察中かもしれないし、俺はおとなしく外で待つことにした。季節はもうすぐ冬だ。羽織りを着ているとはいえ風が冷たく身震いする。長く息を吸って、止めて、吐く。アカデミーでも習った呼吸法をゆっくり繰り返しながら、白い空を仰ぎ見て俺は目を細めた。
 に出会って三年。いつまで近くにいられるかは分からないが、確実にの存在が俺を強くも弱くもしている。妹みたいに慕ってくるが可愛くて、守ってやりたいと思うしかっこつけたくなるときもあった。同時に、の笑顔が知らないやつらに向けられているのを見るとモヤモヤするし、が俺に頼らず自力で強くなろうとする姿は俺にとって刺激にもなるが寂しくもある。そんな自分の身勝手さに失望して、俺は自分が嫌になるんだ。
 同じチームである以上、逃げられない。自分の弱さと向き合って、と本当の『仲間』になる。そう心に決めて目線を下に戻したとき、俺は気配を感じて振り返った。
 ちょうど、チョウザ先生が病院から出てくるところだった。
「おう、ゲンマ。やっぱり、が心配で来たんだろう?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
「照れるな。顔に書いてある」
 そんな分かりやすい顔をしているわけない。俺は無言でチョウザ先生を睨んだが、先生は気楽に笑って俺の肩を叩いた。
とガイなら大丈夫だ。ちゃんとお前の気持ちは分かってる。もっと仲間を信用して、何でも話してやれ」
「……はい」
 信用していなかったわけではない、と言ったところで言い訳だ。本当に信頼していたなら、ちゃんと話して、すぐに向き合えていたはずだ。俺が勝手に、二人を弱いものとして下に見ていた。そういうことなんだろう。
「お前たちは大丈夫だ」
 チョウザ先生はそう言って、そのまま立ち去った。先生から二人に何か話したのかもしれない。だからといって、俺がだんまりを決め込むわけにいかない。自分の言葉で、自分で二人に向き合うんだ。
 それからしばらく待って、ふと病院のほうを見ると、今度はがガイの肩を借りながら姿を現した。