影に陽は差し
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「それでも、祈ることをやめない」
私がカカシと知り合ったのは、厳密に言えばアカデミーではない。
カカシの父親であるサクモおじさんは、任務のことで時々ばあちゃんを訪ねてきていたから、サクモおじさんのことは前から知っていた。そしてサクモおじさんは、母さんの昔のチームメイトだったらしい。任務の都合でおじさんと母さんが話しているのはほとんど見かけなかったけど、母さんは家にいるとき、よくサクモおじさんの話を聞かせてくれた。あんなに仲間思いで強い忍はいないと。
おじさんは戦時中、誰よりも功績を挙げた。だが決して驕らず、謙虚で、いつも仲間を思っていた。誰よりも尊敬する仲間だと、母さんはいつも私に聞かせていた。
「、今度サクモが息子を連れてくるよ。お前と同級生だそうだ、仲良くするんだよ」
アカデミー入学の前年だったと思う。サクモおじさんが帰った後、ばあちゃんが私を見てそう言った。
「おじさんの子ども? どんな子かな、楽しみ」
だがその期待はすぐ破られることになる。その日、庭先で的に手裏剣を投げていたところ、後ろから声がした。
「へたくそ」
同時に、的をかすりもせず通り抜けた手裏剣が塀に当たってあっけなく落ちた。私はイライラと歯噛みしながら振り返る。
うちの玄関先にいたのは、慌てふためくサクモおじさんと、おじさんと同じ髪色でなぜかこの暑いのにマスクをつけた半眼の男の子だった。
「カカシ、いきなりそんなこと言うんじゃない! まず挨拶だろう」
「三代目の相方の孫だっていうからついて来たのに、あんなヘロヘロの手裏剣で恥ずかしくないの?」
「カカシ!」
サクモおじさんが少し強い口調でたしなめても、カカシと呼ばれた男の子は顔色ひとつ変えなかった。私はその尊大な態度にはっきり言って腹が立って、思い切りそいつを睨みつけて言い放つ。
「そんなに言うならお手本見せてよ! ほら!」
私は腰のポーチから手裏剣を取り出し、投げて渡そうとしたが、カカシは自分のポーチから同じものを取り出して素早く腕を振るった。まっすぐに突き抜けたカカシの手裏剣が、的のど真ん中に刺さる。
私はあんぐりと口を開けて絶句した。こいつ、あの距離から一発で命中させたっていうの?
カカシは平然と腕を組んで言ってくる。
「これくらい簡単だろ」
「む、ムカつく……ほんとにサクモおじさんの子ども?」
「ごめんね、、口が悪くて……」
サクモおじさんは本当に申し訳なさそうに頭を下げた。カカシにも頭を押さえて謝罪させようとしていたが、カカシは梃子でも動かないといった様子だ。
サクモおじさんはいつも穏やかで、私みたいな子どもにもちゃんと目線を合わせて話をしてくれる。この人が里の英雄と呼ばれる忍者なんて、ばあちゃんや母さんの話を聞いていなければ信じられないくらいだった。
そのサクモおじさんから……この息子が生まれるのか。
ガッカリしている私の足元から、突然アイとサクの声がした。
「犬くさい」
「犬くさいにゃ」
「やぁ、アイにサク……だったかな? ごめんね、今日は澪様とに挨拶が済んだら帰るから」
サクモおじさんが忍猫たちにも詫びるのを見て、カカシは呆れたように眉毛を寄せた。聞くところによるとサクモおじさんは忍犬使いらしい。犬と猫だから不仲というわけではなさそうだが、少なくともアイとサクは、サクモおじさんが家に来ると「くさい」と言って消えることが多い。
アイたちが霧のように立ち去ると、入れ替わるように家の中からばあちゃんが現れた。
「おう、来たかい。あんたがカカシだね?」
「どうも。あんたの孫、手裏剣へたすぎ」
「カカシ!! ……すみません、澪様。本当にもうどうして今日はこうまで口が悪いのか……」
額に手を当てて嘆くサクモおじさんを見て、ばあちゃんは声をあげて笑った。
「いや、カカシの言う通りだ。うちのは手裏剣と幻術がからっきしダメさ。カカシはオールラウンダーだって聞いてるよ。お前の指導の賜物だろうね」
「とんでもない、まだまだです。、カカシはとアカデミーで同級生になる予定だよ。口は悪いけど仲良くしてやってくれると嬉しいかな」
「えー」
私とカカシが不服の声をあげたのは同時だった。思わず顔を見合わせ、睨み合ってから即座に顔を背ける。私が手裏剣と幻術が苦手ってことはばあちゃんに言われるまでもなく分かっていたが、こんなぞんざいな物言いの同級生に言われるとめちゃくちゃ腹が立つ。
サクモおじさんは私たちを見てオロオロしていたが、ばあちゃんは愉快そうに喉を鳴らしてサクモおじさんの肩を叩いた。
「心配しなくても、子どもは子どもで勝手にやるさ。好きにさせときゃいい」
「恐縮です……」
肩身の狭そうなおじさんが背を屈めて頭を下げる。その日は本当に挨拶だけだったようで、サクモおじさんとカカシは玄関先で少し話をしてから帰っていった。
的のど真ん中に刺さったカカシの手裏剣を見ながら、ばあちゃんがニヤリと口角を上げる。
「あの子はすごいね。、お前も置いていかれないように頑張るんだよ」
「えー。カカシとか関係ないじゃん……」
「じきにまた戦争が始まる。強くならなきゃ犬死にだよ。お前には必ず生きて、後世にを遺す使命があるんだからね」
ばあちゃんのその言葉に、私は重苦しい気持ちで瞼を伏せた。好きにさせときゃいいと言ったそばから、同じ口で戦争の駒になれ、の血を遺すために生きろと言うのだから。
もし本当に好きにしていいとしたら、私はどうしたいのだろう。
そんなことを考えていた頃もあった。でも意味はない。私はこの生き方しか知らないのだから。