影に陽は差し
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「それでも、祈ることをやめない」
二人になった帰り道、リンと一緒に修行することになったとオビトが嬉々として報告してくれた。聞けば、私とゲンマの修行に刺激されたリンを見て、オビトが思い切って誘ってみたそうだ。オビトがどれだけ勇気を振り絞ったか伝わってきて、私は思わずオビト抱きしめてしまった。
「頑張ったねオビト〜!」
「お、おい! やめろよ!」
オビトが赤くなって抵抗するので、私は我に返って慌ててオビトを離した。いけない。つい昔の癖で気安く触ってしまう。あんまりベタべタするなって言われて、分かってるつもりなのに。
オビトは顔をしかめてこちらを睨んだが、すぐに唇を尖らせて目を泳がせながら、恥ずかしそうにボソボソと言ってきた。
「だから……お前のおかげなんだ。ありがとな。俺、絶対頑張るから」
「私は何もしてないよ。オビトが頑張ったからだよ。応援してるね!」
私が握ったこぶしを掲げてみせると、オビトは頬を染めながらも歯を見せて快活に笑った。彼のリンへの気持ちが伝わってきて、うまくいってほしいなと心から思った。オビトは不器用だけど優しい。私が授業中にカカシから馬鹿にされて傷ついたとき、咄嗟に前に出て庇ってくれた(すぐボコボコにされてたけど)。オビトはきっとこれからいくらでもかっこいい男になれるよ。
家に帰ると、ちょうど門のところで中から出てくるサクモおじさんに遭遇した。おじさんは任務帰りだったのか、ベストや顔など全体的に薄く汚れている。疲れているだろうに、おじさんは私を見て穏やかな笑みを浮かべた。
「、おかえり。アカデミーの帰りかい?」
「うん、ただいま! おじさんはまたばあちゃんに用事?」
「ああ。渡したい資料があってね。これから家に帰るよ」
サクモおじさんは、話しながらちゃんと私に目線を合わせてくれる。私の話にしっかり耳を傾けてくれる。おじさんになら、あのことを相談してみてもいいかもしれない。
私は少し躊躇いながらも、思い切ってサクモおじさんにこう切り出した。
「ねぇ、おじさん……カカシのことなんだけど、ちょっと聞いてもいい?」
突然息子の名前が出てきて驚いたのだろう。おじさんはしばらく私の顔をじっと見てから、優しく笑って頷いた。
「もちろん、何でも話してごらん」
***
私とサクモおじさんは少し歩き、近くの川原に降りて並んで腰かけた。夏の日差しは和らいで、ずいぶん過ごしやすくなった。秋めいた風が吹いて、おじさんの銀色の髪が柔らかく揺れていた。
私は静かに深呼吸をしながら、どう話し始めようかと考える。でもおじさん相手に言葉だけを選んでも意味がない気がして、諦めに似た心地でポツポツと口を開いた。
「カカシってさ……私のこと、嫌いだよね。何であんなに嫌われるのか、分かんないんだけど」
するとおじさんは単純に驚いたようだった。目をパチパチさせながら、こちらを覗き込んでくる。
「はどうして、そう思うんだい?」
「え? だってカカシ、私のことばっか馬鹿にするんだけど。これでもカカシに会ったばかりの頃より上達してるのにさ……そりゃカカシに比べれば全然大したことないんだろうけど。いつもあんな風に言われたら、さすがの私も、たまには凹む」
あれだけ必死に修行して、確実に的を狙えるようになったのに。カカシの一言で揺らいでしまうくらい、脆い自信なのが悪い。自分にそう言い聞かせても、やっぱり恨み言くらい言いたい。
サクモおじさんは私の言葉に耳を傾けた後、しばらく考え込むように目を閉じた。そしてゆっくりと瞼を開き、静かに言葉を選んでいく。
「カカシはよく、俺に君の話をしているよ」
「え?」
「もっとああすればいいのに、こうすればいいのにって。カカシからしてみれば、君にはもっと力があるはずなのに、それを持て余しているように見えてもどかしいのかもしれないね」
おじさんの言葉は、私にとってまさに寝耳に水というやつだった。カカシが私を評価しているなんて、考えたこともなかったからだ。何度かおじさんの言っていることを反芻し――そして私は思わず大声を出して反発してしまった。
「そんなわけないよ! もしそうならもっと他に、その……言い方ってもんがあるでしょ!? やる気失わせてどーすんのよ!!」
「それは……確かに、そうだね」
サクモおじさんが苦笑いして頭を掻く。モヤモヤしている私の横で、おじさんは困り顔のままあとを続けた。
「カカシは少し不器用なところがあるからね。だからって、もちろん何を言ってもいいことにはならない。俺からも注意しておくけど、カカシがを嫌っているなんてことはないと思うから、君は『私のことが気になって素直になれない子どもなんだな〜』くらいの気持ちで気長に見守ってやってもらえると嬉しい、かな……」
「なにそれ。気持ち悪い」
「ははっ……だよね」
肩を落とすサクモおじさんを見て、私はなんだかおかしくなって吹き出してしまった。大の大人がこんな子ども相手に一生懸命話をしてくれて、私の言葉にいちいち項垂れて。本当に優しくて、本当に懐の深い人だなと思った。サクモおじさんはゲンマの両親とはまた違う、私にとっての数少ない信頼できる大人のひとりだった。
「分かった。おじさんのお願いなら聞いてあげる。カカシは子どもだから、しょうがないよ」
「そ、そう? ごめんね、面倒かけるね」
サクモおじさんの控えめな笑顔が胸に沁みる。おじさんの言っていることが間違いでも本当でもどっちでもいい。カカシが本心を打ち明けてくれるとは思えないし、本当のことなんてきっといつまで経っても分からない。それならおじさんの言葉を信じて、私が大人にならなきゃなと思った。
「これからはカカシに何か言われても『もう〜私のこと好きで素直になれないんだな〜しょうがないな〜』って思うことにするよ」
「そ、そうだね」
「でもやっぱりムカつくときはムカつくと思うけど」
「ははっ、そうだよね……そのときはまた俺に話しに来てくれたらいいよ。まぁ、俺もいつもいるわけじゃないけど」
「うん、分かってる。ありがと、サクモおじさん」
おじさんと話していると、胸の奥に燻っていたわだかまりが少しだけ晴れていくような気がした。おじさんの穏やかな微笑みを見て、私も笑い返す。川のせせらぎと風のざわめきが耳に心地良く、私はこれからのことを以前より前向きに考えられる気がした。