影に陽は差し
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「それでも、祈ることをやめない」
アカデミーに入学して約半年。入学前、祖母に基本忍術をひと通り教えてもらい、多くの同期よりは好成績の私だったけど。苦手な術も当然、ある。
私はアカデミーから一旦帰宅し、また家を出たあとで同期の一人を見かけて声をかけた。
「カカシ、どこ行くの?」
振り向いたカカシはめんどくさそうに眉をひそめたが、ひとまず無視はやめたようだった。短く答える。
「本屋」
「ほんと? 私もこれから行くんだよ。週末テストあるじゃんね。なんか勉強しとこうと思って……」
するとカカシは呆れたように肩をすくめた。どうやらマスクの下で笑ったらしい。続けざまに言ってくる。
「テストって、手裏剣術もあるだろ? 本より他にやることあるんじゃないのか? お前、実践がへたくそなんだから」
「うっ……そりゃ、あんたよりへたくそなの分かってるけど前よりは断然上達してるし……改めて言われるとムカつくな……」
「俺は親切で言ってやったんだよ。本屋行ってる暇があるなら訓練場でも行けばいいんじゃないか?」
そう言い残して、カカシはあっさりと去っていった。私は予定していた本屋に行きそびれて、しばらくその場に立ち尽くす。だか無性にムカムカしてきて、居ても立ってもいられなくなってきた。
こうしちゃいられない!
私は踵を返して、目的地を変えた。こんなとき頼りになるのは一人しかいない。
自宅を通り過ぎて、しばらく進んで角を曲がった先。すでに何度か訪れたことのある平屋が目に入って、私はペースをあげた。玄関前に立って、声を張り上げる。
「ゲンマ、いるー?」
だが答えは、背後から返ってきた。
「、どうした?」
振り向くと、買い物袋を提げたゲンマが気だるげに立っている。買い出しは帰宅後一番の仕事だって言ってたっけ。私はゲンマに駆け寄りながら、両手を合わせて懇願した。
「ゲンマ、お願い! 手裏剣の修行手伝って」
「またかよ。お前、他に友達いねぇのかよ」
「います! でもゲンマ、教えるの上手いんだもん。ね、お願い。週末テストもあるの。付き合ってよ」
「ったく……しょうがねぇな」
ゲンマは嘆息混じりにそう言いながら、私の横を通って家の中に入っていった。
私の声を聞いて出てきたのか、玄関先にはすでにゲンマの母親が立っている。息子から買い物袋を受け取りながら、彼女ははつらつと口を開いた。
「行ってらっしゃいよ。あんた、いつもちゃんとの修行のあと嬉しそうに帰ってくるじゃない」
「やめろ!」
ゲンマは大きな声を出して母親の言葉を遮ったけど、私は吹き出して笑ってしまった。ゲンマは私の前では年長者らしく余裕ぶって見せようとするけど、母親の前ではいわゆる形無しというやつだ。
「私もゲンマと修行するの楽しいよ。ね、行こ!」
ゲンマの手を引いて、私は外へと促す。ゲンマはやれやれと肩をすくめておとなしく歩き出した。
「ったく……俺だって暇じゃねぇんだから、次からアポくらい取れ」
「分かった! 次はいつにする?」
「早ぇよ!」
「取れって言ったじゃん!」
ゲンマの母親に見送られ、私たちは外に出た。いつの間にか足元には忍び服を着た猫が二匹くっついてきている。
戦争が終わって一年。私は父を亡くしたが、二歳のときだったので父のことはほとんど覚えていない。祖母は現役は退いたものの、里長である火影のアドバイザーという名目で今もしばしば火影邸に呼ばれる。
祖母の話では終戦といっても一時的な休戦に過ぎず、すぐにまたバランスが崩れて戦争になるだろうと言った。そのために、本来であれば六歳からのはずのアカデミーが五歳入学と早められているし、飛び級も茶飯事だ。
いつか戦争に行くための準備。そうと分かっていても、私はこれ以外の生き方を知らない。
だから今は、目の前のことをやるだけだ。
「ゲンマ、見ててね!」
「おう。いつでもいいぞ」
ゲンマが何度も連れてきてくれた訓練場。不知火の家が代々使ってきた場所だそうで、他には誰もいなかった。
私たちは学年こそ違えど、よくそこで一緒に修行した。ゲンマのおかげでコツをつかんだ私は、苦手な手裏剣術もめきめき上達していった。
「ゲンマ、教えるの上手なんだから大人になったら先生になりなよ」
「やだよ。ガラじゃねぇもん」
「絶対似合うよ。ゲンマせんせー」
「やめろ」
その軽口を交わしていたのは、今では遠い日のこと。
慣れ親しんだ道を二人で歩いていると、幼い頃の記憶がまるで昨日のことのように鮮やかに蘇った。
中忍ベストに身を包み、額当てをバンダナのように結んだゲンマの広い背中を見つめながら、私はふとあの頃のことを思い出して微笑む。やっぱり、ゲンマはアカデミーの教師よりも現場が似合うな。
「なに笑ってんだよ」
「ふふ、思い出し笑い」
「後ろばっか見てねぇで、ちゃんと前見て歩けよ?」
「見てるよ!」
人は争う。憎み、殺し合う。死にたくなければ殺すしかない。その憎しみと、どう向き合うか。
答えはまだ出ない。それでも、一歩ずつ進んでいくしかない。
小突き、小突かれを繰り返しながら、私とゲンマは任務帰りのボロボロの体で笑って帰路についた。