影に陽は差し
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「それでも、祈ることをやめない」
カカシが飛び級で三年に上がるという噂が広まったのは、入学からわずか三ヶ月後のことだった。当然クラスの中にもそれを面白く思わない一派がいるが、圧倒的に実力差があるのでカカシが睨みを利かせれば一斉に黙ってしまう。
厄介なのは、カカシの力を見たことのない上級生のほうだった。
「あんなガキが俺たちのクラスに来るって? 冗談だろ?」
「俺たちが身の程を思い知らせてやったほうがいいんじゃないか?」
ある放課後、上級生の集団がカカシに近づいていくのを見かけた。当然カカシは相手が誰だろうと態度を変えたりしない。上級生全員を遠慮なくボコボコにして、後でかえって面倒なことになるだろうというのは容易に想像がついた。
案の定、囲まれたカカシが怯むことなく睨みを利かせる。さすがに上級生の中に飛び込むのは度胸がいるし、先生を呼びに行こうと踵を返したところで、私は見知らぬ上級生に肩を叩かれた。
「大丈夫、任せとけ」
なぜか爪楊枝を咥えている彼は、私を安心させるように微笑んで、カカシたちのほうに歩いていった。
少し距離があったし、彼が何を話しているのか私には聞こえなかったけれど。上級生の集団は彼の話を聞くと、顔色を変えて蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
そしてもちろん、カカシが彼に礼を言うはずもない。仏頂面のままその場を離れようとしたカカシを引き止め、私は拳で殴りつけた。
「あんたってやつは! お礼くらい言いなさいよ!」
「何で俺が」
「この人のおかげで厄介ごとにならずにすんだのよ? どーせあんたあの人たちボコボコにするつもりだったでしょ!」
「喧嘩売ってきたのはあっちだ」
「そうだけど! 問題になったらあんただって困るのよ? 飛び級の話だってなくなるかもしれないし、お礼くらい言いなさいよ!」
「別に頼んでない」
「あんたはほんとに! そのうちほんっとに困ることになっても知らないからね!」
「お前に関係ない」
ああ言えばこう言う。顔色ひとつ変えないカカシと、歯噛みする私を見て、その上級生は大きく吹き出した。
「別に礼なんかいらねーよ。でも避けられる問題は避けたほうが無難だよな、はたけカカシくん」
「お前に関係ない」
即答するカカシの脳天に、再びげんこつを振り下ろす。
「無駄に敵を増やすな! ほんとに!」
「お前はお節介なやつだな!」
「あんたに言われたくないし、あんたがハラハラさせるからでしょうが!」
私だって好きでこんなことやってるんじゃない。でも。
天才だろうが何だろうが、無駄に問題を起こそうとする同級生を、ただ放っておけない性分なのだ。これは恐らくばあちゃん譲りだろう。
上級生は小さく笑いながらこちらに背を向けた。
「そんな態度でも心配してくれる友達なんて、そういるもんじゃないぞ。大事にしろよ」
カカシはもちろん、嫌だと即答だったけれど。
飄々としたその上級生が立ち去る後ろ姿を、私はしばらく見つめていた。
不知火ゲンマ――その名を私が知ることになるのは、もう少しだけ先の話だ。
***
「へたくそ」
私が手裏剣術の修行をしていると、よくカカシが通りかかって例の余計な一言を投げてよこした。アカデミーで、放課後の訓練場で、そして時々、なぜかうちの庭を覗き込んで。
「あんたね!? 嫌がらせ!? そんなに言うならコツとか教えなさいよ!?」
「自分で気づかないと意味ないだろ」
「そうですか!? じゃああんたもサクモおじさんから別にコツとか教わってないんだね!?」
「教えてもらったに決まってるだろ」
「なんなのよ! じゃあそれ教えてよ!」
「やだね。何で俺がそんなこと」
「じゃあもう黙っててもらえるかな!? お節介はあんたのほうでしょ!?」
私が早口で唾を飛ばすと、ようやくカカシの顔は塀の向こうに消えた。火がついたように怒りで身体が熱くなり、私は構えていた手裏剣を下ろす。だめだ、こんな精神状態で続けても意味がない。
「お前はすぐそうやって挑発に乗るにゃ」
「未熟者にゃ」
「いや、おやつにホイホイつられていっちゃうあんたたちに言われたくない……」
アイとサクは相変わらず足元から余計な茶々を入れてくる。私は腰のポーチに手裏剣を戻して、気分転換のため外に出ることにした。季節は夏。本屋でも行って、そのあとアイスでも買って近所の川原で食べながら読もう。頭を冷やしてから今度は訓練場にでも行こうかな。
自宅から歩いて五分の小さな本屋に着くと、見覚えのある顔があった。
「あ! あのときの……」
こちらのつぶやきに気づいて、男の子が立ち読みしている本から顔を上げる。先日、カカシが三年生に絡まれていたときに助けてくれた上級生だった。相変わらず、子どもらしからぬ爪楊枝を口に咥えている。
「あぁ、」
「え、フルネームでいきなり呼び捨て? え、何で私のこと知ってるの?」
「猫使いんちの子だろ。有名だよ、あんた。俺んちでは」
そう言いながら、上級生が私の足元の忍猫を見やる。澪の孫か、忍猫使いの家の子か。私を見て大人たちが口にするのは、そのいずれかが大半だった。だが同世代からすれば、私たちの代には現火影の息子であるアスマ、英雄の息子で神童と呼ぶに相応しいカカシなど、他に話題にのぼりやすい人物がいる。私の存在など霞んでしまうので、知らない上級生からそうやって認知されているのは驚きだった。
すると突然、足元のサクが軽くジャンプして上級生の頭をペチンと叩く。
「猫使いとか言うにゃ。こんなやつに使われてやるつもりはにゃい」
「こいつはボクらのおもちゃ」
続け様にアイは上級生に猫パンチを喰らわようとしたので、私は口から心臓が出るかと思った。軽く叩くだけならともかく、パンチはまずい。流血沙汰になる。
「ちょ、ちょ、ちょ! 何やってんのよあんた!」
一発目はまともに喰らってよろけた上級生だが、二発目は手にした本で防いだようだった。お遊びとはいえ、敏捷な忍猫のパンチをかわすその姿に、私は感嘆してしまう。さすが上級生、やっぱり一年生の凡人とは動きが違う。
上級生は二発目を避けられて安堵したようだったが、つかんだ本の表紙に穴が開いていることに気づいて、しまったと声を漏らした。
私もそれを見て、心苦しさのあまりようやくこれだけを口にした。
「あ…………弁償します」