影に陽は差し
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「それでも、祈ることをやめない」
私たちの学年は卒業生が私とガイしかいなかったが、上級生とりわけ六年生に至ってはそれなりの人数がいたため、まさかゲンマと同じチームになるとは夢にも思わなかった。班編成はドキドキしていたし、ガイが一緒なのはガッカリだけど、ゲンマがいてくれればひとまず安心できる。だが担当上忍について三人で教室を出るとき、先頭を歩くゲンマはこちらをチラリとも振り返らなかった。まるで知り合いなんかじゃないみたいに。
「、同じチームだな! よろしく!」
一方、嬉々として話しかけてくるガイに私はげんなりと息を吐く。
「えー……いやだ」
「なぜだ! ボクたちはたった二人の同期だというのに!」
「別にあんたと仲良くする気ないから」
「なぜなんだ!」
大げさにショックを受けてこぶしを震わせるガイ。私がそっぽを向いて無視を決め込むと、アカデミーからすぐの空き地まで来て足を止めた担当上忍が、呆れ顔で私を振り返った。
「早速ケンカか? 縁あって同じ班になった仲間だろう」
「だって……」
何度か演習や訓練でガイと組んだことはあるが、まったく上手くやれる気がしない。努力と根性だけは認めるけど、逆に言うとそれ以外は全力で遠慮したかった。無駄に熱いくせに不器用で空回る。やりづらくて仕方ないし、そもそも好きになれそうにない。
言い訳じみた私の反応に、担当上忍がその大きな肩をすくめる。彼は独特の文様がある顔をややしかめながら、部下となる私たち三人を見渡した。
「今日から君たちの指導を担当する秋道チョウザだ。大戦の戦況によってはすぐにチーム変更ということもあり得るが、ひとまず俺が担当となる。では一人ずつ自己紹介をしてもらおうか」
彼が秋道一族であることは、紹介されるまでもなくその風貌から明らかだった。この人かは覚えていないが、私の家に出入りする忍びの中に彼のような大柄な男性がいたのは確かだ。里の創設前から続く、古くからの忍び一族だとばあちゃんから聞いたことがある。
真っ先に口を開いたのはガイだった。
「マイト・ガイ! 体術の鍛錬に命をかけている!」
すでに気合い充分のガイは、チョウザ先生、ゲンマ、そして私に暑苦しい視線を向けて言い放つ。
「ボクは決して諦めない! 努力は天才にも負けないことを証明してみせる! 目標は木の葉で一番強い忍びになることだ!」
こいつ、忍術も幻術も人一倍弱いくせに本気で言ってるのか。いや、ガイはいつも本気だ。在学中から、あの神童カカシに勝負を挑むほどの無鉄砲さがある。私もさすがにそこまではやらなかった。
一瞬の静けさがチームを包み込んだが、チョウザ先生はそうかそうかと合いの手を入れると、次を促すように私とゲンマのほうを見た。私はチラリとゲンマを見たが、ゲンマは私の視線に気づく素振りも見せずにチョウザ先生を見返す。絶対気づいているくせに、ゲンマは意図的に私を無視していた。
「不知火ゲンマ。忍術全般、主に近距離から中距離タイプです」
「うむ、分かりやすいな」
チョウザ先生の言うとおり、ゲンマの説明は端的だった。ゲンマらしいといえば、らしい。でも私はなんだかつまらない思いで拗ねるようにゲンマから目を逸らした。
チョウザ先生の視線に促されるまでもなく、最後の私は淡々と口を開く。
「。これといって得意なことは、ないです。忍術全般、強いて言うなら中距離タイプのサポート型です」
「うむ、謙虚だな」
アカデミーの成績を見ているのか、チョウザ先生が数枚の資料を捲りながらそうこぼす。謙虚とかじゃない。ただ事実を言っただけだ。
チョウザ先生は私たちを再度見渡すと、そのがっしりした巨体で大きく腕を組み話し始めた。
「お前たちも知ってのとおり、今は戦争中だ。基本的に下忍は戦地に送られることはないが、この非常時に何が起きるかは保証できない。それぞれの今ある武器を磨くことが基本だが、修行の過程で新たな可能性を見出すこともあるだろう。俺もできる限りのサポートはする。一日も早く立派な忍びとなり里のために尽くせるよう、各自これまで以上に鍛錬を積んでほしい。任務は明日より開始、本日はここまで」
***
チョウザ先生が立ち去ったあと、真っ先に口を開いたのはガイだった。意気揚々とゲンマに近づき、逸る気持ちを隠しもせずにまくし立てる。
「ゲンマか、よろしく! でも君、どこかで見たような……どこだったか……」
「気のせいじゃねぇの?」
ゲンマがそっけなく答えたが、恐らく気のせいではない。半年ほど前になるが、ゲンマが一か月以上、私たちのクラスに毎日通い詰めた時期があり、クラスメイトの多くはゲンマの顔を覚えてしまった。もちろんゲンマが私を心配して極端に過保護になった時期の話だ。
今の状況では、それも夢だったのでは? と思えるほど、ゲンマは私の存在を無視し続けている。
ガイは不可解そうに首を捻っていたものの、切り替えも早かった。豪快に笑いながらゲンマと私を見やり、両腕を広げてみせる。入学当初から考えても、ガイの体つきは明らかに大きく逞しく変わっていた。
「そんなことより、これからチームメイトとして切磋琢磨していくんだ! どうだ、これから三人で団子でも食いに行かないか?」
「悪い、俺帰るわ」
「早」
ゲンマが一瞬で断ったので、私は思わず突っ込んでしまった。ショックを受けて固まるガイも、驚いて見据える私のことも構わず、ゲンマは軽く片手だけを挙げて去っていく。私は呆気にとられてその後ろ姿を見つめた。
ガイはゲンマをしばらく呆然と見送ったあと、次こそはと気合いを入れて私を見る。ガイが口を開くより先に、私は先手を打ってすぐさま首を振った。
「私も帰る。じゃ、明日」
「おい! 君たち付き合い悪いぞ! ボクたちはチームメイトだろう!」
「チームメイトだからって、別にベタべタする必要ないでしょ」
自分でそう言ってから、私は自分の言葉に傷ついた。そうだ、別に同じチームになったからって仲良くしなければならない道理はない。ゲンマが私を無視してひとりでさっさと帰ったって、ゲンマを責める理由にはならないんだ。
と、一旦落ち込んでから、やっぱり違うと思いなおす。つい数日前まで別に普通だったじゃん。最後の修行に付き合ってくれてから一週間も経ってないし、私が卒業試験を受けることについても「物好きだな。頑張れよ」ってさらりと言ってくれたじゃん。同じチームだと思って私は安心したのに、なんで出だしからシカトなわけ?
思い出したらムカムカしてきた。変わらない付き合いを二年半続けてきて、つい数か月前に好きって言ってくれたのに、急に手のひらを返されたようでショックよりもだんだん腹が立ってきた。
同じチームにはなりたくなかったってこと? 私の面倒見るのはもう御免? それはいかにもありそうだが、前にゲンマが言ってくれたじゃないか。勘違いかもしれないから、気になることは言えよって。あの言葉、まだ有効だよね?
私はガイを無視し、ゲンマが消えた方角に向かって駆け出した。家のほうだから、本当に帰ったのかもしれない。目的地が違うとしても、今から追いかければ間に合うだろう。
ゲンマが教えてくれたんだよ。ひとりで抱えるなって。まだゲンマにもリンにも言えないことはたくさんあるけど。
だからせめてこのモヤモヤは、任務が始まる前にゲンマにぶつけておこうと思った。