影に陽は差し
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「それでも、祈ることをやめない」
ヒルゼン様はどうやらアスマに時々修行をつけているらしく、私がシカク班にいる間にもう一回顔を出してくれた。アスマはすでに風遁の術をひとつ使用でき、烈風掌という術を実演してくれた。風に乗せて、手裏剣やクナイなど飛び道具の威力を上げることができるという。これだ、と思った。これならアカデミーから練習してきた手裏剣もクナイも活かすことができる。
シカク班で過ごす最後の日、ついに私は葉っぱに一センチほどの切れ目を入れることに成功した。
「ま、マジか……」
私の手元を見てアスマがガックリと項垂れる。すると後ろからシカク先生が控えめに拍手してくれた。
「、上出来だ。アスマより筋が良いぞ」
「アスマの教え方が上手だったんですよ」
私がすかさずフォローすると、アスマは満更でもなさそうな顔をする。やっぱりアスマは、おだてられればすぐ木にでも登りそうだな。
アスマだけじゃない。もちろんシカク先生も、ヒルゼン様も、とても大切なことを教えてくれた。技術ばかりで焦りがちな私に、自分を見つめること、待つことの大切さを説いた。何度つまずいても、その度に思い出そうと思える。ここに来られて、本当に良かった。
「よーし、今日はと一緒に飯でも行くか。俺の奢りだ、ついてくるやつは?」
夕刻にシカク先生が声をかけると、いの一番に紅が「はいはーい!」と手を挙げた。そのあとアスマ、そして意外にもライドウも小さく参加の意思表示をする。まぁ、先生の奢りならそうなるか。
全員で演習場をあとにして繁華街に向かう途中、私たちはなんとチョウザ班とばったり出くわした。
一か月ぶりのチョウザ先生に、ガイに、ゲンマ。真っ先に口を開いたのはガイだった。
「じゃないか! 会いたかったぞ!」
「うわ! やめて、近づかないで!」
勢いよく飛びついてこようとしたガイから逃れるように、私はすぐ前にいたライドウの陰に隠れた。ライドウは恐らくゲンマくらい年上で、背が高く、体つきもしっかりしている。彼が笑う姿は見たことがないけど、紅と一緒に修行しているときの真面目そうな雰囲気から、悪い人ではないんだろうなと感じていた。
チョウザ先生は私に笑いかけてから、シカク先生に向き直って問いかけた。
「世話になったな、シカク。うちのはどうだ?」
「さすが筋が良いな。取っかかりの感覚はつかめたはずだ。あとは次第だぜ」
「おお! 、さすがだな!」
シカク先生の評価を聞いてガイが目を輝かせる。私はこそばゆい思いで頭を掻いたけど、素直に先生たちに頭を下げた。
「シカク先生、チョウザ先生、ありがとうございました。アスマも、ほんとにありがとね」
「おう。また何かあれば言えよ」
鼻の下を人差し指でなぞりながら、アスマ。するとすかさずシカク先生が突っ込んだ。
「お前、油断してるとにさっさと抜かされちまうぞ」
「そ、そうならねぇように頑張るって……」
顔をしかめるアスマを見て、後ろから紅がクスクス笑う。シカク先生は肩をすくめながらチョウザ先生に話しかけた。
「俺たちこれから飯食いに行くが、お前らも一緒にどうだ?」
「それは良い。ガイ、ゲンマ、お前らも来い」
「もちろんです!」
ガイは意気揚々と手を挙げたけど、ゲンマはどことなく不満そうだ。そういえばさっきから全然喋ってない。
一か月も留守にしたから怒ってるのかな……。そうだよね、何も言わずに行っちゃったもんね。
お店に向かう途中は紅が話しかけてきたので、ゲンマの不機嫌な後ろ姿をただ見ているだけだった。そして着いたお店は、やっぱり焼肉屋。チョウザ先生の奢りはいつもこの店なので、今日は別のお店に行けるかなとちょっと期待してたんだけど。
席は何となくの流れで、ゲンマの隣になった。反対隣は紅。向かいはライドウ。チョウザ先生はやっぱり一番通路側で、メニュー表を見ながら次々オーダーしていった。
ドリンクが揃ったら、一番奥に悠然と座ったシカク先生がビールのジョッキを掲げる。
「んじゃ、今日もお疲れさんでした。乾杯」
「かんぱーい」
私は紅と乾杯してから、ライドウ、チョウザ先生、アスマ、ガイ、そしてゲンマともグラスを合わせた。シカク先生は乾杯もそこそこにさっさと枝豆をつまんでいる。らしいなと思って私はちょっと笑ってしまった。
チョウザ先生やアスマが手際よく肉を焼いていくのを見ながら、私はチラリとゲンマを盗み見る。やっぱり、絶対怒ってる。ゲンマはガイが元気よく話しかけるのを適当に流しながら、黙ってウーロン茶を飲んでいた。
「ゲンマ、お肉とろっか?」
「自分で取れる」
「じゃあかぼちゃあげるよ」
ゲンマのテーブルの焼き網には野菜が載っていない。私が焼けたかぼちゃをゲンマの取り皿に入れると、ゲンマは怒っているのか喜んでいるのかよく分からない微妙な表情をした。仕方がないので、ゲンマのテーブルで焼き担当しているアスマに生野菜のお皿を渡してあげる。
ゲンマは結局そのあと、お開きになるまでほとんど口を利かなかった。時々シカク先生に振られた話に、のらりくらりと答えるだけだ。
先にお店を出てチョウザ先生とシカク先生を待っているとき、私は少し離れたところにいるゲンマのところまで歩いていった。
「……ゲンマ、怒ってる?」
「何で俺が怒るんだよ」
そっけなく答えるゲンマはこっちを見もしない。まるでチーム配属されたばかりの頃みたいで、私はチクリと胸が痛んだ。
「……一か月も留守にして、迷惑かけたから?」
「別に、お前がいなくても全然困ってねぇから」
「そんな言い方しなくても……」
しょんぼりとぼやく私の後ろから、ガイがひょっこり顔を出して平然と言ってくる。
「ゲンマ、なぜ嘘をつくんだ? がいなくて困ってただろう?」
「よっ、余計なこと言うなよ!」
「がいない間、俺もゲンマも寂しかったぞ!」
「だから余計なこと言うなって!!」
赤くなって怒鳴るゲンマと、ゲンマが怒鳴っている理由が分からなくてキョトンとしているガイ。そのやり取りを見て、ひょっとしてガイだけじゃなく、ゲンマも私がいなくてちょっとは寂しく思ってくれてたのかな、なんて考えた。多分そんなこと、ゲンマは認めないけど。
「ごめんね、でも戻ってきたよ。明日からまた一緒だね」
シカク班で過ごす毎日も充実していたけど。やっぱり私は、ゲンマたちのいるチョウザ班がいいな。
私が思わず笑みをこぼすと、ゲンマは赤くなりながらも仏頂面のまま口を開いた。
「……一か月分、しっかり働いてもらうからな」
「はーい」
この一か月、すぐに使える技を練習してきたわけじゃないから目に見えての成長はしてないだろうけど。今できることを精一杯頑張ろう。焦って周りが見えなくなりそうになったら、あのときの感覚を思い出して。
シカク先生と盤面を囲んだ日のことが頭をよぎり、私は近いうちに将棋盤と詰将棋の本でも買おうかなと思った。