影に陽は差し
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「それでも、祈ることをやめない」
開戦前から何となく嫌な予感はしていた。ばあちゃんが慌ただしく火影邸へ向かうことが増えたし、その表情はかなり硬い。うちに出入りする忍びたちが顔なじみ以外にも増え、忍猫たちが落ち着きなくソワソワし、アイとサクも例に漏れずイライラと毛づくろいしていた。彼らは、人間には到底掴みえない第六感を持っている。その感知能力は里でも重宝されていると昔ばあちゃんから教えられた。
「、ばあちゃんしばらく帰れないからね。母さんも出先で長期任務に切り替えだ」
冬も明けようという頃、アカデミーから帰宅した私にばあちゃんは淡々とそう告げた。ばあちゃんの足元には、普段うちにいない忍猫たちまで集まっている。初めて見る異様な光景だった。
「……何かあるの?」
ばあちゃんは小さく息を吐き、短く答える。
「戦争だ」
***
戦争が始まってもアカデミーはあるし、私たちの日常は変わらない。そう思いたかったけど、戦争は確実に私たちの生活に影を落としていた。忍びたちが物々しく里を出入りし、リンの話では木の葉病院に続々と負傷者が運び込まれているらしい。国境付近の小競り合いがとうとう火消しできない規模で膨れ上がったという。
母さんはもともと遠方の任務が多かったが、今は岩隠れとの国境線付近にいると聞かされた。聞かされたところで、何ができるわけでもない。ばあちゃんはほとんど家にも帰らず、火影邸で連日上層部と作戦会議。忍猫たちを遣わせて情報収集に当たっているらしい。
すべて、一時的に帰還したサクモおじさんから聞かされたことだ。
「俺もすぐにまた出発しないといけない。、澪様も凪も不在で不安だと思うが、先生の言うことを聞いてしっかりやるんだよ」
「カカシはどうなのよ。おじさんがいなくて、カカシだって……」
「あいつはもう一人前の忍びだからね。自分のことは自分でやれる。心配しなくても大丈夫だ」
おじさんの大きな手がそっと私の頭を撫でた。ばあちゃんだって火影邸に発つ前、してくれなかったことだ。涙がこぼれそうになるのを何とか我慢して、私は悔しさに唇を噛んだ。カカシはもう忍びとしてできることをやっているのに、私はまだ平穏な学校でのうのうと勉強をしている。
私の気持ちを察したように、サクモおじさんはしっかり私の目を見て言った。
「、君は今この里を守るために必要なことを学んでいる途中だ。君の力はいずれ、必ずこの里のためになる。仲間を守る力になる。だから今は、余計なことを考えずに目の前のことに一つずつ取り組むんだ。分かるね?」
「……うん」
「いつか大きく逞しく成長した君と一緒に戦える日を待っているよ」
サクモおじさんの笑顔は優しかった。戦争なんて嘘みたいに。これから殺し合いに行くなんて思えないほど穏やかに微笑んでいた。
そしてそれが、私がサクモおじさんに会った最後だった。
***
アカデミーのクラスメイトも多くが親を国境線付近に派遣され、教室は重苦しい空気だった。それでも先生は淡々と授業を進めていく。ぼんやりとどこかへ飛んでしまいそうな意識をそばに引き戻して、私は再び机の下で五年生の教本をめくった。
二年生の間には間に合いそうにない。でももしかしたら、来年のうちには。そんなことを考えながら、教本を読み進めていく。すでにここまでの教本の内容なら実技も含めてほぼ完璧といっていい。苦手だった手裏剣を克服し、幻術においても基本の幻術返しくらいならできるようになった。全部、ゲンマが修行に付き合ってくれたおかげだ。
私は三年生の間の卒業を目指していたが、クラスメイトのアスマと紅は二年生の終わりに卒業した。アスマは言わずとしれた現火影、猿飛ヒルゼンの息子で、なんでもそつなくこなす。紅もオールラウンダーだったが、中でも幻術の腕前は段違いだった。
次こそはと覚悟を決めて、三年生に上がった私はより一層熱心に修行に励む。ついにクナイの投擲に付き合ってくれるようになったゲンマが、ある日の修行帰りにこう切り出した。
「明日、久しぶりにうちで飯でもどうだ?」
戦争が始まり、以前にも増してひとりで食事をとることが増えていたから、ゲンマの誘いに私は胸が躍った。
「うれしい! 行きたい!」
「じゃあ決まりな。六時にうちで」
「うん! ありがとう」
ゲンマの家でごはんを食べるのは三回目だ。初回は私の修行頑張った記念、二回目は私が遊びに行った記念ということで、お母さんは何かにつけてケーキをご馳走したがるらしい。さすがに三回目はないだろうなと思いながら翌日ゲンマの家を訪ねると、食卓の上は今まで見た中で一番シンプルなものだった。もちろん美味しそうだし、全然不満なんかないけど。
「いらっしゃい、。来てくれてうれしいわ」
おじさんの席は今日は空っぽ。おばさんは笑顔で私をハグしてくれたけど、以前の明るさは鳴りを潜めているような気がした。ゲンマが少し心配そうな顔でおばさんを見つめているのが目に入る。私はそれを見てわざといつもよりちょっと高い声を出した。
「おばさん、今日のごはんは何? お腹ぺこぺこー」
するとおばさんは食卓をチラリを見ながら申し訳なさそうに手を合わせた。
「今日はちょっと簡単なものよ。ごめんなさいね、あんまり手の込んだことできなくて」
「ううん、気にしないで! 美味しそう! 何か手伝うことある?」
「、じゃあちょっとこっち手伝ってくれ」
私を呼んだのはおばさんではなく、いつの間にかキッチンに移動していたゲンマだった。おばさんがそちらに向かおうとすると、ゲンマが「母さんはいいから」と片手で制す。私もおばさんにニコリと笑いかけて、急いでゲンマのところに行った。
「茶碗と箸持っていってくれるか?」
「うん、もちろん」
ゲンマがよそってくれたごはんとお箸を三人分、お盆に載せて食卓まで運ぶ。ゲンマは湯呑とお茶を持ってあとから戻ってきた。おばさんは「二人ともありがとう」と穏やかに微笑んで席に着く。
三人で過ごす時間も楽しかったけど、やっぱり以前とは違う空気が肌を刺した。その原因が何なのか、子どもながらに私にも分かったような気がした。