ヘッダー画像

「それでも、祈ることをやめない」

影に陽は差し

第一部 (top)

35.奈良シカク

 今日も子守りの任務を終えたあと、演習場で各自の修行に取り組んでいた。ゲンマのおじさんは今日からまた次の任務に出発するので、ゲンマは楊枝吹の威力を上げるためにチャクラ量の調整を細かく練習するらしい。
 私はというと、風のチャクラ性質であることは判明したが、ただでさえ里で希少な属性のため、指導できる忍びが少ない。チョウザ先生は「俺に当てがあるからしばらく待ってろ」と言っていたので、私は大人しくクナイの投擲を練習していた。
「おう、良い線いってるじゃねぇか。さすがだ」
 聞き慣れない声がして、顔を上げる。チョウザ先生と一緒に演習場に現れたのは、硬そうな黒髪を高い位置でひとつにまとめた、眼光の鋭い男の人だった。
 ふたりは私の前まで来て、足を止める。チョウザ先生が黒髪の人を親指で示してみせた。
、こいつは俺の元チームメイトの奈良シカクだ。性質変化の修行についてはこいつに任せることにしたから、行ってこい」
「え? あ、はい……宜しくお願いします。です」
「おう、任せとけ」
 シカク先生がニヤリと笑って私の肩に手を置く。なんだか緊張してしまって私が目線を泳がせると、離れたところで修行していたゲンマと目が合った。そうだ、私はゲンマやカカシに追いつきたくて、今より前に進みたくて、やれるだけのことをやろうって決めたんだ。そう思ったら奮い立って、私はシカク先生に向きなおり深々と頭を下げた。
 シカク先生は強面のわりに景気よく笑った。
「そんなに畏まる必要ねぇよ。じゃあチョウザ、はしばらく預かるぜ」
「ああ、頼んだぞ」
 ふたりの間にあるのは、とても自然な親しさに見えた。いつかゲンマやガイと、こんなチームメイトになれるかな。そのためにも、私がもっと強くならないとな。
「いつもそんな怖い顔してんのか?」
 シカク先生について演習場を出たあと、しばらく黙って歩いていると、先生が振り向き様に可笑しそうに笑った。私は慌てて口角を上げる。
「そ、そんな顔してました?」
「今にも身投げでもしそうな顔だったぞ」
「みなっ……」
「ハッハ、冗談だ」
 裏返った私の声を聞いて、シカク先生がクツクツと笑う。この感じ、ちょっとゲンマみたいだな。私はくすぐったいような、でもなんだか居心地が悪いような複雑な思いで唇を引き結んだ。
 シカク先生はまた前を向いて、ゆったりと歩き続ける。チョウザ先生より少し若そうに見えるけど、大柄なチョウザ先生は正直年齢不詳だからこの予測は当てにならない。
「お前、これといって強みがないとか言って落ち込んでるらしいな。その年であれだけクナイが使えりゃ大したもんだぞ」
 前を向いたまま、シカク先生が話しかけてくる。私は遅れないように後ろをついていきながら、足元に重苦しく視線を落とした。
「それじゃ、ダメなんです。忍びになった以上、年齢なんか関係ない。私はもっと強くなりたい。仲間に追いつけるくらい……仲間を助けられるくらい」
 ゲンマが安心できるくらい強くなりたい。カカシを支えられるくらい強くなりたい。
 下忍になって数か月、カカシの噂を耳にすることも増えた。正直言って、悪評のほうが多かった。カカシの有能さは誰もが認めるところだろうが、ルールに固執するあまり周りと対立ばかりしているらしい。ガキのくせに生意気だと大人たちが悪態をついている姿を何度見かけたことか。
 昔からカカシは、相手が誰だろうと一貫した態度を取っていた。でも目的を遂行するために仲間と協調するくらいの柔軟さは持ち合わせていた。アカデミーで私がカカシと言い争いになったのは、売り言葉に買い言葉というだけだ。
 今のカカシはきっと、サクモおじさんのことを引きずっている。任務よりも仲間を優先し、そのことで追い詰められ自ら死を選んでしまったおじさんの最期。それを目の当たりにして、きっと私とは正反対の結論を導き出してしまったのだ。
 ルールを守れば、死なずに済んだと。
 私はおじさんの選択が間違いでなかったことを証明したい。カカシはきっと、おじさんの選択が間違いだったことを証明したい。
 サクモおじさんを想う気持ちは、同じはずなのに。
 それともカカシは恨んでいるのだろうか。自分をひとり置いていった、父親のことを。
「おい、
 気がついたら、立ち止まっていたシカク先生にぶつかった。チョウザ先生のようなサイズ感はないが、やはり大人の男の人。硬い身体に鼻を打ち付けて思わずうめいた私を見下ろし、シカク先生は大げさにため息をついた。
「お前はすーぐ、意識がどっか飛んじまうみてぇだな」
「す、すみません……」
 確かにそうだ。修行がどうとか言ってる場合じゃない。
 項垂れる私を見て、シカク先生はこれまで向かっていたのと違う方向に爪先を向けた。
「予定変更だ。ちょっとお前、うちに来い」
「……はい?」
 突然の提案に私は文字通り口をあんぐり開けて、何も読み取れない彼の日に焼けた顔を見た。