影に陽は差し
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「それでも、祈ることをやめない」
「気がついた?」
オビトがうっすら目を開けたとき、私は恐る恐る声をかけた。あの後、他のチームは訓練を続行、私たちは途中棄権。ガイと一緒にオビトを保健室に運んだが、ガイが大泣きしながらいつまでも騒ぐので、私はガイを問答無用で締め出した。
オビトは私を見て、すぐ表情を曇らせる。怪我して弱ってるときまで、そんな顔しなくていいじゃん。
「医療部の人が見てくれたよ。幸い内臓は問題ないですって」
「内臓は……?」
「ああ、大丈夫。打撲で痛いだけ。数日で治るってさ」
それを聞いたオビトは大きく息を吐いて目を閉じた。そしてこちらに背中を向け、布団をかぶりなおす。
「歩ける? 帰り、送ろうか?」
「いい。帰れる」
何を聞いてもこの調子。一年前はまだ、兄弟みたいに遊んでたのにな。
いや、ちょうど一年前か。オビトの両親が亡くなったのは。
オビトがそのまま静かになったので、私は言葉を選びながら慎重に話しかけた。
「オビト……標ばあちゃん、最近どうしてる?」
返事はないし、オビトは身じろぎひとつしない。一方通行の呼びかけが悲しかった。
「私は、前みたいにオビトと仲良くしたいよ。オビトは私のこと嫌いになった?」
無反応。眠っているのかとも思ったが、そんな息遣いじゃない。
「オビト? ねえ、聞いてる?」
無視。
「オビトってば」
ひたすら無視。最初は気まずさが勝ったが、次第に腹が立ってきた。返事くらいしろ。
「オビトーーーーー」
名前を呼びながら、私はオビトの布団を剥いだ。驚いて振り向く彼の脇に手を差し入れて、容赦なくくすぐる。オビトは泣き笑いのような顔をしながら身を捩ってわめいた。
「や、やめ! おい! 痛い! 殺す気か!!」
「あ、ごめん」
そうだ、怪我してるんだった。私はすぐに手を離したが、オビトは布団の上で丸くなり、脇腹を押さえて唸っていた。
「ごめん、オビト。大丈夫?」
「大丈夫なわけあるか! 時と場合考えろよ!」
「だってオビトと話したかったから……」
私が項垂れて答えると、オビトは気まずそうに眉毛を寄せながらやっとこちらを見た。久しぶりに、オビトの目をちゃんと見た。私はもう一度繰り返す。
「ごめん」
「……もういいよ」
ボソボソとつぶやいて、オビトはまた目線を落とした。それでも上半身はこちらを向いてくれていたので、私はそのまま問いかける。
「オビトは私のこと、嫌いになった?」
「そうじゃない」
オビトは意外にも即答した。目線を外したまま、躊躇いがちにあとを続ける。
「には感謝してる。澪ばあちゃんにも。でも俺は……ばあちゃんを裏切れない。ばあちゃんはを恨んでる。ばあちゃんにはもう俺しかいないのに……俺がばあちゃんを裏切るわけにいかないんだ」
「……オビト」
何となく、そんな気はしていたけど。はっきりと突きつけられて、私は言葉に詰まった。標ばあちゃんがの家を出たとき、ばあちゃんの母親は標ばあちゃんと縁を切ったらしい。女系一族であり婿を取るのが慣例の家と、同族婚姻が通例のうちは家。その狭間で揺れ続け、標ばあちゃんはずっと苦しんできたのだろう。
「オビトは、標ばあちゃんが大好きだもんね」
オビトが顔を上げて、まっすぐにこちらを見る。この一年で少し、大きくなったかな。何年も一緒に過ごした又従弟は、私にとってやっぱり親しみを感じる特別な存在だった。弟みたいで、放っておけなくて。このまま遠くなるなんて、嫌だな。
「分かった。もう無理に引き止めないよ。あ、でもうちのばあちゃんのお節介は諦めてね? オビトや標ばあちゃんにご飯食べてもらうのが楽しみなんだから、時々は顔見せてあげて。何かあったらいつでも言ってね。私もばあちゃんも、いつでも待ってるから」
「……も澪ばあちゃんに負けてねぇよ、お節介」
オビトはそう言いながら、はにかむように笑った。昔見た笑顔とは違っても、久しぶりに向けられる表情に胸の奥が苦しくもあったかくなる。私たちはもともと複雑な間柄の親戚だ。わだかまりのない友人には、なれないかもしれない。
でも、嫌われているわけじゃないと分かったから。もう無理に振り向かせようとするのはやめよう。オビトが助けを求めたいときに、いつでも寄り添えるようにただ近くにいよう。
「じゃ、帰ろっか。もう放課後だよ。しんどいだろうし肩くらい貸すから」
私が言うと、オビトはすぐに首を振った。
「ひとりで帰れる。大丈夫だ」
「でも……さっき私がくすぐって余計に痛めちゃったわけだし……」
「いいって。それより……あんなこと、人前でやるんじゃないぞ」
「あんなこと?」
私がきょとんとして聞き返すと、オビトは赤くなって強く言い返した。
「だから、コチョコチョとかだよ! もう子どもじゃないんだから恥ずかしいだろ!」
「あ、そう? うん、まぁ、そっか」
そんなこと気にするようになったんだ。なんだか微笑ましいやら寂しいやらで、私は思わず笑ってしまった。それを見てオビトが声を張り上げる。
「笑うなよ! 俺だけ気にしてるみたいじゃんか!」
「分かった分かった、気をつけるよ。ほら、帰ろ」
「一人で帰れるって言っただろ!」
「荷物取ってくるから、ちょっと待ってて」
「聞けって!」
これくらい騒げるなら大丈夫かもしれないが、念のため途中までついていこうと思う。ひとまず教室にあるカバンを取りに行こうと保健室のドアを開けたところ、すぐ横に気まずそうな顔のリンが立っていた。
「あ、ごめん……立ち聞きするつもりじゃ、なかったんだけど……」
「リン、どうしたの?」
どこから聞いていたのだろう。気づかなかった。私が声をかけると、後ろからオビトの上擦った声が聞こえた。
「え、リン?」
「オビト、大丈夫? も戻ってこないし、大丈夫かなと思って……あ、カバンなら持ってきたよ」
自分のカバンを背負い、他の二つを手に持ったリンが保健室の中を覗き込んで告げる。リンの顔を見たオビトは、これまでと打って変わって心底嬉しそうな顔をした。
(あれ……これは、ひょっとして?)
オビトの頬が次第に染まっていくのを見て、何となく察してしまう。そうか、そういうことか。
でもオビトに余計なお節介を焼くのはやめようと心に決めたところだ。今のリンは口にこそ出さないがカカシに夢中だし、何も知らないふりをしてこれまで通り過ごそう。私は自分のカバンを背負ってからオビトのカバンを持ち、リンがオビトに手を貸すのを黙って見守った。
結局三人で途中まで帰ることになり、談笑しながら正門へと向かう。リンに肩を貸してもらったオビトは痛みなど吹き飛んだようで、にこにこ上機嫌に笑っていた。いつか二人が結ばれる日が来るといいけど。
「オビト! !」
正門前に着いたとき、私たちは突然大きな声で名前を呼ばれた。驚いて顔を上げると、元気いっぱいのガイが仁王立ちで待ち構えている。私とオビトは同時にゲッとうめき声をあげた。
「ボクのせいでオビトに怪我をさせてしまった! お詫びに家まで送らせてくれ! さぁ、背中に乗って! 気にしなくていい、これも修行だ!」
ガイはまるで今にも飛び跳ねそうな勢いでオビトに背を向け、構えを取る。オビトは青ざめ、その様子にジリジリと後ずさった。
「いや、大丈夫だ、気にするな。ほんとに大丈夫だから……」
「遠慮しないでくれ! 修行は忍にとって最も大事なことだ! さぁ、乗ってくれ! さぁ!」
「ガイ、あんたいい加減に……」
私は止めようとしたが、ガイはおんぶがダメならと別の手段を考えたようで、怯えるオビトの腰をむんずと掴んで持ち上げた。
「ギャーーーーーーーー!!!」
「ガイ、バカ! あんたのせいでオビトは腰に怪我してんのよ!!」
「そうか、すまなかった。ではこれならどうだ?」
「ギャーーーーーーーーーーーー!!!」
「ガイ!!! リン、ちょっと先生呼んできて!!!」
オビトの雄叫びと私の怒声がこだまする中、リンが大慌てで先生を呼びに走った。