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「それでも、祈ることをやめない」

影に陽は差し

第一部 (top)

38.三代目

 アスマのところで修行を始めて一週間。五大性質の関係性や風のチャクラの特性などを学び、理論は何となく理解した。風は力技ではなく、緻密さ。チャクラを鋭く尖らせ、空間を切り裂くイメージ。初めは小さなものから練習を重ねる。アスマに手渡されたのは、足元に落ちている新緑の木の葉だった。
「まずは葉っぱをチャクラで真っ二つにする。俺はこの修行に半年かかってる」
「はっ……半年……」
 遁術の修行には何年という時間がかかる。知識としては知っていたけれど、気が遠くなるような話だ。
 アスマは呆然とする私を見て、片眉を上げてみせた。
「もちろん半年もお前に付き合ってやる義理はねぇ。まずは一ミリでもいい、切れ目でも入れられれば感覚がつかめてくる。その繰り返しだ。そこまでは付き合ってやる」
「……は、はい……お願いします……」
 私が重々しく頭を下げると、様子を見ていたシカク先生が口を挟んできた。
「盛り上がってるとこ悪いが、は期限付きでチョウザから預かってる。一か月だ。俺の家で一週間、ここに来て一週間、つまり残り二週間。その間に何もつかめなかったとしたら、素質がなかったってことだ。向いてもいねぇことに時間かけるような余裕はねぇからな」
「先生んちで一週間って……お前も付き合わされたのか? アレ」
 アスマが右手で将棋を指すような動きを見せる。どうやらアスマも同じ目に遭ったらしい。私は苦笑しながら小さく頷いてみせた。
 それにしても――残り二週間か。期限のことを聞いていなかったので、私は少し焦った。よくよく考えればチームの任務にもつかずに、いつまでも他所で修行だけをしていていいはずがない。シカク班の任務のとき、里周辺のDランク任務であれば私は彼らにくっついていくが、一年先を行くアスマたちは外でCランク任務を請けることもあった。そんなときにメンバーでもない私がいても足手まといなので、私はひとり演習場に残って性質変化の修行に明け暮れた。
「全然、切れない……」
 両手の中に葉っぱを閉じ込めチャクラを流しても、傷ひとつつかない。アッと思ってもただの筋だったりする。アスマは鋭く尖らせるんだよと繰り返すけれど、そのイメージは何百回もした。悔しい。
 ゲンマとガイの顔が浮かんできて、私は手のひらの葉っぱをきつく握りしめた。
 ゲンマもガイも、どんどん先を行くのに。アスマや紅も、自分たちの武器を磨いているのに。
 期限が残り一週間と迫る中、歯痒さに唇を噛む私の背中に聞き覚えのある声が届いた。
「――焦りは禁物だと、シカクから学んだはずだが?」
 直前まで気配はなかった。弾けたように振り向くと、『火』の文字が刻まれた笠を親指で上げながら、三代目火影が静かにたたずんでいた。

***

 三代目火影、猿飛ヒルゼン。アスマの父親。アカデミーの入学式でも、下忍になるときも、任務を受けるときも、私たちに声をかけ、見守る存在。戦時中のため任務受付に姿を見せないことも多いが、その穏やかな笑みは里の子どもたちにとって心落ち着ける場所のひとつだ。
 でも私にとって彼は、もう一つの顔を持つ。三代目がいるから、ばあちゃんはうちに帰ってこない。火影のアドバイザーとして火影邸に呼ばれ、ばあちゃんは近頃では一か月に数日帰宅すればまだ良いほうだった。
 ばあちゃんは家に戻らない。そして病状が次第に改善した母さんは、先日再び戦場へと出ていった。
「手こずっておるようじゃのう」
「……三代目様が、どうしてこんなところに?」
 たまたま通りかかるような場所ではない。私が小声で問いかけると、三代目は穏やかに微笑んだ。
「単刀直入に言えば、チョウザとシカクからお前の修行を見るよう頼まれておる。遅くなってすまんかった」
「……まさか。火影様が、何で私の修行なんか」
 この戦時中に、火影ともあろう人が、こんな一介の子ども相手に普通なら有り得ない。でも心のどこかで、本当の理由に気づいている自分もいる。
 三代目はさほど表情を変えずに悠々と続ける。
「風の属性を持つ忍びはただでさえ里に少ない上、今は多くが出払っておる。今は私くらいしか適任がおらんからな」
「だからって、火影様が出てくるようなところではないはずです。私が……澪の孫でなければ」
 三代目の顔を直視できず、私はボソボソと言いながら足元に視線を落とした。しばらく沈黙が続いたあと、三代目が突然声をあげて笑う。
「ハッハッ! そうじゃのう。確かに、お前が澪の孫でなければ私もここには来ておらんかもしれん」
 やっぱり、そうなんだ。私が澪の孫だから、火影のアドバイザーの孫だから。みんな肩書きしか見てない。私のことだって、きっとばあちゃんのことだってそうだ。
 でもうつむく私の頭を、三代目はクシャクシャとあやすように撫でた。私は驚いて固まってしまった。
「大事な旧友の大事な孫だ。少しくらい特別扱いしても罰は当たらんじゃろうて」
 三代目の言葉には、裏表のない温かさがある。そして分かった。私は澪の孫として見られること以上に、ばあちゃんがばあちゃんでなく、『三代目火影のアドバイザー』としてその存在が独り歩きしているようなあの感覚が嫌だったんだ。まるで肩書がばあちゃん自身を覆い隠しているみたいに――家族の中まで侵食しているみたいに。
 でも今、ヒルゼン様はばあちゃんを大事な旧友と呼んだ。私のことを、大事な旧友の大事な孫だと。それだけで、ほんの少しだけ救われたような気がした。
「本当に大きくなったのう」
 そう言って笑うヒルゼン様の目尻に刻まれたシワが、より一層深くなった。