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「それでも、祈ることをやめない」

影に陽は差し

第一部 (top)

22.作戦

「ゲンマ〜なんか可愛い子来てるよ〜」
 教室の入口のほうから、ニヤニヤ意味深に笑うクラスメイトがわざとらしく大声で呼んでくる。クラス中の視線がこちらに集まるのを無視して、俺はうんざりとため息をついた。正直めんどくさい。全員に聞こえるように呼ばれるのも何なら教室に来られるのも、何なら放課後呼び止められるのもロッカーに手紙が入ってるのも全部めんどくさい。
 こう言うと俺がものすごくモテてるように聞こえるかもしれないが、年に数回の話だ。それでもめんどくさい。
「またゲンマか、色男め」
「うぜぇな刺すぞ」
 俺が口元の長楊枝を揺らしながら唸ると、隣に座っていたクラスメイトはすぐさま降参のポーズを見せた。しょーもないこと言ってんじゃねぇよ。
 俺が重い腰を上げてそちらに向かうと、廊下でオドオドと待っていたのは見覚えのある顔だった。確か、の友達。名前は知らない。
 彼女は相当緊張しているらしく、顔を強張らせながらやっとのことで口を開いた。
「あの、ゲンマさん……ですよね?」
「おう。の友達だろ? 何の用?」
 俺が知っているのが意外だったのか、彼女は目を真ん丸にしてしばらくこちらを見ていた。なんか、そういう顔はに似てるな。
 の友達がハッと我に返って早口で言ってくる。
「あの、のことでちょっと相談があって……」
 俺は全く見当がつかずに首を捻りながら、廊下の向こうを指差して告げた。
「あっちで話そうぜ。ここはうるせぇから」
「は、はい」
「あと、敬語はいらない」
「は……うん」
 の友達に敬語を使われると居心地が悪い。なんかあっという間にタメ口になったぞ。
 教室の窓から何人かが顔を出して覗いてくるのを睨みつけながら、俺はの友達を連れてあいつらから見えない廊下まで移動した。わざわざ六年の教室まで来るなんて、よっぽど大事な用事なんだろう。
 彼女は目線を彷徨わせてしばらく考え込んだあと、思い切ったように顔を上げた。
「最近、がずっと落ち込んでて……ゲンマさん、何か知らない?」
「え? 俺?」
 そういえばここのところ会っていない。大抵会うのはが修行を頼みに来るときくらいだ。俺から会いに行くことはほとんどない。
「……何で俺に聞く? 授業で毎日会ってるだろ?」
「会ってるけど……なんか今までと様子が違うっていうか。聞いちゃいけないような気がして……でも心配で」
「『聞いちゃいけない』ことなら、知ってたとしても俺があんたに話すと思うか?」
 逆に聞き返すと、彼女は息を呑んで口ごもった。初対面から率直に話しすぎたか。俺は気まずくなって頭を掻きながら言葉を濁す。
「俺は何も知らねぇよ。最近会ってないしな。友達なら直接聞いてやったほうがあいつも喜ぶんじゃないか?」
「そう……ですね」
 また敬語に戻っちまった。まぁ、いいか。シュンとする彼女を見て俺はいよいよ居心地が悪くなった。話題を変えるつもりで、尋ねる。
「つーか、何でわざわざ俺のところに来た? あいつから何か聞いてんのか?」
 は俺とのことを友達に話してるのか? だとすればなんだか気恥ずかしい。俺のことを何と言っているのか、興味本位で聞いてみたくなった。
 の友達はさも当然のように言ってくる。
はゲンマさんのこと、お兄ちゃんができたみたいで嬉しいっていつも話してますよ。すごく信頼してるんだと思います。だからひょっとして、ゲンマさんなら何か知ってるかもと思って押しかけちゃいました。ご迷惑かけてすみません……」
「いや、そんなこと気にすんな」
 気恥ずかしいが、素直に嬉しかった。あいつが友達にも俺とのことを話しているということは、心から認めてくれているような気がした。
 もちろん俺は、恥ずかしくてできない。
「あいつ、ひとりで抱え込んだりするだろ? 話したくないことも色々あるだろうけど……あんたみたいな友達がいてくれるだけで、あいつも安心すると思うぜ。あんま深追いはせずに、さらっと聞いてやれよ」
 それを聞いて彼女は少し気が楽になったようだった。硬くなっていた表情が緩んで、やっと穏やかに微笑む。
「そういや、名前は?」
「あ、ごめんなさい! のはらリンです」
「リンな。のこと、宜しく頼む」
「はい!」
 誇らしげに笑い、リンは軽く一礼して去っていった。よりだいぶしっかりした子だ。あいつのそばにいてくれれば多少は安心できる。はいつも明るく笑っているが、ふとしたことですぐに崩れ去る脆さも抱えているからだ。
 それにしても。
(……最近誘いに来ないのは、また凹んでやがるからか)
 リンが何とかするにしても、俺からも一言言ってやるか。俺はひとりになった廊下で長楊枝を揺らしながら、どこで待ち伏せしてやろうか考える。家に行ってもいいが、放課後なら不在の可能性もある。やはりここは、確実な手段を取るか。
 俺は教室に戻り、時計を確認しながら席に着く。クラスメイトたちがやかましく絡んでくるのを完全に無視し、俺は放課後一番に正門で待ち伏せすることに決めた。あいつが落ち込んでいることを知ってしまった以上、どうせ放っておけるはずがないのだから。