影に陽は差し
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「それでも、祈ることをやめない」
第九演習場に着けば、紅、アスマ、ライドウの三人が揃っていた。私のことはすでにシカク先生から聞いているらしい。雑談もそこそこに各自が修行に取りかかる中、少し遅れて現れたシカク先生は私とアスマを近くに呼んでこう言った。
「アスマ。お前、に風の性質変化の修行つけてやれ」
「はぁ? 俺?」
アスマが露骨にめんどくさそうな顔をする。私もまたシカク先生に向かって思わず不服の声を出してしまった。
「シカク先生が教えてくれるんじゃないんですか?」
「ん? 誰がそんなこと言った。そもそも俺は風の性質なんぞ持っちゃいねぇ」
えーーーーーーーー……。私とアスマはお互いを煙たげに眺めて、顔をしかめる。もともと仲が良いわけでもないし、アスマからすれば厄介事を押し付けられてさぞ迷惑しているだろう。最後の抵抗に、私はシカク先生にも同じ視線を投げつけてうめいた。
「まさか最初から、アスマにやらせるつもりで……?」
するとシカク先生は、腕組みしてニヤリと不敵に微笑んでみせた。
「、お前の悪い癖だぞ。そう焦るな、ちゃんと手は考えてある」
それを聞いたアスマは思い当たる節でもあるのか、呆れたように嘆息して右手で目元を覆う。シカク先生は私たちとは対照的に落ち着き払った余裕を見せて、豪胆に笑ってみせた。
「そんな顔するな、アスマ。人に教えるには自分の中でしっかり噛み砕いて手前の血肉としてなきゃならねぇ。伊達にこの一年修行してきたわけじゃねぇだろ? 今のお前がどれほどのもんか、俺たちに見せてみろ」
「……めんどくせぇ」
アスマがもう一度ため息をつく。気持ちは分かるし心底申し訳ないけど、そこまでしつこく面倒アピールしてこなくてもいいじゃん。少し反抗的な感情が芽生えてきて、私は長身のアスマをジト目で睨んだ。でもまぁ、これが普通の反応か。面倒見の良すぎるゲンマがだいぶ特殊なんだな。
アスマが私の視線を受けて眉間にしわを寄せながら、聞いてくる。
「お前、性質変化の理論くらいは勉強してきんだろうな?」
「なにそれ。知らない」
「はぁ? やる気あんのかよ」
「あ! る……やる気は、ある」
尻すぼみに答える私を睨みつけてアスマが凄む。だっていきなりシカク先生に引っ張られて、一週間将棋に付き合わされて、どこでそんな勉強してこいって言うのよ。でもそんなことを言ってもアスマに何の関係もないので、私はおとなしく口を噤んだ。
「ちょうどいいじゃねぇか、アスマ。お前も基礎から復習だ。理論からしっかりに教えてやれ」
「本気かよ……勘弁してくれよ」
とにかくアスマが本気で嫌がっていることだけは分かった。でも貴重な風のチャクラ性質の持ち主で、せっかくチョウザ先生が手を回してくれたのだ。チョウザ先生の厚意を無下にできないし、私だって新しい武器を見つけたい。私は言い返したい気持ちを抑えてなんとかアスマにしっかり頭を下げた。
「お願いします! その……アスマ、先生……!」
先生、と呼ばれたのが想定外だったらしい。アスマは毒気を抜かれたように目を丸くし、途端に赤面しながらしどろもどろになった。
「その、つまり、なんだ…………分かったよ、教えりゃいいんだろ、教えりゃ。俺は『先輩』だからな、ビシバシいくから覚悟しとけよ」
先生と呼んだだけで、手のひら返しがすごい。初めて知るアスマの一面に私は心の中でちょっと笑ってしまった。顔に出したら怒られそうだからやめておこう。シカク先生もそんなアスマの様子を苦笑いで眺めていた。
でも照れたように赤くなっていたアスマが、咳払いひとつ挟むと見たこともないような真剣な表情になる。彼は足元の小石を拾い上げ、半腰の姿勢で地面にしゃがみこんだ。そのまま腕を伸ばし、地面に小石で丸い図を描いていく。
「おい、ボーっとしてんな。まずは五大性質の基本だ、一回で覚えろよ」
「う、うん……お願いします」
アスマがさらさらと描いていく円の内容をしっかりと頭に叩き込む。シカク先生はそんな私たちの様子を少し後ろに引いて悠然と眺めていた。
やる気は感じられないしぶっきらぼうだけど、でも頼まれたことは何だかんだちゃんとやるんだな。しかも普通に分かりやすい。私は内心驚きながらも、これならアスマとしばらく一緒にやっていけそうだと少しだけ安心した。
***
が性質変化の修行で俺たちの前からいなくなってから、二週間が経った。その間、受けた任務は俺とガイのふたりでこなし、必要があればチョウザ先生が入るという形だ。はここ最近ようやく痒い所に手が届くようなサポートをしてくれるようになっていたので、突然の彼女の不在は、俺たちにとってむず痒いような奇妙な落ち着かなさがあった。
「がいないと物足りないな」
任務の帰り、いつもの道を並んで歩きながらガイが気楽にそう言った。俺は胸が奇妙に脈打つのを感じたがその正体は分からず、軽く咳き込むことで適当にごまかした。
「まぁな。がいれば下水道なんか潜らずに済んだ」
「今日はゲンマが頑張ってくれたからな! どうだ、団子でも奢ろう!」
「いや、さすがに帰って風呂入るわ……またな」
大げさにショックを受けるガイを残し、俺はひとりで家路に着く。手こずったため下水道まで流された落とし物を探すため、臭いが染み付いた気がする。さっさと風呂に入ってさっぱりしたい。むしろ、完全に落ちるだろうか。
げんなりしながら歩いていると、通りの向こうにすっかり見慣れた顔を見つけた。いや、この二週間はまったく姿を見ていなかったが。
は以前甘味屋で一緒になったチームの連中と一緒だった。確かの同級生だ。恐らく、今一緒に修行をしているのだろう。つまりシカク先生のチームということだ。チョウザ先生は猪鹿蝶として先祖代々連携プレーを得意としてきた。を預けるにも安心できる相手だろう。
だが、が自分の知らない連中と親しくしているのを見るのは面白くなかった。
(……何言ってんだ? バカか?)
自分の心の中で、自分に突っ込みを入れる。にはの交友関係があるし、そんなことは今に始まったわけじゃない。はもともと俺の知らないところで同級生と親しかっただろうし、これからもそんなことは増えていくだろう。そもそもが誰と仲良くしようが俺に関係ないだろうが。
どんどん成長する妹を持つ兄というのは、こんなふうに寂しさを覚えるんだろうか。子離れできない親のような。知らねぇけど。
(はぁ……ダッセェ)
がまるで雛鳥みたいに後ろをついてくるのが嬉しかったんだ。自分が誰かの役に立っているって実感が得られるし、守るべき存在がいるってのも悪くない。それに、が他の誰でもなく俺に助けを求めるっていう事実が、知らず知らずのうちに心地良かったんだろう。
そんなもの、つまらない優越感に過ぎない。あいつはもう俺の後ろをついてくるだけの子どもじゃない。ひとりで歩こうとあいつなりにもがいてる。それを応援してやらないでどうするんだ。
俺はたちから目線を外して、反対方向へと踏み出す。さっさと風呂に入って洗い流そう。このつまらない見栄も一緒に。