影に陽は差し
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「それでも、祈ることをやめない」
家は、忍猫使いとして知られる木ノ葉隠れの古い忍一族だ。一族といってもすでに生き残りはばあちゃん、母さん、そして私の三人のみという、絶滅寸前の家系。そのせいか、私は幼少期から「血を絶やさないこと」「信念を持って忍猫を受け継ぐこと」など、様々なことをばあちゃんから教え込まれた。
しかし五歳足らずの子どもにとって、そんな言葉にどれほどの重みがあるだろうか。
「よーするに、子ども作って忍猫を受け継いでいけばいいってだけでしょ? そんなにガミガミ言わなくても」
私は軽い気持ちでそう口を挟んだ。するとばあちゃんは、聞こえよがしにため息をつく。
「忍猫を継ぐってのはそう簡単なことじゃないんだよ。血統さえあればいいなんて甘いことを考えるんじゃない。凪だって、まだ一度も忍猫を呼び出せていないじゃないか」
「だって……」
凪とは母さんの名前だ。母さんは私のように幼少期から忍猫たちに囲まれて育ったが、戦場で彼らを呼び出すことは一度もできなかったそうだ。今や母さんに付き従う忍猫もほとんどおらず、私が生まれてからは、忍猫たちは私をおもちゃにして遊ぶようになった。
その中でも私によくくっついているのが、今年十歳になったアイとサクの兄弟だ。二人はアカデミーにもよくついてくるし、寝るときは一緒に布団に潜り込んでくる。正直、私は彼らがいてくれれば、困ったときも何とかなると思っていた。
の忍猫たちは普通の猫とは違い、人間の言葉を喋る上に、密偵や戦闘、潜入任務に優れた能力を持つ。足音もなく動き回り、鋭い洞察力で敵の気配を感じ取り、影のように潜伏する。だが私にとって彼らはそんな大層なものではなく、ただ単に兄弟のような存在だった。
ばあちゃんはすでに現役は引退しているが、三代目火影のアドバイザーとしてよく火影邸に呼び出される。母さんが任務、ばあちゃんが火影邸にいるとき、私はアイやサクと一緒に、軒先で大の字になって空を見上げていた。何も考えずに過ごせる、そんな時間が好きだった。
「、いるの?」
玄関先から聞き慣れた声がして、私は急いで体を起こす。
「うん、いるよー! 庭の方」
アイとサクは丸くなったまま耳も動かさない。二人は放っておいて、私は足元のサンダルを引っかけて玄関の方まで出ていった。
来客は、アカデミーの友人であるリンだ。今日は約束はしてなかったはずだけど。
「宿題、よく分かんないとこあって。一緒にやってもいい?」
「うん、いーよ! 私もそろそろやろうと思ってたとこ」
「ウソにゃ」
「ウソだにゃ」
気づかないうちに足元に寄ってきていたアイとサクが、口々にツッコミを入れる。私は頬を膨らませて怒鳴った。
「する気だったわよ! 手伝わないならあっち行ってて!」
「そろそろおやつの時間にゃ」
「おやつよこせ」
「さっき食べたじゃん!」
「あの……干し肉でよければあるけど。好きかなと思って」
リンが手提げ袋を恐る恐る示すと、アイとサクは上機嫌で彼女の足にすり寄った。
「それにゃそれにゃ。良い匂いがすると思ったにゃ」
「お前は話が分かるにゃ」
「あんたたちほんとに隠密行動できるんでしょうね……? すぐに敵の罠にコロッとかかりそう……」
私が呆れながら言うと、サクが牙を見せて唸った。怒らせると問答無用でパンチを喰らうので、とりあえず両手を挙げて降参の姿勢をとっておく。
リンを中に招き入れると、アイとサクはそそくさと彼女のあとについていった。本当に彼らが隠密行動に向いているのか、謎は深まるばかりだ。
リンとはアカデミー入学当初からの付き合いだが、二人の仲が決定的に深まったのはあの演習のときだろう。三つのチームに分かれて目的地まで障害物を避けて進む途中、同期のひとりを庇って私は足に怪我を負った。
出血がひどく、ほとんどの同期がオロオロと狼狽える中、リンは素早く私のもとに来て応急処置をしてくれた。
「大丈夫、動かないで」
よく間延びした話し方をするし、マイペースな子だなと思っていた。それが緊急時には落ち着いて手順を踏まえた対応ができる。初めて見る親友の姿に、痛みを忘れて感動さえ覚えたものだ。リンの適切な処置に、先生も感心して高評価をつけていた。
演習後、やっぱり痛みがひどくて保健室で休んでいるところにリンが来てくれた。そこで話したことが、彼女を知る大きなきっかけになったのだ。
「私、忍の家じゃないんだけど。両親が病院で働いてるから、小さい頃から戦いで傷ついた人たちをたくさん見てきた。両親は裏方の仕事だけど、両親の姿を見て、私も傷ついた人たちの力になりたいと思ったの。後期からは、医療忍術の授業も受けようと思ってる」
忍の家系でもないのにアカデミーに入ったことも、そのうえ特別授業である医療忍術まで受講しようとしていることも、私にとっては異次元の話だった。
「……すごいな。私は忍の家に生まれて、忍になるのが当たり前だったから何となくアカデミーに入っただけなのに」
「いいじゃない、それで。はすごいよ。何となく入ったのにいつも成績は上位じゃない。私はがうらやましい」
「そんなの……大したことないよ。今日だって怪我してチームの足引っ張っちゃったし、手裏剣術は何回やっても苦手だしさ」
「今日の怪我はタンジを庇ったからでしょう? それに、誰でも苦手があるのは当たり前。まぁ、カカシはちょっと例外だけどさ」
そう言ったリンの頬が心なしか赤く染まっている。カカシは同期の中で群を抜いて優秀だった。私は内心でカカシに唾を吐きながら、話題を逸らす。
「ガイだって入学した頃はあんなにひどかったのに、体術は目に見えて上達してるし。目標があるほうが絶対あとで差が出るって」
ガイは一度アカデミーの試験に落ち、補欠合格で入学したという異例の成績だ。しかし毎日ボロボロになるまで修行を重ね、体術は見るからに急成長している。私の言葉を聞いて、リンは肩をすくめた。
「まぁ、目標があるのはいいことかもしれないけど。目標がないのだっていいことだよ。だってそれだけ視野が広がると思うから」
リンの裏表のない笑顔がまぶしかった。彼女は強く、優しい忍になると思った。
「どんなだっていいんだよ。私は、どんなも大好きだよ」