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「それでも、祈ることをやめない」

影に陽は差し

第一部 (top)

34.風

 ガイもチャクラコントロールの基本を押さえると、各自の強みを鍛える個別修行が始まった。ガイは言わずとしれた体術を、チョウザ先生相手に鍛えている。ゲンマはさらに長楊枝の威力を上げるため、戦場から一時帰還しているゲンマのおじさんにチャクラコントロールを鍛えてもらいに行った。
 私はガイとチョウザ先生が組み手している姿を遠巻きに眺めながら、手にしたクナイを握り締める。
 私だけ、まだ何もない。
 ゲンマは私の手裏剣やクナイの扱いを認めてくれているけど、ゲンマに比べればまだまだだ。ガイは卒業後もメキメキと体術の腕を上げている。私だけ、これが強みだと言えるものが何もない。
 謙遜なんかじゃない。それが事実だ。
「口寄せの術」
 何度印を結んで唱えても、誰も応えてくれない。アイとサクは相変わらず気が向いたときに家にいるけれど、私は以前ほど彼らに近づかなくなっていた。兄弟だと思っていた彼らは、ばあちゃんとの契約のためだけに私のそばにいる。そう思うと昔のように気楽に口を利けなくなってしまった。このままでは、絶対に口寄せなんかできないのに。
「どうした。手が止まってるぞ」
 ぼんやりしていると、目の前にチョウザ先生の大きな身体が現れた。私は慌ててクナイを握りなおし、目標の的に視線を戻す。
 投げつけたクナイは、的に当たってあっさり弾き返された。
「クナイの投擲は難しい。コントロールは悪くないが、威力が足りないな」
「はい……」
 在学中、ゲンマに教えてもらったときより的の距離を離した。私はあの頃から、ろくに成長なんかしていない。
 チョウザ先生は、うつむく私に向けて静かに言葉を続ける。
「忍猫との契約は済んでるのか?」
 私は驚いて顔を上げたが、すぐに腑に落ちる。彼は担当上忍だ。当然私の家系やその特徴を知っているだろう。そもそも上忍クラスで澪の家系を知らない者はいまい。
「……はい。アカデミーの卒業と同時に、血印を交わすのが慣わしです」
「そうか。忍猫はただでさえ気まぐれで契約自体が至難の業だと言われている。あまり焦るなよ」
 チョウザ先生の声は優しかった。私は先生の目を見ることができず、うつむいたまま小さく頷く。同時に、この先どうすればいいか全く見当がつかず途方に暮れた。ばあちゃんは「信頼は積み重ねるもの」という抽象的な話しかしない。
 しばらく沈黙が続いたあと、チョウザ先生が話題を変えた。
「お前、遁術の修行は?」
「え? したこと、ないですけど……」
「気分を変えて、一度試してみるか?」
 そう言って先生が懐から出したのは、一枚の小さな紙だった。光に反射して微かに輝いている。
「感応紙だ。使ったことは?」
「ないです。家では基本忍術くらいしか習ってませんから……」
「お前の基本忍術は問題ない。それらを磨くことも大切だが、得意分野がないと感じるなら、お前の適性は別のところにあるのかもしれない。試してみる価値はある」
 考えたこともなかった。うちは一族であるオビトが火遁の修行をするのは見たことがあるが、自分はいつかアイやサクと一緒にやっていくのだと漠然と考えていた気がする。でも母さんが未だに忍猫を呼び出せないことを考えれば、自分もそうなる可能性があることを認めるしかない。彼らの力だけに頼ることは、己の可能性を潰すことだ。
 私はチョウザ先生の手から感応紙を受け取った。やり方は聞いたことがある。チャクラを流すと、自分の中にある最も強い性質が現れるはずだ。
 握りしめた紙が、真っ二つに割れた。
「ほう……珍しいな。風の性質だ」
 私はしばらく感応紙を見つめた。火の国木ノ葉隠れの里において火の性質を持つ忍びは多くいるが、風は少数派という話だ。自分がそのうちの一人というのは不思議な気分だった。
 チョウザ先生は腕組みして眉毛を寄せる。
「風か……俺では指導してやれないな。さて、どうするか」
 そして難しい顔をしたまま、つぶやいた。
「あいつに相談してみるか」

***

 今日も目まぐるしい報告を受けて、上忍たちと会議。少し落ち着いて仮眠室に向かえば、ちょうど澪が身体を起こしたところだった。彼女はこちらに気づいて、あからさまに顔をしかめてみせる。
「なんだ、ヒルゼン。家に戻らなかったのか?」
「お前こそ、たまには家に帰って家族の顔でも見てやればどうだ」
 私がそう言うと、澪はますます不機嫌そうに顔を歪める。彼女が身内の話題を嫌うことは分かっていた。それでも、伝え続けねばなるまい。
は頑張っておるよ。もっと顔を見せてやればよいものを」
「そんなこと、報告書を見れば分かる」
「報告書よりも大切なものがある。お前も分かっておろう」
 澪は私の言葉を聞いても厳しい顔つきを変えない。彼女は長いこと私を隣で支え続けてくれた。そしてそのうちに、変わってしまった。この戦乱ばかりの世の中で、百年を超える家の歴史の中で。
 澪は簡易ベッドを降りて、こちらに歩み寄ってきた。そして私の横を通り抜けてすぐ、言ってくる。
「医者の許可が出た。凪を戦場に戻す。今週中に配置を決める」
「……そうか。すまんな。もっと休ませてやりたかったが」
「あいつだけ特別扱いはできない。みんな、傷つきながら里のために働いてるんだ。あいつだけじゃない。みんな、傷ついてるんだ」
 それは澪自身への慰みかもしれない。彼女は決して認めまいが。彼女がそのまま仮眠室を出ていってから、私は彼女が眠っていたところに静かに我が身を横たえた。三十分ほど仮眠して、すぐに執務室に戻る。
 待っていたのは、下忍の指導を担当している若き上忍ふたりだった。奈良シカクに、秋道チョウザ。
 シカクが恭しく頭を下げて切り出した。
「三代目様、お忙しいところ申し訳ございません。折り入ってご相談したいことがございます」