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「それでも、祈ることをやめない」

影に陽は差し

第一部 (top)

47.迷い

 初めてのCランク任務は物の見事に失敗に終わった。というより、私が足を引っ張ってしまった。
 今回の任務は里から少し離れた村からの依頼。ここ最近畑を荒らすというイノシシの捕獲だ。麻酔を塗ったクナイのトラップを仕掛け、弱ったところでガイが捕獲、私はそのサポートという分担。ゲンマは全体を確認しながら逐一指示を出し、トラップは彼の長楊枝で発動という手順だった。チョウザ先生は後ろに下がり、基本的には何もしない。
 日中は依頼人である村長や村人から話を聞いたり、周囲の様子を確認したりして過ごした。そして薄暗くなるまでは交代で仮眠を取り、イノシシの活動時間に備える。ターゲットは明け方近くになってようやく現れ、私たちは計画通りに行動を開始した。
 ーーのだが。
「ガイ、! もっと距離を取れ!」
 木の上から状況を確認していたゲンマの鋭い声がした。でも私たちは、初めての任務を成功させようと焦っていたのだと思う。麻酔が思っていたほど効かず、クナイを受けても力を残していたイノシシがこちらに向かって突進してきた。私は咄嗟に後ろに引こうとして、そのまま足を捻ってしまう。痛みによる一瞬の躊躇が、私をその場から動けなくしてしまった。
 私の目前まで迫ったイノシシの体をガイの回転蹴りが吹き飛ばしたが、ガイが私に肩を貸そうとしている間に、再びこちらに向かって突撃してきた。まずい、このままじゃやられる。
 そこへ倍化したチョウザ先生の巨体が現れ、イノシシは慌てふためいたように逃げていった。
「近づきすぎたな」
 私の足を見ながら、チョウザ先生は責めるでもなく淡々とそう言った。ガイが申し訳なさそうに肩を落としながら口を開く。
「すまない、……ボクが前に出すぎたせいで、君まで」
「ううん……私も油断してて。ごめん」
 しばらく私の足を見ていたチョウザ先生が顔を上げて言った。
「軽い捻挫だな。念のため、里に帰ったら病院で見てもらえ」
「……はい」
 項垂れながら返事した私は、視線を感じて恐る恐る振り返った。白み始めた空の下、ものすごく険しい顔をしたゲンマが私のことを睨んでいた。でも、何も言わない。やばい。逆に、めちゃくちゃ怖い。相当怒ってる。
 その後、チョウザ先生は依頼主に頭を下げ、追って別の隊を送ることを約束した。「いくら木の葉の忍者といっても、やっぱりそんな子どもではね」と渋い顔で言われ、私は悔しくて涙が出そうになった。悪いのは私で、私があのとき足を捻らなければまだ挽回できたかもしれないのに。でもそんなのただの言い訳でしかない。ガイも悔しそうだったが、ゲンマは表情を変えずに淡々と頭を下げた。
 里まではチョウザ先生がその広い背中でおんぶしてくれた。私は物心つく前に父親を亡くしているし、母さんにおんぶしてもらったような記憶もない。お父さんがいたらこんな感じかなってちょっと考えてしまって、私はこそばゆいような気持ちになった。まぁお父さんって言うにはチョウザ先生はまだ若いだろうけど。でもお兄ちゃんというよりは、お父さんのほうが似合いそうな貫禄がある。その点シカク先生はまだお兄ちゃんっぽい。年は二十歳くらいなのかな?
 帰還中、ゲンマはほぼ喋らなかった。ガイが気まずそうに話しかけてもぶっきらぼうに短く答えるだけだ。報告を終えてチョウザ先生が私を病院に連れて行くとき、ガイは勢いよく手を挙げて「ボクも行きます!」と宣言したが、ゲンマは「俺はいい」と言ってついてこなかった。やっぱりゲンマ、怒ってるんだな。悔しさと寂しさに押しつぶされそうになったが、これは自分が招いたことだ。受け止めて、ちゃんと謝って、また歩き出さないと。
 病院で検査したところ骨折などもなく、やはり軽い捻挫とのことだった。しばらく冷やして包帯で固定され、湿布薬と念のため痛み止めが処方される。看護師が立ち去ったあと、心配そうにソワソワしているガイの隣で、チョウザ先生がおもむろに口を開いた。
、ガイ。ゲンマがどうして病院までついてこなかったと思う?」
 私は無言でガイと目を合わせてから、小声でポツポツと話す。
「私たちが……ゲンマの指示を、聞かなくて、そのうえ失敗しちゃったから……怒ってる」
「どうだろう。半分当たり、というところじゃないか?」
 私はチョウザ先生の言っていることがよく分からず、思わず首をひねる。ガイも訝しげにチョウザ先生を見つめていた。
「初めてのCランク任務でお前たちも緊張していただろう。何とか成功させないとと力が入っていたはずだ。それはゲンマも同じことだ」
 確かに。ゲンマはチームの指揮をチョウザ先生から任されている。だからこそ、やり遂げなければと責任感を持っていたはずだ。それなのに、私のせいで失敗した。
 チョウザ先生は声の調子を変えずに続ける。
「もしこれが今までのようなDランク任務なら、ゲンマは任務の成功を優先したかもしれない。大きな怪我を伴うような任務はこれまでなかったからな。だが今回は違った。下手をすればはもっと重傷を負った可能性もある」
「……はい」
「俺が出なければ、まず間違いなくそうなっていただろう。そのとき、ゲンマは何をしていた?」
「何って……状況を、見てたんじゃないんですか?」
 先生の意図がまだ分からない。眉をひそめる私たちに、チョウザ先生はさらに問いかける。
「そうだな。その通りだろう。そしてどうなった?」
「どうって……失敗、しました。イノシシは逃げたし」
「そうだ。つまりあいつは、どちらも守れなかった。仲間も、任務遂行も」
「そ、そんな言い方!」
 悪いのは私だ。私たちがそもそもゲンマの指示を聞いていたら避けられた。それなのに。どうしてチョウザ先生はそんなことを言うのか。ガイも驚いた様子でチョウザ先生を凝視している。
 チョウザ先生は「落ち着け」と言いながら私の肩に手を置いた。
「あいつはこの任務前から悩んでいた。あいつはチームで一番の年長者で、自分が二人を引っ張っていかないといけないのに、これから任務が難しくなっていく中で二人を守っていけるのかとな。忍びにとって、任務の成功は必ず達成しなければならないものだ。そのどちらかをもし天秤にかけなければならないとき、自分は正しい判断ができるのかとな」
 私の頭の中に思い浮かんだのは、もちろんサクモおじさんのことだ。ゲンマは自分が指揮を担っているから、そして年長者だからと、もうそんなことを考えていたなんて。目の前の任務の成功に囚われ、手柄を焦っていた自分が本当にちっぽけに思えた。
 そしてなおさら、こんなことで足を引っ張ってしまって本当に悔しい。
 唇を噛み締める私を見下ろして、チョウザ先生はやっと少し笑顔を見せた。
「もちろんあいつはお前たちと同じ下忍だ。あいつがそこまで背負う必要はない。だがあいつは先を見据えて一日も早くリーダーとして相応しくあろうとしているのかもしれんな。お前たちは先輩後輩の関係ではなく、今はチームメイトだ。互いに信じ、それぞれの目標のために高め合うーーそのことを忘れないようにな」