影に陽は差し
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「それでも、祈ることをやめない」
ゲンマは任務が始まってからも、これまでの関係なんてなかったみたいに、そっけない態度を続けていた。任務はすべてDランクで、落とし物探し、荷物持ち、農作業の手伝い、子守り、猫探し……想像以上に地味だった。しかもガイが張り切りすぎて、荷物は落とすわ頼まれてない芋まで掘り切るわ赤ちゃんを泣かせるわ猫は逃げるわ……散々だ。
「あんたね!! いい加減にしなさいよ!!」
「す、すまない……つい気持ちが先走って……」
「あんたそれ何回目よ!! 余計なことするなら引っ込んでて!!」
ガイの胸倉をつかんで凄む私の背中に、ゲンマが淡々と言ってくる。
「お前だってあと少しのところでトラップ壊しちまっただろうが」
「うっ……」
他人みたいな顔するくせに、突っ込みだけはしっかりしてくる。余計に腹立つ。
私たちの様子を見ていたチョウザ先生が、やれやれと嘆息しながらこちらに近づいてきた。
「お前たち、何度も言うが忍びにおいて最も大切なのはチームワークだ。今の状態で戦場に出れば確実にやられるぞ。そうならないために、今のうちにチームワークを磨いておくんだよ」
「……はい」
項垂れながらなんとか返事をするが、私の頭の中にはいつもサクモおじさんのことがある。仲間を大切にしようとして責められるくらいなら、チームワークなんて必要なんだろうか。
するとゲンマが口元の長楊枝を揺らしながらチョウザ先生に問いかけた。
「先生、チームワークって何だと思いますか?」
チョウザ班に配属されて半月。ゲンマが先生に質問するのはこれが初めてだった。チョウザ先生も一瞬驚いたようだったが、すぐに表情を緩めて口を開く。
「良い質問だな。チームというのは共通の目標に向けて取り組む集団のことで、共通の目標というのは火影様から賜る任務を示す。つまり任務達成のために全員が役割を分担し互いに協力し合うことだ」
「それは、教本における解説ですよね。チームメイトっていうのは、お互い同じだけの責任を持ち、任務達成のために自分の得意分野でチームに貢献をする。あくまで対等な関係……そう、ですよね?」
ゲンマの台詞を聞いて、私は彼がどうして自分と距離を置こうとするのか少し分かった気がした。やっぱりゲンマは、もう私の面倒を見たくないと思ってるんだ。チームメイトになったんだから、これからは対等な関係だろうって。そう考えたらもう、泣きそうになった。でもここで泣いたら、やっぱりめんどくさいやつだって思われる。私は俯いて唇を噛んだ。
でもチョウザ先生は豪快に笑って、厳しい顔をしているゲンマの肩に手を置いた。
「お前は少々難しく考えすぎだ。立場がどうとか責任がどうとか、そんなもん考える必要はない。責任は隊長の俺がすべて取る。だからお前たちは、任務を達成するため、仲間のために自分に何ができるか常に考えて行動する。ただそれだけのことだ。簡単だろう?」
私もゲンマも、呆気にとられてチョウザ先生の豪放な笑顔を見つめる。ガイは爽やかに笑って「分かりました! 先生!」と胸を張ってみせた。
アカデミーにいたときは、先生なんてただテストの評価をつけるだけの人だと思っていたけど。
私はこの大柄で気さくな担当上忍のことを、なんだか好きになれそうな気がした。
***
ようやく猫を捕まえて報告を終え、火影邸を出たあと、ガイが意気揚々と私とゲンマを振り返って言った。
「、ゲンマ! 今日こそ一緒に団子を食いに行こう!」
ガイの顔には猫に思い切り引っかかれた傷跡が見える。トラップも仕掛けたが、結局最後はガイが体を張って捕まえてくれた。肝心の猫は脱走の常習犯らしい。また顔を合わせる機会もあるかもしれない。
私がこっそり横目でゲンマの様子を伺っていると、ゲンマは長楊枝を指でつまみながら、軽い調子で返した。
「いいぜ」
「なに! なぜ君はそういつも付き合いが……んっ?」
いつも速攻で断られているので、今日もそうだと思い込んだのだろう。ガイはしばらく考え込んだあと、泣きながらゲンマに飛びついた。
「ゲンマ! ボクは、ボクは嬉しいぞ!!」
「やめろくっつくな暑苦しい!」
ゲンマは本気で嫌そうな顔をしてガイを引き剥がそうとしている。その光景を見て、私は少しだけ肩の力が抜けた。縁あって、同じチームになった仲間なんだ。これまでのことは忘れて、また一から作り上げればいいかなと思えなくもない。まぁ、そんなにすぐに気持ちを切り替えるなんてできそうにはないけど。
と、ガイが突然クルリとこちらに向き直り、期待に満ちた眼差しを送ってきた。
「、もちろん君も?」
「うっ……」
反射的にノーと言いたい自分がいる。それは否定できないが、なんとかその答えを飲み込んで、私は観念した。
「……いいよ」
一秒後、ガイが涙ながらに飛びついてきたのは言うまでもない。私は遠慮せずその顔面にこぶしを叩きつけておいた。
***
里にはいくつか甘味屋があるが、アカデミーから近いこの店は在学中から子どもたちのたまり場になりがちだ。下忍も例に漏れず、よくこの店を利用する。私たちが店に着いたとき、見知った顔を見つけて私は声をかけた。
「紅、アスマ」
私とガイより一年先に卒業した元同級生のふたりだ。在学中はそこまで交流がなかったが、ふたりは私とガイに気づくと笑って手を振った。
彼らと同じテーブルでは、知らない男の子が黙々と団子を食べている。紅たちのチームメイトで、恐らくだいぶ年上なんだろうなと思った。背や体つきかゲンマくらい大きくて、鼻の上に包帯のようなものを巻いている。
私たちは彼らの隣のテーブルについた。ガイが奥の席に座り、私とゲンマがなんとなく手前の長椅子に座る。適当に団子を注文して、ようやく一息ついた。
紅が美味しそうに団子をつまみながら、私の方を見て話しかけてくる。
「どう、任務は? もう慣れた?」
「はは……全然。失敗続きだし」
「最初はそんなもんよ。ね、ライドウ?」
紅に突然話題を振られ、顔に包帯を巻いた男の子がチラリとこちらを見た。ゲンマほどじゃないけど、目つきが悪い。ちょっと怖そうだな。
ライドウと呼ばれた男の子は「そうだな」と短く答えて、手元の串から団子を一口で抜き去った。一口がでかすぎる。
私が紅と話し始めたからか、ガイはほぼ一方的にゲンマに話題を振っていた。初めて誘いを受けてもらえたことが心底嬉しいのだろう。ゲンマが適当にハイハイ返事をしながら、運ばれてきた団子を口に運ぶのが横目で見える。
在学中に関わったことはほとんどないのに、紅と話していると緊張していたこの半月を思えばとてもホッとした。深すぎない程よい関係が今の私にはちょうどいいのかもしれない。私が団子をつまもうと皿に手を伸ばすと、今そこにあったはずの団子が一瞬で消えた。
「あれ?」
驚いて辺りを見回すと、足元に忍猫のアイとサクがいた。私の串を二本とも咥えて、あっという間に刺さった団子を食べてしまう。
「ちょっと! 久しぶりに来たと思ったら、なんなのよ! 猫は団子なんか食べちゃだめでしょ!」
「うるさいにゃ。お前みたいな青二才についててやってるにゃ、これくらいお駄賃にゃ」
「たかが猫探しに何時間かけてるにゃ、情けにゃい」
アイとサクが口々に文句を言ってくる。突然の忍猫の登場にガイや紅たちが呆然と見守る中、私はイライラと歯噛みしながら言い返した。
「何なのよ、いたなら手伝ってくれたっていいでしょ。あんたたちがいれば猫探しなんて一瞬で終わるんだから」
「冗談言うにゃ。何でボクらが」
「お前についててやってるのも、澪から頼まれてるからにゃ。お前の言うことなんか聞いてやる義理はないにゃ」
「そうにゃ、青二才」
そっけなく言い放つアイとサクの言葉を聞いて、私の心臓が早鐘のように打ちつけ、同時に冷たく身体を冷やしていった。分かっていた。分かっていたはずだ。彼らはもともと契約の上、家のそばにいる。愛情があるわけじゃない。兄弟のようだと思っていたのは私だけだ。アイたちはばあちゃんとの契約の下、『青二才』の私を監察しているに過ぎない。
やっぱり私は、ひとりだった。
「……?」
紅の心配そうな声で、私は我に返った。串だけを地面に落としてアイとサクはさっさと姿を消している。私は食欲も何もなくなって、団子代だけをテーブルに置いて力なく席を立った。
「ごめん、やっぱり私、帰るわ。ガイ、ゲンマ、また明日ね」
「」
紅の声に応えることもできず、私はヨロヨロと歩き出した。何もこんなところであんなみっともないこと言わなくていいじゃない。ゲンマやガイや、紅たちにも見られてしまった。気まずい。これが忍猫使いの家の、最後の後継者の姿だ。情けない。
足取りは重く、家までの距離がいつもより長く感じる。リンやオビトと帰ったアカデミーの通学路が、まったく違う風景に見える。卒業後、リンがおめでとうと声をかけに来てくれたことも、遥か遠い日のように感じた。
私はこれから、どう進んでいけばいいんだろう。
チョウザ班の一員として、家の後継者として、忍猫使いの家系として、『平和』を成せなかった一族のひとりとして、この戦乱の世にどう生きていけばいいのか。
母さんは今も月に一度病院に通いながら、本部での事務作業に従事している。もう少し回復すれば戦場復帰も考えろとばあちゃんが話しているのを聞いた。
家の近くまで帰ってきたとき、ぼんやりしていた私は突然右手を掴まれて飛び上がった。振り向くとそこにいたのは、厳しい顔をしたチームメイト、不知火ゲンマだった。