318.見届人


 「……息子さんを、婿にください」

 客間で畳に額を擦り付けんばかりにひれ伏すを見て、親父も母さんも虚をつかれたように目を丸くした。
 居心地の悪い思いでその様子を見守っていると、口火を切ったのは親父だ。

「大事な話があるというから何かと思えば、そんなことか」
「そんなこと!?」

 神妙な顔をしていたが呆気にとられて声をあげる。親父も母さんも、平然とした面持ちでを見返していた。

「だから、言っただろ? こんなことしなくていいって」
「そういうわけにいかないでしょ! 大事なことなんだから!」

 が激しい剣幕で捲し立てても、親父たちは顔色一つ変えない。のっぺりした顎を撫でつけながら、親父が唸った。

「そうは言ってもな……ゲンマが婿入りする覚悟なら十年前に決めたからな」
「そうそう。今さら三十五のオジサン連れてきて、息子さんをくださいって言われてもねぇ」
「おい」

 誰がオジサンだ、と喉まで出かかったが、まぁ、どう考えてもオジサンだな。
 十年、か。本当に――俺たちの間には色々なことがあった。周りから見れば、気が気じゃなかったろうな。

 は真っ赤な顔を両手で覆って、申し訳ございません、らしきことをボソボソと喋った。

。もういいから、顔を上げて」

 いつものように微笑んで、母さんがに手を伸ばす。なんだか、懐かしい光景だった。

「私、嬉しいのよ。ゲンマは子どもの頃からあなたのことが大好きだったから」

 反射的にヤメロと言いかけて、俺は黙った。やはり、気づいていなかったのは自分だけだったらしい。気まずさを誤魔化そうと、俺は頭の後ろを掻いた。
 は涙目で母さんを見ていた。

「大好きなあなたが、大好きな息子を受け入れてくれて、家族になることを選んでくれた。ありがとう以外に、あなたに言えることなんてないわ。、大好きよ。本当にありがとう」

 表情が崩れたかと思えば、はそのままワッと子どものように泣き出した。そこにいるのは、家当主でも、平和の見届人でも、唯一の忍猫使いでも、情報部きっての精鋭でもない。
 ただ、愛に怯えて生きてきた、かつての一人の少女だった。

、ゲンマ。歴史の深いを継ぐということは、並大抵の苦労ではないだろう。だが、忘れるな。はお前たち二人だが、お前たちは、孤独じゃない。俺たち家族も、里の仲間たちも、いつでも力になりたいと思っている。お前たちはきっと自分で思うよりも、仲間から愛されている」

 母さんの腕に抱かれて泣きじゃくるが、涙と鼻水でグシャグシャの顔を上げて親父を見た。それから、うんと涙声で頷いて、また静かに泣き始めた。
 あぁ――やっと、俺たちは本当の家族に。

「分かってる。散々ヤキモキさせた分、これからはしっかり安心してもらうさ」
「……ゴメンナサイ」

 めそめそしながら縮こまるを一瞥し、俺は素っ気なく告げた。

「もうゴメンはなしだ。俺は、そういうお前を好きになったんだからよ」

 はみるみるうちに耳まで赤くなり、ニコニコしている母さんの腕の中でまた顔を覆って小さくなった。

 呆れたように肩をすくめて、親父が口元の長楊枝を揺らす。

「言うようになったな、ゲンマ」

 俺もまた、千本の先を軽く上げながら、感慨深い思いで目を細めた。

「ま、親父の息子なんで」


***


 終戦記念式典は、火の国木の葉隠れの里で行われた。開催地については何度も議論が重ねられ、中立国なども検討されたが、鉄の国はその厳しい気候から式典開催は現実的でなく、他の小国についてはまだ大国との間に確執もある。終戦から一年となる記念すべき今回の祭典については、終戦の立役者、うずまきナルト有する木の葉隠れが相応しいと満場一致で決定されたらしい。

 平和の祭典の場が大国の力の誇示となることを、は何よりも恐れている。それでも、一朝一夕には事は運ばない。そのリスクを理解し、背負った上で、は舞うことを決めた。

 時神社の境内で初めての舞いを見たときは、その美しさに瞬きも忘れて魅入った。いつの間に、こんなことを。聞けば、十八の頃にはここでこうして、時々舞うようになったそうだ。当主になる準備として資料を読み込むうちに、自然と身体が動くようになったと。
 が十八といえば、恋人の真似事をしていた時期か。俺がコハル様にの結婚のことでせっつかれていると知ったが、カカシが好きになったと嘘をついて俺から離れていった頃。

 本当に、色々なことがあった。何度も傷つき、傷つけ、近づいては離れ、また近づいては離れ――俺たちは、その繰り返しだった。

 もう二度と、離さないと誓う。

 中忍試験スタジアムを利用した特設会場には、五大国の大名や影、各里の上忍たち幹部の他、一部一般市民に開放されたエリアもある。会場に入れなかった参列希望者は、里の各箇所に情報部が配置したモニターで場内の様子をリアルタイム視聴できる形だ。

 スタジアム中央のアリーナで、主催国の影カカシによる開幕宣言から始まり、五影および鉄の国の長ミフネが慰霊の灯火を囲んで、犠牲者に黙祷を捧げる。その後、平和維持に関する誓約書への共同署名が行われた。

 署名を終えた影たちが上座の貴賓席に戻り、式典も閉幕かと思われたそのとき、カカシが徐に立ち上がった。

「当初の次第ではこれにて閉幕の予定でしたが、今日は私の我儘を少しばかり聞いていただきたい」

 ​カカシは火影笠を外し、スタジアムを埋め尽くす人々を見渡した。その後ろに控える俺からはカカシの表情は見えないが、火影としての威厳というより、一個人としての、切実な願いといった響きだった。

​「我々忍びの歴史は、戦いと憎しみの歴史でした。だが一年前、同じ痛みを胸に、手を取り合い未来のために戦った。初代火影、千手柱間は我々に語りかけました。『いつか全ての忍びが協力し、心が一つになる日が来る。その夢を紡いでみせてくれ』と。その夢を、長きに渡り最も近くで見守り続けた瞳が、今、ここにあります」

 カカシが静かに差し出した両手は、パフォーマンスのようでもあり、どこか、純粋な祈りのようにも感じた。

​「木の葉隠れの忍びであり、初代火影が平和を誓った見届人の末裔でもある彼女が舞う時、遠い戦場に散った仲間たちも、この世界を守ってきた先人たちも、私たちと同じ、この空の下に集うことでしょう」

 スタジアム中が、水を打ったように静まり返る。数万人の意識が、中忍試験の際には選手入場口となるあの出入り口に向かうのが分かった。

「木ノ葉隠れの里、家当主、です。どうか今しばらくお時間をいただき、彼女の魂の舞いをご覧ください」

​ その暗がりの奥で、シャン、と一振りの鈴の音が響く。
​ ひんやりとした湿り気を感じさせる影の中から現れたのは、穢れのない白と、鮮やかな緋色――。

 銀色に輝く神楽鈴を手にした一人の女が、光の中へとゆったりと歩み出た。