314.引力


 目が覚めたら、壁に寄り掛かって眠るゲンマの腕の中だった。部屋の明かりはついたままだけど、多分、夜明け前かな。規則正しくリズムを刻むゲンマの鼓動に触れ、昔、同じような状況になったことを思い出して身体が熱くなった。

 ゲンマに、初めて好きって言われた夜のこと。

 私、あのとき、寝てるゲンマの首に――インナー越しだけど、こっそりキスした。

「……ゲンマ?」

 恐る恐る呼びかけても、ゲンマは身じろぎひとつしない。思わず背筋を伸ばしてまた同じところに口づけると、急に羞恥心が湧き上がってきて私は反射的にゲンマから距離を取った。
 ――否。取ろうとしたら、腰に回されたゲンマの手が、少し強引に私を引き寄せて離さなかった。

 心臓が止まるかと思った。

「逃げんな」
「ゲッゲンマ! やだ、バカ、起きてたの?」
「誰かさんのおかげでな」

 ゲンマが涼しい顔でそう言って、慌てふためく私の顔を覗き込んでくる。すごく距離が近かったから、思わずギュッと目を閉じたけど、ゲンマは片手で私の頬をそっと撫でただけだった。

「落ち着いたか?」
「……うん。ありがとう……」

 落ち着きすぎて、知らないうちに眠ってた。ゲンマの腕の中は、本当に安心する。

 少し肩の力が抜けて、私はゲンマに寄り添いながら甘えるようにして声をかけた。

「ねぇ……ゲンマ」
「ん?」
「……やっぱりまだ、もっとよく考えろって、言う?」

 ゲンマはちょっと黙り込んでから、小さく笑ってまた私の頬をなぞった。

「まぁな。今日は疲れただろ? また今度聞くわ」
「……その間に、私の気が変わったらどうするの?」
「俺は待つって言ってんだろ。あー……もう十五年かかるって話か?」
「かかんないよ! カカシと同じこと言わないで!」

 思わずそう口走った私に、ゲンマは見るからに不機嫌そうな顔をした。私が子どもの頃からずっとカカシのことを気に病んでいたから、ゲンマはカカシに対してあまり良い心象を持っていない。それは、彼が火影になってからも変わらないようだった。
 ゲンマが私の頬を軽く摘んで、あからさまにふてくされた声を出す。

「カカシが? 何だって?」
「な、何でもないってば……」
「へぇ。俺には話せないようなことがカカシとの間にあるんだな?」
「ち、違うってば……ひゃっ!」

 必死にごまかそうとしてかえって白い目で見られてしまい、縮こまる私の首元にゲンマが急に顔を寄せてきた。
 アッと思ったときにはもう遅くて、ゲンマの温かい唇が私の首筋を掠める。

 想定外の刺激に、ビクッと身体が跳ねて変な声が出た。恥ずかしすぎて死にたくなった。

「やっ、ばか、何すんのっ!!」
「何って……お前がしたことと同じだけど」
「ばっ! 私、直接なんかやってない!!」
「いいぜ? 直接しても」

 ハイネックの部分に指先を引っかけて下ろそうとするゲンマに、舌足らずに声を張り上げる。

「ば、ばかっ!! そんなこと言ってない!!」
「お前はほんとに振れ幅がデカいな」
「うるさいっ!!」

 もうやだ、帰りたい。拘束を解こうともがく私を難なく抱え込んで、ゲンマが意地悪く目を細める。その顔を見たらものすごく腹が立つのに、同時にどうしようもないほど胸が高鳴って痛いくらいだった。

「まだちょっと時間あっから、少しでも寝るぞ」
「い、いいよ、私帰るから」
「アホ。帰すわけねーだろうが。一緒に来い」
「帰るってば!!」
「帰さねーよ」

 言い合っているうちに、脇の下に両手を突っ込んで有無を言わさず持ち上げられた。くすぐったくて笑っている間にあっという間にベッドまで運ばれて、布団に転がされるなりギュッと覆い被さるように抱きしめられる。

 こんな風に上から伸し掛かられるの、初めてかも。もちろん、潰さないように力加減は調整してくれてるけど。
 何回も何回も、同じ布団で抱き合って眠ってきたのに。
 ゲンマの広くて硬い身体を押し付けられて、跳ね上がる鼓動に息が苦しくなった。

 ゲンマも、ドキドキしてるのかな。さっきより、頬が赤くなってる気がする。

「……
「……なに?」

 ゲンマの熱い息が鼻先にかかって、ゾクリと肌が粟立った。
 ゲンマは少し苦しそうな顔で私をじっと見たあと、思い直したようにかぶりを振った。

「悪い……何でもない」
「ゲンマ」

 離れかけたゲンマの腰を、むんずと掴んで引き寄せる。驚いて目を丸くするゲンマに、言い聞かせるようにして私ははっきりと告げた。

「言いたいことあるなら、ちゃんと言って」

 真っ赤になって、苦虫を噛み潰したような顔をして。ゲンマはしばらく黙って私を睨んでいたけど、ようやく観念したように息を吐いて、もう一度私の上にそっと身体を倒してきた。
 ゲンマの胸、すごく熱くて、ドキドキしてる。

「……キスしてぇ。いいか……?」

 触れるか触れないかくらいの、絶妙な強さ。
 ゲンマの指先が、私の唇の端から輪郭をなぞるようにゆっくりと動いた。

 その指が少しだけ震えていることに気づいて、心臓がギュッと締め付けられる。

「……うん。私も……ゲンマと、キスしたいよ……」

 もう、口から心臓が飛び出しそう。

 十年ぶりに交わす口付けは、こっちが焦れったくなるくらい優しくて、あの夜のキスの痛みを一つずつ丁寧に上書きしていくかのように、甘い温もりで私を溶かしていった。