302.救い


 五大国および鉄の国の合同慰霊祭が終わり、私たち情報部は各里と共同で記録編纂に取り掛かった。作戦記録、戦死者名簿、各地における影響。総勢八万の連合軍が、たった二日で凡そ二万人になった。数え切れない犠牲の上に築いた日常。これを、平和と呼んでいいのか。
 五影会談では、里の防衛は最優先だが、先制攻撃は原則否定されることが決まった。情報、医療、後方支援がこれまで以上に重視されるだろう。

 忍びの世界は、確かに変わろうとしている。

「探したよ」

 里に古くからある慰霊碑に、この大戦の戦死者を全て刻むことはできない。推定一万人。まだ正確な数字を出すには至っていないが、実に人口の十分の一が命を落とした。中忍から上忍までの現役世代の喪失は、これからの里の運営方針を一から見直す必要があることを意味している。

 いのいちさん、シカクさん、ネジくん。情報部の同期のリク。コマノの旦那さんのタクミに――イクチも命を落とした。
 父親の死を知ったとき、ネネコちゃんはこれまで見たことがないくらい泣いていた。オキナくんと一緒に里に残っていたコトネさんは、私の前では泣かなかった。

 これを、平和と呼んでいいんだろうか。

 古くからの慰霊碑を見下ろす私に声をかけたのは、いつものように飄々とした様子のカカシだった。

「こんなところで油売ってていいの? 六代目様」
「正式就任はまだなんだから、それヤメテ」

 カカシの口振りは、本当にいつもと変わらない。思わずクスリと笑ったけど、私はすぐに口元から笑みを消した。失われたものの大きさに、胸の奥が軋む。
 二度と、こんな過ちは繰り返したくない。これが、最後の戦争だって誓った。

 絶対に、守らないと。

 分かっているのに、時々こうして振り返らなければ、心の置きどころがなくなってしまう。

 オビトは、カカシを――ナルトくんを守るために、死んだらしい。

 戦争責任の所在は、うちはマダラと、うちはオビト。それに、薬師カブト。全員が木の葉に由来する忍びだが、里単位での追及はご法度と決められ、戦後も私たちは、協力し合うことを約束した。
 その約束が、いつまで続くのか。

「オビトのやつ、かっこいい最期だったよ」

 オビトの最期をカカシの口から聞かされたとき、私は我慢できなくて泣いた。生きて、やり直してほしかった。でも、確かにそんな生易しい道ではなかっただろう。結局のところ、オビトもマダラも、黒ゼツ――始まりの人、大筒木カグヤに利用されていただけだったそうだ。

 人の歴史は、憎しみの歴史。でもそれは本当は、悲しみの歴史なのかもしれない。
 あのマダラでさえ、愛の喪失による悲しみがその人生を狂わせた。

「でも、お前の先祖の翠という人は、マダラが木の葉を襲い初代火影に倒されたあとも、ずっとマダラのために舞っていたそうだ」

 カカシの言葉に、私は目を見開いた。翠。うちはマダラの口からも、千手柱間の口からもその名が出てきた。母の曾祖母。死ぬまで初代火影のために舞っていたと。
 マダラと翠の間に何があったか、私は知らない。実家が焼失した今、記録をたどれるかも分からない。それでも。

 穏やかに微笑んで、カカシがこちらを見やる。

「お前はやっぱり、その人の血を受け継いでるんだな」

 脳裏にオビトの顔が浮かんで、私はまた泣いた。

 ゲンマはあのとき、私を必死に止めようとした。でも結局、オビトを捨てられない私を、馬鹿だなって笑ってくれた。
 もしかしたら翠にとって、マダラも。

「マダラにとっても、オビトにとっても、お前たちの存在が最後の救いになったと思うよ」

 救い。
 私はただ、子どものように泣いていただけ。

 祈りって――救いって、一体。

「そういえば、お前、家のことはどうすんのよ」
「あぁ……うん、考える余裕なくて……」

 終戦から一か月。戦後処理と並行して、ペイン襲撃で壊滅的打撃を受けた木の葉の復興も進められている。私は今も仮設住宅に住んでいるけれど、元々家があったところに新居を建て始める人たちが増えている。カカシはアパート住まいでいいよって、早々に仮設を出ていった。

「仮設にも期限があるんだし、お前の実家の跡地、このままほっとくと区画整理で収用されちゃうよ?」

 気が早い――とは、言えない。このまま順調に復興が進めば、いつまでも結論を先延ばしにはできない。
 の跡地に再び家を建てるか。カカシのように、新しい道を歩むか。

「ゲンマとは話し合ったの?」

 さらりとそう聞かれて、心臓が止まるかと思った。

「なっ! なんでっゲンマっ!!」
「え? だってお前ら、結婚するでしょ?」
「なっな、なっなに言って!!」

 舌足らずに捲し立てて、はたと思い当たった。あのときもしかしたら、カカシはずっと近くで聞いてたのかもしれない。ゲンマと家族になりたいって、私がそう口にしたのは、幻術から目覚めたあのときだけだ。
 悪趣味にも程がある。

「さっ最低!! 聞いてたの!? っていうかあんたに関係ないでしょっ!!」
「え、何? 何も聞いてないけど。お前こそ最低、冤罪、俺は無実です」

 しらばっくれてるけど、絶対聞いてたでしょ。でもカカシは肩をすくめて小さく微笑んだ。

「お前たち見てれば分かるよ。お前に色々あったのは俺だって知ってる。でも、いい加減、幸せになりなさいよね」

 その言葉も、声も、眼差しも。かつてのカカシからは想像もつかないような、優しいもので。
 涙が止まらなくなった。

「ばっ……ばかっ!! そんなの、あんただって一緒じゃない!! ずっとずっとずっと、オビトやリンのことで苦しんで!! あんただってもう、幸せになっていいんだから……火影になるからって、自分の幸せ諦めなくていいんだから……」

 情けなくて、顔を上げられない。俯いてしゃくり上げる私に、カカシは穏やかに答える。

「言っただろう? 最後に、昔のままのオビトと別れることができた。リンは、俺たちを導いてくれた。それだけで充分だ。教え子たちの準備が整うまで、俺が道を作る。今の俺の幸せは、あいつらの成長を見守ることなんだ」

 潤む視界で恐る恐るカカシを見ると、本当に幸せそうな顔で笑っている。
 カカシ――あんたはもう、幸せなんだね。

 私だって、そうだよ。

 カカシは「俺の話はおしまい」とばかりに軽く手のひらを打ち合わせて、またおどけた声を出した。

「お前はさっさと覚悟決めなさい。いつまでゲンマを待たせんのよ」
「わ、分かってる!」

 反射的に声を荒げたけど、そういえば、ばあちゃんと戦ったとき、カカシもあそこにいたんだった。
 全部、聞いてるんだった。

「分かってる、けど……家族のこと、ちゃんとけりつけてからじゃないと。私、ゲンマと本当の家族にはなれない」

 カカシはしばらく黙っていたけど、やがて聞こえよがしに大きく嘆息して、呆れたように目を細めた。

「それお前がおばあちゃんになっても同じこと言ってない? 大丈夫?」
「だっ! 大丈夫、だよ……多分。ゲンマだって待ってくれるって……」
「ゲンマはほんっとーーに物好きよね。国宝級。前世の生き別れのお兄ちゃんか何か? ゲンマじゃなきゃお前、とっくに捨てられてるよ?」
「うっ、うるさいな! そんなの私が一番よく分かってるよ!!」

 ゲンマが国宝級の物好きなんて、私が一番分かってる。
 だから、絶対に。過去と向き合って、ちゃんとした家族になるって決めたんだ。

 カカシはやれやれとまた肩をすくめてから、軽く手を振って私に背を向けた。

「とにかく、家のことは早めに相談しときなさいよ。いつまでも仮設ってわけにいかないんだから。じゃ、またね」

 もう、何しに来たのよ。立ち去るカカシの後ろ姿に内心毒づいたけど、その反面、私の口元には思わず笑みが浮かんだ。
 慰霊碑を振り返って、独りごちる。

 ねぇ、オビト。

 あんたのお節介が、カカシにもうつっちゃったみたいだね。