299.夢
地面から突き出した黒い腕が、オビトの身体に絡みついて捉える。まるで液体のように自在に形を変えながら、次第にオビトの全身を隈無く覆い尽くしていく。
あれは確か、暁の――。
「黒ゼツ!」
「ダメにゃ、! アレはマダラ以上の悪意の塊にゃ!」
マダラ以上って。ほとばしる震えを打ち消すようにポーチからクナイを取り出したとき、黒ゼツがその印を結ぶのがはっきりと見えた。
「外道輪廻天生の術」
一瞬で、視界が暗転した。
次の瞬間には、私は勢いよく地面に投げ出されていた。慌てて目を開くと、先ほどまでとは違う景色が広がっている。
連合軍が散らばって待機する中、私はゲンマのすぐそばに倒れ込んでいた。
オビトもカカシも、ミナト先生もいない。
「!」
ゲンマが弾けたように屈んで抱き起こしてくれる。でも私の意識は、ここにはなかった。
「オビト!? オビトは――」
「行ったらダメにゃ」
ゲンマの肩に登ったサクが鋭い声で囁く。忍猫にここまで飛ばされたのだと分かって、苛立ちが噴き出した。
「だって、オビトが!」
「どうせ死ぬヤツにゃ」
「そんなこと――」
「ボクはアイツを許してないにゃ!!」
サクは毛を逆立てて低く唸った。その剣幕を見て、噴き上がった怒りが萎んでいくのを感じる。
それでも。
「……分かってる。私だって、許したわけじゃない……」
「あそこにいてもお前にできることなんかないにゃ。あの黒いのには近づいてはダメにゃ」
「でも……」
「すぐに行くって約束したにゃ!!」
サクの怒鳴り声に呼応するように、私の肩を抱くゲンマの瞳が揺れた。居た堪れなくなって思わず視線を外したけど、サクが続けて漏らした言葉に、信じられない思いで目を見開いた。
「こんなところで死なせないにゃ。オビトなんかより、お前のほうが大事にゃ」
サクにそんなことを言われるのは、生まれて初めてかもしれない。
ゲンマも、その肩に乗ったサクも。
同じように思ってくれているのが、分かった。
痛いくらいに、分かった。
「……ごめん、サク。ごめん……ゲンマ」
私、心配かけてばっかりで。
項垂れる私の耳に、不意にゲンマの小さな笑い声が届いた。
びっくりして顔を上げると、ゲンマはとても優しい眼差しで、呆れたように笑っていた。
こんなときなのに、心臓が、ぎゅっとなった。
「お前は……本当に、馬鹿だな」
その言葉を聞いて、また、涙が零れそうになった。今すぐゲンマの胸に飛び込んで、涙が枯れるまで泣き喚きたい。それこそ、リンを失ったあのときのように。
オビトにも、そんな場所があったなら。
もしもゲンマがいなければ、私もどこかで、道を踏み外したかもしれない。
オビト。
私たち、本当は似た者同士なのかもね。
「ちゃん、大丈夫? 何がどうなってるの?」
遠慮がちに声をかけてきたネネコちゃんに、突然目の前に現れたレイが耳をパタパタ払いながら唸った。
「マダラが復活したにゃ」
***
オビトの身体を使って、うちはマダラが完全に復活した。輪廻天生の術は、術者の命を代償とする。今度こそ、オビトは。
尾獣たちも全て、マダラの手によって再び外道魔像に封じられた。八尾も、九尾さえも。
尾獣を抜かれたナルトくんと、キラービーは。
でも、諦めている暇なんかない。
必ず未来を残すって――紅に、約束したんだ。
でも私たちは、立ち塞がる巨大な木像に阻まれ、マダラのもとへ向かうことさえできなかった。巨大化した忍猫たちが何とか一撃を加えても、大した決定打にはならない。敵の術はどうやら、初代の木遁忍術を使っているようだった。
私たちを守っていた九尾のチャクラが消え、神樹も突然消失した。もしかして、誰かがマダラを倒したのか。その一抹の希望も束の間、私たちの目には、凄まじい勢いで落下してくる隕石群が映った。
向こうで――恐らくマダラとカカシたちが、戦っている。
そのとき、誰かが頭上を指さして叫んだ。
「見てみろ、月が!!」
月――満月に反射する、独特の紋様。
まさか。
その眩いばかりの光を浴びて、私たちは。
***
「ゲンマ?」
ここにもいない。ここにも。今日は休みだって言ってたのに。
家中ひっくり返してもいないから、不貞腐れながら外に出た。いつもこの時間なら通りはごった返してるはずなのに、どこを歩いても人っ子一人いない。商店街も、いつもの居酒屋も、あの川原も。
今、何時かな。
「あ、アイ」
どう見てもアイなのに、服は着ていない。まるで普通の猫みたいな顔で、近くの塀に登って日向ぼっこしている。アイはめんどくさそうに尻尾を一振りしただけで、何も言わなかった。
ま、いっか。
結局、空が赤く染まる時間まで歩き回っても、誰にも会わなかった。何で、どうして。みんな、どこに行っちゃったの?
肩を落としながら家に戻ると、明かりがついている。ハッとして居間に駆け込むと、突然大きな音がして飛び上がった。
「誕生日おめでとう、!」
クラッカーを手にした仲間たちと、最愛の家族。ゲンマの腕には、あのときのネネコちゃんと同じくらいの、小さな小さな命。
「どこ行ってたの? 探したんだよ」
リンが私の手を引いて、大きなケーキやご馳走の載ったテーブルまで連れて行く。リンのご飯、美味しいもんね。嬉しい!
「さっさと食おうぜ! 腹減った!」
「もう、待って、オビト。主役が先でしょ」
オビトがチキンに伸ばした手を軽く叩きながら、リンが眉根を寄せる。オビトは誤魔化すように笑いながら、頭の後ろで手を組んだ。
「早く食べましょう。リン、切っていい?」
「いいよ! 、座って座って」
紅がケーキナイフで大雑把に切り分けていくのを、アスマが呆れた様子で眺めている。彼の腕にも小さな赤ん坊が眠っていて、アスマはゲンマと顔を見合わせて笑っている。
みんな、いる。仲間たちが、みんな。
カカシも、サクモおじさんも、ガイも、ガイのおじさんも、シスイも、イタチも。
アイとサクは、普通の猫みたいに部屋の隅で丸くなっている。
「誕生日おめでとう、。あなたが生まれてきてくれて、本当に嬉しいわ」
振り向けば、穏やかに微笑んだ母さんが、優しく抱きしめてくれる。
父さんの、墨の匂いも。
「ゲンマ、大好きだよ。これからも、ずっと一緒」
この子と、みんなと、これからも生きていく。
私、父さんと母さんの娘で、本当に本当に良かった。