298.馬鹿


 現五影たちも合流し、私たちは人柱力であるオビトを倒すために奮闘した。そして遂に、綱引きの要領でオビトの中から尾獣たちを引き抜くことに成功した。
 そのとき、オビトの記憶が私たちの中に流れ込んできた。

 ミナト先生のこと、カカシのこと、リンのこと。火影になりたかった、過去のオビト。
 私のことも、標ばあちゃんのことも。

 オビトはやっぱり、忘れてなんかいなかった。

「オビト!!」

 尾獣を抜かれた者は、死ぬ。

 そのままの勢いで落下し、仰向けになったまま動かないオビトのもとへ、迷うことなく駆け寄ろうとした。
 私の腕を掴んで止めたのは、ゲンマだった。

 今まで、気づかなかった。

「やめろ、行くな」

 傷だらけでボロボロだけど、ゲンマが生きていて、ここにこうして立っている。
 顔を見られただけで嬉しくて、安心するはずなのに、ゲンマははっきりと、私の意志を否定していた。

 涙が、溢れそうになった。

「やだ、離して!」
「お前――奴が何を仕出かしたか、分かって言ってんのか!!」
「分かってるよ!! 分かってるけど――」

 ゲンマの指の力が、ギュッと強くなる。分かってる。ゲンマは私のために、止めてくれてる。
 分かってる、けど。

 そのとき、抜き身の刀を振りかざし、サスケくんがオビトに向かって飛び出した。
 オビトを、殺す気だ。

「待って――」

 私の言葉なんて、届かない。

 そこへ、空中から突然現れたカカシがクナイを構えてオビトに覆い被さった。恐らく、時空間から戻ってきたんだろう。
 足を止めたサスケくんに、カカシが告げる。

「サスケ、積もる話は後だ。急に出てきてすまないが、かつての同期であり友であった俺に、こいつのケジメをつけさせてくれ」
「カカシ、待って――」

 振り被ったクナイを下ろそうとしたカカシの腕を掴んだのは、ミナト先生だった。
 胸が、軋んだ気がした。

 もしも、あのとき――ミナト先生が、こうして間に合っていたら。

「オビト。チャクラを引っ張りあったとき、君の心の中を見せてもらったよ。随分息子がガミガミ説教したみたいだけど、どうやらそういうところは母親譲りみたいだね。でも、本来それをやるのは君の役目だ、カカシ」

 カカシもオビトも、まるで小さな子どものように、心許なく項垂れている。
 そこにいるのは、かつての英雄じゃない。悲しみに暮れる、かつての仲間たち。

 オビトに――カカシ。

 振り向いたミナト先生が、ナルトくんに声をかける。

「ナルト。お前たちと連合は、初代様のサポートに行ってくれ。マダラを封印するんだ」
「あっ! そうだった! 行くぞ、サスケ!」

 慌てた様子のナルトくんと、サスケくんが走り出す。綱手様の指示を受けて、私たち連合軍もマダラの封印に向かうことになった。
 でも私は、ゲンマに掴まれた腕を振り払うように、首を振る。

「私は……行けない」

「すぐに追いつく、だから――行かせて」

 ゲンマの目は、見られなかった。俯いて、言い訳でもするみたいに、小さな、声で。
 連合の仲間たちが、次々移動していく。

ちゃん」

 そばでネネコちゃんの声がしたとき、頭の上に飛び乗ったサクがのんびりと言ってきた。

「ゲンニャ、行かせてやるにゃ。コイツはすぐにボクらが連れて行くにゃ」

 少しの沈黙を挟んで、ゲンマがやっと、分かったと答えた。
 もう一度しっかりと腕を掴まれて、反射的に顔を上げる。

 ゲンマの口にはもう、いつもの千本はない。極限の緊張感で青ざめた顔をしかめながら、彼は私の腕を引いてきつくきつく抱きしめた。
 温かくて、苦しくて、胸が潰れそうになった。

「絶対……すぐに追いつけよ。今は戦争中だ」
「……うん。分かってる」

 本当に分かっていたら、こんなワガママは言わないだろう。
 それでも私は、どうしても。

 ゲンマはすぐに私の身体を離して、ネネコちゃんと一緒に綱手様を追っていった。ネネコちゃんは何か言いたげに口をモゴモゴさせていたけど、黙ってゲンマのあとについていった。

 私もすぐに、オビトたちのところに向かう。ミナト先生は私が近づいても、マダラの封印に行けとは言わなかった。

「この状況を作ってしまったのは、俺の責任だ。リンを守れなくて……すまなかった」

 ミナト先生の言葉に、カカシがとうとうクナイを握る手を下ろす。
 やがてひっそりと、オビトがうわ言のように話し始めた。

「リンを失ってから、俺の見える世界は変わってしまった。真っ暗な地獄だ」

 やっぱり、リンのことが。
 オビトは子どもの頃からずっと、リンのことが好きだった。いつもそばにいて、その背中を追いかけていた。
 二人の幸せを、私がどれだけ願ったか。

「マダラに成り代わって世界を歩いたが、この写輪眼をもってしても、結局は何も見えなかった。何もなかった」
「……お前だって、見ようと思えば見えたはずだ。俺とお前は、同じ目を持ってるんだから。信じる仲間が集まれば、希望も形となって見えてくるかもしれない。今の俺は、そう思うんだよ」

 カカシは、変わった。本当に、変わった。
 ナルトくんたちが、頑なだったカカシの心を溶かしてくれたんだ。
 オビトの気持ちだって、きっと。

「オビト……」

 よろよろと近づいて、傍らにしゃがみ込む。ミナト先生もカカシも、止めなかった。
 オビトはゆっくりと視線を動かして、少し、気まずそうに唇を震わせた気がした。

「本当に……馬鹿なんだから。あんたは、本当に……」

 声に、ならなかった。喉から漏れ出るのは、浅い呼吸と掠れた嗚咽。
 涙が、止まらなかった。

 オビトは沈黙を保っていた。ひとしきり泣いて私がようやく顔を上げると、オビトは強力な瞳術を宿すはずの両目を潤ませ、まるで叱られた子どものような顔で私を見ていた。

 本当は、ぶつけてやりた​いことが山ほどあったのに。
 その情けない顔を見た瞬間、拳に込めていた力も、喉まで出かかった怒りも、全て行き場を失って霧散していった。

 許せないことばかりだ。許してはいけないことばかりだ。私だって、兄妹のように育ったアイを無惨に殺された。
 それでも、そんな道を選ばなければならなくなったオビトの絶望を、なかったことになんかできない。

 私にとってはオビトもまた、生まれたときから姉弟のように育った掛け替えのない家族だった。
 あのときオビトは、私のために泣いてくれた。

 捨てられるはず、ないよ。

、行こう」

 尾獣を抜かれた人柱力は必ず死ぬと思っていたが、十尾は他の尾獣たちとは違うらしい。だが数か月は動けないほど弱体化するとミナト先生から聞かされたカカシと私は、ミナト先生に念のためオビトの監視を任せ、ナルトくんたちのサポートに向かうことにした。

「オビト。必ず、罪を償って」

 オビトはやっぱり、何も言わなかった。そのまま私たちが立ち去ろうと背を向けたとき、ミナト先生の戸惑った声が聞こえた。

「何をする気だ、オビト」

 ハッとして振り向けば、オビトは倒れたまま、震える両手を固く組み合わせていた。まるで、祈りのような。

 オビトは外道輪廻天生の術をやると言った。ペインが木の葉を襲ったとき、ナルトくんとの対話を経て、最後に命を懸けてやってのけた術だ。死者をも生き返らせる、まさに外道の術。
 それをすれば、オビトは。

「……本当にいいのか? 生きて、償うこともできるんだぞ」

 カカシの言葉に、オビトは小さく笑う。償う術などないと、悟った顔だ。
 私は何も、言えなかった。

「泣くなよ……

 それはオビトが、面を剥いで初めて私にかけてくれた言葉だった。
 落ち着いたと思った涙が、また堰を切ったように溢れ出す。
 少し困ったように、オビトが眉尻を下げた。

「せめて、お前は……笑って見てて、くれ……」
「ばか! ばか、ばか、ばか……そんなのできるわけないでしょ! ばか……ばか……」

 仲間が死のうというときに、笑って見送ることなんて。
 反射的に仲間という言葉が浮かんだことに、どこかホッとする。たとえどれだけの罪を犯しても、私にとってオビトは掛け替えのない存在であることに変わりない。

 オビトだともっと早くに確信を持てていたら、何かが、変わっていたのかな。

 後ろから肩にそっと手を置かれて振り向くと、ミナト先生だった。

 今度こそ、お別れだ。

 オビト――の血を引く、最後の家族。

 そのとき、左肩のサクがピクリと身を強張らせた。

、オビトから離れるにゃ!」

 サクの指示だけじゃない。嫌な予感がして反射的に後ろに飛ぶと同時に、地面から突き出した黒い何かがオビトの身体を拘束した。