297.誓い
歴代の火影たちが、穢土転生体で現れた。どうやら、味方らしい。四人がかりで結界を張り、十尾をその中に閉じ込めた。
四代目に――三代目。
俺たちには、守れなかったのに。
あなたたちはまた、俺たちを守ってくれるというのか。
「俺が四方に忍びたちの出入口を作る! みな、俺に続け!」
初代様が俺たちの前に現れて、結界の一部に広範囲の空間を開ける。怯んでいる暇はない。命を懸けても、この世界を守る。
必ず、未来を残す。
遠目に、尾獣ほどの大きさの猫を見た。もしかしたら、あれは――。
「……トキ?」
同じ方角を見つめながら、初代様が確かにそうつぶやくのを、聞いた。
***
十尾の最終形態――神樹。そしてその人柱力となった、オビト。
いのちゃんの術で、初代の言葉が私たちの中に流れ込んでくる。チャクラは元々、神樹のものだったという。それを取り返そうと、暴れているのだと。
こんな、化物の力だったなんて。
神樹が次々と枝を伸ばし、仲間たちからチャクラを吸い上げていく。吸い上げられた者たちは、まるでミイラのように見るも無残な姿で倒れていった。
嘆く間もなく、ただ、逃げるしかない。
無限月読の発動まで――残り、十五分。回避するには、神樹を切り倒すか、術者を倒すしかない。
「抵抗しなければ、殺しはしない。幻術の中で、己の夢を叶えればいい」
六道の力を手に入れたオビトに、かつての温もりは微塵もない。
標ばあちゃん。
これが――平和の答えだっていうの?
平和を求めること自体、間違ってたというの?
「諦めるな! 幻術の中に堕ちれば死人も同然ぞ!」
仲間たちの骸が山のように転がる光景に、生き残った忍びたちも完全に戦意を喪失している。初代の言葉も、彼自身が穢土転生の身だとして、彼らには響かない。
私は――私たちは。
「キュウ! もういい、退いて!」
百猫一魂の発動中、私を庇って神樹の枝に脚の一部が捕まった。術は解け、最も影響を受けたと思われるキュウは丸くなって小刻みに震えている。
キュウは、ライとほとんど同世代だったはず。忍猫たちの中でも、最長老といえる。
キュウはこちらをチラリと一瞥し、一瞬で目の前から消えた。何とか回復してくれればいいけど。ここに残ったところで、私にできることはない。
数え切れない仲間たちが死んだ。九尾のチャクラがまだ私たちを守ってくれているけど、肝心のナルトくんはもう――。
「ナルト、もう終わりか?」
泣きながら這いつくばるナルトくんの傍らを、巨大な鎧に身を包んだサスケくんが通り抜けていった。
そのときなぜか、頭の中に、幼いサスケくんの背中が浮かび上がった。
これは――ナルトくんの、記憶……?
(ほんとはあのとき、声、かけとけばよかったって)
ナルトくんの囁きと、遠ざかる、サスケくんの姿。
これはきっと、いのちゃんの心伝身の術。
ナルトくんの記憶が、沁みるように流れ込んでくる。カカシ班のことも、アスマのことも、自来也さんのことも。ネジくんに、ミナト先生、クシナさん――。
そして、イタチのことも。
『祈るのは何も、命や魂のためだけじゃない。そいつが大事にしていたものを守ること。それだって、誰かの魂を救うことになる』
アスマ。
あなたが遺してくれた言葉が、今も私を突き動かすから。
オビト――あれからあなたの身に起きたことを、私は何も知らない。知りたいと願っても、きっとあなたは話してはくれない。
私がずっと殻に閉じこもり続けたように、天戸は内側からしか開かないと分かってる。
それでも――声をかけ続けることは、できるから。
「オビト! もうやめて――戻ってきて!!」
「そんな甘い寝言は、夢の中で口にしろ」
オビトの冷ややかな眼差しが、私を容赦なく貫く。そのとき、再びナルトくんの記憶が私の中に流れてきた。
私の、記憶だ。
(人には、色んな顔がある。誰にだってある。信じたくても信じられないこともあるし、嘘だと思いたいのに信じるしかないことだってある。誰だって揺れながら生きてる。でも結局は、何を大切にしたいかだと思う。人の歴史は、選択の歴史だから)
オビトももしかしたら、心伝身の術の範囲に。
ゆっくりと立ち上がったナルトくんの身体を、再び九尾の衣が包み込んだ。
(俺は後悔したくねぇんだ。あのとき、やっときゃよかったって、後悔したくねぇんだ)
そしてサスケくんの背中を追って、ナルトくんが駆け出す。
遠ざかる二人の姿を見つめる私たちの脳裏に、今度は別の映像がぼんやりと浮かび上がった。これは――この記憶は。
薄汚れた簡素な白衣に身を包んだ、黒髪の女。小さな社の前に佇むその瞳は暗く、冷たい。
女の肩では、黒い猫が一匹丸くなっていた。
(母は忍びの争いに巻き込まれて死にました。この惨状を生んだのは、あなた方、忍び。私はあなたたちを、生涯、許しません)
(それでもいい。償えるとは思っていない。俺はこれから、平和な世を作る。忍びも、そうでない者たちも全て、平和に暮らせる太平の世だ。どうか、俺たち忍びの行く末をそばで見届けてほしい。二度と道を違えぬよう、そなたたちの眼で)
初代火影の、声。今のものよりも、もっと、若い頃のようだった。
女はしばらく黙っていた。それからゆっくりと瞼を伏せて、淡々と口を開いた。
(分かりました。千手柱間。あなたの言葉を信じます)
初代の少しの安堵と、どうしようもないほどの遣る瀬無さが、私たちの心にも流れ込んできた。
(あなた方忍びが再び過ちを繰り返さぬよう、私たちはトキの魂と共に、末代まであなた方の行く末を見届けましょう)
これが――と初代火影の、約束。
まるで、呪いにも似た――。
トキの魂とは、一体――。
(お前には見えないのさ。さらにこの先が――先の夢が)
(だったら、その先の夢ってのを教えてくれ。俺たちはこの里から、本当の平和を――)
場面が変わった。これは、若き日のうちはマダラと、初代火影。
舞台は刻々と、変わっていく。初の、五影会談。
すでに尾獣を保有している砂隠れから提示された条件に、他の影たちが激しく反発する。
だが火影が頭を垂れ、いつか国に関係なく全ての忍びが協力し、助け合い、心が一つになる日が来ると夢見ていると。その夢の第一歩として、どうか、力を貸してほしいと。
「頼む、我らの愛すべき子どもたちよ! 今こそ我ら忍びの痛みから、苦悩から、挫折から、紡いでみせてくれ――我ら忍びの、本当の夢を」
穢土転生の初代火影が、生き残った私たちに高らかに告げる。
そして確かに、私と、巨大化したサクたちを振り返り、祈りにも似た眼差しで囁いた。
「どうか、最後まで立ち会ってほしい。どうか、どうか――」
初代火影は、決して忘れてはいない。との約束。忍びの犯してきた、罪の重さも。
「初代様。申し上げたはずです」
彼の記憶にあったの髪にも、私のものと同じかんざしが揺れていた。
「――私は、忍びです」