296.意思


 ミナト先生――最後に会ったのは、いつだっただろう。

 オビトやリンたちの担当上忍で、自来也さんの弟子で、ゲンマやライドウたちが護衛を務めた、四代目の火影。

 リンを守れなかったあなたに、私は失望した。オビトのときだってそうだ。本当は、カカシじゃない――ミナト先生こそが、教え子を守るべきだったんじゃないのか。
 三代目だってそうだ。四代目も。彼らはいつも、肝心なときに遅すぎる。

 幼い私は、優しくて強いミナト先生なら全てを解決できると思い込んでいた。身勝手な理想を押しつけて失望し、私はミナト先生に背を向けた。
 それでも彼は、私にとって――。

「とーーーちゃんっ!! 一発目になに姉ちゃん口説いてんだってばよっ!! やっぱ!! エロ仙人の弟子だなっ!?」

 近くでサクラの処置を受けているナルトくんがすかさずツッコミを入れる。慌てふためく私には気づかず、四代目は息子に顔を向けながら頭を掻いた。

「そういうつもりじゃなかったんだけど。やっぱり、久しぶりの仲間の顔を見たら嬉しくてね」

 その言葉に、高鳴った鼓動が瞬時になだらかになるのが分かる。分かっている。そもそもミナト先生には、最愛の女性も、命懸けで守り抜いた愛する息子だって、目の前にいる。私にとっても、とっくの昔に過去の人だ。
 浮ついている暇なんか、ない。

 四代目がもう一度こちらを見て、少し意地悪く微笑んだ。

「まぁでも、こういうことを言ってるとゲンマに怒られちゃうかな」

 決定的に心臓が跳ねて、私は急に熱くなった頬を隠すように下を向く。まるで、十五年前のあの頃に戻ったかのように錯覚した。
 でも、違う――ここは、戦場だ。

 そこへまた新たな気配が降り立ち、私たちの前に立った。

「ミナト、相変わらず速いのう」
「四代目、貴様、儂以上の瞬身使いよのう」
「よし、始めるぞ」

 穢土転生の、歴代火影たち。

「ヒルゼン様……どうして」

 振り向いたヒルゼン様が、こちらを見て目を細める。中忍試験のとき、大蛇丸の罠だと分かっていても中止はしないと決めた、あのときと同じ。

「大蛇丸が我らを呼んだのじゃ。早くこの戦争を終わらせるぞ」

 カブトではなく、大蛇丸? 殺されたはずじゃ。どうして歴代の火影たちを、こんな形で。
 いや、でも――。

 そのとき、また、覚えのある名前を呼ぶ声がした。

「……翠?」

 顔岩よりも、実際はもっと柔らかな顔立ち。
 初代火影、千手柱間が、私の顔を見てはっきりと目を丸くしていた。

 まただ。翠。マダラも、初代火影も。

 初代の隣で、顔岩の通りに厳格な面持ちの二代目が軽く腕を組んだ。

「兄者、翠が生きているはずがなかろう。貴様、の者だな?」
「……はい。現当主、です」
か。驚いた、翠に瓜二つだ。しかしなぜがここにいる? は戦のとき、常に里で――」

 また。うちはマダラも初代火影も、が忍びになったことを知らない。
 居た堪れない思いで、視線を落とす。

「……は神事を捨てました。今は忍びの家系です。それも、私で最後ですが」
「なんと……」

 呆けて言葉を失う初代に、二代目が淡々と告げる。何の感慨も、ないようだった。

「翠の娘が忍術を学び始めたのは兄者も知っておろう。そして孫の代に神事を捨てると決めた。儂の部下だった」
「……澪か」

 初代は祖母の名をつぶやいて、疲れたように首を振った。

「平和を作ると、約束したのに――結局、俺は祈りの一族さえ忍びの因果に巻き込んだだけであった……すまない」
「やめてください」

 伝説の忍び、千手柱間。の名前が出なければ、私は彼らの前でただ臆していただけかもしれない。
 でも、違う。はっきりと、これだけは言える。

「私は今、自分の意思でここに立っています。平和は必ず作ります。ここにいる仲間たちと、必ず。それが、最後の使命です」

 そのとき、空いていた左肩に突然、慣れ親しんだ重みが加わった。頭の上のトウが、今度は右肩に降りてくる。
 生まれたときからずっと一緒だった、サク。次の世代を照らす、トウ。

「お前は休まなくていいにゃ、トウ?」
「あんたたちと違ってアタシは若いにゃ」

 フンと鼻を鳴らして尻尾を振るトウに、サクがやれやれと首を振る。その様子を見て、初代が小さく微笑むのが分かった。

「よし、まずは十尾を止める! 火影たちよ、行くぞ!」

 そして四方に火影たちが散らばり、ナルトくんのそばには、四代目が残った。

「……
「大丈夫です」

 四代目の呼びかけに背を向けて、私は目の前の十尾を見上げる。オビトは今、ここにいない。カカシと時空間に飛んだはずだ。
 そっと、腰の忍具ポーチに触れる。私だってここで、やれることをやるだけだ。

「私はもう、ひとりじゃありませんから」


***


「あのお前が戦争中に敵に情けをかけるとはな」

 時空間で、オビトと向かい合う。オビトを殺す機会は何度もあった。何度も。
 その度に、かつてのオビトの姿がちらつく。リンの顔も、彼女を手にかけたときの、重みも。

「後ろめたさか? リンを守れなかったと。俺との約束を守れなかったことで、気が咎めたか?」

 そうかもしれない。俺は託されたオビトの思いを裏切り、この手でリンを殺した。同じこの手で、あの術で、今度はオビト自身を殺そうというのか。
 俺が約束を守れていたら、オビトはきっと、こうなってはいないのに?

「知っているさ、全て。リンが自らお前の雷切に突っ込み、己で死を選んだということも。俺が絶望したのは世界そのもの、この偽物の世界にだ」

 偽物の世界。死んだリンも、リンを守れなかった俺も、全てが偽物。
 心臓に風穴の開いたオビトが、こちらへと手を伸ばす。

のことが、好きなんだろう?」

 その言葉に、俺の心臓は奇妙に跳ね上がった。それは俺にとって、何よりも封印しておきたかった感情だからだ。
 もう、忘れたはずだった。

「……どうして」
「いいんだ、カカシ。後ろめたく思わなくていい。は昔からずっとお前のことを気にかけていたからな。お前が惹かれるのも無理はない」

 一度死んだ俺を迎え入れてくれたあの胸の温もりも、澪様との戦いを経て倒れ込んできたときに抱きとめた、小さな身体も。
 彼女は、俺の物じゃない。俺には、幸せにできない。
 仲間も救えなかった俺に、そんな資格は。

 オビトの手が、またこちらへと近づく。

「リンがお前を想い、お前がを想い、はゲンマを想う。誰のせいでもない、それが現実だ。だが幻術の世界では、全てがお前の望み通りだ。かつてのリンも俺もそばにいる。お前はの手を取り、俺たちの祝福を受ける。もう、自分を責める必要はないんだ」

 気配を感じて振り向けば、生きていた頃のリンの姿。その隣には、子どもの頃のオビトも。
 ハッと顔を上げた俺の手を取ったのは、眩いばかりに微笑んだ、三十歳のだ。

『カカシ、好きだよ』
『カカシ、、おめでとう!』
『幸せになれよ!』

 やめろ――やめろ。やめろ。

 握りしめたクナイで、周囲の幻を打ち消す。

 涙のにじむ視界を開いて、俺は声を張り上げた。

「こんな世界は望んでない! 俺はもう、アイツらを祝福するって決めたんだ! こんな妄想で心の穴が埋まるわけないだろう! 生きていたリンの思いも、何もかも捨てるなよ!!」

 どれだけ痛んでも、かつてのオビトも、リンの思いも。ずっともがき苦しんできた、の決意も。
 全て抱えて、仲間たちと未来を切り開く。

 たとえそれが、今のオビトを否定することになっても。