期待と不安に胸を膨らませて臨んだ、ホグワーツ初の授業!……は、まったくもって最悪な気分のままに終わった。なに、ひょっとしてさっきのこと根に持ってるの?だとしたら、なんて小さい男なんだ!しかもスリザリン生に杖を向けたのはあたしじゃないのに……ほんとに、ちっちゃい、小さすぎるぞセブルス・スネイプ!!!

「ミス・ルーピン、授業の前に教科書は開いてきたかね?」

クラスの出席を取り終えたあと、スネイプは一番前の座席に座っていた(教室に着いたのがぎりぎりだったのでもうそこしか空いてなかった)を名指しして聞いた。はぎょっとしながらも「す、少しは……」と答え、するとスネイプは鉤鼻の上からしばらく舐めるようにを見下ろし、「それではヒナギクは一般的にどのような魔法薬の調合に用いられるか」と質問した。え、ヒナギク?ヒナギク……そんなのあったっけ。は手元の教科書『魔法の薬草ときのこ千種』をもじもじと触ったが、とても中身を確認できそうな状況ではなく、ただまっすぐにスネイプの暗い眼を見返して「すみません、分かりません」と答えた。聞こえよがしにせせら笑って、スネイプ。

「では……君にもいつか必要になる日が来るかもしれん    増毛薬の調合に最も重要な材料は何か」

後ろのほうからクスクスと笑い声が聞こえた。ぞ、増毛!?い、いいつかあたしにも必要に……あー、そうかもしれませんね!でもそんな言い方しなくたっていいじゃない!!先生にだって同じことが言えるんだから!!ていうか何であたしばっかり当てるの?!あたしは救いを求めるようにこっそり隣のフランシスを見たけれど、彼女もお手上げとばかりに小さく肩をすくめるだけだった。

「分かりません!」
「ふむ……なるほど。ミス・ルーピンは本当に教科書を開いてきた(、、、、、)だけのようだ。それでは……これは君にとって有利な質問かと思うが、ウルフスベーンとは一体なにか」

何それー!知るか!!最初は、すぐ目の前にいるからたまたま当てられただけだろうと思っていたが、ここまでくると憎悪すら感じる。はほとんど立ち上がりそうになりながら、けれどもなんとかそれは抑えてプルプル震える拳を机の下に隠した。

「聞いたことないです!」
「……ほう。それでは君は教科書の中で一体何を見てきたのか知りたいですな」

なんで、なんで、なんで!何でこんなに苛められなきゃいけないの?あたしのせいじゃない、絡んできたのはあのスリザリン生だし、そいつに杖を向けたのはあのグリフィンドールの双子なんだから!あたしはちっとも悪くない!
スネイプはただでさえ鋭い目をさらに細めて冷ややかにを見た。

「ヒナギクは縮み薬に用いる。増毛薬に最も重要な材料はネズミの尻尾だ。ウルフスベーンはモンクスフード、またアコナイトともいって、『狼殺し』の異名を持つ。つまり    脱狼薬の調合に欠かせない、トリカブトのことだ」

脱狼薬    はポカンと口を開けてスネイプを見た。スネイプの青白い顔ににたりと残忍な喜びが広がっていくのが手に取るように分かる。な……な、な、この人……!!

「『狼殺し』、もとい脱狼薬は、狼    つまり人狼の狂気をある程度まで抑えることができる。だが、獣はあくまでも獣だ。トリカブトで抑えられる毒には限界がある。どれだけ精巧な脱狼薬といえど、獣を人たらしめることはできん、覚えておきたまえ」

こ、こ、こここいつ……!!
ホグワーツの先生がみんなリーマスの『病気』を知っているということも、『魔法薬学の先生』が毎月リーマスに『症状』を抑えることのできる脱狼薬を調合してくれるということも知っていた。だからって……何それ、今ここでそれを言う必要があるわけ?こいつ、あたしやリーマスに何か恨みでもあるっていうの?

「ミス・ルーピンの準備不足により、ハッフルパフは五点減点」

っはーーー!!??くそ、くそ、くそーーー禿げろスネイプ!!!
その後もスネイプはへの攻撃の手を緩めることはなく、イボを治す簡単な薬を作っている間には二回も注意を受けて、さらに五点も失ってしまった。

Professor BALD BAT

授業開始一日目

「信じらんない!!あいつ、あたしを憎んでる!!!」
「憎んでるかは知らないけど……確かにあれはひどすぎるわね」

授業開始一日目の昼食時、は興奮のあまりほとんど食事も口に入れずにひたすら魔法薬学の教師について激しく悪態をつくばかりだった。初めのうちこそ友人たちも同情的に聞いてくれたが、そのうち相槌を打つのにも飽きて午後の授業のことを様々に話し合いだした。昼休みのあとはハッフルパフの寮監、スプラウトの薬草学だ。ニ限目は馬耳東風のゴースト・ビンズの魔法史で、スネイプの時間に失った十点を取り返すようなチャンスはなかったので、は薬草学の授業では少しでも自信のあることなら何でも進んで答えようと目論んでいた。

「この授業では魔法界の植物やきのこの育て方、それらがどのような用途に使われるかについて勉強していきます。この温室はさほど危険な植物を置いていませんが、隙をついて後ろから襲ってくる程度のものはあるので気を抜かないように」

ずんぐりした小柄なスプラウト先生が土だらけの両手を広げて言ったとき、の横にいたグリフィンドールのボリスがちょうど後ろから伸びてきた茶色の触手に殴られて前のめりに転倒するところだった。

「気をつけてください!その水仙は、一度叱っておけば一時間はおとなしくしていますから誰か軽く叩いておいてください。さて    今日はガーガーリーキについて勉強したいと思います」

言いながらスプラウトが棚の下から取り出したのは、一見普通のネギが植わった鉢だった。ちらりと横目で見たとき、ボリスはまるで親の仇のような形相で背の高い水仙を殴りつけていた。

「ガーガーリーキの特徴が分かる人はいますか?」

ガーガー……あー、分かんないよ!けれども驚いたことに他のグリフィンドール生と固まっていたニースが高らかに手を挙げて答えた。

「ガーガーリーキは悪戯が大好きで、通りかかる人を背後から歌で驚かしたり、それが叶わないときは延々と喚き続けて困らせます。茎や葉は食べられますが、花と根は毒素が強いので特殊な薬品の調合にしか使われません」
「その通り。グリフィンドールに十点」

すごーい、すごーいニースって勉強してきたんだ!だがニースの説明を聞いてははっとした。ガーガーわめくネギ……なんだ、うちの庭にもあるあれじゃない!

「では今日はこのガーガーリーキの植え替えをやってもらいます。花が咲いたら魔法薬の材料になりますからそのうちそれも皆さんに収穫してもらいます。ここにあるガーガーリーキは授業の前に私が眠らせておきましたが、皆さんに渡すときには起こしますから彼らの悪戯に対処しながら植え替えてください。ガーガーリーキの悪戯への対処法が分かる人は?」

またニースが挙手しようとしたが、も魔法薬学の減点を取り返そうと必死で素早く手を挙げて猛烈にアピールした。

「では、ミス・ルーピン?」
「はい!鉢ごとグルグル振り回してたらそのうち目を回して気絶します」
「……は」

ぽかんと口を開いたのはスプラウトだった。先生はしばらく考え込むように虚空を見上げ、それから手元も静かなリーキを見つめたあと、少し困った顔でこちらを見た。

「それはなにかの本に書いてありました?」
「えっ?あ……ちがうんです、か?あの……うちでは、そう……します」

俯き加減にぼそぼそと呟き、救いを求めるようにニースのほうを見ると、彼女もまた曖昧な表情で肩をすくめてみせる。スプラウトはもう一度ガーガーリーキを見てから、手招きしてを呼んだ。

「他により一般的な方法があるのですが……あなたのやり方を試してもらえますか?」

えっ!えー……だって、歌ったり喚いたりするネギ、うちではほんとにそうやって植え替えるんだもん……。これで間違ってて減点されたりしたら、リーマス(っていうかむしろエメリーンおばさん!)恨むよ!
はフランシスたちに見送られ、しぶしぶと温室の前のほうへと移動した。

「それでは、私が今から起こしますからあなたが実家でするように植え替えてみてください」
「え、あ……は、い」

はスプラウトがネギの上で杖を振るのを緊張しながら見た。途端にリーキがけたたましい音量で歌い始め、誰もが耳を押さえて心もち後ずさる。平気な顔をしたスプラウトが少し脇に退けてスペースを空けたので、はネギのあまりの喧しさに顔をしかめながらも、なんとか身体の前で持ち上げた鉢をぐるぐると回転させた。次第にリーキの声が小さくなっていき、一分ほど回し続けたところでとうとう何も聞こえなくなる。痺れた腕でようやく下に下ろして見やると    鉢の中のガーガーリーキは、ぐったりして確実に気絶していた。急いで新しい鉢に移し替え、根を土にうずめて完了。
スプラウトはどこか面白がるような顔をしてが作った鉢を見下ろした。

「お見事です。ハッフルパフに十点」

やったースネイプの禿げ(と呼ぶことにした。さっさと禿げろコウモリめ!)に減点された分は取り戻した、ぞ!ハッフルパフから歓声があがり、ニースも感心した様子で拍手してくれたのでは上機嫌でフランシスのところに戻っていった。棚の中から新たなリーキの鉢を取り出しながら、スプラウト。

「ですが、ルーピンのやり方は無駄な体力を使いますし時間もかかるのであまりスマートとは言えません。リジール、他の方法を知っていますか?」
「はい。茎の根元をくすぐればすぐに眠り始めます」
「その通り。グリフィンドールに十点」

えええ!?そ、そんな簡単なことで……。ががっくりと肩を落とした。あたしの労力を返せリーマス!エメリーンおばさーーーん!!

「ではこれから一人一鉢ずつ渡していきますから、ミス・リジールのやり方で植え替えてみてください。あ、ルーピンのやり方が間違っているというわけではありませんよ?教科書にある答えがすべてではありませんからね。ですが基本は教科書です、それは忘れないように」
「……はーい」

頬を膨らませて小さく右手を上げ、もまたスプラウトのところに新しい鉢を取りに行った。リーマスのせいだエメリーンおばさんが毎年楽しそうに鉢をぐるぐるしてるのが悪いんだ!今度リーマスと個人的に話せるときがあったらうちの変な習慣のせいで間違いかけたと文句のひとつくらい言ってやろう!だがリーマスの授業は週の中盤までなかったし、そのときも決して親子の話題を持ち出せるような雰囲気にはならなかった。
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(08.09.27)