「ルーピン    って、まさかルーピン先生の?」
「うん、そう。『ルーピン先生』はあたしのパパだよ」

組み分けの儀式を図らずも大いに盛り上げたは、早速ハッフルパフのテーブルで至るところから声をかけられた。組み分けのあとに紹介された新しい防衛術の教授と彼女のファミリーネームが同じことに気付いた寮生は多く、問いかけられる度には気前よく同じ答えをした。

「へぇ、楽しみ。のパパならきっと面白い授業をやってくれるわよ」
「そ、そんな期待されても、がっかりされたらいやだなぁ……」
「だけど、あのときチョコレートを配り歩いてたのも、ルーピン先生の機転なんだろう?きっといい授業をしてくれると思うよ。優しそうな人だしね。いいお父さんだろう?」

少し離れたところに座っている上級生    最後のチョコレートをあげた、あのセドリック・ディゴリーが朗らかに聞いてきた。それだけで、どきりと心臓が跳ね上がるのが分かる。うわー、やっぱりかっこいい!口腔のカボチャパイを慌てて飲み込んで、は早口に答えた。

「う、うん。それはもう!」
「でも、あんまり似てないな?言われたって分かんないぜ」

セドリックの友人で、先ほどウィーズリーの双子に突っかかっていったアレフが糖蜜パイをコーヒーに浸しながら口を挟む。そう言われることには昔から慣れていたので、さほどの間を置かずに返した。

「うん、外側はあんまり似なかったみたい。でもわりと大雑把なところは似ちゃったかも」
「大雑把なの?」
「うん。親子そろってけっこうテキトー」
「ははは、それにしたってパパのローブはあんまりひどすぎないか?いくらテキトーっていったって」

テーブルの向こうから、チキンにかぶりつきながらブロンドの男の子が言ってくる。悪気はなさそうだったが、は思わずむっとして言い返した。

「うち、貧乏だから。あたしがホグワーツに行けるようにって、パパは自分のローブも買わずにずーっとガマンしてくれてたんだから」

すると、こちらの言い方が気に入らなかったのだろう    男の子も負けじと顔をしかめたが、すぐにふんと鼻を鳴らして小馬鹿にするように口角を上げてみせた。

「それはそれは、失礼しましたルーピンさん。あ、『ミス・チョコレート』か?」
「チョコ……あのね、あたしには・ルーピンっていうちゃんとした名前があるの!あの変な双子に乗っからないでくれない?」
「だから言っただろ、ルーピンさんって!聞こえなかったんですかねーミスチョコレートさんはー」
「やめなよ、ザカリアス。ごめんね、。ザカリアスは素直じゃないだけで本当はいい子なんだよ」

ブロンドの少年を宥めるように言ってから、セドリックがこちらを見た。それだけのことで、湧き上がった不快感などあっという間に消えてしまいそうで。
どぎまぎしているの前で、アレフはもともと切れ長の目を愉快そうに細めながら、少し癖のある茶色い髪を掻き上げてザカリアスを一瞥した。

「ま、いい子かは知らねーけど、口で言うほど悪いことできねーやつだってことは確かだな」
「ほっ、ほっとけよ!」

真っ赤になったザカリアスが、歯を剥いて明後日のほうを向く。アレフはからからと笑っての空っぽのゴブレットにカボチャジュースを注いでくれた。

「ま、なんだかんだで居心地のいいとこだぜ、ここは。分かんねーことがあったら何でも聞け?ハッフルパフは気の良い連中ばっかだからさ」
「う、うん、ありがとう」

ホグワーツで過ごす、これからの新しい日々に。弾むような期待と、同時に膨らむ不安と。けれども。
リーマスが見守ってくれる、そしてフランシス、アレフにセドリックと    このハッフルパフの仲間たちと一緒ならば、どんなことでも乗り越えていけそうな気がしていた。

輝かしいアナグマの未来に、乾杯!

Gred and Feorge Weasley

『賑やか』な朝

「ねえ、見て見て、あれが噂のハリー・ポッターなんだって!」

ホグワーツで初めての朝食を終えたあと、大広間を出たところで隣にいたエラがこっそりと耳打ちしてきた。一時間目の魔法薬学についてフランシスと話していたは、少し離れた前方を歩く上級生の一団を眺めて呆けた声をあげる。

「ハリーポッター?何それ、え、ひょっとして、あの?ホグワーツにいたの?」
「えぇ?、ひょっとして知らなかったの?闇の魔術に対する防衛術の先生の子供だっていうのに?」
「関係ないよー。うちでそういう話、したことないし」

口を尖らせて言い返してから、階段を足早に上りだしたグリフィンドール生たちを見やる。五、六人ほどが固まって動いているその中で、どれがあの『ハリー・ポッター』なのかにはよく分からなかった。

「ほとんど伝説みたいなもんでしょう?もうずーっと昔の人なのかと思ってた」
「そんな!だってまだ十年ちょっと前のことよ?そのとき一歳だったっていうから……」
「ふーん……一歳かあ。その夜、何があったんだろうね。よっぽどすごい魔法使いなのかな、ハリーポッターって」
「とんでもない!平凡なやつさ、ポッターなんて。吸魂鬼ごときで気絶したくらいだ」

唐突に後ろから口を挟まれて、は瞬きながらそちらに向きなおった。そこに立っていたのは、初めて見るスリザリン生。恐らく上級生だろう。横柄に腕を組んで先頭を切っているブロンドの少年に、まるでボディーガードのようにその後ろを固めている大柄な男子生徒が二人。ぱっと見て、はなんとなく彼らのことを好きになれないような気がした。

「でもディメンターが影響するのは、より強い恐怖を体験したことのある人ってリー……ええと、ルーピン先生が言ってた。それだけ恐ろしい目に遭ったことがあるって、ただそれだけのことでしょう?」

思わずきつい口調で言い返すと、リーダー格の少年は昨日のザカリアスのようにむっと顔をしかめたあと、すぐに余裕ぶった嘲笑を浮かべてみせた。

「要は弱いんだ。臆病なんだ。その『恐怖』に耐えられるだけの度胸がなかったっていうことだろう。『小さな英雄』ハリー・ポッター……伝説なんて、所詮はその程度のものだ」
「それじゃああなたはもちろんディメンターに遭って、堂々と胸を張っていられたんでしょうね?」

不快そうに口の端をひくつかせ、少年が尊大に口を開こうとしたそのとき。

「ああ、マルフォイ氏はそれはそれは堂々としておいでだったな。なあ、相棒」
「まさしく!まるでちびりそうな顔をして俺たちのコンパートメントに駆け込んでくる程度には勇敢であらせられた」

今度は、大広間から出てきたあの赤毛の双子だった。完全に憤慨した様子で顔を真っ赤にした少年    マルフォイを尻目に、芝居じみた動作で肩をすくめながら二人してこちらに近寄ってくる。

「やあ、また会ったねチョコレートガール!初めてのホグワーツの夜はどうだった?」
「え、えっと……気持ちいい布団でぐっすり眠れましたそれはもう」
「そう?君がもしもグリフィンドールだったら、俺たちなら君みたいな面白い子はきっと寝かせなかったな!なあ、フレッド?」
「もちろんだとも!君、やっぱりハッフルパフなんて面白味に欠けるよ。ちゃんと帽子にグリフィンドールって言ったかい?俺たち本気で君が来るのを楽しみしてたんだ!」
「え、えっと、その……あー」

なんだよ、なんでいちいちあたしに構うんだこの人たち。けれども嫌味なスリザリン生に捕まっていたには、彼らの登場はとてつもなくありがたかった。
なんとか必死に双子との会話を続けようと言葉を探している彼女の耳に、またあの不愉快な声が聞こえてくる。

「ああ……そうだったな。君はウィーズリーが目をつけた『チョコレート女』か。あのみすぼらしいルーピン先生(、、、、、、)の子供だというし、君はもう少し分というものをわきまえたほうがいいよ」

みすぼらしい?ああ、そうだろう。リーマスはどこからどう見ても『みすぼらしい』身なりだし、実年齢よりも老けて見えるほど疲れた顔をしている。だが大好きな父親のことを嘲るような口振りでそんなふうに言われて、黙っていられるほど彼女はお人好しではなかった。周りでおどおどしている友人たちを脇に退けて、ずいと一歩前に出る。

「みすぼらしいからなんだっていうの?ぱっと見て分かりやすいところしか見えないなんて、可哀相な人ね」
「なんだと?目に見えるところに気を配れないような人間は所詮その程度なんだよ。君の言っていることは貧乏人の言い訳だ。そうだろう、ウィーズリー?君たちもよーく分かっていることだと思うがね。そのローブは君たちのあのまーるいお母様がどこかのゴミ捨て場から拾ってきたのかい?」
「なんだって    マルフォイ、それ以上言ってみろ。お前の顔を護衛のやつらのと同じように丸くしてやることなんて訳もないんだぞ」

双子がまるで鏡でも見ているかのようにほとんど同時に杖を取り出して凄む。だが横柄に構えたマルフォイはまったく動じた様子もなく、ちょうど広間から出てきた黒い人影が発した冷ややかな声に全員が振り向いた。

「何をしているのかね、ウィーズリー?」

独特な、低い男の声だった。ゆっくりと、どこかねちっこい響きを孕んで現れたのはまるでコウモリ……そう、コウモリとしか言い様がない。真っ黒のマントをなびかせ、簾のような脂ぎった髪から覗く青白い顔は暗く、どこまでも不健康そうだ。あのリーマスでさえ横に並べばあの穏やかな笑顔が輝いて見えた。そう、教職員テーブルでリーマスの隣に座っていた、どす黒いオーラを醸し出す先生。
双子は舌打ちしたそうな顔をしながらもなんとか口を噤んで、渋々と杖を仕舞う。だがコウモリ先生は偉そうにふんぞり返ったマルフォイの傍まで歩み寄って、双子に容赦なく言い放った。

「喧嘩はホグワーツの規則違反だ。グリフィンドールは二十点減点」
「に、二十点?そんな……先生、先にちょっかいかけてきたのはマルフォイです。そいつがミス・チョコレート……あ、いえ、ミス・ルーピンにまるで上級生の言葉とは思えないような発言をしていたものですから」
「そ、それに先生、ミスターマルフォイはウィーズリーさんのお母さんの悪口を言ったんですよ!怒って当然じゃないですか、それなのにグリフィンドールだけ二十点減点なんて……」

双子の言葉を引き継ぐようにして、は慌てて捲くし立てた。けれども黒い眼球を動かしてこちらを見たコウモリ先生の形相は凄まじく、まるで親の仇のような顔で睨まれてしまった。なんで、どうしてー!?あたし、そんなに間違ったこと言った?
すぐに彼女から視線を外して、コウモリ先生が無慈悲に言い放つ。

「我輩の知ったことか。ウィーズリー、二度と我が寮の生徒に杖を向けている姿など見たくないな。早く授業の教室に向かいたまえ」

知ったことかーー!!??何それ、それが先生の言うことなの?ばさりとマントを翻して、コウモリ先生はまさにコウモリのように玄関ホールの向こう側にある階段を下りていった。満足げにニヤリと笑って、マルフォイたちもそのあとに続く。は相変わらず困惑しきった様子の友人たちの傍らで、見えなくなったスリザリン生たちとあの陰険なコウモリに思い切り舌を出して悪態をついた。

「何あれ、何あれ!いやなやつらー!!最悪、あんなのが先生なんて信じられない!なんなのあの人、スリザリンの先生?職権乱用、あんなことで二十点も引くなんてありえない!!」
「まったくだよ。あー、さいあく。新学期早々まさかマイナス点をつけることになるなんてね」

双子の片方がうんざりと頭を掻きながらうめいた。もう一人は大げさに肩をすくめ、

「だけど君が思った通りの子でよかった!さすがチョコレートガール。まあ、吸魂鬼に遭って平然としてた君がマルフォイなんかに屈するわけないか」
「そりゃそうだ、君を見てると気分がスカッとしたよ!君とは仲良くなれそうだ。俺、グレッド。こっちはフォージ」
「そうそう、フォージ。よろしくな、ミス・チョコレート!」

いつの間にかころりと機嫌を直したように笑ってみせた双子を見ていると、悪い気はしなかったけれども。

「……二人とも、あたしのこと買い被ってるよ。あたしだってディメンターがコンパートメントに入ってきたときは……すごく、怖かったし。すぐに持ち直したのはその前にずっとチョコレート食べてたせいだよ。あたしはそんなに、すごい子じゃない」

双子はきょとんとした様子でお互いそっくりな相手の顔を見やったが、すぐに楽しそうに声をあげて笑った。

「なーんだ、そんなことか!すごいかすごくないかなんて大した問題じゃないよ。俺たち、君のことが気に入ったんだ!」
「ジョージの言う通り!まあ、君がどうしても謙遜したいっていうならわざわざ止めないけど」
「う、ん……『ジョージ』?あれ、さっきフォージって」
「えっ!あ、それはその、あー、『ジョージ』というのは世を忍ぶ仮の名前であって……」
「フレッド、ジョージ?あなたたちまた下級生をからかって遊んでるのね?しかもよそ様の新入生を」

ひょっこりと彼らの背後から現れたのは、グリフィンドールの制服を着た背の高い黒人女性だった。あ、ホグワーツ特急の中でチョコレートを配った上級生の一人だ。げっ、と顔をしかめた双子は逃げるように少しばかりこちら側に後退した。

「し、失礼だな!俺たちチョコレートガールと友達になりたかっただけだぜ!」
「そうだそうだ!そもそも最初に彼女に目をつけたのは他でもない君じゃないか!」
「私はちょっと変わった新入生がいるって言っただけよ。あ、褒め言葉だからね?もちろん」

慌てた様子でその女子生徒が付け加える。べつにいいけど……彼女は厳しい眼差しで双子を見やり、悪戯っ子を持て余す母親のような素振りを見せた。

「いいから、ジョージ、早くしてくれない?一緒にプリントの準備するようにって言われてたでしょう?」
「そうだっけ?いや、あ、そうでした、ごめんなさい今すぐ行きます」

双子の片割れ    結局、『ジョージ』というのが本名なのか?とすればもう一人はフレッドか    が従順に女子生徒に付き従う。フレッドはやれやれと肩をすくめながら、ぼんやりしているの頭を唐突に撫でた。な!女の子にいきなり、何するんですか!?

「俺もそろそろ行かないと。君たちも一時間目があるだろう?じゃあまたな、ミス・チョコレート!」
「あ……の、その!」

背中を向けて立ち去りかけた赤毛の後ろ姿に、呼びかける。フレッドは少し意外そうな顔で振り向いた。

「き、気にかけてもらって……ありがたいです、すごく。でもあたしにはちゃんと『・ルーピン』っていう名前があるし、それにあたし、ハッフルパフに組み分けされて喜んでますほんとです!だからハッフルパフがつまらないみたいな、そういうこと言うのやめてもらえませんか?」

眉間に力を入れて、一気に捲くし立てる。わなわなと震える唇を引き結んで相手の反応を待っていると、フレッドはしばらく呆けたように目を見開いていたが、やがてひらいた距離を再び詰めてきて、またの頭にそっと手を載せた。

「ごめん、もう言わないよ。それじゃあ、またね。次はゆっくり話でもしようよ、

名前を呼ばれただけで、なぜかどきりとして。ごまかすように目を閉じてから、やっとのことで顔を上げたときにはフレッドはすでに右手を上げて走り出すところだった。すっかり人のいなくなった階段を、いそいそと駆け上がっていく後ろ姿が次第に遠ざかっていく。

ったらもう人気者ねー」

エラの言葉に、そんなんじゃないよ!と歯を剥いてからはフレッドの消えた階段に背を向けてずんずんと歩き出した。

「あたしたちも早く行こう。初回から遅刻なんて洒落にならない!」

こんな時間になってしまったのは、おおよそ半分以上自分のせいだったが。
なんだか不思議な高揚感に包まれながら、はルームメートの友人たちと急いで地下の教室を目指した。
BACK - TOP - NEXT
(08.09.07)