あたしのパパは、狼人間です。満月の夜は誰もいない深い森の奥に潜んで過ごしています。決まった仕事に就くのがとっても難しいです。
なのに、急に天から降ってきたかのように(ふくろうが空から手紙を運んできたのであながち間違いともいえない)いきなりお仕事の話が舞い込んできました。

ホグワーツ!闇の魔術に対する防衛術!
ダンブルドアも、どうせならもっと早くにリーマスに目をつけてくれたらよかったのに!

けれども、パパの答えはこうでした。

お引き受けできません。

BIG BLACK BADGER

アナグマ?

「なんで!」

怒りに戦慄く拳を振り回しながら、声を荒げる。だがリーマスは、いたって冷静そのものの顔付きで首を振ってみせた。

「私みたいな人間が教職に就けるはずがないだろう。それに今の仕事だってあるんだ」
「でも、だってホグワーツだよ!ヨーロッパ屈指の魔法学校だよ!こんなにいい話ないじゃない、それに来年からあたしだってホグワーツに行くんだよ?」
「それとこれとは別問題だ。ホグワーツだぞ?千人もの子供たちが集まる場所なんだ。そんなところに私のような体質の人間が行ってごらん、もしものことがあれば取り返しがつかない」
「でも……だってリーマス、ホグワーツの卒業生でしょ?ちゃんと七年通ったんでしょ?ダンブルドアだってリーマスの体質のこと分かってて手紙くれたわけでしょ?」
「私が入学するときだって教師のほとんどが反対したさ。おまけに今度は、あのときとは違う。教師として、自分にも学校にも、そしてもちろん生徒たちにも責任を持たなければならない。満月が近くなれば授業もできなくなるだろう。そうすれば他の先生方に迷惑をかけることになる。私に務まるはずがない」
「でも……」

リーマスと一緒に学校に行ける!そう思って浮き立った心をなんとか取り戻そうと、もっともらしい反論を考える。けれども思いつかないうちにリーマスは立ち上がり、そっとふくろうの頭を撫でながら締め括った。

「とにかく私はお断りの返事を出すよ。お前は余計なことを考えないで、外でこの子と遊んできたらどうだい」

きょとんと目をひらいたふくろうはリーマスの言葉を解して嬉しそうにこちらへと飛んできた。ぷー。なんだ、せっかくリーマスとホグワーツに行けると思ったのに……。
羽根ペンとインク壺を探して引き出しを開ける父の背中にべーと舌を出してから、はホグワーツのふくろうを連れて雪の小路に飛び出していった。
ホグ、ホグ、ホグ、ホグ、ホグワーツ!
時間の流れるのがこんなにも遅いと感じたことはない。年が明けて、一月、二月、リーマスの誕生日、四月、五月、そしてあたしの誕生日を過ぎて、季節は夏    七月!

「ねえ、ねえ入学許可書って七月中には届くんだよね!」
「ああ、そろそろ届くはずだよ。お前に素質があればね」
「ないわけないでしょ、だってあたし、リーマスの子供だよ?ママだってレイブンクローの優等生でしょ、あたしが魔女じゃないわけない!」

自信満々に言い切って、残りのトーストを頬張る。小さいとき、リーマスがおもちゃを買ってくれなくて下町のストリートで駄々をこねていると、無理やり引っ張って歩き出そうとしたリーマスの腕に噛みついて泣き喚いたことがある(らしい。あまり覚えていない)。リーマスいわく、そのときおもちゃ屋のショーウィンドーが独りでに砕け散ったという。幸いあたりには誰もおらず、店員もどうやら店の奥に入っていたらしいのでリーマスは大慌てでガラスを直して逃げ出したそうだが。そう、それは絶対あたしの力!あたしが魔女じゃないわけない。

「ねえ、リーマス聞いてる?」
「ん?あ、ああ……そうだな。お前はどこの寮に入るだろうね」

ここ最近、リーマスは上の空になることが多い。毎朝、新聞を覗き込んでは難しい顔をしてため息をつく。きっとあれだ、数日前にアズカバンから脱獄した囚人、シリウス・ブラック!予言者新聞は大騒ぎだし、マグルのニュースでも取り上げられたくらいだから(下町のテレビで見た)、よっぽど凶悪な魔法使いなのだろう。危ないから勝手に外に出てはいけないよとしつこく釘をさされた。庭に出るにも一声かけろだって。まさかそんな凶悪犯がこんなのどかな田舎にくるはずないじゃないか?まったく心配性なんだから。

「あたし、どこでもいーよ。でもレイブンクローっていうよりはグリフィンドールかな?」
「それは分からないよ。組み分け帽子は傍目には見えにくいその人の深層に眠る才能を見ることができるからね。いろんな可能性があると思うよ」
「ふーん……でも多分スリザリンとかレイブンクローとか、そういう感じじゃないと思うな。ハッフルパフでもいいかも、ライオンもかっこいいけどアナグマって可愛い」
「へえ、は変わってるね」

まさかリーマスに言われるとは思っていなかったので、眉をひそめて聞き返す。

「なんで?ヘビよりずっと可愛い」
「ハッフルパフにも個性的で素敵な人はたくさんいたよ。私が学生の頃にもね。でもみんな、入学前はハッフルパフを嫌がるものだよ」
「えー、なんで?おばさんがくれた本に書いてあったよ、創設者のハッフルパフはおっちょこちょいで愛嬌があってみんなに好かれてたって。あたしそういう人がいい」
「それは後の創作の話だと思うけど……千年以上昔の魔女なんだ、そんな記録は残ってないよ。もちろんハッフルパフに選ばれて組み分けされる人もたくさんいるだろうけど、ハッフルパフはどの寮にも入れなかった生徒も広く受け入れる、そういうところなんだ。それは素晴らしいことだよ、もちろんね。でもだからこそ、落ちこぼれというレッテルを貼られることがある」
「ふーん……でもあたし、やっぱりアナグマって可愛いと思う」

やっぱりお前は変わってるね、というリーマスの言葉に刺々しく舌を出しながら、空っぽのマグカップをキッチンに運ぶ。いいじゃない、アナグマ。いいと思うな、ハッフルパフ。勇気のグリフィンドールも、英知のレイブンクローもいいけど勤勉のハッフルパフも素敵。でも……あれだな、きっとスリザリンはあたしには合わないな。狡猾の、スリザリン。あたしはずる賢くなんてなれないよ。
流し台にカップを置いて、目の前の窓から外の様子を眺める。青い海を一望できるこんな素敵なところに家を建てるなんて、うちの両親って最高!広くはないが小さな庭もあって、今はエメリーンおばさんがくれたサルビアを植えてあった。
踵を返してダイニングに戻ろうとしたそのとき、ふと窓の外に見慣れない何かを見たような気がして、足を止める。振り向いたその先に    黒い大きなものを見て、は悲鳴をあげた。

「ぎゃああああああ!」
?」

鋭い声を発して、リーマスがすぐさま飛んでくる。だが彼がキッチンに現れたときには、すでに『それ』は影も形もなくなっていた。

、変な声を出してどうしたんだ」
「だ、だだだだだって……ア、アナグマ!」
「え?」

きょとんとした様子で、リーマスが窓の外を覗き込む。だが程なくしてこちらに向きなおりながら、呆れたように肩を竦めた。

「こんな真昼間からアナグマが出るはずないだろう?アナグマは夜行性だよ」
「でっでもいたもん確かに出た!」
「アナグマのことばかり考えているからアナグマが見えたんだよ。そんなにアナグマが気になるならは本当にハッフルパフかもしれないね」
「でも……だって、ほんとに黒いアナグマ……」
「黒いアナグマ?」

それを聞いたときのリーマスの顔に鋭い何かが走るのを、は見たような気がした。なに、何だろう……黒いアナグマなら、心当たりがあるのかな?

「……少し、様子を見てこよう。お前は外に出るんじゃないよ」
「え、なんで?アナグマさんだったらあたし見たい」
「あんな悲鳴をあげておいて、そういうことを言うのかい?アナグマはお前が思ってる以上に凶暴な動物だよ」
「えっ、そうなの?じゃあ……いいや」
「いい子だ。それじゃあ、少し見てくるよ」

そう言ってひとりで出ていったリーマスを見送って、彼女はダイニングに戻った。アナグマ……そうだよね、『アナグマ』、だもんね。昼間は穴で寝てるんだよねきっと。何だったんだろう、あれ。
でも、おかしな感じがした。なんだか、あのクマ……あたしのことを、じっと見てた(、、、)ような。

(まさか、ね)

声には出さずに呟いて、ふと窓の外を見る。するとそこに    待ち焦がれた、ふくろうの姿を見た。

「リ    リーマス!きたよ、ホグワーツから手紙がきたよ!」

けれどもその脚には、どういうわけか二つの封筒が括り付けられていた。
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(08.07.04)
実際のアナグマは一メートルもありません。