「あなたは、一体なんなの?」
あまりに突拍子のない問いかけに、リーマスは意表を突かれてただ呆然と瞬いた。
VALE of YEARS
むかし、むかし
「ごめんなさい……こんなことまでしてもらっているのに、失礼な聞き方を」
「……いえ。それより、その……何なの、とは?」
そうとしか聞けず、そう聞く。彼女は半分ほど残ったシチューの皿を脇に押しやりながら、考え込むように眉をひそめた。
「……そうね。その……どうして、ここにいるの?」
「え?」
「そうでしょう?奴の友達だったというだけで……どうしてあなたが、ここにいるの?」
問われて、初めて気が付いた。本当に、僕はどうしてこんなところにいるのだろう。
「それは……のことが、心配で」
「どうして?」
「え?」
「あなたは、ブラックの友達だったんでしょう?それが、どうして……あの子の、ことを」
歯痒い思いで、リーマスは瞼を伏せた。うめく。
「僕は……友達だと、思っていました。彼のことは、よく知っていると。でも……こんなことに、なってしまって……」
目を閉じると、遠い日の記憶が鮮明に思い出されるようだった。振り払うように膝の上で拳を握り、顔を上げる。
「だから……そういった意味では、僕とは同じ境遇なんです。彼を、信じていました。でも……あいつは僕たちの知らないところで、闇側に加担していた。僕たちの大切な人を……殺した。は……彼と、永遠を誓い合った間柄です。僕なんかよりもずっと、あいつのことを信じていた。僕は……そんな彼女の、少しでも力になれたらと」
「その言葉は、信じていいの?」
彼女があまりにさらりと言うので、聞き逃してしまうところだった。目を見開き、向かいの魔女を穴があくほど凝視する。彼女はまったく表情を変えずに、言ってきた。
「あの子には……これからの人生、支えてくれる人間が必要だわ。身体だって治さなければいけない、でもその前に……何より、傷を癒さなければ。信じた男に裏切られたその穴を……私が埋められる自信はない」
テーブルに両肘をつき、は自嘲気味に笑う。
「こんな弱気なことを言うのは、私があの子を産んだのでないからかしらね」
「……そんな」
「あの子の言う通り。私には生みの苦しみは分からない。お腹を痛めていない分……弱いのかもしれないわね」
「そんな……あなたは卒業までずっと、彼女を育ててきたんじゃないですか」
「あの子はね、私の親友の子なの」
彼女はどこか遠い目をして、ゆっくりと。紡ぐようにして、語りだした。
「とても……賢い子だったわ。聡明といった方が適当かしらね。飲み込みが早くて、何でもすぐにこなしてしまって、私がどれだけ勉強しても、決して彼女には追いつけなかった。頭が良くて、人をその気にさせるのが本当に上手で。私も、何度あの子に乗せられたことか」
くすりと笑う彼女の表情は、これまで彼が見たことのない穏やかなものだった。だがリーマスの脳裏に浮かんできたのは、やはり同じように聡明だった……かつての、友人の姿。
「卒業後、彼女は在学中に知り合った上級生と結婚したの。同じ日本人。二人はそのうち、故郷が懐かしくなったって、日本に帰っていった。私のことなんて、忘れちゃったみたいに」
彼女の瞳に、寂しげな影がちらつく。その気持ちは、痛いほどによく分かった。
「ときどき、連絡はあったけど……驚いたわ。あの子を産んで、しばらくして……二人は事故で亡くなったの」
彼は何も言わなかった。とても口を挟めるような雰囲気ではなかったし、そうするだけの話題を提供することもできない。何も湧いてはこない。なにも。
「あの子は……生前から、言っていた。子供は、ホグワーツに行かせたい。私たちが出逢った、あの北の城で」
は折れかけた眼差しを瞼の奥に覆い隠し、静かにあとを続けた。
「残されたあの子には……父方の祖父がひとり、いたのだけど。私はあの子を、彼から引き離すような形でイギリスに連れてきた」
「……え?」
「誤解しないで。攫ってきたわけじゃないわよ。彼とはきちんと、話をつけてきた」
と言いつつも、彼女は空虚な笑みを浮かべてみせた。
「彼は、病気を患っていたのよ。そんな身体で、この先十何年も、この子の面倒を看られるのかってね」
「………」
「
卑怯な言い方をしたものよね。そんなことを言われて、あの人が反論できたはずがないのに」
彼女は何かを振り切るように、咄嗟に立ち上がり、こちらに背を向けて自分の腕を抱き抱えた。
「私はあの子を養女として引き取ってロンドンに戻った。それができるのは、私だけだと思った。彼はその半年後に
亡くなったわ」
そう囁いた彼女の言葉尻が、震える。
「
私が殺したのよね、きっと」
「そんな……現に彼は
」
「いいのよ。私が死なせた。彼の死期を早めた。それを背負いながら、あの子を育ててきたんだから」
彼女が泣いていたわけではない。だがその背中は、踵を返した泣き顔にも見えた。
「だけど、ときどきふと思うことがある。私はどうして、あの子の祖父を死なせてまであの子をここへ連れてきたんだろう」
リーマスははっと目を開いた。見上げた先にいるの身体は、微動だにしていない。縫い付けられたように。
「もしもただの意地であの子を引き取ったのなら……そんなつまらないもののために、私は人を傷付けた」
何も言えない。言えるはずがない。乾いた喉に唾を流すこともせず、彼はただ沈黙を保った。答えられるはずがない。ようやくこちらに向き直り、はあとを続ける。
「でも悔いたところで戻れやしない。振り向いたところで後戻りができるわけじゃない。あなたが立っているのは、そういうところなの」
彼は顔を上げ。噛み締めるようにして、重々しく口を開いた。
「よく
分かって、います」
悔いたところで戻れやしない。振り向いたところで、後戻りができるわけじゃない。
僕らが立っているのは、そういうところだったんだ。