「ポッターと付き合っているのか」

辛辣に聞かれて、すぐには否定できなかった。吐き出しかけた呼吸を飲み込んで、また新たなものをゆっくりと吐く。告げた。

「そんなわけないでしょう?私がああいうタイプ好きじゃないって知ってるじゃない」
「だが二人でホグズミードに行ったのは本当なんだろう」

彼の心根は真っ直ぐだが、だからこそ婉曲というものを知らない。気まずい思いで視線を彷徨わせながら、さり気なく本棚のほうに顔を向けた。

「ええ、そうね。だけどあれはがブラックと出かけたがってたから、ひとりで行っても仕方なかったし」
「だからといってあの男と出かける必要はなかったんじゃないか?」

これだけ言えば普通の人は、勘繰るにしてもそれ以上の追及はしてこないのだが、セブルスはあくまで容赦ない。けれども自分がポッターのことで揺れていると認めるのは癪だったので、つい強い口調で言い返した。

「あなたにそんなこと言われる必要もないわ。あなたはどうせ城に残っていたんでしょう」

言ってしまってから、すぐに後悔した。セブルスを傷付けることに、一体何の意味があるというのだろう。

「……ごめんなさい」
「いや、いい。君の言う通りだ。だがこれだけは言っておく」

続けてセブルスが言ってのけたのはこちらが予測した程度の内容だったが、そこに使われた文言の一部に彼女は強い違和感を覚えた。

「あんな男は、やめておけ。奴は卑怯で    どうしようもない臆病者だ」
「卑怯で……臆病?セブルス、それはどういう意味?」

彼はまだ遠い自分の知りうる限りでも、そうした言葉からはかけ離れた人物だった。少なくともそう思えた。こちらに背を向けて歩きかけたセブルスが、ぴたりと足を止めて僅かに振り返る。

「君はまだ知らないんだろう。だがいつか必ず襤褸が出る。ついでににも伝えておくといい。お前の愛するブラックが、果たしてお前の思っている通りの男かどうか」
「……ブラック?セブルス、何なの。彼らが、どうして」

だが今度は何も答えずに、セブルスの背中は通路の向こうに消えた。先ほど彼から受け取った薬学の本を胸元で抱えなおしながら、眉をひそめる。ポッターに、ブラック。卑怯で、臆病者。

(……そんなこと、)

声には出さずに独りごちて、彼女は自分もそのまま図書館をあとにした。

under the shadow

暗く、大きな

    影が見えるわ」
「……ほんとに?」

テーブルを挟んで向かい合った少女が、まるで死人でも見るかのように不吉な顔でこちらを凝視してくる。重々しさと不信をこめて嘆息しながら、はうんざりとうめいた。

「そう。暗い……大きな、影」
「いや、影はそもそも暗いでしょう」

こちらの突っ込みもまったく意に介さず、ニーナはさらに身を乗り出して、今度はの左手をじっくりと観察し始めた。

「ええ、そう……黒い、大きな。うん、犬?」
「犬?犬ってなに、どんな意味があるの?」
「犬……そうね、暗く不気味な影は……危機」
「危機?」
「人間関係で……もうすぐ、大きな危機が訪れるの。気をつけて。でも避けられるものじゃないから、とりあえず気持ちだけ頑張ってみて」
「あ……そう。ご忠告、ありがとう」

なんだ、無責任に不吉なことばかり言って。は半ば八つ当たり気味にニーナを睨んで席を立った。

課題用に借りたルーン語の辞書を返却しに図書館を訪れたは、窓際でひとり外を眺めるハッフルパフの同級生を見かけて声をかけた。あまり仲良しとは言えない間柄だったが、イースター休暇を迎えフクロウ病で倒れる友人たちが急増する中で、五年生の間には寮を飛び越えての仲間意識が芽生えはじめていたのだ。
はニーナがあまりにぼんやりしているので彼女も病気の一歩手前なのかと案じたのだが、そういえば彼女は昔からどこか浮世離れしたところがあった。だから『何か』が見えるらしいというクララの言葉を思い出して、気晴らしに占ってもらうと、彼女は暗い顔をして「影が見える」と言ってのけたので、気晴らしどころか気分はますます滅入ってしまった。

(だから占いなんかやるもんじゃないって)

もしくは気休めでもいいから心が弾むようなことを言ってほしかったのだが、ニーナにそんな気の利いたことを期待するのは間違いだろう。
シリウス、談話室にいるかな。OWL試験が刻々と近付く中、さすがのジェームズやシリウスも重い腰をあげて勉強を始めたようだったので、あまりゆっくり話す時間はなかったけれども。

階段をひとつ上がったところで、は後方で知った女の子の声が甲高く笑うのを聞いてふと足を止めた。振り向くと、階段の下からレイブンクローの同級生ふたりが楽しげに笑いながら上がってくる。はその場で立ち止まって彼女たちに声をかけた。

「ラナ、フィービー、元気?」
「あら、。課題はかどってる?」
「うーん、まあ、そこそこ。とりあえずルーン語は終わったよ」
「えぇ!、早いわねぇ」
「まーね、休暇前にシリウスとけっこう頑張ったから」

シリウス。とシリウスが付き合っている、という噂はすでに本人も認めているところとして広まっていたはずだが、その名前が出た途端、ラナとフィービーは目を合わせておかしそうに笑った。首を傾げて、問い詰める。

「なに?私、何か変なこと言った?」
「いーえ、ちっとも。さっきね、下で面白いもの見たから」
「面白いもの?」

なんだろう。きょとんと目をひらいて聞き返すと、ラナはまたそのことを思い出したのか、愉快そうに噴き出してから言ってきた。

「そう。さっきあなたのブラックとポッターが、ねぇ?」
「そうそう。あれは見物だったわよ」
「なんなのージェームズとシリウスがなに?」
「あぁ、ごめんごめん。ちょっと外に出てたんだけどね、帰ってきたら玄関ホールでスネイプが踊ってたの」
「はぁ?」

あのスネイプが、踊ってた?わけが分からずぽかんと口をひらくに、二人はまた声をあげて笑い出した。フィービーは目尻に涙すら浮かべている。

「そうそう、しかもフラメンコ……ただのタラントアレグラじゃ、ああはいかないわよ」
「あのスネイプでしょ?これがまた……気持ち悪いのなんのって……ああ、おかしい!」
「ちょ、っと待って?つまり、シリウスとジェームズが?」
「他に誰がいるのよ。あんな複雑な動き、さすがねー」

あははは、と高笑いを続けるフィービーを見て、唖然とする。確かにスネイプがフラメンコと思うと、笑いが出てこなくもないが    どうして、シリウスたちが?スネイプのことは、彼らだって昔から気味悪がって距離を置いていたはずなのに。

「あら、なんでそんな顔するの?スネイプよ、スネイプ」
「ひょっとして、    知らなかった?」

不思議そうに瞬いたラナから次に聞かされた言葉に、は事情を飲み込めず、ただ呆然と立ち尽くした。
シリウスとジェームズが、スネイプを集中的に攻撃しているなんて。
さも当然のように言ってきたラナは、むしろがそのことを知らないことに驚いたようだった。ラナいわく、シリウスたちがここ数ヶ月、スネイプばかりを標的に悪戯を繰り返していることは広く知られている    らしい。確かに、落ち着いていた一時期よりも罰則が増えたことには気付いていたが……そんな話は、聞いたこともない。せいぜい試験勉強の息抜きにフィルチで遊んでいる程度だろうと思っていた。

「遊んでるって感じじゃないわねぇ。だってそのときのポッターの顔って、なんていうか壮絶だもの」
「そうそう、スネイプもね。前世で仇同士だったんじゃないかなんて言われてるくらい」
「まあ、相手があのスネイプだから?あんまり庇う気にもならないじゃない?」

あはは、と笑う友人たちの声はさほど耳に残らなかった。スネイプ。ジェームズ。シリウス。スネイプ。そんなに知られた噂だというのに、どうして私の耳には入ってこなかったんだろう。シリウスとはよく顔を合わせるし、ジェームズだって。
リリーも……まさか、知ってるのかな?

ジェームズとリリーには相変わらず進展というほどの進展は見られなかったが、それまでのジェームズの嫌われようからすればこれは実に目覚しく、喜ばしいことだった。キャンプの件も、まだOKをもらえたわけではないのだがかなり期待が持てる。それほどに二人の関係は、良好といえば良好といえた。

「あら、、お帰りなさい。ねえ、ダグラス・ライアンがハワード伯を幽閉するきっかけになった事件って何だったかしら」

部屋に戻ると、リリーはベッドに横になって魔法史のノートをまとめているところだった。ニースは昨日とうとうフクロウ病で倒れてまだ医務室にいる。そのときに初めて発覚したのだが、彼女は今年のバレンタインから六年生のブルーノと付き合っていたらしく、倒れたニースはブルーノが医務室に担ぎ込んだ。

「……、どうしたの?」

怪訝そうな顔をして、リリーが身体を起こす。は自分が入り口でぼーっと突っ立っていることに気付いて慌ててドアを閉めた。

「ああ、ごめん。ええと、ハワード伯の幽閉は千五百一年のバレンチン騒動が原因だったはずだよ」
「あ、そっか!ありがとう。だけど、ほんとにどうしたの?」
「えっ?ううん、大したことじゃないの。さっき図書館でハッフルパフのニーナに占ってもらったら暗い影が見えるとか言われて憂鬱な気分になってただけ」

軽く笑い飛ばすと、リリーはいかにも胡散臭そうに顔をしかめた。

「だって、『占い』でしょう?あてにならない学問だってマクゴナガル先生も言ってたくらいだから、気にする必要ないわよ」
「うん、そうだよね。あーやだやだ」

はそのままリリーに背を向ける形でベッドに倒れ込んだ。気がかりなのはもちろんニーナの占いなどではなく、先ほどラナたちに聞かされた話のほうだった。シリウスとジェームズ。スネイプ。セブルス・スネイプ。リリーの、幼なじみ。

(だってそのときのポッターの顔って、なんていうか)

壮絶。前世で仇同士だったのではないかと、冗談混じりにしても、囁かれるほどに。
    まさか。とは、思うのだけれども。

目を閉じてしばし考え込んでいたは、どうしても頭の中からもやもやしたものが消えないので無言でむくりと起き上がった。

「私、下でなんか飲んでくるね」
「ええ、行ってらっしゃい」

リリーは心配そうな顔をしながらも、特に追及はせずにそのまま送り出してくれた。ざわつく胸を押さえながら階段を下りて、談話室には目もくれずその足で隣の階段を上り始める。途中ですれ違った男子生徒たちに「シリウスなら部屋にいるぜ」と囃し立てられながら、は目的の部屋の前で立ち止まった。張り詰めた肺に深く酸素を吸い込んで、扉をノックする。

「はーい、開いてるよ」

返事はジェームズのものだった。一呼吸を置いて、ドアノブを押し開ける。満月が近いので、部屋にいたのは三人だけだった。みんなこちらを見て、不意を衝かれたように動きを止める。だがズボンを着替えようとしていたらしいジェームズは大慌てで下半身に布団をかけた。

「ご……ごごごめんジェームズ!」
「や、や、やや僕こそごめん!ちょ、ちょっと待って!」

はしどろもどろに叫びながらそのままドアを閉めた。無人の通路で、呼吸を落ち着かせながらジェームズの着替えが終わるのを待つ。はぁ……初めて見た男の子の下着が、ジェームズのなんて……。いや、誰ならいいとかいう話じゃないし、下着まで脱いでなくてほんとーーーーによかったけど。

、もういーよ!」

程なくしてジェームズの声が聞こえてきたので、は恐る恐るドアを開けた。はは、と照れ笑いを漏らしながら、ベッドに腰掛けたジェームズが頭を掻く。はまだ中に踏み入る躊躇を払拭できなかったが、どうしたの?というピーターの言葉ではっと我に返った。

「ええと……その、」

なんといえばいいのか。そもそも私は何のためにここへきたのだろう。だがぎこちなく視線を彷徨わせたを見て、ジェームズは勝手になるほどなるほどと納得したようだった。立ち上がって、両腕を広げる。

「ピーター、なんだか喉が渇かないか?」
「え?僕は別に……」
「ピーター!空気の読めない男は嫌われるぞ」

そしてジェームズは嫌がるピーターを無理やり引きずって部屋を出て行った。すれ違うときにさり気なくウィンクなどを残していったジェームズに、ありがたいのか迷惑なのかよく分からない思いを抱いてドアを閉める。ベッドに横たわって、どうやら雑誌を読んでいたらしいシリウスはきょとんとした顔で身体を起こした。

「どうした?」
「……え、と……そっち、行っていい?」
「え?あ、ああ」

驚いたように瞬きながら、シリウスは雑誌を閉じてベッド脇に放り投げた。そちらに歩み寄って、恐る恐る彼のベッドに腰を下ろす。なんだか変な気分になりそうだったが、そんなつもりでここへきたわけではないはずだった。

「なに読んでたの?」
「ん?あぁ、さっきヒューに借りたんだ。ほら」

言って、彼は先ほど自分が放り出した雑誌を手前に引き寄せた。見やると、その表紙には動かないマグルの写真が使われていた。若い男性が跨った、オートバイ。

「……それ、マグルの?」
「ああ。ヒューが談話室で読んでたんだ。あいつの親父さんがこないだ新しい……ええと、なんだ?あ、『オートバイ』か    のを買ったみたいで、これだーって送りつけてきたんだってさ。俺も一台欲しいなと思って」
「え?だってそれ、マグルの乗り物だよ?」
「マグルだって何だっていいだろ、かっこいいんだから」

少し不貞腐れた顔で力説するシリウスがなんだか可愛くて、思わず噴き出してしまう。なんだよ、と眉根を寄せるシリウスになんでもないと笑いかけて、は彼と一緒に広げた雑誌を覗き込んだ。

「あ、私はこれがいい。うちの父さんは自転車しか持ってないんだけどね、近所のちょっと悪ぶったお兄ちゃんがこういうのに乗ってた」
「……これ?お前、趣味悪くねぇ?てか『シテンシャ』ってなんだ」
「『ジテンシャ』。ロンドンで見たことない?オートバイはエンジンでこの二輪を動かすんだけど、自転車はタイヤに繋がったペダルっていうのを漕いで自分の足で動かすの。私だって乗れるよ」
「お前、そんな特技があったのか」
「特技?ええと……」

特技って言っていいのかな。でももう五年近く乗ってないから、ひょっとして乗れなくなってるなんてこともあるのかも?ううん、大丈夫大丈夫、きっと。

「じゃあ日本にきたら、自転車の乗り方教えてあげる!それで私を後ろに乗っけて」
「はっ!なんでだよ、そこはお前が乗せろよ!」
「やだ。だって私、自転車で好きな人の後ろに乗るのが夢だったんだもん」

言葉は意外とすんなりと、口から飛び出してきた。それがあまりに自然だったので、シリウスが赤くなるまでにもやや間があった。私って……照れるシリウスを見るのが、ものすごく好きなのかも。
きっとこんな顔を見られるのは、自分だけだと思えるから。

「そういえばお前、何か用があったんじゃないのか」

照れ隠しとしか思えない咳払いを挟んで聞いてきたシリウスに、はようやく先ほどレイブンクローの友人から聞いた話を思い出したのだが。

「ううん、なんでもないよ。会いたかっただけ」

今ここに、シリウスがいてくれること。それだけで、いいと。
気がかりだったスネイプのことなどどうでもよくなって、はまた真っ赤になったシリウスのすぐ隣まで移動して、ふたりでしばらくオートバイの雑誌を眺めて楽しんだ。
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(08.07.21)
自転車で好きな人の後ろ…これは昔からの私の夢でした。
でもそれが叶う前にもう自転車とかいう年じゃなくなってしまったー!今はもっぱら車…。