「リリー、なにかあったの?」

ああ、白々しい演技。けれどもここで、知られてはいけない。仕組んだことがバレてしまえば、リリーが反発してジェームズとのことがご破算になってしまうことは目に見えていた。
こちらに背を向けたまま、部屋の中で立ち尽くすリリーはぴくりとも動かない。どうしよう……これは、どう受け取るべきか。

「……不愉快だわ」
「へっ?」

唐突にそう呟いたリリーは、その場でわなわなと震えだした。

「あぁもう!イライラする!」
「ちょ、リリー、落ち着いて!」

こ、これは大事だ。リリーは、本気で怒っている。何か下手なことを仕出かしたんじゃないだろうねジェームズ!
教科書や羊皮紙の束を脇のベッドに叩きつけたリリーに駆け寄って、その肩を押さえつける。憤怒のあまりか頬を赤く染めながら、リリーは壮絶な眼差しで振り向いた。

……私、そんなに落ち着きがないかしら?」
「……気付いてないなら重傷だよ、リリー」
「ああ、もう、信じられない。私は平静よ。平静でなくてたまるもんですか」
「リ、リリー、どうしたの」

本当に、どうしたというのだろう。でもリリーがここまで感情を剥き出しにしているということは、ひょっとして……?
なんとかベッドのふちに座らせると、はリリーの顔を覗き込んで聞いた。

「リリー、やっぱり変だよ。なにかあった?」

リリーはまだしばらく沈黙を保っていたが、やがて観念したように小さく息をついてから、絞り出すように囁いた。

「……告白されたの」
「だっだれに?」

自然と上擦った声で尋ねると、リリーは凄まじい形相でこちらを見た。ま、まさか仕組んだことがバレたのかなと一瞬案じたが、思い過ごしだったようだ。言ってくる。

「……ポッター」
「ジェ、ジェームズ?」

我ながら、うまい具合に引っくり返った声が出た。内心でほくそ笑むに気付くはずもなく、リリーは疲れたように額を押さえながらつぶやいた。

「……まったく、信じられない」
「そ、それでリリー、なんて言ったの?」
「断ったに決まってるじゃない」

拍子抜けしてしまうほどあっさりと、リリーが答える。そりゃそうか……ジェームズ、今頃へこんでるのかな。シリウスはきっと温かく慰め    て、あげないよね。

「……でも」
「でも?」

ぽつりと。俯いたリリーが続けたので、はどきりとして顔を上げた。

「でも、どうしたの?」
「もちろん、すぐに断ったんだけど……でも、でもでもでも……あんなお調子者、好きじゃないのに、それなのに……」

尻すぼみになっていくリリーの頬が、次第に赤くなっていく。え、まさか……?

「それなのに    あの人のことで戸惑ってる自分が、いやなの。イライラするの。不愉快でたまらないのよ、こんな自分がいやなの!」

ベッドの上で膝を抱え込むリリーを見て、は驚嘆した。まさかまさかまさか!あのリリーが、ジェームズの告白で戸惑ってる!

「そっ、それってまさかリリー、ジェームズのこと好」
「そんなわけないでしょう!」

吠えるような大声で怒鳴られて、はおとなしく口を噤んだ。でもこれ、ジェームズ、なんだか希望の光が見えてきたよ!動いてみるもんだね!
肩で大きく息をしていたリリーが落ち着くのを待ってから、は彼女を刺激しないようにそっと口をひらいた。

「で、でもね、ほんとにいい人なんだよ、ジェームズ。ちょっとふざけちゃうところもあるけど、内心は真っ直ぐだし、大事な人はちゃんと護れる人だよ。ジェームズだったら、私、リリーのことも安心して任せられるっていうか。リリーのこと好きになったジェームズも、見る目あるなーとか」

リリーが鋭い目でこちらを向いたので、また怒鳴られるかと思ったが彼女はそのままきつく目を閉じた。ため息とともに、ゆっくりと瞼をひらく。少しだけ潤んだ緑色の瞳が、きらきらと光ってとてもきれいだった。

「……どうして、私なのかしら」
「へ?」
「言ってしまえば……私なんかより、あなたのほうがずっと近くにいるわけじゃない。彼があなたのこと大事に思ってるのは、誰だって知ってるわ。あの人に告白する女の子だっていくらでもいるでしょう。なのにどうして、敢えて私なのかしら?私が好意を持ってないことくらい、分かってるでしょうに」
「リリー。私のことは前から言ってるでしょう、そういうのじゃないって。ジェームズは、私とシリウスのことすごく応援してくれてる。ううん、ジェームズがいなかったら私……シリウスと、今みたいな関係には絶対なれてない。理屈じゃないよ、こういうことって。疑えばいくらでも疑えちゃうけど、もしもリリーがジェームズのこと、ほんのちょっとでも気になってるんだったら……その気持ち、大事にしてほしいって思う。ジェームズもリリーも、大事な友達だもん。できたら二人ともに……幸せに、なってほしい」

リリーは無言のまま、呆けたようにじっとこちらを見つめてきた。気恥ずかしいものを感じつつ、さらに続ける。

「あのね、実はシリウスが……日本に行きたいって、前から言ってくれてて。それでね、次の夏休みにでも、招待しようかなって思ってるんだ」
「……そう」
「うん。そしたら、ええと……ジェームズも、行きたいって。だからいっそ、リーマスもピーターも誘って、キャンプでもっていう感じになってるんだよね。まだちゃんとは決まってないんだけど。そ、それでさ、」

こちらの提案を予測したのだろう。少なからず表情を強張らせたリリーに、告げた。

「よかったら、リリーも一緒にこない?」

口を閉ざしたまま、リリーは身じろぎひとつせずにただこちらを見返してきた。慌てて、付け加える。

「も、もちろん無理になんて言わないよ。でも、ジェームズのこと    ぱっと見てすぐ分かる、派手なところじゃなくて……いろんなとこ知ったら、見方も変わると思うよ。ジェームズって、不思議と人を惹き付けるような、そういうとこ、あると思う。だから、ほんのちょっとでも可能性があるんだったら……私も、リリーにはジェームズのこと知ってほしいって、思うな。今のリリー、スネイプとのことがあったときより……迷ってるように、見えるよ」

リリーの表情が決定的に変わったのは、そのときだった。大きく見開いた目を彷徨わせ、行き着く先を見つけられずに瞼の奥に押し込める。ジェームズにも十分な可能性があると、が確信したのもそのときだった。

「……少し、考えさせてもらえる?」
「え?うん、もちろん!いつでもいいよ、みんな煙突飛行で一緒に行こうって思ってるから、人数が増えたって問題ないし」

ほんの少しだけ、リリーが微笑んだのを見て、は飛び上がりたいほど気分が高揚するのを抑えられなかった。ジェームズ、ジェームズ!保留だって!よくやったジェームズ!ジェームズー!
本当は今すぐにでも知らせてやりたかったが、仕組んでいたことがバレたら一巻の終わりかもしれないので、は自然と部屋を出られるまでなんとか震える足を押さえるのに必死だった。

MESSIAH

誰が為の

クリスマス休暇以来、ジェームズとリリーはなんだかちょっといい雰囲気だった。リリーの態度に素っ気なさは残るが、少なくとも言葉や表情の節々に現れる棘はずいぶんと減ったような気がする。ジェームズが挨拶すれば人並みの返事は返したし、機嫌の良いときは軽く会話を交わすことさえある。この劇的な変化にシリウスは度肝を抜かれたようだったが、一番驚いているのはジェームズ本人だろう。彼はこの凍える季節に、目に見えてテンションの高い日が続いた。そして顔を合わせるたびに、「やぁ!いい天気だね、僕の救世主!」なんて恥ずかしげもなく大声で呼びかけるのだった。

「ねえ、あの『僕の救世主』っていうの、シリウスからやめさせてくれない?恥ずかしすぎて最近ジェームズに会うのが億劫なんだけど」
「自分で言えばいーんじゃねー?『僕の救世主』の言うことならのぼせ上がったあいつでも聞くかもよ」
「もう、シリウスまで!」

からからと笑うシリウスを睨みつけて、は唇を尖らせた。以前何度か「それやめてよ恥ずかしい!」と抗議したことがあるのだが、その度にジェームズは意気揚々と「分かった分かった、僕の救世主!」と平気な顔をして言ってのけたのだ。

「まあ、あいつ馬鹿だから仕方ねーよ」
「なんかそれ身も蓋もないっていうか……そりゃあ、そうなんだけど。そういえばジェームズは?」
「あー、あいつ、なら……エバンスの追っかけじゃないか?さっきマグル学の教科書持ってうろうろしてた」
「……馬鹿だねぇ、うん」

その光景がすんなりと想像できてしまうあたりが、なんとも情けない。けれどもそれだけ飾らず真っ直ぐに友人を追いかけてくれるジェームズの姿に、心打たれるところがあるのもまた事実だった。ジェームズで、よかった。うまくいってほしいな。
久しぶりに談話室の隅でシリウスとチェス盤をはさんでいたは、シリウスが次の一手で悩んでいる間にふと傍らのカレンダーを見上げた。一月も、もうすぐおしまい。

「あいつ、次のホグズミード、エバンスのこと誘うって言ってた」
「え?あ、そう……そうだよね、次のホグズミード、バレンタイン前だもんね」

デート、かぁ。それにリリーが応じるかは、はっきり言って怪しいけれども。だけどひょっとしたら、奇跡は再度起こるかもしれない。

「……なあ」

カツン、と。誰かが置き忘れていたマグルのチェス盤。そのナイトを先へと動かしながら、シリウスが言った。

「俺たちも……一緒にホグズミード、行かないか?」

思ってもみなかった誘いを受けて、は手前のポーンを掴んだまま、顔を上げて目を丸くした。一方のシリウスは心なしか頬を染めてじっとチェス盤を見つめている。つられても視線を落としながら、先のことをほとんど考えずにポーンを一マス前に置いた。

「ええと……い、いいんだけど、でも普通に行くだけじゃつまんなくない?」
「は?」
「こういうの、どう?ジェームズがリリーと出かけることになったら、私たちも二人で行って、もしジェームズが失敗したら、いつも通り」
「……それ、俺にすっげぇ分の悪い賭けじゃないか?」
「そんなこと言ったらジェームズが可哀相だよ」

あまり身の入らない擁護をしながら、はこっそりとシリウスの顔を盗み見た。彼は組んだ足についた肘の上に顎を載せ、ぶすっとした様子で先ほどのナイトをまた移動させる。なんか……怒らせちゃった?

「チェックメイト」
「へ?……あ、あああああ!」

いつの間にか、すっかり追い詰められていた。絶望的な悲鳴をあげながら、はなんとか逃げ場を探して盤を隅々までじっくりと見つめた。うんざりと嘆息して、シリウス。

「チェックメイトっつったろ」
「だ、だって、だってシリウスに負けるなんて!」
「お前がぼさーっとしてるからだろ。はい、終わり」
「でもーでもー」
「俺、疲れたから部屋に戻るわ。じゃーな」

早々にチェス盤を片付けて、シリウスは気だるげに立ち上がった。こちらの返事も聞かないままにひとりで勝手に去っていく。その後ろ姿をぼんやりと眺めながら、は小さく息をついた。しまった……やっぱり、怒らせちゃったみたい。せっかくシリウスが誘ってくれたのに、素直に返事ができなかったから。

(ジェームズ、うまくやってよ!)

自分のためにも、そしてもちろん友人たちのためにも。
そっと手を組み合わせて、はジェームズの誘いがうまく運ぶことを祈った。
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(08.07.17)