っ!」
「なっなによジェームズそんなに慌てて」
「ちょ、っといいかいディアナマデリンスーザン、借りるよ!」
「え、ちょジェームズ!」

なになになに、なんなの!談話室で友人たちと薬学のレポートに勤しんでいたはいきなり血相を変えて飛び込んできたジェームズに寮から引きずり出された。近くの空き教室に押し込まれてまるで世界の終わりのような顔をした彼にずいと詰め寄られ、思わず唇を戦慄かせる。ジェームズはそれこそ今にも倒れんばかりに真っ青になっていた。

「ど、どうしたのジェームズ……ひどい顔」
「た、たたたたった今ひどいもの見た気がしてさ。ああ、なら僕のこの疑問をなんとかうまく解決してくれるんじゃないかと」
「だから、なんなの?」
、落ち着いて、落ち着いてよく聞いてくれ」
「一番落ち着くべきはあなただと思うよ」
「いや、僕は冷静だいたって冷静だ。ねえ、さっき温室でなに見たと思う?ねえ、僕の見間違いだって言って!」
「何なのよ一体……」

こんなじれったい言い方をするジェームズは珍しい。うんざりした思いで聞き返したが    はっとするものを感じて、は目をひらいた。温室……まさか?

「ええと……それはひょっとして、リリーのこと?」
「えっやっぱり!?な、なんで分かったの?」
「だって薬学のレポートでラフランスの花採りに行くって言ってたもん。それでリリーがどうしたの?」
「そ、そうなんだ……じゃああれがエバンスってことは間違いないか。いや、僕がエバンスのこと見間違えるなんて思ってたわけじゃないんだ、でもなぁ……ああ……」
「それ以上話が先に進まないなら私戻るよ」
っ!僕を見捨てないで!」

何なのだろう、本当に。ジェームズを応援したい気持ちも少なからずあるのだが、何しろリリー自身が彼のことを嫌っている。おまけに今年はOWL試験の年で、誰もが勉強のことでぴりぴりしていた。そんな最中にいきなり引きずり出されて、こんなにも焦らされてはたまったものじゃない。
だが必死の形相で泣きつかれて、さすがに並々ならぬものを感じたは足を止めて振り向いた。

「……どうしたの?」
、僕、自分で分かってるつもりだよ。ああエバンスに嫌われてるのかなって。でも僕は僕なりに考えて、なんとかこの先仲良くなっていきたいなって真剣に思ってるんだ。僕、本気なんだよ」
「……うん。それで、リリーがどうかしたの?」

ジェームズはまだしばらくもじもじと俯いていたが、やがて泣きそうな顔でこちらを見た。

「だけどさ……さすがに、自信なくすだろ?僕にはあんなに冷たいのに、よりにもよってあんなのと仲良くしてるなんてさ」

あんなの。すぐにはこれといって思い付かなかったのだが、はたと脳裏に浮かんできた顔がひとつ。
果たしてジェームズは、彼女の想像通りのことを言ってきた。

「よりによってあんな気持ち悪いスネイプと仲良くしてるなんて、いくらなんでもひどすぎないか?」

GRAVE MOTIVE

それはこの先、何十年も

    と、いうわけなの。分かった?」
「………」

今度こそ決定的に青くなったジェームズが隅の机に浅く座り込んでだらりと項垂れる。はばつの悪い思いで頬を掻いたが、どうすることもできずにそのまま口を噤んだ。
ひどいショックを受けたジェームズが、まさかリリーとスネイプは付き合ってはいるのではないかという邪推を始めたので、弁明するためには迷いながらも二人が入学前からの幼なじみであることを告白した。だがそれでジェームズの心が癒されるわけでもなく、彼はすっかり無口になってしまった。

「ジェームズ……友達だからこそ、あえて言うよ?まさかあんな根暗で目付き悪くてべとべとしてそうなスネイプみたいになれなんて言わないけど、でもリリーにとってはジェームズみたいに悪ふざけが好きなお調子者より、ああいう地味で地道な人のほうが印象いいみたいだよ。だから……ほんとにリリーに好かれようと思ったら、ちょっとは自粛しないと難しいと思う」
「……僕ってそんなにお調子者かな?」
「自覚がないの?」
「いや、半分は……実は半分以上は、分かってやってるんだけど。でも、そんなに……だって僕は、みんなが面白がってくれるのが好きで……」
「……うん、分かってるよ。私は好きだよ、ジェームズのそういうとこ。でもね、ジェームズ。前にリリーが言ってたんだけど、ジェームズのそういうの、面白がる人だけがこの城にいるんじゃないってこと……ジェームズは、自覚すべきだって。言ってることは、分かるよね?」

ジェームズだって馬鹿じゃない。けれども頭で理解することと、それを飲み下すこととはまったくの別問題だということもにはよく分かっていた。
無音で教室の入り口まで進み    まったく動かないジェームズを見やって、告げる。

「きついこと言って、ごめん。でもジェームズが真剣なの分かるから、だから私もジェームズの友達として、それにリリーの友達として、これでも真面目に言ってるんだよ」
「……うん、分かるよ」
「私、行くね。何かあったら……また、聞くから。ジェームズの役に立ちたいって、思ってるから」
「うん。ありがとう」

こちらを振り向きもせずに、ジェームズはぽつりとそう呟いた。やっぱり……相当、ショック受けてる。
どうすればいいんだろう。リリーがジェームズの、本当は繊細なところとか、すごく友達思いなところとか。ぱっと見て分かる派手な部分じゃないところを見てくれれば、きっと分かってくれると思うんだけど。

「そうだ、ジェームズ」
「なに?」

ようやくジェームズが顔を上げたが、それでもこちらを向くことはなかった。

「今度の夏、日本に来るとか来ないとかって話してたじゃない?あれ、リリーも誘ってみようか」
「ほ、ほんと?」

あ……やっと、笑った。

「うん。リリー、シリウスとのことは応援してくれてるから……それに、最近リーマスと仲良いみたいだし。日本に行ってみたいっていうのは昔から言ってくれてたし、だからひょっとして」
「そ、そうだね、の国だったらエバンスだってきっと行きたいさ。うん、ありがとう、!」

しまった。これでダメだったら余計にジェームズをへこませることに。
仕方ない……頑張ってみるか。でもきっとシリウスのことを持ち出せば、リリーだって。

今度こそ立ち去ろうとしたを、どこか抑えつけた声音でジェームズが呼び止めた。


「うん?」

振り向いた視線の先には、幾分も晴れやかな顔をしたジェームズがいたのだが。それでも、どこか不自然さをにじませて、聞いてきた。

「もう一回聞くけど、エバンスはスネイプと付き合ってるわけじゃないんだよね?」
「え?それは……うん、もちろん……」

ふと、スネイプの告白騒動のことを思い出して、はなんとも間の悪い沈黙を挟んでしまった。案の定、そこにすかさずジェームズが突っ込んでくる。

「ないんだよね?もちろん」
「う……うん、それは……ないんだけど……」
「けど、どうしたの?」

こ、この威圧感……日頃のジェームズなら、まずない。
だがあまりに真剣な目で詰め寄ってこられたので、は思わず背後のドアにへばりついて泣き出しそうな声をあげた。

「それは、ないんだけどね……」
「終わった……僕はもう、おしまいだ」

あー、うるさい。近頃、こいつの騒音は異常だ。殊、の親友であるリリー・エバンスのこととなれば。

「大げさなんだよ。いいだろ、別に付き合ってるわけじゃねーんだから」
「オ、マエ、他人事だからそういうことが言えるんだ!よく、よく考えてみろ!ぼ……僕はあのセブルススニベルススネイプに負けたんだ……」
「っつっても奴の勝手な片思いだろ。ほっとけよ、エバンスがあんな気持ち悪いのと付き合うもんか」
「お前バカか!いいか、あ、あああああの気持ち悪い唇でああああああいつエバンスにチュチュチュチュ……」
「お前がキモイ」
「……チュチュチュチュ……チューしたって!お前、それで、その後ああやってトモダチ続けてるんだぞ?よっぽどだと思わないか?ああ……もひどいよ、そんな大事なこと今の今まで僕に隠してるなんて……」
「親友のそんなひどい話ぺらぺら喋るような女じゃねーだろ。お前のこと見るに見かねて仕方なく、だろ?察してやれよバカ」
「だって……そんな、そんな……だめだ、僕はもう立ち直れない……」

どうやら本気で涙目になってベッドに突っ伏すジェームズの頭を見ながら、聞こえよがしにため息をつく。だが聞き捨てならないとばかりに顔を上げたジェームズは、眼鏡の奥から鋭くこちらを睨んできた。

「お前だって考えてみろ!い、いくら相手の一方的な片思いだとしても、があんな気持ち悪いのとチューしたと思えば!」

言われて。
不覚にもその光景を想像し、そして煮えくり返るほどの激情に追い立てられた自分が本当に情けなく思えた。先日、医務室で雰囲気に流されてキスしてしまったあいつの唇はヤバイと思うくらい柔らかくて、不器用な中にもほんの少しだけこちらを求めてくれた仕草が、たまらなく愛しかった。そうだ、こいつは女なんだと今更ながらに再認識した。
あんなに気持ち悪くてねちっこいのが、あいつの唇に触れたかと思うと。

「……ああ、友よ。俺が悪かった」
「わ、分かってくれたかシリウス!」
「そうだな……お前の気持ちはよく分かった。なあ、そこで俺からひとつ提案があるんだが」
「な、なんだよ?」

面食らった様子で瞬きするジェームズに、シリウスはにやりと笑いかけて、告げた。

「あいつに少し、痛い目見せてやろうか」
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(08.07.13)
言いだしっぺはシリウスだと信じて疑わない。