「かっ、監督生!」
いつもの四人組の中にリーマスの不在を見て、そのことを問うたはジェームズの答えに驚いた。
「リーマスが監督生かぁ……ちょっと、意外」
「そうかなぁ、結構合ってると思うよ。なんかいろいろ特典があるらしいよ、専用の大浴場が使えるとかさ。それより、エバンスは一緒じゃないの?」
何気ない風を装ったつもりなのだろうが、ジェームズが何よりもそのことに関心を寄せていたであろうことは傍目にも明らかだった。
「うん、リリーも監督生だよ。今は監督生のコンパートメントに行ってる」
「あ、そっか!そうだよね、エバンスが監督生か……いいな、リーマス、代わってくれないかな」
「代わるとか代わらないとかできる立場じゃないでしょう」
嘆息混じりにあしらって、は窓際の席に座っているシリウスのほうに顔を向けた。
「そうだ、ねえシリウス。こないだの話なんだけど」
「ん?」
きょとんとした様子で顔を上げた彼に、告げる。
「父さんと話してみたら、うちの空いてる部屋使えばいいって。シリウスとジェームズのことも、ちゃんと覚えてたよ。ぜひみんなで遊びにおいでって」
「なになに、何の話?」
すぐさまジェームズが横からひょいと口を挟んできたので、は三人みんなに聞こえるようにあとを続けた。
「シリウスが日本に行きたいって言ってくれたから、父さんにその話してみたの。大歓迎だって!まだ先だけど、来年の夏とかにでもよかったらみんなで遊びにきて。クリスマス休暇じゃバタバタしちゃうでしょ?」
「ほんと?わー、嬉しいな!シリウス、たまには気の利いたことしてくれるじゃないか」
「うっせー!お前のためじゃねーよ」
「分かってるよそんなの。ごめんね、お邪魔だろうけど僕もぜひとも便乗させてもらいます!」
「お邪魔とか気にしなくていいから……ねえ、そのときはピーターも来てくれるよね?」
どこか物悲しい顔付きでぼんやり虚空を見つめていたピーターは、はっと我に返ってぎこちなく笑ってみせた。
「うん、もちろん。楽しみだな」
どうしたんだろう、ピーター。なんか最近、元気がないような。
けれどもそれをジェームズたちの前で問い質すのも気が引けたので、は適当に話を締め括って、自分のコンパートメントに戻っていった。
JOBS for the GIRLS
職探し
今年はついに
先生たちが、散々生徒を脅すための材料に使ってきたOWL試験の年。
「この試験は魔法社会において最も重要な関門のひとつです。卒業後の進路の七割を決めるといわれるNEWT試験へと繋がる、非常に大切な試験となります。OWL試験の結果如何では来年度以降の受講資格を得られない授業もありますので、皆さんにはより一層の努力を期待していますよ」
どっしりしたマクゴナガルの威厳でもって言われると、それだけで胃がきりきりと痛んでくるような気がする。毎年医務室送りになる生徒が続出するのも、この時点ですでに頷けた。
「イースター休暇明けには個別の進路指導の時間を設けます。談話室に職業パンフレットを置いておきますから、自分の将来について、皆さん今一度よく考えてみてください」
『将来』……ここに来る前、父から言われたことをふと思い出した。魔法学校で七年を過ごすと決めた以上、将来はそちらの道に進むことを覚悟しておきべきだと。
何気なく振り向いて軽く教室を見回したとき、同様にこちらを見つめている眼差しと目が合った。
……シリウス。
照れ隠しにさっと視線を逸らしながら、前に向き直る。マクゴナガルは生徒たちに見えるように示したいくつかのパンフレットを片付け、黒板に書いた『OWL』の三文字を消した。
シリウスは
どんな夢を、持っているのかな。
「進路かぁ、あんまり考えたことなかったかも」
談話室のテーブルにずらりと並べられた、職業パンフレットの山。そこから適当に何冊か取り上げながら、スーザンがぼやいた。
「『君はトロールをガードマンとして訓練する能力を持っているか?』
冗談!あんなのほんとに調教して使えるつもりなのかしら?」
「でも実際、訓練士が毎年五十近くのトロールを送り出してるって。『魔法薬開発なら英国一のダモクレス研究所へ』、『あなたの記事が世界を変える、日刊予言者新聞』……」
「あ、これなんてどう?『星の動きから世界を読もう、占星学会』
必須科目は天文学と占い学だから、クララだったらいけるよ。どう?」
「いいわよ、そんなの。占い学なんてやめちゃおうかと思ってるくらいなんだから」
「え、なんで?」
占星学会のパンフレットを開いたままは後方の友人に向き直った。だらりとソファの背もたれに倒れ込んだクララは、癒術関係のビラを掴んであっさりとテーブルに戻していた。
「占い学って、もともとのそういう素質がないと結局は何やっても無理なんだと思うわ。この二年で見えたことといえばモプサスの爪にはいつも白い粉がついてるってことくらいね。あ、観察力はついたかも?」
「何それ。それじゃ占い学って何の役にも立たないんじゃない」
「でもね、ハッフルパフのニーナはちょっと素質があるらしいわよ。もう何回もお茶の葉から一週間後、一ヵ月後の出来事を見てるって」
「ほんと?そういうのってほんとに見えるのかなぁ」
何も見えない自分としては、占いやら霊感やらという類はどうも信じられない。だがクララはそれ以上占い学を擁護することもなく、さっさとパンフレット漁りに戻っていった。
「はなにかやりたいこととかある?」
「うーん、私も考えたことなかった。あ!これ楽しそう
『やりがいのある職業を求めますか?旅行、冒険、危険が伴う宝探しと、相当額の宝のボーナスはいかが?グリンゴッツ魔法銀行』……あ、銀行かぁ。それじゃあ数占いが要るよね。私には無理だ」
次から次へとパンフレットに目を通していくが、これというものがなかったり、面白そうだと思っても必須科目が足りなかったりでなかなかいい仕事が見つからない。魔法生物規制管理部の職業案内を見ていると、いきなり背後からそっと両目を覆われては飛び上がった。
「ぎゃ!」
「だーれだ」
慌ててその手を外しながら振り向くと、にっこり笑ったアリスがこちらの顔を覗き込んでいた。
「みんな悩んでるみたいね」
「そうなんだー。ねえアリス、進路っていつ頃決めた?」
「そんなに慌てなくても大丈夫よ。進路指導まではまだずいぶん時間があるし、マクゴナガルもいろいろアドバイスしてくれるから」
言いながら、の隣に腰を下ろす。フローリシュ&ブロッツ書店のパンフレットを手に取った彼女を見て、は心持ち声を落として聞いた。
「アリスは魔法法執行部志望?去年のスラッグクラブでオーラー紹介されてたみたいだけど」
するとどういうわけか、アリスは少しだけ頬を染めて曖昧に笑った。
「ええ。マクルーハンが紹介してくれて、夏休みに一回会わせてもらったの」
「えっ!会ったの?どう、どうだった?」
アリスの顔がますます紅潮していくのを見て、は目を見張った。え、まさか……まさか?
「ほんとに、危険な仕事だと思うんだけど……あんなに誇りを持って働いてることに、すごく感銘を受けて。私も、オーラーになりたいって思っちゃった」
「ええぇっ!!?」
素っ頓狂な声をあげ
談話室中の視線が自分のほうに集まってくるのを感じて、は慌てて口を噤んだ。傍らのアリスの首に縋りついて、小声で捲くし立てる。
「や、やめてよそんな!だって危ないんでしょ?闇の魔法使いとか捕まえるんでしょ?アリスがそんな危ない仕事するなんて!アリスに何かあったら私やだよ!」
「ふふ、ありがとう。あくまで志望のひとつよ。ほんとになれるかどうか分からないし」
だけどね、といって、アリスは小さな子供でもあやすようにの頭を撫でた。
「どうせ働くなら、誇りをもって毎日を生きられるようなそんな仕事に就きたいわ」
誇りをもって、働くということ
か。
就寝時間を過ぎて一度布団には入ったものの、なかなか寝付けずには談話室に下りていた。先月フローリシュ&ブロッツで買った雑誌を見ながら、温めたミルクを口に運ぶ。ふと見上げた窓ガラスにぼんやり自分の姿が映っているのを見て、はなんとなくそんな自分としばらく見詰め合った。
入学当初と比べれば、ずいぶんと背は伸びた。見上げていたはずのものが気付かないうちに同じ背丈になっていたりもする。たとえば壁に掛かった絵画、小柄な甲冑。猫背のアーガス・フィルチはもはや見下ろさなければならないほどだった。童顔なのはさほど変わらないが、週末はピーターのお母さんから買ったアイラインを引くことにしている。それだけでずいぶん印象は変わると、友人たちからはそれなりに好評だった。そしてそうした些細な努力を始めると、顔付きそのものも少しだけ大人びてきた
とは、スーザン談である。もっとも、リリーに言わせれば、化粧よりも
誰かさんの影響によるところが大きいのだろう、ということだったが。(そんなこと、他の誰にも言えやしないけど!)
「……?」
ソファでうつらうつらしていたは、不意に聞こえてきたその囁きに、唸りながらうっすらと瞼を開けた。
「んーなにー」
「お前、こんなとこで寝てると風邪ひくぞ」
シリウスだった。気付いているのかいないのか、くしゃくしゃのパジャマの上いくつかはボタンが開けっ放しで少し胸元が見える。気付いていてそれならぶっ飛ばすぞと思いながら、は慌ててそこから目を逸らした。
「シ、シリウスこそどうしたの」
「いや……なんか目が冴えちまって。水でも飲みに。お前は何してんだよ」
「う、ん。私も……似たようなもんかな。でもちょっと眠くなってきちゃったみたい」
眠気のにじむ目をこすって、ぽかーんと天井を見上げる。シリウスは談話室の隅についているキッチンからコップ一杯の水を持ってきての向かいのソファに座り込んだ。目線を下ろすと否応なくそのはだけた皮膚が見えるので、開いた雑誌で顔を隠しながら、頼むから気付け!と祈った。
「……何読んでるんだ?」
「へ?あ、これ?」
問われ、しどろもどろになりながら手にした雑誌を差し出す。シリウスは不思議そうな顔をして受け取ったそれをぱらぱら捲った。
「『クロス・プレス』?」
「うん。フィディアスの
リンドバーグの働いてる出版社が出してる雑誌。クィディッチのナショナルチーム特集があるでしょう?リンドバーグの企画なんだって、見てみて」
「リンドバーグの?」
意表を突かれた様子で瞬いたシリウスが該当のページを探している間、はその長い睫毛をぼんやりと見つめていた。ほんとに、きれいな顔……反則!けれどもこの顔があんなにも赤く染まって間近で自分を見下ろしていたことを思い出すと、身体中が熱くなって溢れんばかりに満たされていくように感じた。
「お母さんの同級生だったよな、確か」
「うん」
「夏休みに会ったんだよな?」
「うん」
「……会いたいな、俺も」
ぽつりとそう漏らしたシリウスを見て、はきょとんと目を開いた。
「シリウスが?そんなに彼のこと好きだったっけ?」
「みんな好きだっただろ、あの腐れスリザリン以外は」
「そ、そうだけど」
「……実を言うとな、少しだけ、個人的に話したことがあるんだ。リンドバーグも家族のことで……いろいろ、悩んでたことがあるって」
聞いたことがなかった。フィディアスの家族……彼は、どんな家庭で育ったのだろう。
まさか
シリウスと、同じように?
「一緒に、会いに行く?」
そっと声をかけると、シリウスは驚いたように顔を上げた。にこりと微笑んで、続ける。
「来年の夏休みも、会う約束してるんだ。一緒に来る?きっとシリウスだったら、大丈夫だと思うよ」
なんとなく、そんな気がするんだ。それに。
(そういった相手を見つけられたら、きっと)
思い出すだけで、心臓が落ち着きなく暴れ出したけれども。
さんきゅ、といって嬉しそうに笑ったシリウスを見ると、ただそれだけで、うれしかった。