「あの……先生。正直に、教えて下さいませんか?私、一体何を仕出かしたんでしょう……」
「ん?なーに、心配することはないよ。ダンブルドアもマクゴナガルも少しばかり神経質になっているだけだ。君は君の思うことをそのままダンブルドアに伝えればいい。あ、そうそう。明後日から早速私の授業があるよ。君たちにも楽しんでもらえるように二週間前から準備していてね」
ウキウキ顔で寮監が初回授業について語っているうちに、二人ははガーゴイル像の前に立った。
RE-SORTING
ホグワーツ史上初
スラッグホーンと別れ、校長室の中へと足を踏み入れる。は今までにこんな部屋を見たことがなかった。魔法界のありとあらゆるものが、彼女にとっては初めてのものばかりではあったのだが。
どこに天井があるのか分からない。部屋は大広間と同じように天井が空のように見える魔法がかけられているようだった。綺麗な星空が輝いている。周囲にぐるりと巡らされた本棚も手の届かないような高さまで伸びていた。その棚の上の方に、先ほどの組み分け帽子がちょこんと置かれている。ダンブルドアの背後の止まり木では炎のように燃え上がる美しい鳥が羽を休ませていた。
ダンブルドアは椅子にゆっくりと腰を下ろし、に優しく微笑んだ。
「……さて。初めましてじゃの、ミス・?」
「あ……はい、どうぞ、よろしくお願いします、ダンブルドア先生……」
何と言えばいいのか分からない。はぎこちない笑みを浮かべながら頭を下げた。
「堅苦しくなる必要はない。さて、レモンティーでも飲むかね?」
「え?」
はきょとんとして顔を上げた。その間にダンブルドア先生が軽く右手を振ると、奥の方からティーカップなどのカチャカチャと擦れ合う音がして、すぐにカップがふわふわと飛んできた。
「ありがとうございます」
はそれを受け取って口をつけた。それだけでなぜか少しだけ穏やかな気持ちになれた。
がダンブルドアの机にカップを下ろすと、彼はゆっくりと口を開いた。
「先ほどの宴会は、楽しかったかね?」
「あ……まあ」
全く。とは言えず、は曖昧に返した。回りくどい人だ、何か説教でもあるのなら単刀直入に言ってくれればいいのに。そんなことを考えていると、ダンブルドアはフッと笑みを漏らした。
「心配するでない、説教などではない」
驚いて顔を上げる。この人は相手の気持ちが読めるのだろうか。は本気でそう思った。
ダンブルドアは緩慢な動きで立ち上がり、机を回ってのところまでやって来た。は思わず身を引いてしまった。ダンブルドアがまた笑う。
「……だが、そうじゃな、いつまでも遠まわしにしておっても仕方がない。簡潔に言おう、スリザリンはどうかね?」
予想外の問い掛けに、一瞬思考が停止する。どうかね?どうって?
「あの、先生、どうかというのは、どういう意味で……」
「うむ、この世の中にはな、ミス・、絶対などということはないのじゃ。どれだけ完璧に見えるものも、過ちを犯すこともないとは言い切れん。どこかに綻びがあるかもしれん」
「
つまり……?」
「つまり」
ダンブルドアはその顔をに近づけて囁いた。彼の青い瞳が眼鏡の奥でキラリと輝く。
「組み分け帽子も、時には選択を誤ることもある、ということじゃ」
が目を丸くしていると、ダンブルドアはもう一度軽く右手を一閃させた。すると上の方の棚に入っていた組み分け帽子が彼の手の中に落ちてきた。
「わしもマクゴナガル先生も、その結論に至っての。もう一度、組み分け帽子に聞いてみたいと思うのじゃ。どうかな?」
顔を上げる。
「もちろん、君がスリザリンを離れたくないというのなら、無理にとは言わん。わしらの考え違いなら、それで良い」
は彼の手からそのトンガリ帽子を受け取った。
「……どうして?」
帽子のつばを握り締めて彼女は相手の顔をじっと見つめた。
「どうして私がスリザリンに入るのは間違いじゃないかとお思いになるんですか?スラッグホーン先生は、ダンブルドア先生やマクゴナガル先生は神経質になっていると仰っていました。どういうことですか?何で、私がスリザリンにいてはいけないんですか?」
ダンブルドアが困ったような顔をする。そして彼は、こう言った。
「ミス・。物事を知るには、適切な時期がある。今はその時ではない……分かっておくれ。君はまだ、知るべきではないのじゃ……」
「でも……!」
はダンブルドアの深いブルーの瞳を見つめていると、それ以上詰め寄ることなど出来なくなってしまった。大人しく組み分け帽子を被ると、再びあの声が聞こえてきた。
「、ダンブルドアはああ言っている。君はどうするかね?」
「え、どうするって……私が決めることなんですか?」
「言ったはずだ、君にはどの寮でもうまくやっていける力がある。君が望む何かがあるのならば、君はそれを選ぶことが出来る」
「それなら……何でさっきは、スリザリンと?」
訝しげに訊ねると、帽子ははっきりと言い放った。
「君には、秘められた力がある。それが何なのかは、時が来れば分かるが
それを最も偉大な道に開花できるのがスリザリンだと、私は判断した」
がつばを握る指先に力をこめると、組み分け帽子は続けた。
「しかし君が望むのならば、君は選ぶことが出来るのだよ。君はその選択肢を自身の手に握り締めている」
彼女は顔を上げ、口を開いた。
「……もう一度、組み分けの歌を歌ってください」
うむ、と言って、帽子は再び歌い始めた。
『私はきれいじゃないけれど
人は見かけによらぬもの』
そうして帽子が歌い終えた頃には。
・の心は決まっていた。
自分の意思をダンブルドアに伝えた彼女は、校長室を出る前にふと立ち止まり振り返った。
「あの……ダンブルドア先生」
彼は組み分け帽子を棚の上に戻そうとしているところだった。
「何かな?ミス・」
は俯き加減に呟いた。
「あの……先生は、母をよくご存知だったそうですね」
ピクリ。と、ダンブルドアの指先が小さく震えたことに彼女は気付かなかった。
「ハグリッドから聞きました。このネックレスも、先生が母から預かっていたものだと」
言っては、ローブの下に隠れているクロスを服の上に出した。ダンブルドアはそれを見て、柔らかく笑んだ。
「……そうじゃ。お母さんの形見……大切にするんじゃぞ」
「
はい」
はゆっくりと頷いた。涙で視界が歪むのが分かった。
「母は、どの寮だったんですか?」
組み分け帽子が答えてくれなかった問い掛け。ダンブルドアは彼方を仰ぎ見るように視線を巡らすと、やがての瞳を真っ直ぐに見据えて口を開いた。
「君のお母さんは、グリフィンドールじゃったよ。正義感の強い
立派な、生徒じゃった……」
それを聞いて、張り詰めていたものが突然切れたような。は泣きながら頬を緩ませた。
「
ありがとう……ございます……」
そして静かに、校長室を後にした。