きっとこれは、誰かに仕組まれた巧妙な罠に違いない。
は視界の隅に映る少年を密かに睨みつつ、手近なチキンを口腔に放り込んだ。

It's NOT PERFECT

完璧なものなんて、この世には

結局、機関車の中では最後までジェームズとブラックと一緒だった。彼らは別のコンパートメントに荷物を置いていたのだが、一人になったのところにわざわざ来てくれたのだ。どことなくぎこちない空気が流れることもあったが、それはジェームズの陽気な話術が打ち砕いてくれた。彼とは純粋にいい交友関係を築けそうだと、何となく実感できた。偶然とはいえ、初めて知り合ったホグワーツの同期生が彼で良かったと心から思う。
汽車を降りるとそこは暗いプラットホームだった。一年生を迎えにやって来たのはハグリッドで、は嬉しさのあまりハグリッドに飛びついた。

「ハグリッド!こういう仕事してるんだね!」
「おー!元気か?」

ハグリッドは笑って彼女の頭を撫でてくれた。ジェームズたちは彼女が森番と知り合いであるということにかなり驚いたようで、は自分がイギリスに来てからの簡単な経緯を二人に説明した。
船に乗って湖を渡り、新入生は城の麓へと到着した。下船した後 石段を登り、巨大な樫の木の扉に行き着く。ハグリッドがその扉を三回叩くと、ドアは内側からパッと独りでに開いてその奥に一人の魔女が現れた。

「マクゴナガル先生、イッチ年生の皆さんです!」
「ご苦労様、ハグリッド」

はすぐに手紙の中身を思い出した。この人が、副校長先生なんだ。
マクゴナガル先生が、一瞬ちらりとを見た気がした。ドキッと心臓が脈打つ。だが何事もなかったかのように先生は新入生を見回して「ついてきなさい」と言った。
そうだ、先生はみんなを見たんだ、私を見たわけじゃない    
は自分にそう言い聞かせて、ジェームズたちと一緒に先生の後に続いた。

たちはしばらくホールの脇にある小さな空き部屋に通された。寮の組み分けを行う準備をしているのだという。はハラハラしながらマクゴナガル先生が戻ってくるのを待っていた。
そわそわしている彼女を見て、ジェームズは軽く笑った。

「そんなに緊張する必要ないだろう?ただ寮を決めるだけなんだからさ」
「だって……どこにも振り分けられなかったら?だって私、今の時点で魔法なんて全然使えないよ?」
「豪快なのに意外と心配性なところもあるんだね、は。大丈夫だよ、マグル出の新入生なんて毎年いくらでもいるって聞くよ?」
「でも……でもでも……」

は小声でジェームズに耳打ちした。

「……もしハッフルパフとかになっちゃったら恥ずかしくない?」

するとジェームズは困ったような顔をした。

「それはハッフルパフに失礼だよ。あそこは正直者の寮さ、とっても素敵じゃないか」
「……じゃあジェームズはハッフルパフでもいいの?」
「いや、僕は百パーセント、グリフィンドールだから」
「何なのその自信」

呆れ顔で嘆息を漏らす。ジェームズは愉快そうに笑んだ。

「僕がグリフィンドールじゃないなら誰もグリフィンドールに入る資格なんてないと思うね」
「自信持ちすぎ、ちょっとムカつく」
「まぁまぁ、とにかく心配することないよ。もし君がハッフルパフだとしても僕らはずっと友達さ」
「うわ、あんま慰めになってないし」
「それは心外だね!」

わざとらしく声をあげるジェームズに苦笑しつつは顔を上げた。その時、やや離れた場所に立ってこちらを冷ややかに見つめている黒髪の少年と目が合った。

    ホームで喧嘩売ってきた、あの野郎だ。

は少年を思い切り睨み付けた。するとのその視線に気付きジェームズもそちらに目をやる。
ジェームズは黒髪の少年の姿を捉えると、ニヤリと笑って一際大きな声を出した。

「あれは……キングズ・クロスでに危うく殴られるところだった陰湿少年じゃないか」

少年の表情が歪んだ。周囲の新入生たちは何事かと顔を上げる。ジェームズは気にも留めずに続けた。

「偉そうに『僕の通路を塞いでる』なんて……よく言えたもんだよな。何様のつもりなんだろうね」

すると少年は憎悪の表情を浮かべ懐から素早く杖を取り出した。気付いた時にはジェームズも杖を構えている。ははっとして声を張り上げた。

「ちょっと、あんたたち    
「何をしているのですか!」

突如降りかかってきたのは、マクゴナガル先生の怒声だった。その場の全員が息を呑んで事の行く末を見守る。否、ブラックは興味もなさそうに平然としていた。幼馴染が魔法で対決しようとしていたのに。なんて神経なんだとは胸中で吐き棄てた。
少年は口惜しそうに杖を仕舞いこみ、ジェームズは慌てて先生に身振り手振りで言い訳しようとしていた。

「あーこれはですね先生、大したことではなくて    
「杖を構えて睨み合って    『大したことではない』ですって?」

は、この人には絶対に逆らってはいけないと思った。

「エクスペリアームス!」

先生が叫ぶと、少年とジェームズの手から杖が舞い上がり、二本ともが先生の手中に収まった。

「これは今日一日私が預からせてもらいます。いいですね?」

二人とも明らかにショックを受けたようだったが、何も言わなかった。
そしてたちは、上級生や先生たちの待つ大広間へと通された。は時折「明日には返ってくるじゃない、ね?」とジェームズの肩を叩かねばならなかった。

大広間には四つの長テーブルがあり、宙に浮かぶ何千本もの蝋燭に照らし出されていた。新入生は広間の先生たちの机の前まで誘導された。マクゴナガル先生はそこに四本足のスツールを置き、その上にボロボロで埃を被ったようなとんがり帽子を乗せた。
やがて帽子はつばのへりの破れ目をパクパク開いて歌い始め、それが終わるとマクゴナガル先生がABC順に新入生の名前を呼んだ。日本人であるはこの名簿順に慣れておらず、自分がどの辺りで呼ばれるのか考えることが出来なかった。

が知っている中    無論そんな者はごく少数に限られているわけだが    で一番に呼ばれたのは、ブラックだった。

「ブラック・シリウス!」

周りで新入生たちがひそひそと囁いているのが聞こえた    「ああ、ブラック家の!」。

『ブラック家』?ひょっとして、イギリスでは有名な家系なのだろうか。はそんなことを考えながら、帽子を頭に乗せたブラックをぼんやり眺めていた。
と、途中、いきなりブラックがその表情を険しくして組み分け帽子のつばを捻り潰しそうなほど強く握るのが見えた。何があったんだろう。そしてついに    

「……グリフィンドール!」

帽子はそう叫んだ。その直後、一番端の長テーブルから小さなどよめきが起こったのは気のせいだったのだろうか。
ブラックは歓声のあがるグリフィンドール席に着きながら、少なからず安堵の表情を浮かべていた。

……変な奴。

はブラックから目を逸らし、再び組み分け帽子に目をやった。
事故とはいえ、駅でが殴ってしまった少女、リリー・エバンスはグリフィンドール、そしてジェームズも彼が豪語していた通りにグリフィンドールだった。因みにあの血色の悪そうな偉そうな黒髪の少年、セブルス・スネイプは、帽子が頭に触れるか触れないかといううちに「スリザリン!」と言われていた。

残りの新入生もどんどん少なくなっていく。そしてやがて    

!」

呼ばれた。途端に心臓が跳ね上がる。は掌に「人」という字を書き飲み込むと、慌ててマクゴナガル先生の許へと駆け寄った。
帽子を被り、椅子に腰を落とす。するととんがり帽子の中から反響するように声が聞こえてきた。

「ほう!来たか、の娘!」

その声の大きさにはびくっと肩を強張らせた。この声は他の生徒たちにも聞こえているのだろうか。そんなことを考える。
は声には出さずに帽子に呼びかけた。

「あなたも母さんを知ってるの……?」
「それは、もちろん知っているとも!私はホグワーツ創立以来全ての生徒たちの進む寮を決めてきたのだから。君の母親も、例外ではない。そうか……ついに来たか……ふーむ、どこに入れたものか……」
「……母はどこの寮だったんですか?」

すると帽子は、うーんと唸った。

「それは……私の口からは言わないこととしよう。がどうであれ、君は君だ。違うかね?」

は驚いた。イギリスに来てから、ハグリッドもオリバンダー老人も、彼女を『の娘』として扱っていた。母を知る者に(『者』といえるか分からないが)こうして個人として見られているということが新鮮だった。

「ふーむ……勇気に満ちている、頭も悪くない、誠実さも持ち合わせている、才能も、自分の力を試したいという欲望もある……ふーむ、君はどこの寮にだって相応しい力を持っておる……」
「あの、褒めすぎですよ。私は臆病だし勉強なんか大して出来ないし……」
「自分の力に気付くまでは時間がかかるものだ。ふーむ……そうだなぁ……」
「あ、ハッフルパフはちょっと嫌かもしれません」

「ではハッフルパフは省こう」とあっさりと言われ、は拍子抜けした。なんだ、組み分けってこんなに適当なのか?
と、急に帽子の呟きは止まり。そして。

    スリザリン!」

は帽子を脱いで立ち上がった。そしてそれを先生に手渡そうと向き直った時、確かに見た    衝撃に固まった、マクゴナガル先生の顔を。
反射的には先生たちの長テーブルを振り返った。そこにはハグリッドも座っていたが、彼も、そして先生たちのうちの数人の顔も、マクゴナガル先生のものと同じように強張っていた。の記憶に鮮明に残ったのは先生たちの席のちょうど真ん中に座った、半月形の眼鏡をかけた白髪の老人の厳しい表情だった。

    私がスリザリンに入るのは、そんなに信じられないことなんだろうか。

は一番端の長テーブルに着きながら眉を顰めた。先生たちは今では何事もなかったかのように組み分けを進めているが。
彼女の思考はそこから離れざるを得なかった。同じテーブルのやや離れた所に、顔も見たくない相手が座っていたからだ。向こうも同じことを思ったらしく、すぐさまこちらから目を逸らしたが。
    セブルス・スネイプ。
彼と同じ寮になってしまった。

は絶対にこれは何かの陰謀だと思いながらふと顔を上げた。するとグリフィンドール席から信じられないといった顔でこちらを見つめているジェームズ・ポッターと目が合い、は小さくかぶりを振ってみせた。







組み分けが終わった後、半月形の眼鏡をかけているのがアルバス・ダンブルドアだと分かった。手紙から聞こえた、あの穏やかな声。彼の陽気な挨拶が終わると、テーブルの上はご馳走でいっぱいになった。は周りの新入生たちと適当に会話を交わしつつ、豪華な料理に舌鼓を打っていた。

宴会の間に、一つ分かったことがあった。つまり。
    この寮は、純血を良しとしているのだということ。
純血の生徒は今ではそう多くないといえ、スリザリンの多くは純血に憧れている傾向があった。寮を誤ったとは思っていた。
完全にマグルの出ではないとはいえ、今の今までマグルの父に育てられ、魔法界の存在すら知らなかったである。周りと話が合うはずもなく。

も混血なの?」

斜向かいの少女    確かバーネといったか    に問われ、は「まあね」と小さく頷いた。

「やっぱり純血って珍しいわよねー。マルフォイ先輩って血筋もいいし頭もいいし素敵!最高!」

ここからはかなり離れた位置にいるスリザリンの六年生    ルシウス・マルフォイは、今時珍しいその『純血』一家なのだという。は「そうだねー」と軽く流しておいた。そんなことはどうでもいい。というより、むしろ『純血』というだけで偉そうにしている輩がいると考えただけで反吐が出そうだった。けれど宴会の場でムードを壊すわけにもいかず、一応反論はしないでおく。
ああ、こんな所に来てまで私は自分の声を押し殺して生きていくのか。

、もうちょっと興味深そうに話せないわけ?」

バーネがつまらなさそうに口を尖らせる。は「ごめん、寝不足で頭が回らないんだ」と言って誤魔化しておいた。
そうしてやがてテーブルの上の食べ物は全て消えてしまった。再びダンブルドア先生が立ち上がり、森には近づかないこと、授業の合間に廊下で魔法を使わないこと、クィディッチの寮のチームに参加したい者は飛行訓練の教授に連絡することと注意事項を言った。クィディッチとはとにかく魔法使いのするスポーツなのだろうということは、先ほど周りの生徒たちが話しているのを聞いていると想像できた。詳しいことは分からないが、周囲に訊くのは気が引ける。

就寝前に校歌を歌おう!とダンブルドアは言った。それがなんと、自分の好きなメロディーで、という。は日本にいた頃好きだったアーティストの曲を小声で歌っておいた。

「さぁ、諸君。就寝時間じゃ」

生徒たちはそれぞれの寮の監督生について大広間を出ようとした。も席を立つ。そして出入り口へと向かっていた時に。

「ミス・!新入生のミス・!」

はびっくりして振り返った。マクゴナガル先生に呼ばれたのだ。寮へと戻ろうとしていた生徒の多くも驚いてマクゴナガル先生の方を振り返っていた。

「ミス・は話がありますから今すぐ来なさい。他の生徒は全員寮に戻って早くお休みなさい」

「何かしたの?」とバーネに訊かれ、は慌ててかぶりを振った。入学初日から呼び出されるようなことはしていないはずだ。宴会の時だって我慢して周りの話に合わせていたというのに。大広間の前へと向かう途中、ジェームズの心配そうな顔が見えたのでは「心配要らないよ」と軽く手を振った。

そこにはマクゴナガル、そしてスリザリンの寮監スラッグホーンの二人だけが残っていた。他の先生たちは出て行ったらしい。スラッグホーン先生はどこか呆れたような眼で副校長を見、マクゴナガル先生は複雑な面持ちでに顔を向けた。

「あなたに大事な話があります。今からスラッグホーン先生と一緒にダンブルドア先生のお部屋に行きなさい」
「え!」

いきなり、校長室に呼び出し?は真っ青になった。

「あの、先生、私、何かしましたか?」

咳払いの後、セイウチ髭をたくわえた顎を物憂げに掻きながらスラッグホーンが答えた。

、そんなに硬くなる必要はないよ。どうせすぐに終わるだろう、大したことじゃない」

マクゴナガルは非難がましい目でスラッグホーンを見たが、彼は素知らぬ顔で脇を向いた。何なんだろう、一体。スラッグホーン先生はさして問題視していないようだが、だがマクゴナガル先生の顔付きを見ているとどうしても気になる。本当に……私が一体何をしたよ!

不安で心臓が破裂しそうになりながら、はトコトコと歩くスラッグホーンについて大広間を出て行った。その後ろ姿を、より心配そうな眼差しでマクゴナガルは見送った。
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(07.07.07)