クリスマス休暇は、エバンス家と一緒に楽しく過ごすことができた。二人暮らしにしては広すぎる片田舎の一軒家に父と二人で住んでいたには、多少手狭に感じる家ではあったが、そんなことはまったく関係ない。笑い声の絶えない、理想的な家族。
ただ一つ    次女のペチュニア・エバンスの仏頂面を除いて。

「ただいま、ペチュニア。お姉ちゃんの学校の友達で、っていうのよ。ご挨拶は?」
「初めまして、ペチュニア。っていいます。お姉さんのルームメートなの」

初めてエバンス家にやって来たその日、リリーの部屋に通されたをペチュニアはドアの陰から胡散臭そうに眺めるだけだった。そのことに気付いたリリーがたしなめるように声をかけると、彼女はの挨拶を完全に無視し、そのまま知らん顔でどこかへ行ってしまった。

「……嫌われちゃったかな。ほら、リリーにだって、私、最初は嫌われてたし……」

そう言うと、リリーは小さく噴き出して、居間から持ってきたケーキの一つをの前に置いた。美味しそうなチーズケーキ。私が夏に好きだと言っていたのを、覚えていてくれたのだろうか。

「もう、その話はよしましょう?そうね……あの子、あまり魔法学校のことを、良く思ってないみたいだから」
「そうなの?ええと……妹さんは、やっぱりマグル?」
「ええ、そう。この家で魔法を使えるのは、私だけ。ペチュニアも、私が魔法学校に行くって分かったときは……きっと、自分もいつか行けるって、思ってたんだと思うの。だけど……あの子のところには、十一歳になっても入学許可書は届かなかった」

リリーの口元から、漣のように微笑みが消えていった。その瞳は、虚ろに見開かれてどこか遠くを見据えている。

「だから……分かるのよ。あの子がああやって、私に反発したがるのも。私だってきっと    そんなことがあったら……どうしたって、嫉妬するもの。何でお姉ちゃんだけ、って。パパもママも、私が魔女だって知ったときは、喜んでくれたし……誰だって、自分もって期待するでしょう?」

一人っ子のには、正直なところよく分からなかった。そんなものなのかな。姉妹の、溝。嫉妬。羨望の念。
眉根を寄せて考え込んだに、小さく笑ってリリーはポットから紅茶を注いでくれた。

「とにかく    食べましょう?この辺りで一番美味しいケーキ屋さんのチーズケーキなんだから」

DILEMMA

ジレンマの角

エバンス家で過ごす最後の晩。クリスマスほどではないにせよ、テーブルにはたくさんのご馳走が並べられた。少しでも仲良くできないものかとはペチュニアにデザートのアップルパイを取り分けようとしたが、あっさりと撥ねつけられてしまった。結局、ここへ来て一度もまともに話ができていない。

「……ペチュニア」
「ああ、いいのいいの。そうだよね、自分で取れるよね。ごめんごめん」

脇の妹を見て僅かに眉をひそめるリリーに、は気楽に笑いながら言った。それでもペチュニアはまったく口を開かず、パイを一切れだけ頬張ると早々に席を立ち、ダイニングから消えた。
「……ごめんなさいね、。せっかく来てもらったのに、あの子がずっとあの調子で」

部屋に戻って荷物をまとめていると、申し訳なさそうにリリーが声をかけてきた。は振り向き、かぶりを振って微笑む。

「気にしなくていいよ。招待してもらって、ほんとに嬉しかったし。すごく楽しかった。それに」
「それに?」
「ペチュニア、私が魔法学校の生徒だからじゃないよ。リリーのことが好きで、ただ私に妬いてるんだと思う」

リリーは不意を衝かれたように目を丸くした。まさか、気付いていなかったとでもいうのだろうか。

「何となく……ね。ペチュニア見てたら、分かったんだ。あの子、ちょっと不器用なだけなんだよ。私も昔はそうだったから。父さんに反発ばっかりしてた」

リリーは瞬きもせずにじっとこちらを見つめている。なんだか気恥ずかしくなって、は曖昧に視線を外した。続ける。

「前に言ったよね。お父さんがいて、お母さんがいて、妹さんがいて……そういうリリーが、羨ましいって」

怪訝そうに眉をひそめるリリーに、は落ち着いて笑いかけた。

「言うまでもないかもしれないけど    妹さんと、仲良くね。ペチュニアのこと、好きでしょう?」

するとリリーは眉間のしわを緩め、力を抜いてにこりと微笑んだ。

「ええ、もちろん。そうね……私がもっと、お姉さんにならなきゃね」
「私、兄弟のことはよく分からないけど……でもリリーくらい妹さんのこと思ってたら、いつかきっとペチュニアにも届くと思う。ちゃんと応えてくれるよ、だって家族だもん」
「……ありがとう」

家族だもの。その言葉を口にして、ふと思い出したのはシリウスのことだった。思えば三年生に上がってから、まともに話もしていない。何がいけなかったのだろう。やはり私が、彼の最も気にかけているポイントをさらりと突いてしまったことだろうか。怒っていないと明言する者は、その大半が立腹している。ラルフのこともリーマスのことも、そしてシリウスのことも……思い出すだけで、胃がきりきりと痛んでくる。明日のこの時間はあのグリフィンドール塔だと考えると、途端に気分が落ち込んできた。

荷物を詰める途中だったトランクに向き直り、は残りの衣服を空いている隙間に押し込む。と、リリーはまた彼女の背後から神妙そうに声をかけてきた。

「ねえ、。ずっと聞きたかったんだけどね」
「へ?うん、なに?」

作業の手は休めず、声だけで答える。リリーはさほど間を置かず、続け様に言った。

「何かあった?その    サイラスと」

彼女の思考が働いたのは、聴覚がその音を拾い上げてから数秒ほど経った後だった。ぎょっとして、反射的に振り返る。どきどきと高鳴る鼓動を押さえつけ、が口を開くよりも先に、その表情を読み取ったリリーは大きなため息をひとつ吐いてみせた。

「……やっぱり」
「な……なっ、な、なななな……」
「何でって?だってあなた、すぐ顔に出るんだもの。サイラスはここのところ、ずっとあなたにべったりだったし。それが休暇の少し前から、ぱったり止んで」
「ぎゃー!やめて、やめてやめて!それ以上言わないで!」

思い出すだけで顔から火が出てくる。すき。すきなんだ。ずっとおまえのこと。
両耳を押さえて奇声をあげるに、リリーは心底驚いたようだった。がこうした取り乱した方をすることは、珍しい。リリーはの傍らに姿勢を正して座りなおし、真っ赤になって泣き喚く彼女の背を撫でた。

、とにかく落ち着きましょう。ね?」
「だって……だってだってだって、私……どうしていいか、分かんない……」

この二週間、ひとりで抱えていたものを何の前触れもなく突かれ。溢れ出すようにして、はただそれだけを繰り返した。抱えた膝に額を押し付け、しきりに首を振る。

「……告白、されたの?」

告白。あらためてその単語を突きつけられると、その重みがより一層のしかかってくるような気がした。ほんの微かに顎を引いて、うなずく。

「それで    返事は?」
「……まだ、してない」

膝の上に突っ伏して沈黙したに、リリーは思案するように眉根を寄せてから。ふと、思い出したように。

「……あなた、何をそんなに悩んでるの?」
「なにって    

反駁の声をあげようとして、もまた、不意に思いなおしたように口を噤んだ。再び膝に顎をついて、うめく。

「……ほんとに、何に悩んでるんだろ」
「それは……戸惑う気持ちも分かるけど」

言って、リリーは呆れたように肩を竦めてみせた。

「あなたには、あまり迷う理由はないんじゃない?だって    今でもルーピンのこと、好きなんでしょう?」

ほら、ほら。きた。そこを突かれたら、返す言葉がなくなってしまう。それでも何とか次の台詞を見出して、は消え入りそうな声で言った。

「そうだけど……でも、男の人にあんなこと言われたの、初めてで……嬉しかったよ、正直。ラルフのこと、嫌いじゃないし。それに、私は……他の誰でもない、私を好きになってくれた人を……大事にしたいとも、思った……」

こちらの顔を覗き込んでくるリリーは、嘆息したようだった。虚を衝かれ、ぱっと顔を上げると、彼女の緑色の瞳が厳しい光を帯びてを見下ろしている。逃げ出そうにもリリーの眼はそれを許さず、は僅かに身体を引いただけにとどまった。

「それが本心なら、素敵な考え方だと思うわ。誰かに想われるっていうことは、私もとても尊い体験だと思う。でも自分の気持ちを偽って出した答えなら、そんなのはない方がまし」
「………」

まさか突き放すようなこんな強烈な言葉が返ってくるとは思わず、はただ呆けたように彼女の顔を見返すだけだった。さほど調子を変えず、リリーが続け様に言ってくる。

「あなたは、ルーピンが好きなんでしょう?ルーピンとよく話をするようになってから、あなたの瞳、とっても輝いてきた」
「……そ、そうかな?そんなこと……」
「私は隣で見てきたから、分かるの。うまく言えないけど……ルーピンと話すときのあなた、今まで見たことがないような顔をしてたわ。私、嬉しかったの。あなたとルーピンなら、きっとうまくいくだろうなって」
「や    やめてよ、そんなの!」

知らず知らずのうちに、は声を荒げていた。息を呑み、口を噤むリリーの手を振り払い、膝に顔をうずめて両耳を塞ぐ。こもった声で、叩きつけるように怒鳴った。

「……それじゃ、意味がないんだよ。友達って言ったの……リーマスが、私のことは友達だって言ったの!私はリーマスとの今の関係を壊したくないの!」
「……

震える声でつぶやいて。躊躇いがちに伸びてきたリリーの手が、静かにの背に触れた。

「ごめんなさい。無神経だったわね、私」

は答えなかった。今 口を開けば、泣いていることが知れてしまう。頑なに口を閉ざし、は込み上げてくる涙の収まるのを待った。そうしている間にも、リリーは続ける。

「でもね、。あなたがルーピンと話してるとき、生き生きとしてるのは本当。だから私は、そんな素敵な気持ちを大切にしてほしいのよ。そんなに心をときめかせられる相手って、人生でそうそう巡り合えるものじゃないと思うの」

は休暇前に偶然図書館で出逢った上級生のことを思い出した。あの人と、言っていることは同じだ。きっと。それなのに、結果的には正反対。私は一体、どうすればいい?

「……リリーは、何で誰とも付き合わないの?この前は……カーターに告白されてたじゃない?他にも、何人か」

こっそり膝で涙を拭いて顔を上げる。リリーは多少戸惑いの表情を見せたが、さほど間を置かずに答えを口にした。

「誰かに想われるって……素敵だと思うわ。貴重な体験だと思う。でも、私は……心からこの人と一緒にいたいって思える人じゃないと、付き合えない気がするの」

どこかで似たような台詞を聞いた気がしたが、はそれをはっきりとは思い出せなかった。眉をひそめて相手の顔を見返すと、先を促したわけではないが、リリーはさらに言った。

「とりあえず、っていうのは、私にはできないわ。そんな器用なこと、できない。ただ相手を傷付けて、終わってしまいそうで。だから私は……この人だって、心から思える人じゃないと。だから私は、そんな相手を見つけられた    羨ましいわ、すごく」

思い出した。ジェームズだ。一年生のとき、少しだけハッフルパフの女の子と付き合って彼が感じたことと、おんなじ。だから彼は、以来誰とも付き合っていない。きっと、今も。
リリーはこちらの顔を覗き込み、訴えかけるように、告げた。

    逃げないで、。あなたは逃げてる。ルーピンの気持ちが分からないからって……だから自分の正直な気持ちを伝えるより前に、自分のことを好きって言ってくれるサイラスに逃げようとしてる。それでいいの?あなたは(、、、、)、本当にそれでいいの?」

逃げるようにして、はリリーから顔を逸らした。最後の靴下を詰めたトランクに両手をつき、黙する。
自分が発言しなければこの沈黙が終わることはないのだということを自覚し、はようやく重々しい口を開いた。

「もうしばらく……考えてみるよ」

それ以上、リリーが何かを言ってくることはなかった。だがその視線を背中にいつまでも感じ、は歯磨きをしてくるといって部屋を後にした。
歯ブラシを部屋に忘れてきたことに気付いたのは、洗面台の前に立ったときだった。
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(08.02.08)