、元気にしてる?
私は家族と旅行に行ったり、この夏に買ったマグルの本を読んだりと、楽しく過ごしています。でもあなたに会えないのは、とても残念だわ。日本は遠いものね。
だけどいつかきっと、あなたのところに遊びに行きたいと思っています。
ところで八月の最終週、一緒に新学期の買い物に行きませんか?あなたのことを話したら、ママが是非会いたいって。私も家族のことを紹介したいわ。良ければ都合のいい日時を教えてください。楽しみにしています。
リリーより
with a GIRL FRIEND
おんなのこのはなし
フローリシュ&ブロッツ書店で待ち合わせたリリーと彼女の両親と一緒に食事を摂り、買い物を済ませたあと、はリリーと二人でぶらりとダイアゴン横丁を歩いていた。ガラス張りのアクセサリー店の前で足を止め、外から覗き込んであれこれと楽しくお喋りする。ジェームズやシリウスたちと共に過ごす時間もそれなりに大切だが、やはりこうした話は男の子とはできない。
「私、あれがいいわ。あの右から三つ目のネックレス」
リリーが指差したのは、銀の天使を象った装飾のネックレスだった。可愛い、と声をあげたに、くすりと笑ってリリーが告げる。
「でもあなたがしてるクロスのネックレスも、とってもいいわよ。似合ってる」
「そうかな?ありがとう。これ、お母さんのだったんだって」
へえ、と瞬いて、リリーは身体ごとこちらを向いた。
「素敵ね。そうやって、受け継がれていくものがあるって」
は曖昧に笑ったが、さり気なく眼前のガラスに視線を戻して、呟いた。
「でも、お母さん……私が赤ちゃんのときに、死んじゃった。私、何にも覚えてないの。お母さんのこと。たまに、ぼんやり……夢を見るんだけど。それだけで。だから……あったかいお父さんがいて、お母さんがいて、妹さんがいて
そういうリリーの方がずっと……うらやましい」
リリーに家族の話をするのは、初めてだった。急に話題を変えることもできず、続く台詞も思い浮かばず、は口を噤んで頑なに前を向く。ようやく口を開いたリリーは、の肩にそっと手を添えて優しく言い聞かせた。
「そうだったの……だけどね、。私、思うのよ。死んでしまったからって、その人がどこかへ行ってしまうわけじゃないって。私も、ホグワーツに入学する少し前、おばあちゃんを亡くしたの。おばあちゃんも私が魔女だったって知って喜んでくれたし、私、おばあちゃんっ子だったから、しばらくはずっと落ち込んでたんだけど」
は目を丸くして傍らのリリーに向き直った。彼女は笑っているが、その緑色の瞳はどこか遠くを見ている。
「でも、今では時々、おばあちゃんの影を感じるのよ。ふとした風の中におばあちゃんの匂いを嗅いだり、朝、目が覚めたときにカーテンから差し込んでくる陽の光とか。そういう何でもないことの中に、ああ、おばあちゃんはそこにいて、私のことを見てくれてるんだって」
「……ほんとに?」
俄かには信じがたく、聞き返す。リリーはくすりと笑って頭上に広がる青空を仰いだ。
「ほんと。たとえば……そうね、このあと、帰り道で私がさっき買った羽根ペンとインク壺を落とすとするでしょう?」
「え?な、なんで?」
「な・ん・で・も。だけどそれはおばあちゃんが私のためを思ってそうしてくれたんだって私は思うのよ、きっと」
「え……えーと、その……ごめん、リリー、意味がよく分からないんだけど」
「ひょっとしたらその羽根ペンとインク壺は不良品だったかもしれないし、ひょっとしてそれを拾ってくれた人と恋が芽生えちゃったりするかもしれないでしょう?」
「リリー……それはちょっと、飛躍しすぎだよ」
「とにかくね、。この世のすべてには意味があるの。私たちのこと、大切に思ってくれてる人たちみんなが、私たちのために動かしてくれてる世界がある。最近ね、そう思うようになったのよ」
そういうもの、なのか……?眉をひそめて頭を抱えたを見て、リリーは優しく微笑む。
「あなたとああいう出逢い方をしたのも、同じ部屋になったことも、全部意味のあった巡り合わせだと思うから」
は二年前のキングズ・クロス駅を思い出して恥ずかしさのあまり頬を紅潮させた。出会い頭に拳を見舞ったことが、意味のある巡り合わせだったって?するとリリーは悪戯っぽく目を細めてみせた。
「ひょっとしたら私のおばあちゃんと、あなたのお母さんが計ったのかもね。私たちの、出逢い。そんな風に考えたら、死んでしまった人だっていつも私たちの傍にいるって
そう、感じることができるのよ。そして実際、そうなんだと思う。だからきっと、あなたのお母さんだって」
私たちの出逢いを、計った?リリーのおばあちゃんと……私の、お母さんが。そんな風に考えたことは、一度もなかった。だがリリーのその言葉を聞いた途端、どこか曖昧だった母の影が目の前に現れてくるように思った。そうか……そうやって……。
それにね。リリーはの首にかかるネックレスを指先でほんの僅かになぞって、続けた。
「自信を持って、。あなたのお母さんが生きた証は、こうやってあなたがちゃんと受け継いでるんだから」
「これから新学期まで、『漏れ鍋』で過ごすの?」
残り数日の夏休みをがどこで過ごすのかを聞いたリリーは、注文したアイスティーに差し込んだストローを摘んだまま目をぱちくりさせた。そう、と軽く言って、は運ばれてきたケーキにフォークを入れる。二人は立ち寄った喫茶店で甘いものを食べてから、リリーの両親が待つ本屋に戻ることにしていた。
「だってね、『漏れ鍋』から日本まで煙突飛行ネットワークを繋いでくれるのって、すごーい特別措置なんだって。ダンブルドアがお願いしてくれなかったら、魔法省から許可が下りなかったろうって。だから何度も行ったり来たりできないの。一度こっちに来たら、そのまま『漏れ鍋』に泊まって新学期まで過ごすんだ」
「……それならそうと、言ってくれれば良かったのに。私、ちっとも知らなくて。それなら、別に今日じゃなくたって」
「ううん、それはいいの。一年生のときからずっとこうしてるし、明後日はジェームズと会う予定だから」
ジェームズ。その名前を聞いた途端、リリーの顔に苦い色が差す。言わなきゃよかったかな……。は逃げるように、手元のチーズケーキに視線を落とした。
「、あなた……ポッターとは、本当に何もないの?」
「えぇ?なにそれ、どういう意味……」
「別にね、あなたの交友関係に口を出すつもりはないの。もちろん。そんなこと、したくない。だけど……よく分からないのよ。あなた、ルーピンのことが好きなのよね?」
思わずどきりとして、フォークを口にくわえたまま動きを止める。は咳き込みながらなんとか口腔のケーキを飲み込み、恐る恐るリリーを見やった。
「だから……ジェームズは、ただの友達だってば」
「それは、ニースがいたからじゃない?ポッターのことが好きだっていう彼女の前だから、あのときはそう言っただけなんじゃない?」
「……え?」
どうして、そんなことを言うのだろう。そのことが、純粋に不思議だった。
「そんなに、私たち『何か』ありそうに見える?」
「……気を悪くしたなら、ごめんなさい。でも……そうね。勘繰りたくなるくらい仲が良さそうに見えるのは、本当」
「仲が良いのは、本当だよ。ジェームズのこと、いい友達だと思ってる。でも、私は……今はリーマスのことが好きだし、ジェームズとは
きっとこの先ずっと、そういう関係にはならない。そんな……気がするよ、何となく。お互いそんな気がしてるから、だからうまくいくんじゃないかな。こういうのって。もしジェームズに、そういう気持ちを感じてたら……きっと私、もう友達じゃいられない。そんな気がする」
「……そう」
囁くように呟いて、リリーは軽く瞼を伏せた。
「ごめんなさい。変なこと、聞いて」
「ううん。確かに……ちょっと変かなとは、思わなくもないよ。自分たちのこと。いつまで友達でいられるのかなって、考えることもある。ジェームズだっていつか好きな人ができて、その人と付き合って……いくら私たちにその気がなくたって、いつまでも一緒にいられるわけじゃないんだろうなって」
それは以前から、考えていた。年々、男の子らしい男の子へと成長していくジェームズやシリウスたち。まるで弟のようだったピーターも、ここのところ背が伸びて、時折、ふと彼もまた男の子なのだと気付かされることがある。おっちょこちょいで忘れっぽいところは相変わらずなのだが。
リーマスも、夏休みに入る直前に横に立ったとき、自分よりも予想以上に背が高いことには初めて気付いた。東洋系のはもともと小柄なのだから、当然といえば当然だが。そのことに改めて気付かされるほどに、リーマスもまた『男の子』へと成長しつつあった。
「そう……そう、よね。難しいわよね、きっと。男と女の友情って」
どこか疲労の色を滲ませて独りごちたリリーに、は瞬きしながら問いかけた。
「リリーもそうなの?」
彼女は小さく笑い、摘んだストローにそっと唇を添えた。けれども彼女は、その質問には答えてこなかった。
リリーの両親と合流し、『漏れ鍋』までの道のりを四人でたどっている途中。
「聞きましたか?ミセス・コーマックの
」
「ああ……残念だ。有能な魔女だった
」
「しかし、一体誰が
」
「ここのところ、不可解な事件が多すぎますな
」
「噂では、どうやら仮面の男たちが
」
それは彼女にとって、どこからともなく吹いてきて、知らぬ間に流れ去っていく他愛無い風の音と同じだった。