リリーの何気ない一言がきっかけで。
はある日を境に、グリフィンドールの同期生、リーマス・ルーピンのことがやたらと気にかかるようになった。無造作に流した鳶色の髪、薄茶の穏やかな瞳。長身とはいえないが、すっとした痩躯。背中を少しだけ丸めるようにして歩く癖があり、同室のジェームズによく正されていた。けれども彼の笑顔はどこか人とほっとさせるものがあるし、さり気ない気遣いが上手。ジェームズやシリウスのように決して目立つ存在ではないが、そんな彼に好意を抱いている寮生は少なくないはずだ。
だが    ちがう。この気持ちは、そんなものとは、ちがう。……はず、だ。

「さて    君もとうとう、恋の病、かな?」

窓際でぼんやり外を眺めていると、唐突に背後からひっそりと声をかけられては飛び上がった。

「ジェ、ジェ、ジェジェジェ……ジェームズ!」
「そんなに驚かなくたっていいだろ?さっきからずーっと呼んでたんだからさ」

彼はにやにやと笑いながらこちらの肩に腕を回して、そのままちゃっかりと隣に尻を据えた。

「それより、さ。君にもとうとう……春がきたんだね。青い、春が」
「ちょっ……なにをおっしゃっているのか、よくわかりませんが」
「またまた。すっとぼけちゃって。君ってほんとに分かりやすいんだから。見てて飽きないよ。あ、これ褒め言葉だからね、もちろん」

分かりやすい、のどこが褒め言葉なんだ。険悪な目付きで睨み据えると、ジェームズは両手を軽く挙げて観念の姿勢を作りながらも、僅かに後ろに身を反らせて続け様に言ってきた。

「だけど、なかなか手強い相手だと思うよ    リーマスってやつは」

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ジェームズには、何ひとつ隠し事はできない。あらためてその事実を突きつけられ、は手摺りに突っ伏しながら人知れず顔をしかめた。ジェームズが女の子と付き合ってたときは、私ちっとも知らなかったのに。そう言うと、彼は「じゃあ次からは好きな子ができたら真っ先に君に教えるからさ!」と約束した。それはその場凌ぎの口約束に過ぎなかろうが、何しろこちらの想い人はばれてしまっているわけだからどうすることもできない。

「それにしても    ふーん、リーマスかぁ」

談話室を出、ふらりと散歩に出かけた天文台の塔のてっぺんで。この季節になると遠くの山々から吹き降ろしてくる冬の風が刺すように冷たいが、その分澄み切った空気が一際視界を明瞭にする。一面の銀世界を見渡して、はコートの中で身を縮めた。

「いや、まだよく分かんないんだけど……ね。なんとなーく、気になってるだけで。こんな気持ち、初めてだし」
「初恋なんて、誰だってそんなもんじゃない?」

初恋。そう言われてしまうと、なんだかむず痒いような、どこかちがう、と声をあげたくなるような。なんとも奇妙な心地がした。私は本当に、ルーピンのことが好きなの?
でも、彼に声をかけられると。彼の穏やかな瞳を見ていると。胸の奥がさざめくような。時折見せる、あの憂いの裏側には一体なにがあるのだろう……。

「ほら、すぐにそうやってぼーっとして。恋する女の子の典型的な姿だよ。うん、間違いない」
「な、何でジェームズにそんなことが分かるのよ」
「ん?僕を侮ってもらっちゃ困るな。やたらとモテる男の隣にいるとそういうものまで見えちゃうんだよ」

ああ……シリウスのことか。ジェームズ自身も未だに女の子からは根強い人気があったが、やはり顔立ちの端整さが勝る分、シリウスに関する噂を聞くことの方が多かった。どういうわけか、ここ最近『告白ブーム』は沈静化しているようだったが。
ジェームズのことは、できるだけ協力する、とはあの日ニースに申し出た。具体的に何をどうすればいいかというのは思いつかなかったのだが、とにかく協力する!と。だがニースは力なく笑ってかぶりを振り、こんな結果を招いてしまったのだから、今さらジェームズとどうにかなりたいだなんて夢にも思っていない、あなたは今まで通り、私のことは気にせずにジェームズと付き合ってくれればいいと語った。その方が、私にとってもいいのだ。彼のことは、忘れようと思う、と。

「そういえば、最近シリウス女の子の噂聞かないよね。何もないのかな」
「ふーん、気になるんだ」
「なっ……友達として、だよ、もちろん!」
「冗談だよ」

むきになるを横目で愉快そうに見つめながら、ジェームズ。が反発の声をあげるよりも先に、彼はあっけらかんとした口調で言ってきた。

「今度こそ疲れちゃったらしいよ。女なんてもう真っ平だ、てさ」
「そんなこと言って、どうせまた好みの子に告白されたらオッケーしちゃうんじゃないの?」
「さあ、どうだろーね。先週あいつが振った女の子はあいつ好みの美人だったけど」

それよりさ、といってジェームズは身体ごとこちらに向き直り手袋を嵌めた人差し指を立てた。

「人のことより自分のこと考えるべきじゃない?今のは」
「うっ……るさい、な!それこそ大きなお世話だよ!」
「それでどうするの?告白しちゃう?」
「勝手に話を進めないでよ!しないよ、そんなの!」
「しないんだ?」
「し・な・い!」

半ば自棄になって、声を荒げる。こんな、自分の気持ちもはっきりしない状態で。どうしてそうやって、簡単に告白だなんて言えるんだろう。分からないんだ。ジェームズはきっと、自分から人を好きになったことがないんだ。いつも、いつだって女の子の方から寄ってきてくれる。シリウスだって。私の気持ちなんて、きっと分からない。

    
「なによ!しないって言ってるでしょ!」
「いや、その話じゃなくてさ」

あっさりと首を振るジェームズに、わけが分からず眉根を寄せる。なによ、ついさっき自分で告白云々の話をしたばかりじゃないか!
だが彼はどういうわけか突然真面目な顔をして、有無を言わせぬ瞳の強さで彼女に次の言葉を飲み込ませた。

    。僕は君のことが大好きだし、心から信頼してるよ」
「な……な、なに?ジェームズ……どうしたの?」
「だからこそ言うよ。君のためにも    きっと、リーマスのためにも」
「な、何なの?藪から棒に」

まったく事情が飲み込めず、ただしきりに瞬きを繰り返す。ジェームズは一度だけもどかしそうに視線を逸らしてから、またしっかりとこちらを向いて、告げた。

「リーマスのことが本当に好きなんだったら    その気持ちが揺らがないっていう確信ができあがってから。慎重に、行動してほしい。彼はきっと……誰よりも繊細な、問題を抱えてると思うから」
ジェームズは、一体何を言いたかったのだろう。

クリスマスにシリウスからもらった七色インクで適当にノートを取りながら、はぼんやりと窓の外を見た。少し前から雪がちらつきはじめ、灰色の空に美しい模様を織りながら静かに降り続けている。魔法史の授業中に君がぼんやりするようになったのもリーマスを好きになってからだとジェームズに指摘されたことを思い出し、慌てて振り向くと、三列ほど後ろの席に座ったジェームズが、案の定顔をにやつかせながらこちらを眺めていた。
険悪に睨み返してから、シリウスに気付かれる前に教壇へと向き直る。彼はのルーピンへの思いに気付いていないのか、ここのところ上の空になることが多い彼女を不審がるようになっていた。その隣で訳知り顔をしてみせるジェームズとの対比がやけに気にかかり、最近は彼らを避けてしまいがちだ。ピーターは無論、事情を知っていようはずもない。彼は何に対しても、無頓着というわけではなかろうが驚くほど疎いのだ。

前方を向く前にちらりと見えたルーピンの表情を思い出す。一見真面目に先生の話を聞いているようでいながら、実はまったく別のところを見ている。もっとも、この魔法史の授業においては九割の生徒が似たような状態ではあったのだが。
だが彼の場合、それとも少し、違うような気がするのだ。彼に対する自分の気持ちが、他の誰かへのものとは異なっている、ただそれだけのせいかもしれないのだが。

ジェームズのあの不可解な言葉も相まって、は日に日にルーピンへの関心を強めていった。何を考えているのだろう。何を見ているのだろう。ときどき顔面を傷だらけにして歩いているのは何故?どうしてそんなに、悲しそうに笑うの?

彼はきっと、誰よりも繊細な問題を抱えていると思うから。

知りたい。彼のことを、知りたい。もっと、と言えるほど、彼の何かを知っているわけでもないのだが。

この気持ちを、人は恋と呼ぶのだろうか?ジェームズやシリウスに告白する女の子たちはみんな、彼らに対してこんな気持ちを持っているのだろうか。ジェームズやシリウスは、こんな気持ちを抱いてその女の子たちと付き合っていたのだろうか。

ニースはずっと、ジェームズにこんな気持ちを抱き続けていたのだろうか。
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(08.01.16)