嬉しくて、たまらなかった。ジェームズが、シリウスが。クリスマスという大切な日に、私のところへ来てくれた。
マクゴナガルは積もる話もあるだろうといって、と二言三言言葉を交わすと、ジェームズたちを置いてプレストンのところへ行ってしまった。これまでは、『好きだけど、でもやっぱり怖い雰囲気の方が勝るかっこいい先生』。そういったイメージだったけれど。今回のことがあって、は寮監がとても生徒思いの優しい魔女なのだということを知った。
スラッグホーンだったら……考えかけて、首を振る。彼は薬学の不得手なという生徒に見切りをつけたに違いない。私はグリフィンドールに入って、やっぱりこれで良かったんだ。幾度となく繰り返した言葉を胸の中だけで囁いて、は顔を上げた。目の前ではこうして、ジェームズが、シリウスが。大切な友達が、変わらぬ笑顔で傍にいてくれる。

XMAS on the closed ward

隔離病棟にて

    良かった。思ったより、ずっと元気そうで。もしも、もしもまだ言葉を失ったままだったら?僕らのことを忘れてしまっていたら    そんな不安も、少なからずあった。でも、よくよく考えてみれば、そんな状態のままならマクゴナガルが彼女に会いにいくのを了承するはずがない。考えれば分かることだった。良かった……僕らのが、手を伸ばせばこうして届くところで、笑ってくれている。

「じゃーん、『ダンシング・アウル』    ほら、目がムーンに似てるだろ?、ムーンに会えなくて寂しがってるんじゃないかと思ってね。ほんとは僕によく似た男前の人形をプレゼントしようと思ったんだけど……」
「そんなの迷惑きわまりないだろ」
    ってこいつが言うからさ。まったく失礼しちゃうよ、ねえ?」
「あー、ええと、私もこっちの方がうれしいかな……」
までそんなこと言うんだ……」
「あ、や、や、でもジェームズのプレゼントなら何でもうれしい!ありがとう!」

しゅんと項垂れてみせると、『ダンシング・アウル』を掴んだが申し訳なさそうに声をあげた。ジェームズはからからと笑って、冗談だよと言う。シリウスは魔法史が好きという特異な彼女のために、適当な色に勝手に仕上げてくれる『七色インク』をプレゼントした。

「でも、二人とも……家に帰らなくてよかったの?去年も残ってくれたでしょう?」
「なに言ってるんだよ!がこんなところにいるのに家で呑気にクリスマスーなんてできるわけないだろ?母さんなんてのことが心配で心配で下手したらここまで押しかけちゃうところだったんだよ」
「え……!な、な、なんで……」
「言っただろ?母さん、のこと気に入っちゃってるんだ」

布団の中でおろおろしているに微笑みかけて、ジェームズはずっと後ろ手に隠していたものを取り出した。それを見て、はますます戸惑った様子を見せる。ジェームズは傍らのシリウスを顔を見合わせて、口の端をつり上げた。

「『センバヅル』っていうんだろ?日本でよくお見舞いのときに持っていくっていう」
「な……なんで知ってるの?それ、ジェームズたちが作ってくれたの?」
「あー、えーと、僕らっていうよりは……ええと、まあ、みんなで作ったんだ。が早く良くなりますようにって。クリスマスに聖マンゴに行けることになったって言ったら、じゃあ持っていってって話になって僕らが任されたんだ。思いが通じたのかな。が元気になって、ほんとに良かったよ。はい、どうぞ」

色とりどりの『センバヅル』を受け取ったは、感激のあまりぽろぽろと涙をこぼして泣いた。ああ、もう、相変わらず泣き虫だなぁ。シリウスが「びーびー泣くなよ、『スニベルス』って呼ぶぞ」とからかうと、拳を振り上げたは「うるさい!」と怒鳴りながらもやはり号泣していた。

日本の伝統的な贈り物だという『センバヅル』を折り始めたのはエバンスだった。始めは、談話室の隅でひとりで熱心に何かをしている彼女を、みんな興味津々で眺めながらも、何をしているのかと詮索する人はいなかった。けれども彼女が一つずつ仕上げていく見慣れぬ小さな紙の鳥を見て、ジェームズはとうとう我慢できなくなった。「それ、なんだい?」
するとエバンスは胡散臭そうにこちらを睨んで、机に広げたカラフルな紙の束と一緒に女子寮に上がっていってしまった。それ以来、談話室で彼女があの紙の鳥を作っている姿を見ることはなかった。

だが、クリスマス休暇が始まり、みんながホグワーツ特急に乗ってそれぞれの家路に着こうという日の朝。信じられないことに、あの紙の鳥を糸かなにかでずらりと並べた綺麗な束を数本掴んだエバンスが、談話室を立ち去る前に、休暇をホグワーツで過ごすことを決めたジェームズの前に姿を現したのだ。

「これ    彼女に、渡してほしいの」
「……なんだい、それ?ひょっとして、のプレゼントだったの?」
「クリスマス、病院に行くんでしょう?だからこれ、彼女に渡してほしいの」
「いいけど……それ、一体なんだい?」

ジェームズが繰り返すと、エバンスは突然不安そうな顔をして自分の持つその紙の鳥の束を見下ろした。

「……おかしいかしら」
「え、ううん、そういうわけじゃないけど。初めて見るから、なんなのかなって思って」
    『千羽鶴』」

聞き覚えのない単語に、ジェームズは眉をひそめてエバンスを見返した。予想の範疇だったのか、彼女はさして表情を変えずに続ける。

「実際に千羽作る余裕はなかったんだけど……日本では、こうして折り紙で鶴を折って、祈りを込めるんですって。お見舞いのときに、よく作って持っていくって」
「へえ、すごいや。ちっとも知らなかったよ。分かった、預かっておくよ」
「ありがとう。でも、一つだけお願いがあるの」

『センバヅル』を持っていくだけですでにお願い一つだけどね。心の中だけで突っ込みながら、ジェームズはエバンスの言葉を待った。

「……私からっていうのは、秘密にしておいてほしいの」
「えっ?どうして?こんなに頑張ってくれたのに。君からこんなに素敵なプレゼントもらったなんて知ったら、きっとびっくりするよ。喜ぶと思う」

エバンスは少しだけ躊躇した様子を見せたが、すぐに首を振って「お願い」と囁いた。へえ、闊達そうに見える彼女にも、こんなに不器用なところがあったんだ。どこかの誰かさんに似ているなと考えて、ジェームズは内心でほくそ笑んだ。

「分かったよ。どうぞお任せください、お姫様」
「……お願いね。それじゃあ」
「あ、エバンス」

トランクを掴んで踵を返そうとした彼女を、ジェームズは思い出したように呼び止めた。振り向いたエバンスが、仏頂面で眉根を寄せる。

「なに?」
「そんなに怖い顔しなくてもいいだろ?それより、ありがとう」
「……なにが」
「これ。えっと、『センバヅル』、だっけ?ありがとう。のために、頑張ってくれたんだよね」

しばらく口を噤んで視線を逸らしたエバンスは、やがてぶらっきらぼうにこう言った。

「……ひま、だったから」

そしてゴロゴロとトランクのローラーを引き摺りながら談話室を後にしたエバンスの姿が完全に見えなくなってから、ジェームズはこらえていた笑いを腹の底から思い切り噴き出した。ああ……おかしい。あんなエバンス、初めて見た。思えばが聖マンゴに入院してからというもの、彼女はどうもおかしかった。あんなに熱心だった授業中にもぼんやりしていることが多いし、いつも朗らかに笑って男女を問わず人気があったはずの彼女がここのところ頻繁にイライラしている。かと思えば今にも倒れるんじゃないかと心配になるほど必死になって勉強しているときもあるし、薬学が得意な彼女を寵愛しているスラッグホーンの誘いを「すみません、今とてもそんな気分じゃないんです」と蹴っている現場をたまたま目撃してしまった。これまでは先生たちの誘いにも気前よく乗っていたエバンスが……スラッグホーンも面食らったようにしばらくはぽかんと口を開けていた。

(素直になればいいのに……)

彼女も、そして恐らくも。まあ、あの二人の出逢いからして、そう簡単に手を繋ぐというのは難しかったのかもしれないが。
しばらくぼんやりと『センバヅル』を見つめていたが、ようやく顔を上げてこちらを見た。

「ありがとう    ほんとに……何て言ったらいいんだろ」
「いいよ、そんなこと気にしなくたって。僕らは何にもしてないからさ。それより」

言って、ジェームズはきょとんとしている彼女の頭を軽く叩いた。

「ホグワーツに帰ったら、お礼、言ってあげてよ。ええと……ほら、いろんな人(、、、、、)にさ」
ジェームズはクィディッチ開幕戦のことを、それはそれは細かいところまで縷々話してくれた。チェイサーたちの快進撃、ビーターのナイスブラッジャー、キーパーの好セーブに、最後の最後を飾ったジェームズの華麗なスニッチキャッチ。

「ホルストのブラッジャーが利いたんだろ」

半眼でシリウスが水をさすも、ジェームズはまったく気にした様子もなく意気揚々とあとを続けた。

「ああ、まあ、そうともいうな。でもあそこでセオドアのブラッジャーがなくたって僕は確実にロジエールより先にスニッチを掴んでたね」
「ああそうかよ。そりゃあ良かったな」
「なんだよ、そんなに僕がホグワーツのヒーローになったのが気に入らないのか?」
「何の話だよ、くだらねえ」

いつものやり取りが可笑しくて、は声を抑えてくすくすと笑った。笑うとこじゃないだろ!といちいちむきになるシリウスが可愛い。それでも懲りずに笑い続けるを見て、ジェームズ、そしてシリウスも根負けしたように目元を緩めて笑った。ああ……夢じゃ、ないんだよね。私、またジェームズたちとこうして、前みたいに一緒に笑えてるんだよね。

「ごめんね。クリスマスプレゼント、用意してたんだけど……寮のトランクの中に、そのまんまになっちゃってて。だからホグワーツに帰ったら、そのときに渡すから楽しみにしてて」
「うわあ、嬉しいな。ねえ、もう元気になったみたいだから今日このまま一緒に帰っちゃおうよ」
「バカ野郎。そんなの俺らが決めることじゃないだろ」

あっさりと言ったシリウスを睨み付けて、ジェームズが口を尖らせる。は困ったように笑いながらジェームズを見やった。

「担当の先生、あと二、三日くらい様子見たらもう退院できるって言ってたよ。だからすぐだよ、先にホグワーツで待ってて」
「そうなんだ……でも、ほんとに良かったよ。が元気になって、僕らも嬉しい」

面と向かってそんなことを言われて、は照れ隠しに下を向いた。ジェームズ。一年生のときから、そう。いつだって素直で、真っ直ぐで。そのストレートなところに戸惑うこともあったけれど、でも彼のそんな純粋さのお陰でこちらも心を開くことができた。本当のことを隠し、取り繕いながら生きてきた日本での生活とは一変して。
は友人たちからもらった手元のクリスマスカードを手持ち無沙汰に眺めつつ、ふと思い出したことをそのまま口に出した。

「そういえば……シリウス、前から聞こうと思ってたんだけど、何で夏休み、一度も手紙書いてくれなかったの?」

非難のつもりで言ったわけではなかった。ただ純粋に、疑問に思ったことを問うただけ。だがシリウスは予想以上に大きな反応を見せ、不可解そうに眉をひそめて遊んでいた『ダンシング・アウル』から顔を上げた。

「は?何で手紙なんか書かなきゃなんないんだよ?」
「え?な、何でって……そりゃあそんな義理なんかないかもしれないけど……いや、そんなのおかしい!手紙もらったら、普通は書くのが常識じゃない?挨拶されて返さないのとおんなじことじゃない!そりゃめんどくさかったのかもしれないけど……でも、返事くらい、たったの一行!ムーンに持たせてくれれば良かったのに!」

怒るつもりなど欠片もなかったのだが、シリウスの返事があまりにも憮然としていて『もらった手紙に返事を書かないのは当たり前』といった空気がむんむんと漂ってきたので、は苛立たしげに切り返した。するとシリウスはますます眉間のしわを濃くして、喧嘩腰にこちらに上半身を倒してくる。

「なに言ってんだよ、何のことだよ。俺はそんなもの一度も    
「はあ?白切る気?ははーん……困ったらそうくるか。せっかくシリウスくんも挨拶できるようになったー成長したなーって思ってたのに!」
「あ?何の話だよ、俺はそんなもの知らないって    
「あーストップストップ!」

二人の間に伸ばした両手を挟んできて、ジェームズ。彼は友人たちを宥めるように手を振って、

……夏休み中に、シリウスに手紙送ったの?」
「え?うん、何回も……でも一度も、返事こなかった」
「だから!俺はそんなもん受け取ってないって    
「はいはい落ち着けシリウス。で、お前はからの手紙を一度も受け取ってないと」
「そんなん来てねーって言ってるだろ」
「でもムーンは何にも持たずに帰ってきた!」
「それはお前のふくろうさんがどっかに手紙落っことしてきたんじゃないんですかー」
「は?なに言ってんの、うちのムーンがそんなヘマするわけないでしょ!ちゃんと仕事してきたって帰ってきたんだから!」
「あーはいはい二人とも落ち着こうよ」

何でこの二人は冷静に話し合いってものができないのかな……と独りごちながら、ジェームズは物憂げにシリウスに顔を向けた。

「シリウス……からの手紙なら、僕も夏休みに何度か受け取ったよ。ムーンはそのとき一緒にお前の分も配達してたんじゃないかな」
「お前もしつこいな。俺のとこにはそんなもの……」
お前の手元には(、、、、、、、)届かなかったんだろ?」

意味深に、ゆっくりと、ジェームズ。はわけが分からず首を捻ったが、シリウスは唐突にハッと目を見開き、突然拳を握って憤怒に頬を紅潮させた。

「あ……あいつら……」
「え?なに?どうしたの?」

事情がまったく飲み込めない。は怒りも忘れておどおどと眼前の二人を見た。疲れたように息をついて、ジェームズが口を開く。

……あんまり言いたくないんだけど、君の手紙」
「う、うん、なに?」
「シリウスの手元に届く前に、処分された恐れがある」
「ふーん、しょぶ……って、処分!?」

素っ頓狂な声をあげて、は布団の中で飛び上がった。いきなり身体を動かしたことで鈍っていた部分が痛み、顔をしかめる。大丈夫?と彼女の肩をそっと撫でてから、ジェームズは続けた。

「えーと……こいつの家が厳しいってことは、君も知ってるよね?」
「厳しいとかじゃない。あいつら、狂ってる」
「いいからお前は黙ってろよ。まあ、とにかく……いろいろと厳しい人たちみたいでね。こいつのご両親は……その、前にも言ったと思うけど、こいつの交友関係にまで首を突っ込みたがるというかなんというか」
「あんな奴ら、親でも何でもない」

シリウスが嫌悪を剥き出しにして歯噛みする。は悲しげに目を細めながら、同様にもどかしい顔をしたジェームズに視線を戻した。

「だから僕も、こいつが家にいるときに手紙は出さないようにしてるんだ。僕らには両面鏡があるしね。だから……それで、その……ひょっとしたら、君からの手紙、先にご両親が見て……そのまま、処分しちゃったのかもしれない。ムーンは仕事を終えたと思ってるのにこいつが受け取ってないってことは、そういうことなんだろうと……思う」

は瞬きも忘れて愕然とした。シリウスへの手紙。大したことは書いていないと思うが……そんなことまで、親に干渉されるのか?夏休みには厳しく監視されて、手紙すら自由にやり取りできない、そんな生活。
クリスマス休暇に家に帰りたくないと思うシリウスの気持ちは……当然だ。もし、もしも私の家族がそんな人たちだったら。私はこんな風に、友人たちと笑い合えていただろうか。
それを思うと、シリウスは本当に素直で真っ直ぐな男の子だと思った。ただ、不器用なだけで。ジェームズとは、その芯が似ている。だからこんなにもうまくいくのだ。それともシリウスを救ったのは、私をも導いてくれたこのジェームズ・ポッターその人なのだろうか。ジェームズ。本当に、すごい。暗がりの道を照らす、太陽のような男の子。

「……シリウス」

きつく拳を握り締めたまま俯いたシリウスに、はそっと声をかけた。

「ごめんね……全然、知らなくて。私、シリウスがちっとも返事書いてくれなかったって……疑った」

顔を上げたシリウスはまだ湧き上がった熱が引かないようだったが、小さく首を振ってみせた。

「いや……俺も悪いんだ。そんなこと、考えもつかなくて。でも……あいつらのことだ。やりかねない」

それきり黙り込んだシリウスに、は泣きそうになった。それは彼の横顔もまた、同じような表情を浮かべていたからだ。嫌っている。憎んでいる。けれども心の中で    それらを決して、棄てきれずにいる。
当たり前だ。だってそれは、『家族』なのだから。たとえどれだけ忌み嫌っていても、家族との繋がりは絶対だった。私だってホグワーツに来る前は。入学許可書を受け取って、父と初めて向き合ってみるまでは。
殺してしまえば楽なのに。この鬱屈とした日々のすべてが終わってしまうのに    そんなことを、思ったこともある。シリウスはきっと、そのループからまだ抜け出せていないのだ。

「でも……そんなの、おかしいよ。シリウスに来た手紙……本人に無断で、捨てちゃうなんて。そんなのおかしい。家から自由に出してもらえないとか……シリウスは、シリウスなのに。そんなのシリウスのこと認めてないよ。そんなの……おかしい」

もっと他に、気の利いたことは言えないのか。はそんな自分に腹が立ったが、だからといってうまい言葉が出てくるわけでもない。ただ、シリウスの顔を見ることは    できなかった。

「ねえ……一度、ちゃんと話し合ってみたら?ほら……覚えてる?私たちだって最初は、すごく仲が悪かったんだよ?でも、ちょうど一年前……あの花火の夜、やっと友達になれた。私も、ホグワーツから入学許可書が来るまで、父さんのこと……大嫌いだったよ。すぐに怒鳴るし、何にも話さないし。でも、一度ちゃんと向き合ってみたら……分かるものだと、思う。だって、家族なんだから    って……私は、思うな。ごめん……シリウスのお父さんやお母さんが、どんな人なのか……私は、知らないけど」
    お前のお父さんは、いい人だ。お前のこと……すごく、心配してた」

ベッドの縁に腰掛け、下を向いたまま。シリウスは、まるで独り言のような声音で呟いた。危うく聞き逃しそうになったが、口を閉じて彼の言葉に耳を傾ける。彼は会ったのだろうか、父に。

「うちの両親とは……根本的に、違う。あいつらは、血を重んじることだけが大事なんだ。話し合えば分かるとか、そんな次元の問題じゃない」
「シリウス    

たしなめるようなジェームズの呼びかけを遮るように、シリウスは突然立ち上がってその台詞を終わらせた。

    悪い……せっかくのクリスマスなのに。俺は外すから、お前ら二人で楽しんでくれよ」
「私……無神経なこと、言っちゃったのかな」

シリウスが立ち去り、居心地の悪い静寂が制した病室の片隅で。ぽつりと漏らした少女に微笑みかけて、彼は安心させるように首を振ってみせた。

「君はそんなこと、気にしなくたっていいんだよ。病床の君に気を遣わせるようなことを言ったあいつが悪い」
「でも……シリウスが家のこと気にしてるって、私、知ってたのに」

上半身を起こしたベッドの上で、膝を抱えて今にも泣き出しそうな顔をしたに、ジェームズはそっと手を伸ばして彼女の頬を撫でた。

「いいって。君の言ったことは間違ってないしさ。完治するまで、君は自分の身体のことだけ考えてればいいの」
「……ジェームズは、シリウスと    その……家族の話とか、しないの?」

それはもしかすると。今この瞬間、最も恐れていた問い掛けだったかもしれない。彼女は時に、鋭いところを突く。
だが何にせよ、そんなことはおくびにも出さずに彼はにこりと微笑んだ。

「あんまりしないかな。ほら、あいつ、家のことになるとあの剣幕だし」
「そうだけど……でもいつまでも、避けては通れない気がするっていうか……大きなお世話かな」
「そうそう。他人の親切大きなお世話ってね。家族のことなんて他人の僕らが介入することじゃないさ。シリウスだっていつまでも子供じゃないんだ、その辺は自分でどうにかするだろ、そのうちね」

まだ気に病んだ様子のを元気付けるように、ジェームズはシリウスが置いていった『ダンシング・アウル』を彼女の前で躍らせた。

「この病棟内だったら歩けるんだろう?僕が付き添うから、あったかくしてちょっとだけ散歩しようよ。シリウスもその辺にいるだろうし。そしたらのお父さんもマクゴナガルも呼んで、みんなでケーキでも食べよう」
「ケーキ?え、いいの?」
「マクゴナガルが言ってたよ。病院専用のクリスマスケーキがあるからそれなら大丈夫だろうって。起きられる?コートってどこにあるんだろう」
「コート……向こうの棚」
「これかな。はい、どうぞ。私めが着せて差し上げますよお嬢様」
「お嬢様って……私、そういうガラじゃないでしょ」
「なに言ってるの、

さも当然のように言って、ジェームズはコートを羽織って振り向いたに笑いかけた。

「君は僕らの、可愛いヒロインじゃないか」
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(07.12.21)