家族から逃走中のシリウスと三人で新学期の買い物を済ませてから、たちはジェームズの両親との待ち合わせの店に向かった。シリウスはこれまでにも何度かジェームズの家族と顔を合わせているようで、お母さんは彼をまるで自分の息子のように温かく迎え入れた。一方、お父さんも一瞬は嬉しそうに口元を綻ばせたが、すぐに顔を曇らせて心配そうにシリウスに声をかけた。

「いいのか?シリウス。早めにお母さんのところに戻ってあげた方が……」
    いえ、いいんです。あっちには『ご立派な』弟がいますから」

弟?シリウスには弟がいるのか。
お父さんはまだ不安げに眉をひそめていたが、「まあお昼くらい一緒にいいじゃないの」といってジェームズのお母さんはシリウスとの背を押してさっさと店内に入った。そのすぐ後をジェームズとお父さんが追ってくる。ちょうどランチタイムだったため、中はかなり混雑していたが、どうやらお母さんが前もって予約してあったらしい。すぐに二階のお洒落な窓際に案内されて、すんなりランチを食べることができた。ケバブは去年ホグワーツの食事でも頻繁に食べていたが、この店のソースはそれとはまたまったく味が違っていて本当に美味しい。

「どう?。お味の方は」
「美味しい、です!ホグワーツのケバブも好きだけど、この味も大好き!」
「そう、良かった。このお店、私の友達がやってるのよ。だから是非にも食べてもらいたかったの」

お母さんがチャイを飲みながら微笑むと、ジェームズは口の中に物を詰め込んだまま、もごもごと言った。

「ソフィーって母さんの親友でこのお店の店長さんだけど、十年近くトルコで修行してたらしいよ。これが本場の味だって顔合わせる度にしつこく聞かされるんだ」
「あら、ご挨拶ね、ジェームズ    みんな、いらっしゃい」

デザートを運んできた女性が、後ろからジェームズの頭を小突きながら笑った。どうやら噂の店長さん、らしい。アイスの皿をテーブルの上に置きながら、彼女はジェームズの隣に座ったに目を留めた。

「あら、ジェームズ、新しいお友達?」
「うん、グリフィンドールの同級生だよ。っていうんだ。僕の親友、大親友さ!」
「あら、そうなの。、初めまして。この店の店長をやってるソフィー・フェンウィックです。どうぞごゆっくり」

丁寧に頭を下げたソフィーは、ジェームズのお母さんに白い歯を見せて笑いかけてから、忙しなく厨房に引っ込んだ。働く女性って……やっぱり、素敵。はわくわくと胸の高鳴るのを感じながら、真っ白なトルコアイスをグルグルと掻き混ぜた。

brothers of BLACKS

レグルス・ブラック

「僕たちこれから箒を買いに行くんだけど    君たち、どうする?」

ジェームズの両親にご馳走になったソフィーのケバブ・バーを後にして本通りに戻る途中、振り向いたジェームズが言った。は買ってきてもらった『ふくろうの万能エサ』を自分の袋に移しているところで、すぐ前方を歩いていたシリウスがペースを落としたことに気付かずそのまま彼の背中に突っ込んだ。前のめりに転びかけたシリウスが、顔をしかめてこちらを睨む。

「……って!おい、前見て歩けよお前、バカ」
「ばっ……ええ、ええ、バカで悪うございましたね、シリウス様。ところで箒って、競技用の?」
「うん、もちろん。ほら、二年生からは箒持参オッケー、だろ?」

ジェームズは芝居がかった仕草で両腕を広げてみせたが、は夏休み前のジェームズとロジエールのやり取りを思い出して気が重くなった。私だ、私が悪いのだ。私がロジエールたちの標的にされたばかりに、ジェームズがあんなことを言い出して。もしも負けたらどうなるのだろう    ジェームズが負けてしまったら。そのときの条件を、ロジエールは提示しなかった。そもそも、いくら飛行術が得意とはいえ、二年生が最も重要なポジション、シーカーなどになれるのだろうか。
ぼんやりと視線を上げて、シリウスが口を開く。

「箒か……そうだな、ちょっとくらい見に行くか」
はどうする?クィディッチ専門店は見てるだけでも楽しいと思うけど」

クィディッチ専門店。競技用箒。クィディッチを観戦しているのは確かに楽しいけれども……うーん、あんまり興味はないかも。けれどもここでジェームズたちと別れるのは、物悲しいような気がした。どうせ一週間後には、また新しい一年が始まるのだが。
私も行く!と答えようとしたとき、シリウスの肩越しに、突き当たりの本通りから顔を覗かせた男の子の姿が見えては言葉を切った。その男の子がハッとした顔付きで、慌てた様子で駆け寄ってきたからだ。

「兄さん!探したんだよ、こんなところに    

    『兄さん』?シリウスの弟?ぽかんと口を開けてシリウスを見やると、彼はあからさまに顔をしかめて鬱陶しそうに弟の手を払い除けた。

「なんだよ、俺のことは放っといて先に帰れって言っただろ!」
「なに言ってるんだよ、母さんがカンカンだよ。早く行こう、僕だって母さんを待たせて来たんだから」
「ったく、お前はいつもいつも余計なことばっかり……俺はまだ帰らねぇ。小言なら後で聞くから俺のことは放っといて先に帰ってくれって言っておけ」
「兄さん、困るよ。僕だってこんな    
「シリウス、レグルスのことも考えてあげなよ。可哀相に、困ってるじゃないか」

レグルスというのか。レグルス・ブラック。シリウスほどではないが、とても整った顔立ちの可愛らしい男の子だ。ジェームズのその言葉に、どういうわけかレグルスは厳しい目付きで彼のことを睨み付けた。どうして?そこ、怒るところじゃないでしょう!
シリウスが苛立った様子で口を開こうとすると、穏やかな口調で諭したのはジェームズのお父さんだった。

「シリウス、今日はもう帰った方がいいんじゃないかな。あまりお母さんを待たせるのは良くない。レグルスくんだってこうして心配して迎えに来てくれたんだ」

シリウスはまだ不服そうに唇を噛んでいたが、反論はせずにおとなしく頷いた。心底忌々しそうに弟を睨み付けてから、ひとりでさっさと早足で歩き出す。はその背中に向けて「また新学期にね!」と叫んだが、彼は振り返らずに行ってしまった。レグルスも慌てて兄の後を追いかけ、たちには挨拶すらせずにあっという間に視界から消えた。
はぁ、と大きく息をついてジェームズが頭を掻く。ジェームズの両親は不安そうな面持ちでシリウスたちの消えた通りを見つめ、はそっとジェームズの袖を引っ張った。

「……シリウス、よっぽどなんだね。お母さん嫌い」
「まあ、ね。それにシリウスのお母さんは、あいつが僕ら家族と仲良くするのが特に気に入らないみたいでさ。新学期の買い物でもポッター家の人間とは会わせないようにーって気を配ってたみたい。それがこの始末だからね……ああ、帰ったら大目玉だろうな。レグルスが僕らのこと隠してくれるならいいけど、まあそんなことは期待できないし」
「な、何で?ブラック家と仲が悪いの?」
    仕方がないよ。根本的な考え方が違うんだ」

言ったのはジェームズのお父さんだった。肩を竦め、あとを続ける。

「純血の一族にはよくあることだ。彼らが魔法使いだけの血を尊ぶのは理解できるよ。でも一部の人間の、マグル排斥という考え方には私は共感できない。そして彼らにとっては、その考え方が違う人間とは永遠に分かり合えないというわけだ」

マグル排斥。魔法使いの血筋を尊ぶ風潮があることは、知っていた。純血というだけで、みんなから一目置かれている生徒たちがホグワーツにもいる。たとえばマルフォイ、たとえばレストレンジ、たとえばロジエール。たとえば    シリウス。いや、確かにその誰もが、『それだけ』の魔法使いではない。マルフォイは優秀な監督生だし、既に卒業したレストレンジは寮監の担当科目、魔法薬において右に出る者はいないという。ロジエールは箒飛行術だけでなく、ほとんどすべてのとりわけ実戦魔法に秀でているし、言わずもがな、シリウスはある種の『天才』だ。

「でも……シリウスは、そんな風には考えてな    
「だからだよ。だから根っから純血主義の家族とは折り合いがつかないんだ」

眉をひそめるに、ジェームズはため息混じりに頭を振った。

「まあ、いずれどっちかが歩み寄ってくれるとは思うんだけどね。そこはやっぱり『家族』だからさ」

そのときは、学期末スリザリンの談話室で聞いた、ロジエールの言葉を思い出した。『あいつは母親に反抗したい年頃なんだ、それだけだ。いずれ自分の立場ってものが分かるだろう』    自分の立場。彼が、純血の生まれであるということか。それはつまり、『ブラック家』の人間としての、自覚を持つということなのだろうか。

『あんなマグル育ちの女とはきっぱり縁を切る』

    いや。いやだ、そんなの。もしもシリウスが離れていってしまったら。シリウスに、家族と仲良くしてもらいたいという思いはある。その喜びを、私はホグワーツのお陰で知ることができた。シリウスにもきっと、その気持ちを感じてほしい。けれども。
彼にはこの先も変わらないでいてほしいと、は強く心に願った。
「ジェームズ    『穢れた血』って、なに?」

クィディッチ専門店でジェームズの最新型の箒を買った後、日暮れまではまだ時間があったのでとジェームズは二人でぶらぶらとウィンドウショッピングに出かけた。ジェームズの両親は近くの喫茶店でティータイムを楽しんでいるので、好きなだけ遊んでくるといい、とのことだ。気ままな家族だな、と思った。ジェームズが伸び伸びと育ってきたことがありありと想像できるようだ。それに引き換え、シリウスはきっと……。
雑貨屋を回って一年分のみんなの誕生日プレゼントを探していたは、ずっと気になっていたことを恐る恐るジェームズに訊ねた。案の定、ジェームズはひどく驚いた顔をして振り向いた。

「ど、どうしたの?まさか……誰かに言われた?」
「ううん、そういうわけじゃないけど……ひょっとして、マグル育ちとか、そういう意味?」

ジェームズは周囲の視線を気にしながら、声を落としての耳に口元を寄せた。内緒話をするとき、彼はしばしばこうして顔を近づけてくるが、その度にどうしても鼓動が速まるのを抑えられないはもぞもぞと居心地悪く身を捩った。いくら『親友』とはいっても、やはり相手は男の子なのだ。

「最低な差別用語だよ。マグル生まれの魔法使いって意味だけど。『血が穢れてる』って……まったく、馬鹿げてるよ。ひょっとして、ロジエールが?」
「あー、えーと、ううん、別に……」

ロジエールを擁護するつもりなど毛頭なかったが、気付いたときにはどういうわけか否定してしまっていた。ジェームズは疑わしげに眉根を寄せたが、それ以上は追及してこなかった。まあ……いいや。面と向かって言われたわけではないし。けれどもやはり、そういった目で見られていたのだと分かっては重々しく息を吐いた。『穢れた血』……マグル生まれの魔法使い。あいつらどうせ、マグル生まれには何もできないと思っているのだろう。

「気にする必要はこれっぽっちもないよ。どうせ今時、魔法使いなんてほとんど混血なんだ。純血なんて一握りだし、マグルがいなけりゃ僕たちとっくの昔に絶滅してたよ。それには、お母さんが列記とした魔女だったんじゃないか」
「そう……だけど、でもそれも、『そうらしい』って話を聞いただけで……私が、お母さんが魔女だったって実際知ってるわけじゃないし……」

もごもご呟くと、ジェームズが突然勢いよくの両肩を掴んだのでは驚いて右手に掴んだぬいぐるみを落としてしまった。それを拾う余裕すら与えず、ジェームズは力強く言った。

「そんなこと気にしたって仕方ないだろ?血筋なんて誰の責任でもないよ。それより、これからどうにでもできることを考えなきゃ。もしもがマグル育ちのことを気にしてるんなら、そんなこと誰にも気にさせないくらい大きな魔女になればいい。そういう意味ではさ、君ってもう十分に『偉大な魔女』だと思うよ」
「……え?なにそれ、どういう……」
「だってそうだろ?、変身術と闇の魔術に対する防衛術の実技、すごく上手だったじゃないか!誰もがマグル育ちなんて気にしちゃいないよ。そんなこと気にする奴の方が小さいよ、馬鹿馬鹿しい」

それにさ、といってジェームズは片目を閉じてみせた。

「シリウスから聞いたよ。あの日、あいつが馬鹿やってマントから飛び出したとき、がスリザリンの連中を妨害呪文で吹き飛ばしたんだろ?」

そういえば……。あのときはとにかく必死だったので、特に気にならなかったけれども。授業中、一度だけ先生が「こんな防衛呪文もある」といって試してみただけの魔法を、まさかあんなところで咄嗟に使えるなんて思ってもみなかった。

「たったの一年で妨害呪文が使えるなんて大したもんだよ。僕だって実戦でうまく使える自信なんてない。君はもう、立派な魔女さ。ロジエールたちにだって、胸を張って堂々と立ち向かえばいい」
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(07.10.31)