透明マントは、なんとかマクゴナガルのオフィスに連れて行かれる前にピーターの手に渡すことができた。フローティング・バブル計画はまだ実行されていなかったらしく、城内は混乱している様子もない。ひょっとしてジェームズたちの方の計画も垂れ込まれていたのだろうか……それならば、フィルチが嗅ぎつける前に行動を止めたジェームズたちは賢明だった。ああ、どうしよう……こんな時期に減点されてしまったら、もう取り戻せない。フローティング・バブルでみんなを面白がらせることができれば、もしも透明ガスの一件が彼らの仕業だとばれてもチャラになるかと甘いことを思ったのだ。

「他の寮に忍び込むなんて……一体何を考えているのですか!その上スリザリン生に殴りかかって、彼らの談話室を引っ繰り返してきたそうじゃないですか!」

マクゴナガルは「こんなにもグリフィンドールの生徒を恥ずかしいと思ったことはありません」と激昂し、その様子を後ろで眺めていたフィルチは嬉しそうに頬を綻ばせていた。あの頑丈そうな鎖でたちを縛り上げられるのを期待しているのだろう。

「先生!僕が悪いんです、は……自分が一旦組み分けされた、スリザリンの雰囲気を見てみたいって。それで……僕も、もっとちゃんと止めれば良かったんです。シリウスは、そんなを心配して、止めるつもりでついていったんだと思います。僕が……もっとちゃんと、止めておけば良かったんです。でもの気持ちも汲んでやってください。自分が、たった一度でも選ばれた寮なんです。それを……少しでも知りたいと思うのは、当然の気持ちじゃないでしょうか」
「真っ赤な嘘だ!グリフィンドール生の証言がある。お前らは下らん悪戯に、スリザリンを巻き込もうとした!そうだろう!正直に言え!」

オフィスに飛び込んで、そう釈明しようとしたジェームズに、フィルチは荒々しく捲くし立てた。おしまいだ……自分たちの悪戯計画を知っていた人間の証言があるのなら、ジェームズの嘘は通用しまい。
けれどもマクゴナガルは、「どちらでも宜しい!」といってあまりにも厳しい眼差しで三人を見据えた。

「どちらにせよ、あなたたち二人は他の寮に無断で侵入した挙げ句、スリザリン生を傷つけたのです。私は恥ずかしくてとてもスラッグホーン先生に合わせる顔がありませんよ。ミス・、そんなにもスリザリンのことが気になるのなら、あのときどうして組み分けのやり直しに応じたのですか」

マクゴナガルの眼には、失望の色がありありと浮かび上がっていた。そのことに多大なるショックを受けて、は何も言えずに下を向く。
大きなため息を一つ吐いて、マクゴナガルはぴしゃりと言い切った。

「もう何も言うことはありません。グリフィンドールは五十点減点。あなたたちが、二度とこのような愚行を繰り返さないことを願うばかりです」

LOST ONES

なくしたもの

「……ごめん、。君だけに責任があるみたいな、あんな言い訳を」
「ううん……ジェームズの考えてることはよく分かったから。あの状況を少しでもましにするには、ああ言うのが一番良かったよね。それに、スリザリンにちょっと興味があったのは本当だし。私たち、もっとよく考えるべきだったね……あんな大事になっちゃって」

首位をひた走っていたグリフィンドールだったが、一度に五十点も失って、最下位は免れたが順位は三位にまで落ち込んだ。これまでも悪戯の度に十点ほどは減点されてきたたちだったが、その都度失った点数は取り返してきた。けれど残りの学期があと三日、その上もう授業もない状態で、この失点を取り戻せるはずもない。さすがに後ろめたさを感じて、たちは、グリフィンドール生    特に上級生の冷たい視線に耐えながら、おとなしく残りの日々を過ごした。
聞こうかと思った。シリウスに。『穢れた血』    ロジエールの言葉。けれどもあれ以来、シリウスはときどき、とても思い詰めたような顔をしてどこか遠くを見つめていることが多かったため、何も聞けずじまいだった。

「わ    別れた?」
「そ、ついさっきね。だろ?シリウス」

とジェームズ、そしてシリウスの三人は、天文台の塔に来ていた。談話室にいるのは気まずいし、図書館では常に司書のマダム・ピンスが目を光らせていて私語を許さない。ひとけのない、そして眺めの良いこの塔の上は、今では彼らのお気に入りの場所の一つだった。空には夏らしい雲が流れ、見下ろした校庭ではたくさんの生徒たちがそれぞれにくつろいだり、元気よく走り回ったりしている。
は素っ頓狂な声をあげ、手摺りに退屈そうにもたれかかっているシリウスを見た。

「どうして?今度はうまくいってるって言ってなかったっけ?何でまた……」
「あー……結局は合わなかったんだ、そうだろ?」

ジェームズはもごもごとそう言ったが、しばらく何も言わずにぼんやりと空を見上げていたシリウスがあっさりと切り返してきた。

「お前とのことを疑われた」
「え、はっ!?わ、私?な、何でまた……」
「『なんでスリザリンに忍び込んだとき、ミス・と一緒だったのよー。私といるより、彼女と一緒の方が楽しいの?』だとさ」
「ちょ……何それ、それって私のせいって言いたいの!?」
「ま、まあ、落ち着こうよ……もっと前から彼女への気持ちは冷めてたんだ、そうだろ?シリウス」
「あー……ああ、まあ、確かに……いちいちそんなことでうるさく言ってくるような女なら要らねえって思ったのは本音だな」
「そ、それは彼女さん、可哀相だよ!そりゃ誰だって彼氏が他の女といたら楽しくないって」

咄嗟にそう言うと、シリウスは不機嫌そうに眉をひそめ、ジェームズは困った顔で頭を掻いた。

「だったら俺にどうしろって?お前と会うなって?いいぜ、お前がそれでいいんなら」
「お、お前がそれでいいんなら?いいわよ、そっちがその気なら是非ともそうしてちょうだい!ええ、喜んで!」
「まあまあまあ!二人とも落ち着こうよ。そうだ、こういうのはどう?二人が付き合っちゃえば万事解決、誰も何も文句は言わない!あ、もちろん君たちのファンには申し訳ないけど、それはまあ仕方ない」

ジェームズの提案に、とシリウスは揃って「はあ?」と声を荒げた。こういうときだけは、やけに息の合う二人だなとジェームズは苦笑した。

「やだな、冗談だよ、冗談。まあでも、もしもそんな日がきたら僕が一番にお祝いしてあげるから内緒にしないで教えてくれよ?」
「ジェームズ……お前、言っていいことと悪いことがあるぞ。それじゃあこいつが可哀相すぎるだろ!」
「シリウス……いい加減にその発想から離れてよ!違うって言ってるでしょ!」
「え、なに?が僕のこと好きって?」
「……ジェームズまで!」

ジェームズは声をあげて笑い、ごめんごめんとの肩を叩いた。

「分かってるって、。僕らは友達だよ。親友。大親友!そうだろ?分かってるよ」

シリウスはまだ疑わしげにとジェームズを見比べていたが、これ以上言っても無駄だと分かったのだろう。口を噤んで再び手摺りにだらりと身体をもたせかけた。

そんな三人の姿を、少し離れた塔の窓から見上げている少女がいることなど、彼らは気付きもせずにその日の午後を過ごした。
案の定、クィディッチカップとともに、今年の寮杯はスリザリンが獲得した。発表された途端グリフィンドールのテーブルは落胆のため息に満ち、教職員テーブルのマクゴナガルはこれでもかというほど屈辱的な顔をして、笑顔のスラッグホーンと握手を交わしていた。はニースやスーザン、メイたちとテーブルに着いていたが、みんなの冷ややかな視線がつらくて終始俯いていた。あの一件があってからも、彼女らは変わらずの友達でいてくれたが、「ちょっとやりすぎだったわね」というメイの言葉に代表されるように、今ではすっかり呆れた様子でのことを見ていた。

     一つだけ、言わせてもらえるかしら」

宴会を終えてグリフィンドール塔に戻ったは、寝室に入るや否や、仏頂面のリリー・エバンスに声をかけられてぎくりと身体を強張らせた。入学以来、お互いに相手のことを極力避けてきたし、必要最低限の会話しか交わしたことのない彼女から……言われるまでもなく、エバンスの言いたいことはよく分かっていた。

「あなたたちが何をしようと勝手よ。いくら減点されても自分でそれを取り戻すんなら文句は言わない。でもね、取り戻せないものを自分たちだけの都合でみんなから奪っていかないで。迷惑なの、みんながどれだけ寮杯を楽しみにしてたか    馬鹿な真似をする前に、ほんの少しでもそのことを思い出そうとはしなかったの?」

分かっている。彼女の言うことは、よく分かる。けれどもエバンスの刺すような口振りに、思わず反発してしまったは謝るどころかきつく言い返した。

「今回のことは、確かに軽率だったと思う。そのことは反省してる。でも今までに私たちがもらった点数を全部合わせたら五十なんてもんじゃないはずよ。自分たちで失くしたものはちゃんとその分くらい取り返してる。減点されてるのは私たちだけじゃないじゃない、何で私たちばっかりそういう目で見るの?あなたは私たちのことが気に食わないだけじゃない!満足でしょうね、最後の最後にこうやって私を責められる正当な理由ができて!」

しまった、と思ったときにはもう遅かった。ああ、どうして私はいつも、余計なことばかりを口にしてしまうのだろう。軽蔑に顔を歪めたエバンスは、さらに何かを言おうと口を開いたが    すぐにそれを断念し、あっという間に部屋を飛び出していった。
ニースと二人で取り残されたは、しばらく身動きもとれずに呆然と立ち尽くしていたが、やがて小さく噴き出して軽く頭を振った。

「あーもうやだやだ。エバンスとこの先もずーっと同じ部屋かと思うと気が重いな。気分悪いから早く寝よっと。やだやだ……」
    どうして?」

ひっそりと。まるで独白のような声音で囁いたニースに、は振り向いて彼女を見た。彼女の瞳は、これまでに見たことのないほどとても冷たい光を放っている。そのことにどきりとして、は情けない声で呟いた。

「ど、どうしたの、ニース。何が……」
「どうして?どうしてそうやって、笑っていられるの?」

ニースは苛立たしげに目を細め、をきつく睨んだ。

「リリーの言う通りだわ。みんな、寮杯を獲れるって期待してた。それを突然三位にまで落として……その態度?あなたなんて……何で?どうして罰則がなかったの?あなたみたいな人、フィルチに縛られてくれば良かったのに!今度こそ地下で縛り上げるって、あんなにフィルチが強く言ってたのに」

どうして。あの優しいニースが、そんなことを。そんなに私、ひどいことを言った?
いや、待て    どうして、それを。
フィルチが今度こそ私たちを鎖で縛り上げると、そう意気込んでいたことをどうしてニースが。

そのときふっと脳裏を過ぎった考えに愕然としながら、は瞬きひとつせずに、ずっと友人だと思っていたその相手を見つめた。

「……ねえ、ひょっとして、フィルチにあの計画のこと垂れ込んだのって……ニース、あなた……なの?」

ニースは何も言わなかった。肯定することも、そして否定することもなく。これまでにないほど激しい動揺に襲われ、は息をつくことも忘れてただ呆然とニースの顔を見ていた。

「な、何で……ねえ、ニース、どうして    
「もういやなのよ!あなたのそういうところも、何もかも全部!」

甲高い声で叫び、ニースが涙の滲んだ眼で忌々しげにを睨む。そして「もう知らない。あの人たちと好きにすればいいじゃない」といってエバンスと同じようにさっさと部屋を出て行った。

「待って    待って、ニース!ニース!」

彼女の名を呼んで縋りついたが、無慈悲にも閉められた扉に阻まれてはその場に愕然と膝をついた。ニース、ニース……どうして?私があなたに、一体何をした?
まったく気付かなかった。気付けなかった。どこで誤ったのだろう。それとも初めから、あなたは私のことを疎んでいたの?友達だと思っていたのに。スリザリンから移ってきた不安だらけの私を、初めに受け入れてくれた大切な友達だったのに。
シリウスのときは、あんなにも敏感になっていたのに。嫌われていると、疎まれていると。あんなにも敏感に感じ取っていたのに。どうして、こんなにも傍にいたニースの気持ちに気付いてあげられなかったのだろう。一体いつから。一体、どうして。

その夜、はたった一人の寝室で床に就いた。クリスマス休暇も、同じように静かな部屋で眠りについたのだ。それなのに、こんなにも寂しい夜は生まれて初めてだと思った。溢れ出す涙を、止めることはできなかった。
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(07.10.25)