日本には馴染みのないイースター休暇を終え、進級をかけた期末試験は確実に近づいてきていた。はニースやスーザンたちと毎日のように夜遅くまで勉強し、複雑な薬の調合を覚えたり、呪文学や防衛術の呪文を暗記したり、魔法界の発見や小鬼の反乱の年号を覚えたりした。こまめに復習していたお陰で、魔法史と変身術はそこまで神経質にならずに済みそうだが、最大の問題は魔法薬学で、はどうも魔法薬調合の微妙な加減が苦手だった。合同授業がいつもスリザリンだということも要因の一つかもしれない。担当のスラッグホーンはスリザリンの寮監で、学年初め、にとても親切に接したが、どうやら彼女に魔法薬調合の才能が乏しいと分かると途端に手のひらを返したように冷たくなった。
けれどもやはり、顔を合わせなければならないときというのは訪れるもので。魔法薬学のレポートは名簿順に決められた担当者がみんなのものを集めて提出しに行くことになっていたのだが、とうとう自分の番がやって来てはうんざりとため息をついた。
「あの、先生、グリフィンドールのです。レポートの提出に来ました」
「ああ、入りなさい」
は恐る恐る、地下のスラッグホーンのオフィスに足を踏み入れた。両脇の棚の中にはガラス瓶がぎっしりと置かれ、壁には古いものから最近のものまで、たくさんの写真が飾ってある。どうやら学生たちの集合写真のようだった。はスラッグホーンの机の上に、グリフィンドールの一年生分のレポートをどさりと下ろす。スラッグホーンは手元の冊子から顔も上げず、「ごくろうさま」とだけ呟いてに無言の退出を求めた。やな感じ。
だが「失礼しました」といってが部屋を立ち去る直前、ふと思い出したようにスラッグホーンが彼女を呼び止めた。
「あ、そうそう
ミス・、君は確か、シリウス・ブラックと親しいのかな?」
「え?あ、まあ……友達です、はい。それが何か?」
振り向くと、冊子から顔を上げたスラッグホーンが出っ張った腹を掻きながらようやく笑顔らしいものを見せた。
「それじゃあ君から是非、シリウスをここへ呼んでもらえないかな。渡したいものがあるのでね。頼めるかな?」
「は、はい……分かりました」
何だろう。週に三回も授業があるのだから、自分で呼べばいいのに。だがおとなしく引き受けて、は早々に地下室を後にした。
SLYTHERIN common room
『穢れた血』
ジェームズいわく、シリウスはスラッグホーンのお気に入りナンバーワンかツーくらいに位置し、それはそれはとても気に入られているらしい。彼が今までにも何度か呼び出されているのはそのせいだという。けれどもとうとう堪忍袋の緒が切れたシリウスはスラッグホーンの誘いを完全に拒否するようになり、かといってそう易々と引き下がるようなスラッグホーンではない。あの手この手でシリウスと話をする機会を窺っていたようだ。
「あいつも友達の言うことなら聞いてくれると思ったんじゃないの?」
確かに。けれどもがスラッグホーンからの伝言を伝えたときも、シリウスは「絶対に行かねえ」とあっさり撥ねつけた。私が伝言伝えなかったことになるのはいやだから、お願い、今回だけ行って!と頼み込んで、ようやくシリウスを談話室から追い出したのだ。そのときの彼の恨めしそうな顔といったら……。
「でもスラッグホーンって、何でそんなにシリウスに拘るんだろ?そりゃシリウスが頭いいのは分かるけどさ、それだったらジェームズだって、それに魔法薬っていえば、エバンスとか……スリザリンも、魔法薬得意な人は多いよね。なのに何でシリウスなんだろ?そんなに集中攻撃されたら、そりゃいやになるよ」
「そ、そうかな。僕だったら……そんなに注目してもらえたら、もっと頑張れる気がするな」
ぽつりとそう言って、テーブルに突っ伏したピーターが再び変身術の課題に取り掛かる。ジェームズは「君はそうかもしれないけどさ、」といって再びに顔を向けた。
「でもシリウスは、そういうのうんざりしてるんだ。あいつ、なかなか『立派な』家柄だからいろいろと面倒なしがらみが多いんだよ」
あ……それってひょっとして、例の『ブラック家』ってやつ?
訝しげに眉をひそめたに、ピーターが素っ頓狂な声をあげた。
「、知らないの?シリウスって、有名な純血の家系なんだよ!」
「……ピーター、それは言わない約束だろう。、今の話は聞かなかったことにしてよ。あいつ、家のことを言われるのが一番嫌いなんだ」
純血。魔法使いだけの、血筋。スリザリン生の多くがそれを美徳だと思っている、そういった。組み分けの日、スリザリンテーブルで話をした生徒たちのことを思い出しては眉をひそめた。『お前さん、確かブラック家の』
ハグリッドがあんな顔をした理由が、少しだけ分かった気がした。
でも、シリウスは違う。あんなスリザリンの連中とは、決して。は今度ハグリッドの小屋に行ったら、そのときはシリウスのいいところをたくさん教えてあげようと思った。
期末試験を終え、やっと地獄のような日々から解放されたたちは前々から計画していた悪戯を今こそとばかりに実行に移そうとしていた。今年のクィディッチ杯はスリザリンの手に渡っていたので、そのことへの鬱憤晴らしといった意味合いも多く含まれていた。
「スリザリン寮の壁を全部透明にしちゃおう!」
いつものように、言い出したのはジェームズだった。城内で何かクリスマスのときのような派手なアトラクションをやらかして、誰もがそちらに気を取られているうちにスリザリンに忍び込んで寮全体の壁を透明にしてしまおうという寸法だ。城内でアトラクション、はいいとして、どうやってスリザリン寮に忍び込むんだ!それに壁を透明にしちゃったら、明らかにすぐ彼らの仕業だとばれてしまうじゃないか!というのもっともな意見に、ジェームズはにやりと笑って胸を反らした。
「、ほんの十秒くらい、後ろ向いててもらえる?」
「えっ?何、何するつもり……?」
「いいから、ちょっとだけ」
ジェームズと目を合わせてにやにや笑っているところを見ると、シリウスもこれから何が始まるかは分かっているらしい。ピーターはと同じく首を傾げている。彼らと同室のルーピンはたちの悪戯行為を忌んでいるわけではなさそうだったが、決して自らがそれに加わることはなく、たちが部屋で作戦会議をしているときなどは必ず図書館に出かけていった。
言われた通り、おとなしく後ろを向いて、ゆっくりと十を数える。だが彼女が十まで数えきる前に、ジェームズが軽快な声で「もういいよ」と言ったのでそのまま彼らの方を向いた。
はずだった。けれども確かに先ほどまでジェームズがいたはずの場所に、彼の姿はきれいさっぱりなくなっていた。わけが分からず目をぱちくりさせるとピーターに、シリウスは満足げに笑いかける。は浮いた声で、問い掛けた。
「ジェ、ジェームズは……どこ行ったの?ねえ?これも何かの魔法?」
「まあ、そんなところだね」
聞こえてきたのはジェームズの声だった。い、一体どこから……いや、声は確かに、そこから。
「どう?驚いた?」
そして元々いた場所に、それこそ魔法のようにぱっとジェームズの姿が現れた。ぽかんと口を開けて何も言えないでいるに、ジェームズはからからと笑った。
「いいね、その反応!種明かしは
じゃーん、これさ」
これ、といってジェームズが掲げたのは、空っぽの自分の右手だった。いや、よく見ると何か……とても透き通った、銀ねず色の何かがまるで液体のように彼の手から、ベッドの上にまで流れ落ちている。
「『透明マント』さ。クリスマスプレゼントに、父さんからもらったんだ。そのうち驚かそうと思って黙ってたんだけど」
「と、透明マント?まさかそれをかぶったら……透明になれるって?」
「そう。ほら、持ってみて」
『透明マント』を受け取ったがそれを試しに腕にかけてみると、ピーターが黄色い声をあげて飛び上がった。腕が
なくなってる!
「すごいよ、これがあればスリザリンにも忍び込めるかな?」
「できると思うよ。スリザリン連中についていって、こっそり一緒に潜り込めばいいんだから」
「すごいね、透明マント……ほんとにあったんだ!僕、ただのおとぎ話だと思ってたよ!ねえ、僕もちょっと着てみていい?」
興奮に息を弾ませて、ピーターがの握るマントを見つめる。仕方ないなぁと笑ってジェームズがそれをピーターに手渡した。透明になったり姿を現したりを何度も繰り返してひとり喜ぶピーターを余所に、ジェームズたちは早速透明マントを使った作戦を練り始めた。
「じゃあ行ってくるね!六階のおべんちゃらグレゴリー像の近くにいたら一番よく見えると思う……あ、でも地下にいた方が楽しいかも!スリザリンの慌てる姿が見られたらいいな……じゃあ、また後でね!」
そう言って嬉しそうに部屋を出て行く少女の後ろ姿を眺め、彼女は握り締めた拳をベッドに叩き付けた。頭が痛い……イライラする……私は一体、あとどれくらいこの苦しみに耐えればいいの?
終わりはやって来ない気がした。永久に繰り返す。何度も、何度も。
あの子は気付かない。彼もきっと、気付いてはくれない。この先もずっと、私の気持ちなんて。
それならば、いっそ。
「フィルチさん
是非、お伝えしたいことがあるんです」
どうしてもスリザリン生の驚く姿を見たいと言い張ったは、透明マントを借りたシリウスと共にスリザリン寮へ向かうことになった。ジェームズはピーターを連れて、六階からフローティング・バブルを飛ばして城内を盛り上げる役だ。大きく膨らませたカラフルなシャボン玉はふらふらと至るところに漂い、ぱちんと割れたときに中から飛び出したバブル液がかかった対象を、それこそシャボン玉のように浮かせてしまうという代物だった。人も、もちろん物にも効くからみんながいろんなものと一緒にふわふわと宙に浮かぶ光景を思い浮かべて、はくすくすと笑った。
「なにひとりで笑ってんだよ、気味が悪い」
耳のすぐ傍で聞こえてきた声に、は思わずびくりと身を強張らせながら、心持ち重心をそちらとは反対側に移した。
二人はジェームズの透明マントをかぶったまま、地下の廊下でスリザリンの誰かが現れるのを待っていた。どうしよう……少し、いや、かなり、緊張している。スリザリンに侵入するからではない。それもあるけれども、それより何より、シリウスとこんなにも密着しているということが!いけない、こいつには年上でとてつもなく美人の『彼女』さんがいて、紛れもなくこいつは私の『友達』だというのに。
いやいや……友達でもなんでも、こんなにかっこいい男が傍にいてどきどきするなという方が無理だ。ああ……ときどきこちらを向くのか、たまにシリウスの息が、そっと首の後ろにかかる。……ぞくぞくする。
「来たぞ……『スリザリン野郎』だ」
低めた声で、シリウスが呟いた。はっとして顔を上げると、石の階段を下りてきたのはスリザリンカラーのネクタイを締めた男子生徒三人組だった。見覚えはないけれど、そんなことはこの際どうだっていい。傍らのシリウスと顔を見合わせて頷き、二人はマントから足が覗かないように注意しながらそっと三人の後を追った。
三人は魔法薬学の試験について話し合いながら、剥き出しの石が並ぶ壁の前で立ち止まった。合言葉は「セストラル」。すると壁に隠された石の扉がするすると開き、とシリウスはそれが閉まる前に素早く中へと潜り込んだ
来た、来た来た来た!本当なら私が入るはずだった、スリザリン寮!
スリザリンの談話室は、細長い天井の低い地下室で、壁と天井は粗削りの石造りだった。天井から丸い緑がかったランプが鎖で吊るしてある。その無機質な佇まいが、グリフィンドールとは対照的だ。暖炉や椅子には壮大な彫刻が施されており、ソファに座ったスリザリン生は数人しかいなかった。試験が終わり、こんなにも天気の良い昼日中に地下室にこもっているのはさすがのスリザリン生でも少ないようだ。
先ほどたちが追いかけてきた三人組は、その輪の近くに腰掛けて初めから談話室にいたスリザリン生たちの会話に加わった。
「ロジエール、スラッグホーンが呼んでたぞ」
隅のソファの後ろに隠れ、シリウスと透明ジェットの準備をしていたはぴたりと動きを止めて彼らの会話に耳を傾けた。ロジエール。飛行術の授業の度に、ジェームズと張り合ってはみんなの注目を集めていた。こっそりシリウスの横顔を盗み見ると、彼は忌々しげに眉根を寄せて透明ジェットの缶を調整していた。
「ああ、後で行くよ。さんきゅ」
「それより、さっき上で変な話、聞いたぞ。あのが俺らの寮で、何かやらかすらしいって」
がたん!
あまりに驚いて、は透明ジェットの缶を床に落としてしまった。何事かと立ち上がったスリザリン生たちがの潜む隅の方を見やったが、透明マントのお陰で何も見つけられずに「何だったんだろうな」と首を傾げながらもソファに戻っていく。ほっと胸を撫で下ろしつつ、は無言でシリウスと目を合わせた。なぜ、どうして計画がスリザリン生にバレている?
はっと鼻で笑って、男子生徒の誰かが言った。
「あの女、ちょっと調子に乗りすぎだよな」
「まったくだな……あの女とブラックが仲良くやってるのも気に入らない」
あのー、まさにその二人が今、ここにいるわけですけれども。適当なところで透明ジェットをスリザリン寮に充満させてから逃走しようという手筈になっていたが、その『適当なところ』を見出せずには自分の缶を握ったまま、じっとシリウスの出方を待っていた。
次に口を開いたのは、鼻先で嘲笑の音を鳴らしたロジエールだった。
「あいつは母親に反抗したい年頃なんだ、それだけだ。いずれ自分の立場ってものが分かるだろう。あんなマグル育ちの女とはきっぱり縁を切る」
「やけに自信ありげだな。でもブラックは、グリフィンドールなんかに組み分けされたんだぜ?もうどうしようもないんじゃねえの?」
「あれは組み分け帽子のミスさ。まれにそういうことはある
それこそあの、みたいにな。あの女がスリザリンなんて、ちゃんちゃらおかしいだろ。帽子だってボケるってことさ」
スリザリン生たちは厭らしく笑い、「まったく、組み分けでグリフィンドールなんて言われなくて助かったよ」と口々に言った。どうしよう……これ以上、彼らの話を聞いていたくない。けれどもタイミングを失したような気がした。シリウスは、どこで透明ジェットをぶっ放すつもりなんだろう。
意味深な響きを含ませて、ロジエールが囁いた。
「近いうちに、『穢れた血』はこの世から粛清される……シリウスだっていずれ、そのことが分かるだろ」
そのときだった。何を思ったか、シリウスは透明マントを頭から剥ぎ取り
けれどもの身体だけはしっかり隠れるようにして、その場から立ち上がった。彼の手放した透明ジェットの缶が床を転がって近くの壁に当たる。あまりにも唐突な彼の出現に談話室は騒然となり、もまたマントの中であたふたと狼狽した。な、なに考えてるのよ、シリウス!敵の陣地に裸一貫で突っ込むような真似をーー!!
「ブラック!お前、何でこんなところに
」
「おい、お前、もう一遍同じこと言ってみろ。ぶっ飛ばすぞコラ、あ?」
他のスリザリン生たちは完全に無視し、シリウスは壮絶な眼差しでロジエールに詰め寄った。一方、ロジエールはまったく焦りの表情を見せず、にやりと笑ってシリウスを見た。
「どうした、シリウス。お前がそんなにスリザリン寮に来たがってたとは知らなかったな。言ってくれればこんなこそこそ忍び込むような真似しなくたって、喜んで入れてやったのに」
「黙れ。誰がこんな陰気臭いところに入りたいなんて思うか。それよりさっきの言葉、取り消せよ。お前らのそういう考え……吐き気がするんだよ!」
「何のことだ?ああ、あれか
『穢れた血』って?それがどうした。お前は純粋で、高貴な『ブラック家』の生まれだろ。お前には関係ない話だ。それとも
」
ロジエールはそこで言葉を切り、ふと談話室を見渡しながら呟いた。
「
いるのか?ここに。その、『穢れた血』が?」
「てめえ!」
瞬時に右手を突き出したシリウスが、ロジエールの襟首を掴んでその場に引き倒した。仰向けに倒れたロジエールの上に馬乗りになったシリウスが、握った拳を振り上げる。周りのスリザリン生が咄嗟に杖を取り出すのを見て、はマントの下で引き抜いた杖をそちらに向け、叫んだ。
「インペディメンタ!妨害せよ!」
巻き上がった風がその場にいた全員を凄まじい勢いで吹き飛ばす。立っていたスリザリン生たちは転がりながら床に叩き付けられ、シリウスとロジエールも、談話室の向こう側まで飛ばされて衝撃に引き離された。マントを脱いで慌ててローブの中に突っ込みながら、は声をあげる。
「シリウス、逃げよう!行こう!」
「……!?お前ら
」
スリザリンの誰かが叫んだが、そんなものは聞いていられない。反射的に起き上がったシリウスが、追いかけてこようとしたスリザリン生を魔法で蹴散らす。そうして二人で慌てて談話室の外に飛び出し、しばらく走り続けてほっとしたのも束の間、目の前に現れたのは
。
「ほう……もう一仕事済ませてきたんですかね?さんに、ブラックくん」
アーガス・フィルチ。彼はなぜかその手にじゃらじゃらと鎖を掴み、貪欲な笑みを浮かべて二人の行く手に立ち塞がった。
乱れた息を整えながら、はようやく口を開く。
「な……なんの、ことやら……そこを退いてくださいませんか、フィルチさん」
「他の寮に潜り込むのがどれほど重い罰則になるか、考えたことがあるかね?」
ど、どうしてそれを。だが、ここでうろたえてはそれを認めることになってしまう。白を切り通せば……あるいは、もしかしたら……。
けれどもフィルチは、したり顔でにやにやと笑いながら、一歩、また一歩とこちらに歩み寄ってきた。
「分かっているんだ。お前がスリザリン寮で下らん悪戯を企んでいたということは。その様子ではどうやら、失敗したようだが?」
「な……し、知りませんよ、そんな。私たちは何も
」
「お友達は選んだ方が良いな、。垂れ込んだ生徒がいるんだ。お前らのつまらん悪戯の計画をな。まあ、お陰で今度こそお前らを縛り上げる口実ができそうだが?さあ、来い、来るんだ、二人とも」
もう白を切るのは無理だと思った。スリザリン寮には目撃者が複数いるし、彼らは喜んでそのことを証言するだろう。だめだ……せめて逃げ出す前に、透明ジェットを仕掛けてくれば良かった……缶はうっかり、そのままスリザリンの談話室に置き去りにしてしまっていた。
それにしても。フィルチに垂れ込み……一体、誰が。がスリザリン寮に悪戯を仕掛けに行くと知っているのは、ごくごく限られた友人だけ。
フィルチに引き摺られてどこかへ連れて行かれる間、一度だけ目が合ったシリウスが「逃げよう」と目配せしたが、は小さく首を振ってそれを拒否した。無理だ。逃げられない。
そうして歩いている間も、一つだけとても気になっていたのは。
どうしてシリウスは、ロジエールの発言にあんなにも激怒していたのだろう。