残りの休暇はあっという間に過ぎていき、すぐに新しい学期が始まった。クリスマスの花火騒動で、城に残っていた生徒のほとんどはたち三人をホグワーツのヒーロー扱いするようになり、実家から戻ってきた友人たちにもあの夜のユニークな花火の話をした。そんな素晴らしいものが見られたのなら学校に残れば良かったと誰もが口々に囁き合い、陰でのことを『スリザリンからの転寮生』と呼んでいた生徒たちも、まるで初めからと友人であったかのように親しげに声をかけてくるようになった。もちろんスリザリンは相変わらずだったし、やはり彼女を遠巻きにする生徒も少なからずいたけれども。
「、お前、魔法史のノートとってるんだろ?貸してくれよ、頼む!」
夕食後、ニースと二人で談話室に戻ったは同級生のラルフに呼び止められて振り向き様に舌を出した。
「いーやー」
「なあ、そう言わずにさ!今のうちにちょっとでも復習しとかないと、期末ヤバいんだって!」
「自業自得でしょうー。私の努力の結晶をそう簡単には渡せませんな」
実際、授業中に関連のありそうな本を借りてきて読んでいるは、そこからビンズの口にしなかった細かい情報すら拾い上げ、なおかつとても分かりやすいノートを作っている。少し早めのテスト勉強にニースと図書館で復習しているときなどは二人の間に広げて見せているが、貸してと言われて誰にでもそう易々と見せられるほど私は決して優しくはない。
「は僕らにしか見せてくれないよ、ねえ、そうだよね、?」
どこからかひょっこり姿を現したジェームズが、とラルフの間に割り込んで意気揚々と言った。はあー?と顔をしかめては聞き返す。
「誰が誰にノート見せるって言ったー?私は誰にも貸しません!」
「えー、僕ら友達だろう!親友だろ!」
「さー、どうだろね。いつまでもそんなことばっか言ってるなら、この先どうなるか分かんないよねー」
「ひ、ひどいよ!あ、そうそう、それよりちょっと話があるんだ。これから僕らの部屋に来てくれない?ニース、ちょっとを借りてもいい?」
「え、ええ……それじゃあ、先に部屋に戻ってるね」
「うん、分かった。じゃ、後でね」
笑ってニースに手を振って、はジェームズと男子寮の階段を上がった。あれ以来は再びジェームズたちの悪戯に加わるようになり、時折こうして彼らの部屋に呼ばれて作戦会議を開くのだった。今では周囲のみんなが、次はどんな悪戯をやってくれるのかと彼らに期待しているのが目に見えて分かるものだから、ジェームズたちも気合を入れている。
部屋ではシリウスとピーターが彼らの到着を待っていた。きょろきょろと辺りを見回し、は首を傾げる。
「あれ、ルーピンくんは?」
「え、、知らなかったっけ?」
ジェームズが散らかったベッドの上を急いで片付けて、を座らせながら言った。
「リーマスなら、お母さんのお見舞いに帰ってるよ。毎月そうなんだ、ずっと具合が良くないらしくてね」
N・J
バレンタインカード
イギリスのバレンタインデーというものは、日本のそれと違って女の子から男の子へ、また贈り物はチョコレート、という発想はないらしい。『密かな』思いを伝えるため、バレンタインカードには自分の名前を書かないのだという。ジェームズとシリウスは予想通り数え切れないほどのふくろう攻撃を受けており、ピーターはその様子をとても羨ましそうな顔で見ていた。
「でも名前が書かれてないのに、どうやって誰からのカードって知るの?」
「それは想像するしかないさ。あの子かな、あの子かな?って。それを考えながら、もらった本人の方からアプローチするんだ。イニシャルを書いてくる子もいるしね」
「えー、何それ、面白い!それでジェームズはどれが誰からって分かった?誰かにアプローチするの?」
ベッドの上で何十枚というバレンタインカードを広げたジェームズは、困った顔で頭を掻いた。シリウスたち三人はどこかへ出かけていて、彼らの部屋にはたち二人しか残っていない。
「さすがにこんなにあったら、あの子かなーって思い当たる子は何人かいるけど……でも、何もしないと思うな」
「どうして?気に入った子、いなかった?」
「言っただろう?この子だ!って思う子じゃないと、きっとお互いのためにならないよ。悪いけど全部、お断りだね」
彼はカードを全部揃えて、トランクの中に仕舞い込んだ。なーんだ、と口を尖らせながらも、少しだけ安心する。彼女ができればジェームズも今度は、以前のシリウスのように、そちらにかかりきりになってしまうかもしれないと思ったからだ。
「シリウスはどれか受けることにしたのかな?知ってる?」
「ああ、気になる子がいるって言ってたな。まあ、詳しいことはまだ聞いてないけど。気になるの?」
「ちょっとだけね。だってシリウス、彼女ができたらそっちにべったりになるじゃない!」
するとジェームズは一旦目を丸くした後、声を殺してくすくすと笑った。
「ああ、ひょっとしてこの前のマーシャって子のこと言ってる?あれはあの子のワガママさ。そういうとこ、シリウスは元々ちょっと嫌がってたんだ」
「そうなの?」
「ほら、言っただろ?あいつは本質的に自由を求めるようにできてるんだよ」
ふーん……まあ、いいけど。どっちでも。けれどもやはり、彼がまた談話室を留守にする時間が増えるかと思うと、あの頃と違って今では少しだけ寂しい気がした。どうせみんな、友達よりも恋人の方が大事なんだ。
「はカード、もらわなかったの?」
さらりと聞いてきたジェームズに、は素っ頓狂な声をあげて飛び上がった。
「ない、ないない!そんなのない!」
「そうなんだ。不思議だな、のこと気に入ってる男の子って、けっこういるんだよ?あ、でも男ってシャイな生き物だからね……そうか、みんな勇気がなかったか」
「えっ!?うそ、うそだって!そんなことあるわけ……」
「僕が何でそんなウソつくんだよ。まあ名前は伏せておくけどさ、うちの寮にものこといいって言ってる奴、何人かいるよ?」
「えええ!?そ、そんな……まさか……」
まったく心当たりはない。そんな、ジェームズたちじゃあるまいし。どうして、何の取り得もない、こんな私が?
が目を見開いたまま何も言えないでいるうちに、寝室のドアが開いてシリウスとピーターが顔を出した。息を弾ませて、ピーターが声をあげる。
「ねえ、聞いてよ!シリウス、また今度もすっごい美人と付き合うことにしたんだって!ほら、あのレイブンクローの……」
「またかよ。お前、鷲が大好きだな」
「別に好きで寮を選んでるわけじゃねーよ
って、も来てたのか」
シリウスはそこで初めての存在に気付いたようで、軽く片手を挙げて合図してみせた。「挨拶しなくてもいいと思ってる人間なんて腐ってる!」発言以来、彼はと顔を合わせると、どんなときも大抵些細な合図を送ってきた。こうして手を挙げてみたり、軽く顎を動かしたり目配せをしたり。そうした、意外にも律儀なところがはとても気に入っていた。
そうか。また、シリウスには恋人ができてしまったのか。
「で、次はどんな子だ?また年上か?」
「次は四年生だって!すごいよね、あんな大人っぽい人ゲットしちゃうなんて!えーと、確か名前は……ウェンディ・ラブクラフト!」
「お前、ぺらぺら喋ってんじゃねえよ」
物憂げに顔をしかめて、シリウスはピーターの頭を軽く叩いた。いたい!と涙目になってピーターがじとりとシリウスを睨む。はそんなピーターを宥めてベッドに座らせながら、訊いた。
「シリウスって頭の良い人が好きなの?前もレイブンクローの先輩だったでしょう?」
「頭が良くて、年上の美人、だな。な、そうだろ?」
「うるせえ。どーだっていいだろ、別に。そういうお前らはどうなんだよ?何にもなかったのか?」
シリウスの問いに、ジェームズもも揃って首を振った。つまんねーといって、シリウスは自分のベッドにどさりと倒れ込んだ。
「大体、一人でいたら女がうるさいだろ?誰かと付き合ってる方が鬱陶しいのが寄ってこねーから楽なんだよ」
「そんなこと言って……マーシャと別れるとき、もう女なんて御免だって言ってたのはどこのどいつだ?」
「それはそれ、これはこれ、だ」
「シリウスってそういう気持ちで女の人と付き合ってるの?それって相手に失礼なんじゃない?ほんとにその人のこと、好きなの?」
非難がましい口調で問い掛けると、シリウスはめんどくさそうに眉根を寄せた。
「なんだ、説教か?いいだろ、当人がそれでいいって言ってんだから」
「それはそうかもしれないけどさ
」
「あーもうやめよう、放っとこう、。シリウスの好きにさせればいいさ。後でまた『女なんて面倒だ』って嘆くのはこいつなんだから」
ジェームズが肩を竦めて苦笑いする。シリウスは上半身を起こして歯を剥いたが、すぐにまたベッドに身体を倒して目を閉じた。
ジェームズは先ほどトランクの中に入れたバレンタインカードの山をそっと覗き込んで
今度こそ完全に、そのふたを下ろす。一番上に置かれたカードの最後には、『N・J』というイニシャルが控えめに書き込まれていた。