どうしよう。まさか、こんなにも深刻な事態になるなんて。

意気揚々と談話室に戻ったジェームズは、そこに二人の姿が見えないことに気付くと大きく肩を落とした。また失敗、か。あの二人はあまりにも早いうちから互いを撥ね付け合っており、一見彼らが仲良く過ごすことなど不可能なようにも見える。けれども彼には確信があった。とシリウスは、一度二人でゆっくり話す時間さえ持てば、きっと良い友人になれると。だって彼らは、僕が『運命』を感じた数少ない、掛け替えのない友達なのだから。

次の作戦を練りながら談話室を横切ったジェームズを、上級生のフレミングが呼び止めた。

「ポッター    お前の友達の、あの二人のことなんだけどな」

last opportunity of Xmas Day

もう一度だけ

あのチェス事件があってから、は頑なにジェームズのことを無視した。ジェームズは最初「、一度よく話し合おうよ!」といってしつこく付き纏ってきたが、それも数日で諦めたようだった。ああ、これでいい。休暇が終わってニースやスーザンたちが戻ってくれば、また彼女たちと一緒に笑って過ごせばいいのだ。

、お前さん、どうしちまったんだ?あの、『ジェームズ』か?あの子とは確か、ずいぶん仲良くしとったみたいに見えたが。喧嘩でもしたのか?」
「しらなーい。あんな奴、もう知らない!」

はしばしばハグリッドの小屋を訪れ、できるだけグリフィンドール寮には居座らないようにした。せっかく、私のためにジェームズが学校に残ってくれたのに。なんで、こんなことになっちゃったんだろう。今はただ、一刻も早くクリスマス休暇が終わってほしかった。食事の時間だけは、どうしてもジェームズやブラックと顔を合わせるのを避けられない。

「そうか、喧嘩しちまったか。まあ、友達なんてもんはそれくらいがちょうどええ。……お前さんのお袋さんにも、仲良しの友達がおってな。小さい喧嘩なんぞ、よーくしとったもんだ」

小さい喧嘩、か。は出された紅茶にたっぷりのミルクを入れて飲み、彼が作ったという石のように堅いクッキーをその中に浸した。こうして水分を吸わせないと、とても食べられたものではない。

「ねえ、ハグリッド。お母さんのこと、聞かせて?お母さんってどんな生徒だった?」

ハグリッドは、どこか嬉しそうな苦しそうな、とても複雑な顔をして眉をひそめた。

「どんな、どんな……そうだな、お前さん、親父さんからは何か、お袋さんの話は聞いたことがあるか?」
「ううん、ほとんど……ホグワーツから入学許可書が来るまで、お父さん、お母さんのことはずっと隠したがってたから。多分、下手なこと喋ってお母さんが魔女だったって知られちゃうのが怖かったんじゃないかな。許可書が来なかったら、魔法界のことずっと内緒にしておくつもりだったみたいだし」

ハグリッドの顔がもどかしそうに歪んだが、彼はすぐに咳払いでその表情を拭い去った。

「……まあ、それも仕方ねえな。親父さんが魔法界から離れて生きていくと決めたなら……それも、仕方ねえ」

まるで自分にでも言い聞かせているかのようだった。どういうわけか彼は、その声を僅かに震わせていた。

はお前さんと同じグリフィンドールで……そうだな、プリングル    ああ、奴さんがホグワーツにいたときの城の管理人だった    プリングルとよーく言い合ってたんを覚えとる。あいつもフィルチみたく嫌味な野郎でな。は正義感が強かったから、間違っとると思うことは間違っとるとはっきり言う……ああ、監督生の鑑みたいな生徒だったな。口も達者で、プリングルがよう言い負かされとった」
「お母さん、監督生だったの?」
「ああ、そうだ。は真面目な部分とユーモラスな部分を上手く使い分けてたからな。男子生徒からの人気も高かったし、奴さんがいきなり現れたマグルと付き合うとるって噂が城中に流れたときには、それはもう、大混乱だ」

ハグリッドは当時の情景を思い出したかのようにくすくすと笑った。すごいな、お母さん。ひょっとして『完璧』な、ホグワーツの『アイドル』だった?なんとなく思い浮かんだのは、ジェームズやブラックのことだった。そんなお母さんがどうして、森の中でばったり出くわしたお父さんと結婚することにしたんだろう。

「ここにも友達とよーく遊びに来とったぞ?ほら    今お前さんが座っとるその椅子に座って、よく歌でも歌ってくれたもんだ」

はどきりとして、思わず木の椅子から飛び上がった。ここに。何年も昔、私のお母さんが    

「ねえねえ、たとえばどんな歌?」
「うーん……そうだな……俺らのよう知らん、マグルの歌をいーっぱい聞かせてくれたからな。マグルの人気歌手の歌だとか、あと童謡もいろいろ教えてくれたな。えーと確か……ふーんふふんふんふんふんふーん……」

言いながら、自分でも一つずつのフレーズを思い返すように、ゆっくりとハグリッドが鼻歌を歌いだす。彼の奏でるメロディーはお世辞にも聞きやすいものとは言えなかったが、それでもはその歌が聞き覚えのあるものだと気付いてぱっと目を輝かせた。

「あ、それ知ってる!『ロンドン橋』だ!」
「おっ!そうだ、確かそんな名前だったな    お前さん、イギリスの童謡なんて知ってたのか?」
「えっ?それイギリスの歌なの?あ、でもそっか、『ロンドン橋』だもんね……でも日本でも普通にみんな知ってるよ?お母さんって、ひょっとしてこっちで大きくなったの?」

訊ねると、ハグリッドは明らかに衝撃を受けた顔をしてから目を逸らした。なに、何なんだろう。けれども彼はに問いを発する時間を与えず、もごもごと言いにくそうに口を開いた。

「ああ、まあ、そうらしい……俺はその辺のことは、よく知らねえが」

そしてわざとらしい仕草で壁の時計を見上げ、「もうこんな時間か!」と言って立ち上がった。

「さあ、もう遅い。お前さんももう戻った方がよかろう。あったかい夕食が待っとるぞ」
「えー、やだ、まだここにいる」

口を尖らせてごねると、ハグリッドは嬉しそうに顔を綻ばせたが、首を振ってを外へと促した。

「また遊びに来いや。お前さんならいつでも大歓迎だ」
「分かった……ありがとう。また来るね。じゃあ、後で」

ハグリッドも食事は大広間でとっているので、どうせすぐに顔を合わせることになるが。ジェームズやブラックたちのいるところでは、どうしても頬の筋肉が引きつってしまって上手くハグリッドと喋ることもできずにいた。

雪の積もった道を踏み締めて城へと戻る途中、は幼い頃に馴染んだ『ロンドン橋』を知らず知らずのうちに口ずさんでいた。ローンドンばしおちた、おちた、おちた、ローンドンばしおちた、さあどうしよ。
クリスマス・イブの夕食の時間、ダンブルドアから明日は最高のご馳走が並ぶと聞いて胸を高鳴らせながら床に就いたは、翌朝ベッドの足元に置かれた小さな箱の山を見てびっくりした。どうやら、どれもクリスマスプレゼントのようだ。去年まで、クリスマスといえば父の持ち帰ったクリスマスケーキを家でひっそり食べるだけの習慣しかなかったには、誰かに贈り物をするなんていう発想は浮かびもしなかった。それなのに、実家に戻った友人たちはわざわざのためにプレゼントを贈ってくれたのだ。嬉しさと、申し訳なさとが一気に押し寄せてきては今日中にみんなにせめて、カードくらいは出そうと思った。友達同士で贈り物をするなんて……ああ、イギリスってなんて素敵な風習のある国!でも私、ここからじゃ何もプレゼントあげられない!

ホグワーツで新しく知り合った友人たちは、お菓子や可愛らしい雑貨を送ってくれた。ダイアゴン横丁で見かけたような、いかにも魔法らしい仕掛けの施されたノートや羽根ペン入れ。ニースは表紙の色が控えめに変わるブックカバーをプレゼントしてくれた。嬉しい、どうしよう。彼女には十月の誕生日にも、何もあげられなかった。ホグワーツにいてはさすがに何も買えないから、次の夏休みにはダイアゴン横丁でみんなへのお返しを探そう。八月にあの雑貨屋さんで見つけたネックレス、ニースに似合うかな。
毎日顔を合わせているハグリッドもクリスマスプレゼントをくれた。木の皮かなにかで編んだ、大きめのカゴ。編み目が荒っぽくてとても細かいものは入れられそうになかったが、はそれを衣服入れに使おうと決めて次のプレゼントの山に目をやった。

    驚いた。まさか、とは思ったが、見慣れた文字で「へ」と書かれたカードが、一枚。裏返せばそれは、ジェームズからのクリスマスカードだった。


メリー・クリスマス!この間は、無茶なことをさせてごめん。でももう一度だけ僕にチャンスをくれるなら、朝食の時間前に一度、僕たちの部屋に来てくれないかな。君もシリウスも、僕にとっては本当に大事な友達なんだ。
ジェームズより』

はそれを見て、頭を抱えた。どうしよう。ブラックのことは相変わらず苦手だった。あんな男と無理にでも仲良くさせようとするジェームズにも、正直なところ苛立っていた。けれどもこれを逃せばジェームズとこの先もずっと、仲直りができないのではないか    それだけは、いや。だって、私にとってもジェームズは。

はあと大きくため息をつき、は心を決めてベッドから降りた。
ジェームズたちの部屋は、階段を上がったすぐのところにあった    『シリウス・ブラック、リーマス・ルーピン、ピーター・ペティグリュー、ジェームズ・ポッター』。所用で男子寮に上がっていく女子生徒の姿を今までに何度か見ているので、咎められるということはなかろうが、それでもびくびくしながらようやく上級生にも見つからずに部屋までたどり着くことができた。まったく、どうして私がこんなところに……。
小さくドアをノックすると、中から「?」とジェームズの声がしたので、は声を落として「うん」と答えた。数秒ほど間があって、中からそっと扉が開く。そこから覗いたジェームズの顔は心底ほっとしたように緩んでいた。

「メリークリスマス!来てくれてありがとう、。散らかしてるけど入って」

メリークリスマス、と呟いては部屋の中に入った。ベッドの数が一つ多いだけで、部屋の造りはたちの寝室と変わらない。中はジェームズが言うほど散らかってはいなかったが、それでも目に見えるものだけを急場凌ぎで片付けた感は否めなかった。

そのベッドのうちの一つに、仏頂面のブラックが腰掛けてじとりとのことを見ている。が負けじとそれを睨み返していると、部屋のドアを閉めたジェームズが不自然に上擦った声で言った。

、実はさ、僕たち今夜の夕食後、クリスマス用にちょっとしたアトラクションをやろうと思ってるんだ。も一緒にやらない?」

は隠しもせずに思い切り顔を歪め、凄まじい形相でジェームズを睨みつけた。彼は一瞬後ろに引いて怯んだが、まるで降参とでも言わんばかりに両手を頭の横に挙げながら苦笑いした。

、そんなに怖い顔しないで……えーと、僕の気持ちを正直に言うと、君とシリウスには是非とも仲良くなってもらいたい」
「まだそんなこと言ってるの?うん、あんたがそう思ってるんだろうことは前から分かってたけど!でも、何で?私たちを見て、それが無理だってことが分からない?何でなの?あなたのことは好きだよ、ジェームズ。でも私はいやなの、ブラックと一緒にいるのが!」
「はっ。そんなのこっちから願い下げだな。ジェームズ、やっぱり無理だったんだ。お前がこの女と仲良くしたいのはよーく分かった。でも俺を巻き込むな!仲良くしたけりゃお前らで勝手にやれよ!今日の悪戯だって、お前ら二人でやればいい」
「シリウス!」

ベッドから身を乗り出すようにして声を荒げたブラックに、ジェームズは今度は厳しい眼差しを向けた。ブラックが不服そうな顔をしながらも黙り込んだのを見て、悟る    ああ、そうか。あのブラックを宥められるのは、ジェームズしかいないんだ。
ジェームズは疲れたように首を振り、ゆっくりと顔を上げてとブラックを見た。

「……僕だって、ほんとはこんなことしたくない。嫌がる君たちを無理やりくっつけようみたいな、こんな真似。でも    フレミングに聞いたよ。君たち、ずっと相手が自分を嫌ってるって、そう思い込んでたんだ。そうだろう?」

ははっとして、ジェームズを見た。嫌ってるのはお前だろうが。お前が俺のこと、嫌ってんだろ!    こっそり横目でブラックを見やると、彼もまた盗み見るようにしてこちらを見ていた。一瞬視線が交じり合って、互いにまるで磁石が反発し合ったかのように目を逸らす。ジェームズはそれを見て、また一つ大きなため息をついた。

「『嫌われてる』    そう思うと誰だって、相手のことが嫌いになるさ。でも、そうじゃないだろ?君たち本当に、相手のことが嫌いなのか?、シリウスのこと、嫌い?シリウス    のこと、そんなに嫌か?」

もブラックも、何も言わなかった。ただ互いに顔を背け、きつく唇を引き結んでいた。

    君たちじゃなきゃ、僕だってここまで言わないよ。、どうして僕がここまでやるか、分かる?君たちのことが好きだからだよ。大好きだからだ。僕は君とも仲良くしたいし、シリウスとだって今までみたいに一緒に馬鹿やって過ごしたい。勝手な理屈だと思う。だけど別々に、じゃ成立しないんだ    僕は君たちと、これからもずっと楽しくやっていきたいって思ってる」

どうして。どうして、そんなにも。ジェームズにそこまで思われる価値    私なんかに、あるの?
鼻頭を熱くし、目尻に浮かんできた涙を隠すように俯き、は訪れた静寂を心から恨んだ。

だから、といって、ジェームズがその語調を強める。

「だから、もう一度だけ僕にチャンスをくれないか?今夜の悪戯で、最後にする。今夜のアトラクションを三人で協力して終わらせて    それでもだめなら、僕はもう何も言わない。だから、今日だけ    今日だけは、今まで募らせてきた感情を脇に置いて、純粋にこの計画を楽しんでほしい。お願いだ。僕はのこともシリウスのことも、本当に大好きなんだよ」

    なんて。なんて、真っ直ぐなものをぶつけてくるんだ、この男は。そんな風に言われたら。撥ねつけることなんて、できるわけないじゃない。
恨みがましく視線を上げたは、ほとんど吐息のような声で「分かった」と呟いた。ブラックもまた、口を閉ざしたまま、本当に少しだけ首を動かす。それを見たジェームズはぱっと顔を明るくし、ちょうどいいタイミングで鳴った自分の腹の虫に照れ笑いした。

「よし、そうと決まれば作戦会議だ!でもその前に、腹が減っては何とやら、だね。朝ご飯食べに行こうよ!今日のご飯は一体なにかなー」

一番に寝室を飛び出したジェームズを追いかけて、とブラックも動き出す。ドアのところで不意にぶつかりそうになった二人はぎこちなく立ち止まり、互いに道を譲った挙げ句、結局はどちらが先に出るかという下らないことでジャンケンをしてが一番最後に部屋を出た。

階段を下りながら、ブラックの背中を見て思う。
この先もジェームズと一緒にいられるのなら。彼が大事な友達だと呼んでくれるのなら。

    もはやこんな些細な諍いは、どうだっていいと。
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(07.10.14)