どうしよう。やっぱりすごく、気まずい。当たり前だよね、何回も痛くて途中でやめてもらって、最後には少し性急に動かされて痛みと悲しみのあまり泣いてしまった。初めてのときは、そんなものよりもっとずっと痛かったはずなのに、慣れたら快感のほうが勝ってきたから。だから、ほんの少し荒っぽくされただけで、我慢できなくて。それ以上に、感じられない自分が歯痒くて、不安がってるシリウスを見ているのがたまらなくつらかったから。
シリウスはすぐに抜いて、悪かった、ごめんなとしきりに謝ってくれたけれど。でも、シリウスが悪いんじゃない。あんなに痛くて、なかなか感じられなくて、楽しみにしてくれてたシリウスがイライラして焦るのは当たり前だ。でも、わたしだってどうしていいか分からなくて。ダンブルドアに聞かされたことを考えても……もう終わりにしたほうが、いいんじゃないかと思っていた。だからこのまま、気付いたらいなくなってたって
そのほうが、シリウスのためになるんじゃないかって。
でも、そうじゃない。ニースの言う通りだ。わたしはただ逃げようとしてただけ。自分が傷付くのが怖くて、何も言わずに離れていこうとした。でも、やっぱりそんなの嫌だ。シリウスのことが好き、こんなところで逃げたくない。それに、そんなことをしてしまったら……あのダンブルドアと、同じになってしまう。わたしは目を逸らしたくない。たとえ終わりがくるとしても、ちゃんと向き合ってからにしたい。
「……きれいだね。太陽の光、きらきらして……宝石みたい」
我ながら、子供っぽい言い方だと思うけど。でも他に、思いつく言葉がない。湖の見える校庭の一角、それでも木陰に隠れて他の生徒からは目につかないところにはシリウスと少し距離をとって座り込んでいた。長い足を伸ばして後ろに両手をつき、胸を反らせたシリウスは気だるげに身体を起こして陽光の反射する湖面を見やる。
「そーだな。あれぜんぶ宝石だったら一生働かなくても暮らしていけるな」
「な、なにそれ。ロマンチックじゃない」
「俺にロマンを求めるのは筋違いじゃないか?」
そうだっけ。赤い薔薇なんてプレゼントしてくれたり、案外ロマンチックなところはあると思うけど。でも今はそのことよりも、ふたりの将来をそれとなく示唆されたような気がしてはぎこちなく目線を落とした。
「シ、シリウスは結局、魔法省に入るんだよね? 魔法法執行部……闇祓い局だっけ。アリスがもうすぐ一年だね、元気にしてるかな」
「ああ、面談のときにマクゴナガルが言ってた。入省して二年は見習いだから、まだ現場には出てないらしいけど。でも優秀だと二年目から教官に引っ張り出されることもあるらしいから、アリスはそろそろかもな」
「……そうなんだ」
やっぱり、心配でたまらない。アリスのこともそうだし、シリウスも、ジェームズだって。
「は一年で聖マンゴの見習いになれるんだったよな?」
「あ、うん。付属の養成学校で一年勉強して、試験に合格したらひとまず見習いとして病院に入れるんだって」
「……また試験勉強か。うんざりだな」
「ううん……だって、専門的な仕事だし。勉強しなきゃ、しょうがないよ。誰に強制されたわけでもないし、自分で選んだことだから」
膝を抱え、湖面を見つめたまま自分自身に言い聞かせるようにして、つぶやく。シリウスが何も答えなかったので、はしばらく身を竦ませて黙り込んでから、ぽつりと口を開いた。
「あの……ね、シリウス。も、少し……そっち行っても、いい?」
心臓が、ばくばくいって。恐る恐る横目で見やると、シリウスは不意を衝かれたようにきょとんと見つめたあと、心なしか身体をこちらに向けてあっさりと頷いた。
「いいよ。俺がそっち行ってもいいけど」
そう言って腰を浮かせたシリウスを見て、は慌ててかぶりを振る。離れようとしたのはわたしなのに。だからわたしのほうが、歩み寄らなければならない。
草の上に膝をついてほとんど四つん這いになりながら、は自分があけた一ヤードほどの距離を詰めてぴったりとシリウスに寄り添った。その広い胸にぎゅうとしがみついて肩口に顔をうずめる。
大好きな、シリウスのにおいだった。
「『もう少し』、なんじゃなかったのか?」
「あ、その……ごめんなさい」
だがシリウスは咄嗟に身体を引こうとしたの背中に腕を回して両手でがっしりと抱き締めた。またそうしてもらえたことが嬉しくて、はそれだけで泣きそうになってしまった。
「……シリウス、わたしのこと怒ってない?」
「怒られなきゃいけないようなことしたのか」
「だっ……て。わたし、楽しみにしてくれてたシリウスのこと……ずっと、気持ちよくしてあげられなくて」
「……おま、……あのな」
聞こえよがしにため息をついて、シリウスはの顔を間近で覗き込んだ。その目は怒りというよりは、むしろ呆れているといったほうがいい。
「俺はそんなこと怒ってない、俺が気に入らないのはそのあとお前があからさまに俺のこと避けてたことだ!」
「避け……だ、だってシリウスが……怒ってると、思ったんだもん」
ちがう、そうじゃない。自分で分かってる。わたしは傷付くのが怖くて、自分で勝手に距離をとった。
苛立たしげに口を開こうとしたシリウスの胸にまたしがみついて、は縋るように言う。
「ごめんなさい、シリウス。ごめん……わたし、ずっとあなたに言わなきゃいけないって……でも怖くて言えなかった」
「……何だ? 前にも言ってたな、今はまだ決心がつかないから話せないって。でもあのときは、だからって俺のこと避けたりはしなかっただろ。何が怖いんだ? 俺が知ったら、怒るようなことか?」
怒る……うん、きっと全部喋ったらシリウスはものすごく怒るだろう。何でそんな大事なこと黙ってたんだって、それで……マクゴナガルかダンブルドアに、話しに行くんじゃないの? たとえダンブルドアには言わないでってお願いしたとしても、マクゴナガルの耳に入ればそれがそのままダンブルドアに伝わってしまうということは十分に想定できた。だって母のことをダンブルドアに話したのは他でもないマクゴナガルなのだから。
はシリウスの肩に顔を押し付けたまま、消え入りそうな声で訴える。
「怒るっていうか……びっくり、すると思う。信じられないかも、もし信じてくれてもそしたらもうわたしと一緒にいたくなくなるかもしれないし、だから」
「おい……なに言ってるんだ、お前は。約束しただろ、『家族』になってくれるって。一緒に暮らそうって」
「……でも。わかんないよ、そんな
聞いたらシリウスだって、そのあとでどう思うかなんて分かんな……」
だが涙混じりにそう漏らすの頬を掬い上げるようにして包み込み、シリウスは少し怒った顔で言った。
「、いい加減にしろよ。確かに俺は小さい男だ、何回も……お前のことがっかりさせて、すげー傷付けたと思う。でも俺はお前に
俺自身に誓ったんだ。必ず幸せにする、一緒に幸せになるんだってな。そんな半端な気持ちでプロポーズしたとでも思ってるのか? お前……指輪、受け取ってくれただろ」
頬に触れた手のひら、見つめる彼の眼差し。くすぐったい、けれど。何もかもが熱を帯びての胸を揺さぶる。シリウスの言うとおりだ。撥ね付けるつもりなら、あの指輪だって受け取ってはいけなかった。わたしはそれに応えたのに、一方的に破棄していいはずがない。
は至近距離でシリウスの真摯な瞳を見つめたあと、もう一度彼の胸にぎゅっと縋りついてその鼓動を聞いた。そして少しだけ心臓を落ち着かせてからようやく顔を上げ、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
CHILDREN and FOOLS
子供と愚者は嘘を吐けない
まさか
が本当に、スリザリンの子孫だったなんて。
が蛇の声を聞いたと知ったときから、嫌な予感はしていた。声なき声が聞こえるのは狂気の前触れ、いや、それ以前に
シンボルが蛇だけあって、パーセルタングはスリザリンの血を引く証だという伝説があったからだ。だが実際に蛇語を話せる魔法使いを知っているわけではなかったし、そんなものは単なる逸話に過ぎない。下手なことを話してを不安にさせたくなかった。そもそもグリフィンドール生のが、スリザリンの子孫であるはずがない。お父さんはマグルだし、お母さんはマグル生まれと言っていたじゃないか。
だが一方で、自分の中の暗い影が囁きかけてくるのをシリウスは無視することができなかった。組み分け帽子は初め、彼女をスリザリンに振り分けたではないか。ブラック家の屋敷で暴走した強い魔力も、アニメーガスの能力も。ひょっとして先祖には強力な魔法使いがいたのではないかと冗談めかして笑っていた頃が、今ではひどく懐かしく思えた。そうか……は本当に。
「それから……ね。夢は、よく見るし……でもあんまり覚えてないことが多いんだけど。日本にはね、予言、みたいな夢を……なんていうんだろ、予知夢っていっていいのかな。そういうの、見る家系が昔からあるんだって。正確には『夢見』っていうんだけど、わたし、そっちの血も引いてるみたいで。わたし自身は、その力をどうやってコントロールしていいか分からないから、あってないような能力だけどね。でも、そういうのもあって……『あの人』、わたしのこと欲しがってるみたい」
ほ、欲しがっ……『あの人』が、ピンポイントでを狙ってるって? シリウスはぞっとして思わず息を呑んだが、膝を抱えた彼女がぎゅっと小さく縮こまるのを見てすかさずその肩に手を回して抱き寄せた。
「まさか、それで俺のこと避けてたのか? そんなことで俺がもうお前と一緒にいたくないって思うとでも?」
「『そんなこと』……じゃ、ないよ。そんなこと、じゃ」
「『そんなこと』だ。、俺がオーラーになるって分かってるよな。その俺が『あの人』が狙ってるからって怖がってお前から離れるとでも本気で思うのか?」
「でも……だって」
「『でも』も『だって』もない! 馬鹿にすんな!!」
思わず声を荒げると、怯えた目をしたが腕の中でびくりと身じろぎしたので、シリウスは慌てて抱きなおしながら彼女の長い髪に鼻を押し当てた。の匂いに満たされる。仄かに甘い、トリートメントの香り。興奮する、そして同時に
とても、安心できる。もう決して、手放したくなかった。
「ごめん……でかい声出して。悪かった」
「……ううん。謝んなきゃいけないのは、わたし……だよね。ごめんね。シリウスのこと、信じてなかったわけじゃないよ。でも……ごめん、わたしが臆病だったから。シリウスのこと、大好きだから……ごめん、きらわれたく、なくて……こわくて……ごめ……」
尻すぼみになったはとうとう顔を覆って泣き出してしまった。シリウスはあたふたと狼狽え、宥めるようにして彼女の背を擦ったが、内心はほっと緩んだ安堵と嬉しさに満たされ思わず笑ってしまいそうになった。もちろん、本当に『例のあの人』に狙われているとすればとても笑っている場合ではないが、今はただ彼女の気持ちが自分から離れていたわけではないと分かって心からほっとしていた。
嫌われたくなかったといって大泣きするの姿は本物だ。馬鹿だな……俺がそんなことでを嫌いになるはずないだろう。だがそんなことを思い悩んでいたがシリウスはこれまで以上に愛おしくなった。ぎゅっと抱き締め、顔面を覆う彼女の手の甲に音を立ててキスをする。
「、顔あげろよ。俺、そんなことでから離れたりしないからさ。絶対……守るから。だから一緒に暮らそう。『あの人』だろうと何だろうと、お前には指一本触れさせたりしない」
我ながら恥ずかしいことを言ったが、気持ちはそんなものでは表現できないほどに強かった。上等だ、守ってやろうじゃないか。『あの人』は、俺からたったひとりの肉親と呼べる肉親を奪っていった。この上、まで取り上げようというのか。冗談じゃない、そのときは何に替えても守り抜く。そして俺が必ず
仇を。
「それに、その話してくれたのダンブルドアなんだろ? あの人がいてくれたら大丈夫だって。お前が狙われてるの分かってて放っとくわけないし、頼りきりになるって言ってるわけじゃねーけど、何か策は考えてくれてるだろ。ダンブルドアは『あの人』に対抗できる唯一の魔法使いだって、お前も知って
」
「あの人の話……しないで」
そう囁いたの声は、涙声だったもののはっきりとしていた。不意に冷たいもので胸を抉られでもしたようにシリウスは動きを止め、俯き顔を覆った彼女の横顔をじっと食い入るように見つめる。
「あの人って……ダンブルドアのことか? 、一体どうしたんだよ」
「わたし、まだシリウスに言ってないことがあるの。ほんとは、これが一番知られたくなかった。言いたくない、ほんとは……それだけは、リリーにもニースにも話してないの」
なんだ、まだあるのか? それに今までの話をすでにリリーたちは知っていたのかと思うとシリウスは少し不愉快な気分になった。が、致し方ない。今はそれよりも重要なことがある。
「何があったんだ、? もうなに聞いても驚かねーから、気になることがあるなら言ってみろ」
恐る恐る顔を上げたの目は涙で潤み、頬は少なからず紅潮している。本当ならば今すぐここで唇を奪って押し倒したいところだが、はここ数週間で多かれ少なかれセックスに対して臆病になっているだろうし、こんな重大な話の最中にそれでは人としても男としても一瞬で信用を失ってしまうような気がした。
ぎゅう、とまたこちらのシャツにきつくしがみついて俯きながら、が声を出す。
「わたし……こわいよ。いつか、自分のこと見失っちゃいそうで。こんな気持ちになったの初めてで……どうしていいか、分かんないの」
「。ちゃんと話してくれないと俺だって何にも分かんねーよ。ダンブルドアと、何かあったのか?」
ダンブルドアと、なにか。自分で口にしたあと、強烈な違和感があった。あのアルバス・ダンブルドアと、一体何があるというのだ。あの人のいい笑顔が、捻くれ者のスリザリンで槍玉に挙げられることはあったとしても、だ。まさか。いくらスリザリンの子孫といえど、は今や立派なグリフィンドール生だった。ダンブルドアを嫌う理由などあるまいし、事実、これまではそのような素振りは一切見せなかったのだ。
いや、とシリウスは思いなおす。そういえば一度、奇妙に思ったことがあった。リーバーの家でに指輪を渡したときのことだ。今はまだ話せない、と。そうだ、確かあのとき彼女はダンブルドアのことを気にかけていた。そんなに前から。俺は彼女がこんなにも悩んでいることに気付いてやれなかったのだ。
はこちらの胸に縋りついてまたしくしくと泣き始める。シリウスはその髪を撫でて宥めてから、ゆっくりと彼女の肩を掴んで離し、顔を近づけた。が嫌がらないのを確認し、唇に軽く触れるだけのキスをする。それだけのことで、少し感じでもしたように身を竦ませたのことが愛しくてたまらない。
気まずく終わった情事以来、初めての口付けだった。
「愛してる、。俺のこと信じて」
彼女の大きな瞳が、涙に揺らいで収縮する。その頬をそっと包み込むように撫でると、は嗚咽を漏らしながらも覚悟を決めたように口をひらいた。
「五年生のときの、ボガートの実習、覚えてる?」
「ボガートってまさか……あの、ダンブルドアになった」
「……今回の話、聞いて。思い出したの。あれは、やっぱりわたしの知ってるダンブルドアだったって。ダンブルドアが……わたしの記憶、変えようとして。母さんは『あの人』の下で働いてるときに、死んだ。でもわたしたち家族は何も知らなかった。ダンブルドアは……『あの人』のところに行くっていう母さんを止めてくれなかったし、何も知らないわたしたちに……何も知らせてくれなかった。それだけじゃなくて、わたしたち親子の記憶まで勝手に」
「……記憶を?」
記憶を、消したってことか? あのダンブルドアが? 一体何のために。それに……ダンブルドアのボガート、あの氷のような眼差しは一体何だったんだ。あれが本物のダンブルドアだっていうのか?
「日本の、あの土地はね。その土地の持つ力が強くて……わたしたち魔法使いの力は、うまく働かないんだって。だから去年の夏にみんなで行ったときにも、みんないつもみたいに魔法が使えなかったんだと思う。だから、『あの人』も見つけられなかったんだって……何も知らせないままそこに行かせるために、ダンブルドアがわたしたちの記憶を勝手に変えた。でも、あの人はそんなことちっとも言わなかった」
「そんな……何も言わなかったって、じゃあ何でそんなことが分かるんだよ。無闇に誰かの記憶を弄るなんて、犯罪だぞ。ダンブルドアがそんなことするか?」
至極、当然の反応をしたまでだと思った。だがの濡れた瞳は唐突に険しさを増し、叩きつけるように身を乗り出して一気に捲くし立てた。その激しさに、思わず息を呑む。
「
だって、おかしいもん。お母さん、わたしが一歳のときに死んだことになってるのに、なのにもっとおっきい頃の記憶とかときどき急に出てくるんだもん。父さんだって、昔おかしいこと言ってた……わたし、思い出したの。家族三人でおっきい犬も飼ってたはずなのに、みんなで散歩にも行ったはずなのに、なのにずっとそのこと忘れてたって。おかしいよ……ムーンはどこに行ったの。マクゴナガルが言ってた、ダンブルドアはわたしたち親子を守るためにそうしたんだって。魔法省もそれに同意したんだよ。おかしいよ、何も知らないマグルだったら何も知らないままでいいの? ただ日本に行かせたいだけなら、母さんの記憶そんなにごっそり失くしちゃう必要がどこにあったの? なのに、なのにダンブルドアは……わたしたちの記憶のことは何も言わなかった。『悪』に打ち勝つには『真実』しかないって言ったのに、なのにダンブルドアはまだわたしが自分たちの欠けた記憶のことなんか知らなくてもいいと思ってるんだよ。信じられるわけないよ……そんな人、もう信じるなんてできない……」
「ま……待て、ちょっと、まて。落ち着け。あー……悪い、俺ちょっとついてけてないとこがある。待て、一回整理しよう。その……のお母さんが、『あの人』の下で動いてるときに……死んで。お前たち家族は、何も知らなくて。ダンブルドアはお母さんから、お前たち家族のことを頼まれてた。ダンブルドアは、お前たちに本当のことは何も言わず……でも守ろうとして、日本のあの土地に行かせたかった。だからたちの記憶を変えて、移住させた。みだりに人の記憶を変えるのは犯罪だが、省もそれを認めた? それをお前に話したのはマクゴナガルで……ダンブルドアは、お前の記憶を変えた張本人なのにだんまりを決め込んでるって、そういうことか?」
我ながら、拙いまとめだが。だがそんなことをいちいち吟味している余裕はなかった。俯いたは、ややあって小さく首を縦に動かす。何か言わなければとシリウスはひとまず口を開いたが、考え付くよりも先にがまた興奮気味に喋りだした。
「だって……わたしたち家族は、『真実』を知る権利があったはずでしょう? マグルだからって知らなくていいことにはならないよね? それだけでも許せないのに、あの人はわたしたちの記憶を勝手に……今さら一方的に、『真実』を知らなきゃいけないって……なのに記憶のことには、一切触れなくて。勝手すぎるよ……母さんの記憶だって、何年分もごっそり。丸ごと持ってっちゃう必要なんか、あるわけないのに。ムーン……どこ行っちゃったの。大事な……家族、だったのに」
「……ムーン? 、なに言ってんだよ。ムーンはちゃんと、フクロウ小屋にいるんじゃ」
「違うの、そのムーンじゃない。ムーン……わたしたちが飼ってた。大きい、巻き毛の白い犬……絶対、一緒に育ったのに。でも、勝手にわたしたちの中でなかったことになってて、もう……どこ行っちゃったか分かんないよ。分かんないよ、もう……なに信じていいか分かんない。この記憶も全部、もし誰かに作られたものだったら……」
「」
シリウスは小刻みに震える彼女の痩躯を腕の中にぎゅっと納め、その額に頬を擦り付けた。
「、そんな悲しいこと言うなよ。俺たち、七年ずっと一緒だっただろ。全部、作りもんだったってことか?」
はいたく傷付いた顔をして至近距離でこちらを見る。泣きたいのはこっちだっつーの。受け入れ難い情報を唐突に詰め込まれ、頭がパンクしそうになっていた。だがこんなにも思い悩んでいるを前にして、放棄するわけにはいかない。
さらに顔を近づけてほとんど相手の顔が見えないまでになると、は戸惑いながらも目を閉じてこちらの口付けを待つ。その柔らかい唇に薄目を開けたままそっとキスを落とし、シリウスはそれを触れ合わせたまま聞いた。
「、俺と初めてキスしたときのこと覚えてるか?」
こんなことを聞いたのは初めてだ。ファーストキスだとか、初めての体験だとか。女はよく覚えているのかもしれないが、そんなものはとっくに風化した。だが不思議に、とのことは記憶していることが多い。を女として意識し始めてから女々しくなったということかもしれないが、得られたものに比べれば大したことではない。
は驚いたように瞬き、だが少し恥ずかしそうに目を伏せながら唇を離して言った。
「い、医務室……だよ、ね。シリウスが、迎えにきてくれて……」
「そう。じゃあ、初めてセックスしたのは?」
「えぇっ? な、何でそんなこと……」
「いいから答えて。ひょっとして忘れた?」
「わっ、忘れるわけ!」
頬を紅潮させてそう叫んだが後ろに逃げようとするのを、しっかりと両腕で抱え込んで防ぐ。は泣きそうになりながらもしどろもどろに言ってきた。
「フィ、フィディアスのことが、あったあと……も、漏れ鍋、で……その……」
「そうだったな。部屋を別に取るか、一緒にするかでしばらく迷ってたとき、一階にいたお前の知り合いの婆さんが妙なことばっか言うから、俺、会ったこともねぇ男に勝手に嫉妬して思わず同室でいいって言っちまったんだよな」
「そ、そうなの?」
「あの婆さんの息子がお前のこと気に入ってたとかさ、お前があそこで裸踊りしてたとか……」
「ば! ばか、そんなことあるわけないでしょ、わたしのこと何だと思ってるの?」
「分かってるよ。でもあのときは俺もまだガキだったから? 勝手に想像して勝手に興奮しそうになってたの」
「そ、そうぞうって……あ、あんなときそんなこと考えてたの? シリウスのエッチ、信じらんない!!」
「男は女が思ってるより想像力たくましいの。が制服着て立ってるだけで裸まで想像できるぞ」
「な、なに偉そうに言ってるの!? やだ、信じらんない、じゃあいっつも女の子の裸のことばっか考えて生きてるわけ!? 最低、シリウスのエッチ、変態!!」
はどうやら本気で怒っているのだが、シリウスは暴れる彼女を抱き抱えたまま堪えきれずに吹き出した。こちらの反応を見てさらに表情を険しくした彼女を上から覗き込み、微笑む。
「やっとらしいが見られた」
「……え、あ」
惚けたように声をあげてぽかんとする彼女の頬を、指先でゆっくりとなぞる。くすぐったそうに息を吐いた彼女の唇にもう一度短くキスしてから、シリウスは静かに言い聞かせた。
「一緒に覚えてること、たくさんあるだろう? これからも、共有できる記憶をふたりでたくさん作っていこう。不安になんかさせない。だから……俺の傍にいてくれ、。どんなも全部お前の一部だ。でも、お前がたくさん笑ってられるように俺も努力する。だから……勝手に離れていったり、しないでくれ」
愛してるんだ、。
だから、もう俺をひとりにはさせないでくれ。