休暇明けの朝、リリー、ニースと一緒に談話室に下りていくと、掲示板の周りに六年生が集まっていた。その人だかりの奥から、羽根ペンを握った右手を掲げながらジェームズが嬉しそうに「いちばーん!」と叫んで出てくる。彼は群れからは外れたところにいたシリウスたちのところに戻ったが、やリリーたちが下りてきたことに気付くとぱっと表情を明るくして挨拶した。
「リリー!、ニース、おはよう!」
「おはよう。ねえ、あれなに?」
が人だかりを指差して聞くと、ジェームズは意気揚々と言ってきた。
「二月から姿現しの練習コースが始まるんだって!参加希望者はあそこに名前書くようにって」
「姿現し……」
するとリリーとニースは少し興奮した様子だったが、すでに付き添い姿現しを経験したことのあるはげんなりと繰り返した。姿現しかぁ……あの感覚はできればもう味わいたくないな。
「どうしたの、。くらーい顔して」
「うーん……だってあれ気持ち悪いんだもん。できればやりたくない、なぁ」
「え、も?僕もなんだ、一度ママとやったことがあってさ。シリウスももう経験済みだろ?」
「あー、まあ」
シリウスも同じような感覚を味わったのか、顔をしかめながら曖昧に頷く。群れの外側で名前を書くチャンスを窺っていた同級生たちは耳聡くそれを聞きつけ、名簿を諦めて飛ぶようにたちのところへやって来た。
「たち、やったことあるの?すごいじゃない、ねぇ、どんな感じだった?」
「え?あー、うん、付き添いだけど……えーと、なんかね……胃液が出てきそう」
「、それじゃあ分からないよ。いいかいスーザン、身体中バラバラになりそうな、いたーい感覚なんだ……腕は抜けそうだし足も千切れそうで、首はもげそうだし
」
「ジェームズ、ジェームズってば!」
なぜか恍惚の面持ちで語るジェームズの背後に『ほとんど首なしニック』が陰気な顔をしてゆらゆらと現れたので、は慌てて彼の話を止めさせようとした。だがジェームズは気付かないまま、首がもげるとしたらこういう感覚だろうとお得意の物知り顔で延々と続け、いきなり前に回り込んできたニックが「それはこういうことですか?」と自分の頭を肩の上に落としたとき、ようやく後悔したようだった。ニックのお決まりの芸には誰もがとっくの昔に慣れっこになっていたが、やはり食事の前に進んで見たいものではなかったから。
like Cat and Dog
ねこといぬ
新しい学期が始まり、六年生の間では姿現し練習コースに対する期待と不安が急速に膨らんでいった。魔法の家の生まれでも姿現しを経験したことのある生徒は少数で、やジェームズ、シリウスは他の寮生からもよく質問攻めにされた。だがはもちろんロングボトムにただしがみついていただけなので「とにかく気持ち悪かった」としか言えず、詳しいことはジェームズに聞いてと押し付けて逃げるのが常だった。ジェームズは嬉々としてそれに応じている。
(……だめだ。さっぱり分かんない)
他の授業の課題で忙しく、予習を怠ってしまった魔法薬のクラスでは大鍋に紫色の液体を流し込みながらため息をついた。『ディズリーの法則』が真だとすれば、魔法の混合薬から成分を抽出するときは、各魔法薬から抽出する際に要するセパリウム液の総和よりも多くのセパリウム液を要する。ふーん……で、この混合液から各成分を抽出しろと。もちろん、セパリウムはただ突っ込めばいいわけではないので、スラッグホーンの説明の半分くらいしか理解できなかったにはこの次の手順が分からなかった。リリーと一緒に予習してれば、こんなにてこずることはないんだけどな!リリーはいつになく集中していて、こっそり救いを求めるこちらの視線にも気付かない。分かってる……分かってるよ、こんなところで躓いてちゃいけないって。ヒーラーを目指す以上、薬学は最も避けては通れない科目となってしまった。NEWT試験では、魔法薬学、薬草学、変身術、呪文学、闇の魔術に対する防衛術のすべてで、少なくとも『E』以上を取らなければならない。
「そこまで!みんな、どうかな?みんなに渡した混合液からいくつの成分を抽出できた?リリー、どうだね?」
「七種類です、先生」
七種類!そんな……かろうじて絞り出せた成分は三つだったので、は空っぽの大鍋を見下ろしてがっくりと肩を落とした。スラッグホーンはにこにこと嬉しそうに声をあげる。
「その通り!グリフィンドールに十点!さあ、ついでに抽出したそれらの成分が何か分かるかな?エバン?」
スラッグホーンに指名される順番、イコール、お気に入りのランキング。リリーやロジエールは魔法薬学に関して抜群のセンスがあったので、いつもクラスでは真っ先に指された。シリウスやジェームズもその才能や家柄故に昔はずいぶんと気に入られていたのが、あまりに反抗的な態度を貫いたので、スラッグホーンはもはや自分のコレクションに二人を加えることは諦めたようだった。
ロジエールは例のごとく、七種の成分の名称をつらつらと答えていく。横目でちらりと見ると、彼もまたちょうど視線だけでこちらを見てニヤリと笑ったところだった。心もち赤くなりながら、は慌てて前を向く。ダンスパーティに誘われてからというもの、大っぴらに声をかけてくることはないが、ロジエールとはどういうわけかたびたびこうして目が合った。なに考えてるの?よりにもよってかつて自分が『穢れた血』と呼んだ、この・を誘うだなんて!そのくせ、結局ダンパはスリザリンの同級生、エンドアと参加したらしい。だったら初めからそうすればよかったでしょう!それとも、からかって喜んでたの?面白そうって、なによ!失礼な。
「……であるからして、これらの成分の割合から、この混合液の効用を推定できるわけだ。、この混合液はどのような効果をもたらす?」
えっ!ま……まずい、聞いてもいなかった。クソ、ロジエールのせいだ!
「す、すみません……聞いてませんでした。分かりません」
これが他の生徒ならば違ったのかもしれないが、もとりあえずはスラッグクラブの一人だったせいか、スラッグホーンは高らかに笑いながらに向けてウィンクしてみせた。はクリスマスパーティでの一件を少し気まずく思っていたのだが、スラッグホーンは『あの人』の話題で取り乱したことは忘れることにしたようだ。
「いやいや、は正直でよろしい!だが、『ディズリーの法則』によって導かれるこの方法論は非常に重要な問題であるから、あとでしっかり見直しておくように。分からないことがあれば遠慮せず質問に来なさい。もちろん、お友達のリリーが分かっていることと思うが!では、セブルス、どうだね?この混合液はどう使う?」
NEWTレベルのクラスに上がってから、他の授業と同じように魔法薬学も受講生の数はどっと減ったので、今ではすべての寮の生徒が同じクラスで勉強していた。スリザリンとはもともと合同授業だったが、人数の減少に伴ってすべての生徒が前のほうの席に座るよう指示されたため、軽く首を捻ればスネイプの粘っこい後頭部がそう遠くない距離に見える。なんとなく感じるものがあって斜め後ろを見やると、質問に答えるスネイプの頭を狙ってシリウスが低い位置で引き伸ばしたゴムのようなものを構えているのが見えた。は声には出さずに「だめ!」と言い伏せて、再び前を向く。
「その通り!よしよし、スリザリンに十点……さあ、みんな、抽出した成分にラベルをつけて提出してから帰っておくれ!今日はこれまで!」
「あんなの冗談に決まってるだろ。、スニベルスのことになると神経質なんだよ。あれくらい、別にどうってことないだろ?」
その日の放課後、はリリーが監督生の集まりで談話室からいなくなったあと、ピーターと二人でめんどくさそうに課題をやっているシリウスのところに飛んでいった(ジェームズはクィディッチの練習でいない)。あんなことがあったのにまだ懲りていないのか、いい加減にスネイプに構うのはやめろと言いにいったのだが、シリウスはあっけらかんとした様子でそう言った。はむっとしながら、スネイプとリリーのことを知らないピーターには聞こえないよう、声を潜めて捲くし立てる。
「神経質にもなるでしょ。あんな……いろいろあったんだもん。もうスネイプには構わないって約束したじゃない!」
「だから、構ってないだろ?暇つぶしにちょーっと狙ってみただけだって。でも……まあ、あっちがちょっかいかけてくるならこっちもそれなりの対応はしてやるけどな」
「何それ。どういう意味?」
スネイプのほうから、シリウスたちに喧嘩をふっかけるってこと?そりゃあ、リリーのことでジェームズたちとの間にはドロドロしたものがあったけれど。でもジェームズはもう彼に構わないとリリーに宣言し、それを実行しているはずなのに。スネイプが過去のことを根に持って、いつか報復してやろうとでも思ってるっていうの?
眉をひそめて聞き返すの頭をまるで子供にするかのように撫でて、シリウスは気楽に言ってのける。
「は知らなくていいよ。別にお前の周りうろちょろしてるわけじゃないだろ?」
「何それ。スネイプがシリウスたちの周りうろうろしてるってこと?」
「はい、終わり終わり。なんでこんなところであいつの話なんかしないといけないんだよ。それ以上言ったら今すぐキスするからな」
「ちょっ……関係ないでしょう!いい?もしスネイプが変なことしたって、あなたたちは余計なことしないでよ?あんなの放っとけばいいんだから、スネイプのことでシリウスたちがゴタゴタするの、もうたくさん」
シリウスはしばらく不服そうな顔でじっとこちらを見つめていたが、やがてにっこり笑っての頬をなぞった。
「俺のこと心配してくれてるんだよな?スニベルスじゃなくて」
「あ、当たり前でしょう。何で私がスネイプの心配なんかするの?もうごちゃごちゃするのいやだから……ねえ、お願いだから変なことしないでね?」
「分かった分かった。気をつけるよ」
シリウスは不意にソファの上から身を乗り出して、さっとの頬に口付けた。はかーっと耳まで真っ赤になって、キスされた箇所を押さえながら反射的に身体を引く。その瞬間を目の当たりにしたピーターはポカンと口を開けたあと、手にした教科書を広げ、慌てて顔を隠した。
「ば、か!人前でこういうことしないでって言ってるじゃない!」
「がスネイプスネイプうるさいから、罰則」
「ばっ……ばかばか、ばか!心配してるんじゃない、うるさくされたくなかったらもう変な真似しないで」
「分かったって。しないよ。あーあ、こんなことになるくらいならふざけるんじゃなかった。なんであそこで後ろ向くかなー、タイミング悪いんだよ」
「咄嗟に向かれて困るようなことしないでください」
刻み付けるようにゆっくりと言ってから、立ち上がろうとしたの膝に何かがひらりと飛び乗った。メイが夏休みに新しく買った猫のシンディーだ。栗色の毛がふさふさと温かく指先にまとわりついて気持ちいい。談話室をぐるりと見渡したがメイは不在だったので、は甘えてくるシンディーを仕方なくシリウスのほうに押し付けた。シリウスはあからさまに嫌そうな顔をして、眉をひそめる。
「何すんだよ、猫なんか……」
「シンディー、優しいお兄ちゃんが相手してくれるからご主人様が帰ってくるまで待っててねー」
「、どこ行くんだよ」
「図書館行って呪文学の資料探してくる。じゃあね、行ってきまーす」
猫はあまり好きでないシリウスだけれど、だからといって邪険に扱ったりしないことをは知っている。何だかんだといっても、シリウスは動物が好きだ。シンディーのほうもそのまま気持ち良さそうにシリウスの膝の上で丸くなってしまった。談話室を出るときに振り返ると、シリウスは渋々といった面持ちで、猫を膝に乗せたまま再び教科書を読み始めたところだった。