『罰則王女』
入学して一ヶ月のうちに三度も罰則を食らった新入生として、は不本意にも『スリザリンからの転寮生』の他に新たな称号を得てしまった。ふくろう小屋、トロフィー室、トイレ掃除……どうせすぐにまた汚れるのに……。
「ミス・」
最後のトイレ掃除に向かおうとひとりで談話室を出たを、同じ寮の上級生が呼び止めた。は身を強張らせて、即座に深々と頭を下げる。
「す、すみません……!げ、減点だけは避けるように気を付けますから!」
「ああ、それはまあ、もちろんそうなんだけど」
言ってその上級生は、小さく肩を竦めてみせた。
「そのことじゃなくて。これから三階のトイレ掃除でしょう?」
「え?あ、はい。今日で最後です」
「ひとつだけ、教えておいてあげる」
そしてあまりにも人の良い顔で、微笑んだ。
「一番奥の女子トイレには、素敵な住人がいるから。仲良くしてあげてちょうだい」
like a GLIB TALKER
勝負の、一歩手前まで
「……ねえ、やっぱり、やめようよ!罰則ならともかく、減点されたらどうするの!寮のみんなに迷惑かかっちゃうよ!」
「へーきへーき。減点されたらすぐに取り返せばいいさ。僕の天才的な頭脳をあんまり軽く見てもらっちゃ困るな」
ちくしょう、ちくしょう!そんなことをさらりと言えるこいつが憎たらしい。だが口には出さず、はジェームズの陰に隠れてじっと『ターゲット』が近づくのを待っていた。ジェームズは廊下の隅にある甲冑の後ろに座り込み、二つ用意した手のひらサイズの黒い球を磨いている。
「ほら、も一個手伝って。磨けば磨くほど効果が持続するんだ」
「はあ……もう、しょうがないなあ」
溜め息混じりにそう言って、はジェームズから受け取ったその球をハンカチで慎重に拭った。傷付けては大変だ。既に綺麗に磨かれているそれは美しい光沢を放ち、の手の中で煌いた。
「ねーえ、ジェームズは何で学校にこんなもの持ってきてるわけ?」
「ん?だって、ほら、僕らの手でホグワーツをより爽快な場に仕上げようと思ってさ」
「『爽快』って……意味分かんないよ。こういうのってダイアゴン横丁で売ってるの?」
「いや、あそこにはそういう店はないね。これは僕の家の近くに悪戯専門店があって、そこで」
悪戯専門店……魔法界って、本当に何でもありなんだなあ。
「でも、あんまりぱっとしないところでさあ。ホグズミードにはもっといい店があるらしいんだ。早く三年生になりたいよ」
「三年生って、気が早いなあ……ところで『ホグズミード』って、何?」
マグルの世界で育ったは、魔法使いの家庭の子供たちと話をするとよく未知の単語に遭遇する。この間も箒飛行術の時間にみんながしきりに『クィディッチ』の話をするものだから、我慢できなくなって「それ、なに!」とみんなの会話を遮った。マグル育ちの同級生たちに何でもかんでも質問されるのに慣れっこになったジェームズはきらきらと目を輝かせながら言った。
「クィディッチは魔法界で一番メジャーなスポーツだよ。箒に乗ってプレーするんだ。三人のチェイサーがあの三つの輪っかにシュートすれば得点になる」
ジェームズは飛行術の授業が行われる場所から少し離れたところにある競技場の上から僅かに覗いた三つのポールを指差した。
「キーパーは味方のゴールを守る。二人のビーターは選手を箒から叩き落そうとするブラッジャー
『暴れ玉』を敵の陣地に打ち返すのが仕事。それから一番大事なポジションがシーカー。とにかくすばしっこく動き回る『金のスニッチ』っていう小さなボールを捕まえるんだ。スニッチを捕まえたら百五十点が加算されてゲーム終了。勝負は決まったようなものだね」
「ジェ、ジェジェジェームズ……速すぎてよく分からなかった……」
「うん、まあ一度聞いただけじゃなかなか覚えられないと思うよ。ホグワーツでは昔から寮対抗のクィディッチゲームをやってるんだ。そこで実際に見てみるといいよ」
「その程度のことも覚えられないなんて、やっぱりマグル生まれは少しばかりおつむが足りないようだな」
ジェームズの説明を聞いて目を回したの後ろから、嘲りを含んだ声がした。振り向くと、合同授業のスリザリン生たちがぞろぞろと校庭に出てくるところだった。
「はマグル生まれじゃないし、そんなことはまったく関係ないだろう」
「へーえ、そうかい。マグル生まれでもないのにクィディッチを知らないなんて、お見逸れしたな、。どうせ箒にだって一度も乗ったことがないんだろう」
先ほどの男子生徒が鼻で笑って腕を組んだ。彼の背後で立ち止まった他のスリザリン生たちも不愉快なやり方で笑ってみせる。その中には新入生歓迎会で少しだけ話をしたバーネもいた。
いつもの人当たりの良い顔を歪めて、ジェームズがすぐさま声をあげる。
「それがどうした。自分は乗れるぞっていう自慢か?つまらないことを引き合いに出して相手を馬鹿にするしか能のないお前らにホグワーツの箒が応えてくれるか不安だな」
「ジェームズ……もういいよ、放っとこう」
は小声で言ったが、先ほどのスリザリン生はむっとして目を細めた。
「じゃあ俺と勝負するか?ポッター。
自分は口だけじゃないってことを証明してみせろよ」
「いいのか?そんなこと言って。赤っ恥かく前に謝っておいた方がいいんじゃないか?」
「ちょ、ジェームズ!やめときなよそういうの!」
あああ、もう、どうしてスリザリンとの合同授業は一度たりとも平和に終わることがないんだ!
ジェームズの裾を引っ張ってあたふたしていると、そのスリザリン生はにやりと笑って突然を見た。
「だったらお前が勝負するか?マグル生まれじゃないなら箒くらい乗ったことがあるだろう」
な、な、ちょっと待て!ない、ないよ、確かに母さんは魔女だったらしいけど、私はずっとマグルの世界で……!ていうか、あんた誰!
「はあ
くだらねえ」
言って、後ろからとジェームズの前に進み出たのはブラックだった。かなり不機嫌そうに顔をしかめ、疎ましげにそのスリザリン生を睨んでいる。一方、スリザリン生の方はブラックが出てきたのを見て喜んだようだった。とはいっても、あくまで不快感を煽るような嘲笑で、だったが。
溜め息混じりに、ブラックが吐き捨てた。
「一度も箒に乗ったことがない奴と勝負して楽しいか?ジェームズがやるっつってんだろ」
するとそのスリザリン生は芝居がかった仕草で肩を竦めてみせた。
「ああ、そうだったな。それじゃあポッターと
シリウス、お前もやれよ。お前、ポッターの『友達』なんだろう?」
「は?何で俺がそんなくだらねえことやらなきゃなんねーんだよ。そういうのはやりたい奴らが勝手にやれ」
「相変わらずつれないな。お母様が泣いてるぞ」
「うっせーっつってんだろ。一秒くらい黙れねえのかコラ」
ど、どうしよう……かなり険悪なムード。なに、『シリウス』って、こいつブラックの知り合い?
グリフィンドール生は面白がっている顔が半分、心配そうな顔が半分といったところだったが、スリザリン生はそのほとんどが「やれ、エバン、見せてやれ!」といってジェームズを野次っていた。
「ジェームズ!いいの?大丈夫?あんなこと言っちゃって負けたら超恥ずかしいじゃん!明日から城内歩けなくなっちゃうよ」
は彼の耳元で捲くし立てたが、ジェームズはにやりと不敵に笑んで既に校庭に用意されていた箒の一つを掴んだ。
「大丈夫。僕、これだけは自信あるんだ。任せてよ」
そして同じようにして箒を手にしたスリザリン生
エバンとか呼ばれてたっけ
の隣に並んだ。
「じゃあ、『スタート』で出発して、クィディッチ競技場のあのポールにタッチしてここまで戻ってくる。先に着いた方の勝ち。審判はこの場にいる全員だ」
「へえ、卑怯者のスリザリン生にしてはなかなかフェアなルールを設けてくれるじゃないか。十分だ」
何人かのスリザリン生がジェームズの言葉に反発して声を荒げたが、エバンは余裕の笑みを浮かべて顔色一つ変えなかった。お互い、相当の自信があるようだ。
「みんな、ちゃーんと見ててくれよ。僕が引き離してゴールするからさ」
「さあ、それはどうだろうな」
ジェームズはエバンを無視して微笑み、グリフィンドール生たちに大きく手を振ってみせた。
その時、人混みの中から一際甲高い声が聞こえた。
「さっきから黙って聞いていれば
勝手なことしないでよ!」
はぎょっとしてそちらを向いた。進み出てきたのは怒りに頬を染めたエバンスだった。
「あなたたちが下らない勝負をするのは勝手だけど、それでグリフィンドールが減点されたらどうするの?迷惑なのよ、やるならどこか先生方に絶対見つからないところでやってちょうだい」
ジェームズは少なからず驚いたようで、そちらを振り向いたまま目をぱちくりさせた。エバンはますます面白そうに唇を歪めて彼女を見た。
「へえ、勇ましい女だな。さすがグリフィンドール
どいつもこいつも馬鹿馬鹿しい正義感に溢れて。非常に『清々しい』光景だ。とても気分が良いよ」
このつまらないジョークに、スリザリン生たちはどっと笑った。ジェームズとは肩身の狭い思いで目を逸らしたが、エバンスはまったく怯まなかった。
「馬鹿馬鹿しくて結構。分かったら箒を放して。じきに先生もいらっしゃるわ
みんなの稼いだ得点をこんな下らないことでふいにしないでちょうだい」
「で、でもさ、ほんの数十秒で終わるよ。一分もかからない。絶対に先生が来る前に終わらせてみせるよ。だから今回だけ目を瞑ってもらえないかな
」
「いいえ!それに私たち、そんなつまらないものを見物
させられたくないの」
エバンスはジェームズの懇願をあっさりと切り捨てた。当惑したジェームズが助けを求めるようにこちらを見てくる。だがにもどうすることもできず、困った顔で意味もなく頭を掻いた。
「どうした、ポッター。獅子女の言いなりになって怖気付いたか?」
エバンの言葉に、再び闘志を燃やしたジェームズが箒を掲げて叫んだ。
「そんなわけないだろう!ああ、やるさ、あそこまで行って帰ってくるなんてものの十秒でいいね!」
「ちょっと!やめなさいって言ってるでしょう!」
憤慨したエバンスがさらにこちらに近づいてきて声を張り上げる。そして厳しい嫌悪の眼差しでを見た。
その時だった。スリザリン生の中からゆっくりと進み出た一人の男子生徒が、なぜかこの喧騒に紛れてもひっそりと耳に届く、そんな不思議な声でエバンに囁いた。
「エバン、今日はやめておけ。フーチが来た」
言ってスネイプが城の方を軽く顎で示すと、彼の言葉通り、ちょうどそちらから飛行術の先生が歩いてくるところだった。エバンは小さく舌打ちし、あっという間に箒を元の位置に戻した。
「あなた
箒にはまだ触るなと言ってあったでしょう!何をしているの!」
「え、あ、いえ……先生、これは誤解です!」
「何がどう誤解だというんですか!一年生は無闇に箒に触れてはいけません!グリフィンドールは五点減点」
「え!で、でもロジエールが……!」
フーチ先生がそちらを見た時には既にエバン
ロジエールというのがラストネームか
は箒を放して素知らぬ顔をしていたので、ジェームズの叫びも空しくグリフィンドールだけが減点処分となってしまった。スリザリン生は声を押し殺してくすくすと笑い、エバンスは口にこそ出さなかったが怒り心頭に発していた。もっとも、ジェームズは宣言通り完璧な飛びっぷりで、その授業が終わるまでにはブラックと共に十点ずつを加算されていたので帳消しといえば帳消しだが。一方のロジエールも飛行術はかなり上手で、同じくスリザリンは十点を与えられていた。確かに、あの二人が競えばいい勝負になりそうだ。
はといえば、スリザリン生には散々からかわれるし、身体が宙に浮くのがとてつもなく恐ろしいしで『スネイプやピーターよりはましだった』としか言い様のない惨憺たる結果だった。ジェームズいわく、「乗り手が怖がっているのを箒は敏感に感じ取るんだ」ということらしい。馬みたい
乗ったことはないが。フーチの陰で、ジェームズはスリザリン生のへの仕打ちの報復とばかりに、惨めな姿を晒して地上に下りてきたスネイプを嘲笑ったが、目ざとくそれを見つけたエバンスに言葉では言い表せないほどの軽蔑の眼差しを向けられていた。
「続きはまたの機会に、な」
授業後、ジェームズにそう耳打ちして校庭を後にしたロジエールは、立ち去る直前にをちらりと見てこれ見よがしに笑った。
「くっ……そ、っ腹が立つ!」
厄介事を引き起こすのが嫌で頑なに口を噤んでいたは、ロジエールたちスリザリン生の姿が見えなくなってからようやく腹の底に溜まっていたものを吐き出した。
「大丈夫だよ、」
まだ箒を持ったまま、あっけらかんとジェームズが言った。
「あのスリザリン野郎、いつか必ず目に物見せてやるからさ」
「ホグズミードはここからすぐ近くにある、イギリスで唯一の魔法使いだけの村だよ。ほら、ホグワーツ特急が到着した駅、あるだろう?あそこはホグズミード駅。多分あそこからそう遠くないところに村の中心があるんじゃないかな。三年生になったら年に何回か週末はホグズミードに遊びに行けるんだ。いろいろと面白いものが買えると思うよ」
「たとえばこれよりもっとすごい悪戯用品とか?」
「そう、その通り!分かってるじゃないか、」
満足げに言ってジェームズが再び黒い球磨きを始めたとき、どこからか微かに男の子の声がした。え、どこ……?すぐそばで、まるで囁きかけるように、だが周りを見回しても、当たり前だが自分たちの他に誰もいない。
「……ねえ、ジェームズ。何か聞こえない?」
「え?何が
あ、ほんとだ」
思い出したように手のひらを打ち合わせて、ジェームズはごそごそとポケットから小さな手鏡を取り出した。そしてにこりと笑い、鏡の中を覗き込んで話しかけた。
「やあ、シリウス。どうだ、順調か?」
「ミセス・ノーマがそっち行ったぞ。フィルチはまだ四階だ」
「りょーかい。こっちも準備万端だ」
ジェームズは手鏡を仕舞い、悪戯を目論んでいる子供そのものの目付きで僅かに甲冑の陰から顔を出した。両面鏡
対になった鏡で、それを持っている相手の名前を呼ぶと鏡の中にその人物の顔が浮かび上がって会話ができるという何とも素敵な魔法アイテムだ。ジェームズの家に代々伝わる歴史ある品、らしい。うわあ、うさんくさい。もしくは本当にジェームズの家がすごい家系とか?
「、まずは君の番だよ。ミセス・ノーマが来たら思い切って投げ付けるんだ」
「……ねえ、フィルチはともかくそれって動物虐待なんじゃ……?」
「なに!、相手はフィルチの猫だよ?情けは無用だ、一思いにやってくれたまえ!それに、大丈夫
これは対象を決して傷付けたりはしないから。うちの父さんで実験済みだよ」
「お父さんなんだ……」
母さんなんて怖くて実験台にできないよ、と笑ったジェームズが、甲冑の陰から向こうの様子を窺いながらはっとして叫んだ。
「きた
、今だ!」
え、え、と狼狽したは甲冑の後ろに隠れたまま何とか彼の指差す方向へと手中の黒い球を投げ付けたが、それが当たったのは廊下の向こうからトコトコ歩いてきた黒い猫ではなく、ちょうど角を曲がって出てきたハッフルパフの上級生だった。
「ああああああーーー!!」
ジェームズとの悲鳴のような叫び声は、投げ付けた黒い爆弾の破裂音に掻き消された。爆弾から噴出し、舞い散った白い粉塵が完全に消え去った後。
何が起こったか分からず呆然と立ち尽くすハッフルパフ生が
何やら、呟こうとしたのだろう。独り言でも。すると。
「ぴよ」
彼の口から、到底思春期を迎えたとは思えないほど可愛らしい声が飛び出した。ハッフルパフ生は自分のその声に仰天し、慌てて口を押さえる。だがやがて恐る恐る唇から手を離し、もう一度何やら口に出そうとすると。
「ぴよ。ぴよぴよ」
今後こそ徹底的に真っ青になって、そのハッフルパフ生は口元を押さえてあたふたと辺りを見回した。とジェームズは「どうしようどうしよう」と甲冑の陰でしばらくうろたえていたが、ハッフルパフ生がその場に立ち竦んだまま時々「ぴよぴよ」と繰り返すので抑えきれなくなって大声をあげて笑った。
その時。
「一体何をしているのですか!」
突然自分たちのすぐ後ろから鋭い怒鳴り声がして、とジェームズはぎょっと飛び上がった。その途端、ジェームズの右手に残っていた爆弾が跳ね上がってマクゴナガルの足元を直撃し。
「ぴよ」
険しい顔をしたマクゴナガルの口から、途方もなく愛くるしい声が飛び出して、とジェームズは我慢できなくなって大笑いしてしまった。こめかみに浮かんだマクゴナガルの青筋がひくひくと動き
。
「ぴよぴよぴよぴよーーー!!」
グリフィンドール所属の一年生、・とジェームズ・ポッターが揃って一週間の罰則を受けたのは、言うまでもない。
『名称、ぴよぴよ爆弾。対象が「ぴよぴよ」しか喋れなくなる。効果は基本的に一時間だが、爆弾の状態によって多少変化する。この商品によって対象が傷付くことはない。
注意事項、周りに怒らせてはいけない人がいないことをしっかりと確認してから使いましょう。』