ホグワーツに入学して数週間も経つと、ジェームズやブラックのようにいくつもの魔法を使いこなせる新入生というのはほんの一握りだということが分かった。魔法使いの家系に育ち、余程幼い頃から洗練されていないとなかなか思うようには呪文を扱えないらしい。三度目の変身術の授業でやっとマッチ棒を完全な針に変えられたは、嬉しさのあまり振り回した杖で前の席に座っていたペティグリューの頭を危うく火だるまにしてしまうところだった。
in PECULIAR COMPANY
ピーター・ペティグリュー
「ごめん、ごめん、ごめん、もう二度と杖を振り回したりしません……!」
「もういいよぉ、マクゴナガルがすぐに消してくれたし、ほら、スラッグホーンのくれた薬で髪の毛だってすぐに」
「で、でも、びっくりしたでしょう?ごめんね、ほんとに、ごめん!」
はその日、ほとんど一日中ペティグリューにくっついて、ごめん、ごめんと謝り続けた。下手をすれば命に関わっていたといってマクゴナガルは激昂し(「意味もなく杖を振りかぶるなんて、どういうつもりですか!」)、に一週間のトイレ掃除という罰則を課した。
けらけらと笑い、ジェームズがペティグリューの背中をばしんと叩く。ペティグリューは飲んでいたカボチャスープの皿に大胆に顔を突っ込んだ。
「ジェームズ!」
咳き込みながらスープまみれの顔面をナプキンで拭うペティグリューを見て、はジェームズを怒鳴りつける。だが彼は陽気に笑ってトマトのリゾットを掻き込んだ。いつもは彼らと別々に食事を摂っているだが、今日だけはペティグリューのことがあって、グリフィンドールテーブルの端にジェームズたちルームメート四人組と一緒に座っていた。
「大丈夫だって、、そんなに気にしなくたってさ。ホグワーツじゃあれくらいの事故は茶飯事だよ。僕はむしろ君があんな盛大な火を起こせることに驚いたね。君ってやっぱり潜在的な何かがあるんだよ」
「笑い事じゃないよ、ジェームズ。もう少しでピーターは顔を焼くところだったんだ」
ペティグリューの気持ちを代弁するするかのようにルーピンは非難がましく言ったが、すぐにを一瞥して、「いや、君を責めてるわけじゃないんだ、」らしきことをぼそぼそと呟いた。
「……ううん、ルーピンくんの言う通りだよ。私、自分が凶器を持ってるんだってことを自覚してもっと正しく生きる」
「凶器って……大袈裟な」
「だって何も意図せずに振り回しただけであんな大惨事になるんだよ?こんなの凶器以外の何物でもないって」
呆れたようにブラックが口を挟んだので、は彼を恨めしげに睨んで口を尖らせる。するとルーピンは躊躇いがちに笑ってを見た。
「さん、だから僕たち、ここでこうやって勉強してるんだろう?これから学んでいけばいいさ。魔法っていう諸刃の剣をどうやって活かしていけばいいかって」
は彼が当惑するくらいじっと彼の顔を見つめてから、「ルーピンくん、いいこと言う!」と素直に感嘆した。
「そう、そうだよね!まだまだ始まったばっかりだもんね!これから七年もあるんだからその間にいーっぱい勉強して……」
「でも七年ってあっという間だと思うなー」
がひとりでこれからの七年計画を並べ立てていると、椅子の背もたれに重心を傾けたジェームズは大広間の透き通った天井を見上げて呟いた。びっくりしては目を丸くする。
「ええ?そうかな?だってまだ入学してから一ヶ月しか経ってないのに」
「うん、そりゃあそうなんだけどね。でも考えてみたら……なあ、シリウス。僕らが知り合って、もう六年だろ?あーっという間だったよな?」
指折り数えてしんみりと言うジェームズに、ブラックはさほど関心もなさそうに、ふうんと呟いただけだった。
「もうそんなになるか?いちいち覚えてない、そんなこと」
「冷たいよなぁ、お前は。そんなんじゃ女の子に嫌われるぞ」
「放っとけ。どうでもいい」
いやいやジェームズくん、それだけはないよ。なんてったってブラックくんは、このお顔ですから。実際、こうして広間で食事をしているだけだというのに、ブラックは
ついでにいえばジェームズも、女の子たちの視線を集中的に集めていては少し居心地が悪かった。しかも、グリフィンドール生だけじゃないよ!他の寮の子もみんな見てるって!
「ジェームズとシリウスはどこで知り合ったの?六年前っていったら、まだ五歳だよね?」
不思議そうに瞬きしたペティグリューが聞くと、ブラックはあからさまに苦い顔をしたがジェームズが意気揚々と答えた。
「僕たちピアノ習っててね。たまたま同じ教室だったんだ」
「え……!ジェームズ、ピアノやってたの?」
予想だにしていなかった答えには素っ頓狂な声をあげ、ペティグリューとルーピンも少し驚いたようだった。
「そう。僕はすぐに別の教室に移ったんだけどね。だってほら、普通のピアノじゃつまらないと思ってさ。しばらくマグルのピアノ教室に通ってたんだ」
「マグルのピアノってぜーんぶ自分で弾かなきゃいけないんでしょう?何でわざわざそんなところに通ってたの?」
「やだなあ、ピーター。だから面白いんじゃないか。すべてをこの指で引き終えたときの快感!言葉じゃ言い表せないね」
恍惚的な顔をしてジェームズが滑らかに指先を動かす仕草をしてみせる。それが思いの外似合っていて、は隠しもせずに噴き出した。
「ああ、、笑ったな!」
「ハハ、ハ……あ、いや、ごめんごめん。だってジェームズがピアノって……アハハ、お腹痛い」
「、笑いすぎだろう!ひどいよ」
「ご、ごめんってば……ハハ、ハ、お腹いたーいー」
お腹を抱えて笑っていると、ブラックの仏頂面と目が合っては思わず口元を引き攣らせた。ああ……なんか、またあの人の機嫌を損ねるようなことをしたらしい。いけないいけない。厄介事は極力避けて通ろう。
「二人はまだ習ってるのかい?ピアノ」
ナプキンを折ってテーブルの上に載せたルーピンが、穏やかに訊ねる。だがその瞳はどこか、悲しげな色を浮かべていた。
「僕は一年でやめちゃったよ。合わなかったんだろうね」
「えー、ジェームズ。さっきと言ってること違うよ」
「違わないって、。弾き終えた瞬間は好きだけど、弾いてる時間はちょっと面倒なんだ」
「ほら!やっぱりマグルのピアノなんてめんどくさいんだよ」
「いやそれは違う、ピーター!」
弾いている間は複雑な指の動きが面倒だが、それを乗り越えて演奏を終えた、その瞬間の達成感がたまらなく好き、らしい。それを身振り手振りで伝えようとするジェームズの向かいで、ブラックは気だるげに水を飲みながら首を横に振った。
「俺もやめた。好きでやってたわけじゃないし」
そうなんだー、と言ってペティグリューが目をぱちくりさせる。はジェームズとブラックがピアノを弾いているところを想像してまた小さく噴き出した。似合わない……やっぱり二人とも、きっと似合わない。
その笑いをごまかすように咳をして、は黙ってデザートのパイを食べ始めたルーピンを見て聞いた。
「ルーピンくんは?やってたの?ピアノ」
すると、彼はひどく驚いたようだった。頬張ったパイを喉に詰まらせたらしく、激しく咳き込みながら急いでジェームズに手渡された水を飲む。はその反応にびっくりして上擦った声をあげた。
「ど、どうしたの?え、私まさかそんなに悪いこと聞いちゃった?」
「ごほっ、ごほ……いや、ごめん。そういうわけじゃなくて。ちょっと驚いただけ」
『ちょっと驚いただけ』でそんなに死にそうな咳をされても不安になるじゃないか。ただでさえ、顔色のあまりよろしくないルーピンだというのに。
「ほんとに大丈夫?平気?」
「ああ、うん……大丈夫。うん、そう。僕も昔、ピアノをやっていてね」
「えー!リーマスも?」
ペティグリューがほとんど悲鳴のような声をあげ、三人のルームメートたちを交互に見やる。なるほど、確かに自分以外の全員が同じ習い事をしていたらびっくりするだろうな。
「僕は好きだったんだけどね。でも……ちょっと事情があって、続けられなくなったんだ。残念だったよ」
ああ、それであんなに寂しそうな顔をしていたんだ。何があったんだろうと気にはなったが、彼は明らかに触れてほしくなさそうだったのではその話題を避けた。
「いつか聞かせよ、みんなのピアノ!」
ペティグリューが目を輝かせて言うと、ブラックとルーピンは小さく肩を竦めたが、ジェームズはにこりと微笑んで頷いた。
「もちろん、マグルのピアノでね」
「ねえ、さん!」
夕食を終えたジェームズたちが大広間を立ち去ろうとしたのでもニースのところへ戻ろうとした時、後ろからペティグリューの声が追いかけてきた。
「ああ……今日はほんとにごめんね。これからは気を付けるから」
「あ、ううん、そのことはほんとにもういいんだ。でも僕、びっくりしたよ」
「何が?無闇に杖を振り回したら火が出るって?」
「もう、そんなことじゃないってば!」
ペティグリューは少し怒った顔をしたが、すぐにころりと機嫌を直して言った。
「スリザリンから来たっていうからもっと意地悪な人なのかと思ってたけど、ジェームズの言う通りちっともそんなことないんだね」
「え?あ、まあ……それはどうも」
「ねえ、これからは『』って呼んでいい?ジェームズがよく君のこと話すんだ。だからあんまり『さん』って感じがしなくて。僕のことは『ピーター』でいいからさ」
「えぇ?」
思わず上擦った声をあげてしまい、ペティグリューは少なからずショックを受けたようだった。大慌てで首を振りながら、違う、違うの!と捲くし立てる。
「ちょっとびっくりしただけ。ほら、さっきルーピンくんがむせたみたいに」
ペティグリューはしばらくポカンとしていたが、やがてその場面を思い出したらしい。小さく噴き出してからころころと笑った。ああ、なんか、分かりやすい子だな。
「うん、だから、もちろん。いいよ。じゃあ、『ピーター』ね。よろしく。仲良くしようね」
「うん、よろしく、!」
じゃあ僕、ジェームズたちと戻るね、といってペティグリュー
もとい、ピーターは小走りで広間を出て行った。、か。男の子に名前で呼ばれるのはジェームズの次の、二人目だった。やはりどこかまだ、くすぐったい。
ジェームズはピーターに、私のことをどうやって話して聞かせているのだろう。『ジェームズの言う通り、ちっともそんなことないんだね』。
をまだ『スリザリンからの転寮生』という目で見ている生徒たちも多く、彼女はピーターの、無神経で、あまりにも率直なその純粋さに少しだけ好感を持った。
「
よろしく、ね」
彼みたいに先入観を捨てて、まっさらな眼差しで見てくれる人が増えればいいのに。そう願いながら、は彼らの消えた扉に向けてもう一度だけ呟いて、ニースのいるテーブルへと足を運んだ。