結果的に、ダンスパーティに行けなくてよかったかもしれない。もちろん、コンサートは見たかったし華やかなパーティには参加したかったけれど……誰の目もない、シリウスと二人きりの空間で気ままに身体を揺らし、静かに踊っているほうがずっと心穏やかでいられる。バックグラウンドミュージックには、屋敷しもべ妖精が見えないところでハープを奏でてくれた。

、けっこう上手いじゃん」
「ほんと?だったらシリウスのリードが上手なんだよ。私、踊るっていったら盆踊りくらいしかしたことないもん」
「ぼっ……え、なんて?」
「ボンオドリ。日本の夏祭りで踊るの。日本に来たら教えてあげる、一緒に夏祭り行ったら踊ろう?」

日本のことを話題にしたのは久しぶりだったので、シリウスは驚いた顔をしてからすぐ嬉しそうに目を細めた。

「なあ、その踊りこれから教えて」
「え?今から?気が早いよ、私だってちゃんと覚えてるわけじゃないし……」
「いーからいーから!どうやるの?」
「ええと……音楽欲しいなぁ。しもべ妖精、炭坑節なんか知らないよね?」
「たん……?」
「ええと、じゃあ歌います!つきがーでたでーたーつきがーでたーよいよい!」

突然、能天気なメロディーで歌いだした彼女を見て唖然とするシリウスの前ではうろ覚えの盆踊りを披露し始めたが、手の動きをほとんど覚えていないことに気付いてあっさりと断念した。

MOONY and PRONGS

ダンス・パーティの外で

ポティウス・スターキーという歌手は切ないバラードを得意としているらしい。静かな曲だとメロディーに合わせてゆったりと身体を揺らしていればいいだけなので、ダンスなんて生まれてこの方踊ったことのない僕にもなんとかその場を乗り切ることはできた。だが彼女は、せっかくの機会にほとんど喋らない僕をつまらない男だと思ったようだ。飲み物を取りに行ってくるといって、それきり戻ってくることはなかった。
正直、僕はほっとしていた。妙な期待をされても困る。ああ、こんな思いをしてせっかくのクリスマスに残る意味があったろうか。やっぱりいつものように家族とともに過ごすべきだった。マダム・マルキンの支店で最安値といえどドレスローブを買って得られたのは、軽くなった財布とより一層の惨めさだけ。はあ……寮に居残るべきは僕だった。あの二人には華やかな場所が合っている。二人きりということはあの寮で、ひょっとしたら広々した談話室を独占して事に及んでいるかもしれない。それを考えると、このまま無神経に部屋に帰ることだってできないじゃないか?まったくいい迷惑だ。

「やあムーニー、奇遇だね、一人かい?」

明るい声をあげて近付いてくるのはジェームズだった。パートナーであるはずの    ついでに言えば僕のパートナーだったワンダの友人であるところのハッフルパフ生(名前は忘れた)を連れていない。彼はゴブレットの中身をぐいを飲み干してから空いた僕の隣に腰かけた。

「君もかい?意外だね、一人でいる君を女の子が放っておくなんて」
「やだなぁムーニー、おだてたって何にも出ないよ、ハハ」

まんざらでもなさそうな顔をして、陽気に笑ってみせる。少し離れたところで、紫に大きな星を散らしたローブを着たダンブルドアが古代ルーン語のバブリングと嬉しそうに踊っていた。

「ねえプロングス、パッドフットは今頃とよろしくやってると思うかい?」
「え、どうしたの、ムーニー。妬いてる?」
「今さらあの二人に妬いてどうするのさ。帰ろうかと思うんだけどお邪魔かなと思って」
「えー、ムーニー帰っちゃうの?だったら僕と踊ろうか?こんな時間に帰ったらあいつ相当怒るぞー」
「……君とバラードで踊れって?冗談だろう。生憎だけど僕にそっちの趣味はない」
「ムーニー……もし僕が君のこと好きだったら、それってけっこう傷付くよ?」
「いい加減にしてくれ」

空っぽのゴブレットをテーブルに置くと、いつの間にかまたその中にバタービールが注がれていた。やることがないので仕方なく立て続けにそればかりを飲む。ジェームズはつまらなさそうに唇を尖らせ、背もたれに全体重を乗せてギシギシと椅子を軋ませた。

「君はもう少し踊ってくれば?僕はここで待ってるよ」

ジェームズがダンススペースで踊る生徒たちをぼんやり見つめているので、さり気なく勧めてみた。だがジェームズは何事もなかったかのように微笑み、ゴブレットを置いて立ち上がる。

「それじゃあムーニー、夜の散歩といこうか?あいつへの嫌がらせにこれから寮に戻ってやってもいいけど……ま、それじゃが可哀相だから」
「そうだね。行こうか」

ここにいても惨めになるだけだ    きっと、お互いに。
背中を向けてジェームズと立ち去った大広間の中央には、監督生仲間のリリー・エバンスとダーク・クレスウェルの姿もあったのだから。
やっちゃった……。
誰もいない談話室でしばらく踊ったあと、並んでソファに座り蜂蜜酒を飲んでいると、いつもと違うシチュエーションに興奮したらしいシリウスにそのまま後ろに押し倒されてしまった。そりゃあ、私だって期待してなかったわけじゃないけど……でもまさかこんなところでとは考えていなかったので、「やだ、やだやだ絶対いや!ベッドがいい!」と突っ撥ねようとしたのだが、一回だけ、どうせしばらく誰も帰ってこないからと捩じ伏せられて、結局ずるずると流されてしまったのだ。うあああ……やっちゃった……!シリウスはドレスローブでいつもより大人っぽいし、いつもより少し意地悪で、でもやっぱり優しくて……談話室という日常に持ち込まれた『非日常』に、もまたひどく気分が昂ぶっていつも以上に感じてしまった。しかもそれだけでは終わらず、そのあと生まれて初めて『お姫様だっこ』というものをされてシリウスの部屋に運ばれ、これまで一回で十分(だとは思っていた)のに、続けて求められて頭が混乱しそうになった。だ、だだだってシリウス、男の人は何度も続けてできないって……!
外しきらずにの腕に落ちた下着の肩紐をいじりながら、シリウスが甘えた声を出す。

「だって俺また興奮してきちゃった」
「だ、だだだってって、だって……」
はもういや?」

あーずるい!そんなふうに聞かれたら、ノーなんて言えないじゃない!
上に覆い被さってくるシリウスの首に両腕を回し、強く引き寄せて抱き締める。それだけでシリウスには十分に伝わったようで、ふっと優しい息を耳に吹きかけられてびくりと肌を震わせた。一度抱かれて火照った身体はシリウスが少し動くだけで敏感に反応して、もっともっとと求めてしまう。ああ、人間なんていくらすまして取り繕ってみせたって、本当のところは欲に忠実な獣なのだ!

    ダンスパーティのことなんて、もうどうでもよかった。
クリスマスの校庭は大広間に負けないくらい美しかった。というのは、広間を飾っていた妖精の光がこの暗闇では殊更に輝いたし、足元に広がる白い雪の煌きにとてもよく映えていたからだ。二人はのらりくらりと湖の畔を歩いたが、途中でどこからか明らかに情事の最中としか思えない声が聞こえてきたりして、こんなところまで僕らの居場所はないのかとリーマスは肩を落とした。

「はー、せっかくのクリスマスに男二人でデートなんて僕たちくらいかもね」
「そうだね。プロングスはどうしたのさ。あの、ハッフルパフの女の子」
「聞くだけ野暮だと思わないか?フラれたんだよ、きっぱりと」

フラれた?冗談だろう。友人(つまりジェームズのパートナーだった子)はずっと前からジェームズが好きで、ジェームズがダンパの誘いを受けてくれて天にも昇る気持ちだ、クリスマスには絶対に落としてやると意気込んでいる、という話を彼はワンダから聞いていた。もしも本当にジェームズがフラれたのだとすれば、それはジェームズ自身に原因があるとしか思えない。つまり……。

「ムーニーこそ、あの可愛い子はどうしたんだい?青のローブなんてすごく似合ってたけどなぁ」
「君からそれを言ってあげれば、きっと彼女は君に熱を上げ始めるよ」
「ハハ、これ以上ファンを増やして厄介事を引き起こしたくはないもんだ。ムーニーはキレイだって言ってあげなかったの?」
「……言えないよ、そんなことは」

言葉という『魔法』の持つ力、を僕はよく知っているつもりだ。女の子に軽々しく、そんなことを言ってはいけない。
だが半歩先を歩いていたジェームズが、不意に振り向いて大げさに肩をすくめてみせた。そうしないと見えないと思ったのかもしれないが、余計な取り越し苦労だ。あたりには妖精の光が交錯し、淡い照明となって降り注いでいるのだから。彼の瞳に宿る強い光は、容易に窺い知ることができた。

「せっかくのいい機会だったのに。せっかく掴んだチャンスを、どうしてそんなに簡単にふいにするんだい?」

ジェームズの言いたいことは分かった。よく分かっていた。だからこそなおさら    それを分かっていてどうすることもできない自分を追い詰めるような、そんなジェームズのことを憎らしく思った。

「僕にどうしろっていうんだ?誰も……誰も、獣となんか付き合いたくないだろう。僕だって毎日毎日、いつ知られるだろういつ知られるだろうなんて心配しながら誰かと付き合うのは御免だよ」
「君は獣じゃない    何百回も言わせるな。ただちっちゃな問題を抱えてるだけだって……今は、まだいい。でもほんとに好きな人ができたらどうするんだ。そのときも君はそんなことを理由にして諦めるのか?いつかみたいな女の子が現れるかもしれない……君の問題を知っても変わらない女の子が。そうだろう?でもそれは、閉じこもっていたらずっと分からないままじゃないか」

    ああ……僕の『秘密』を解き放ってくれた女の子。今ではすっかり大人っぽくなって……シリウスの、恋人に。妬んでいるわけではない。恨んでいるわけでもない。彼女を強く思っていた日々はもう、遠い過去のものになってしまった。それでも彼女が僕にとっての『特別』であることには変わりない。それはきっと、永遠に。彼女のような女性がこの先の人生に現れるなんて    とてもそんなふうには、思えなかった。
それに彼女は、『秘密』を知ってもなお『友達』ではいてくれたかもしれないが、それを踏み越えた間柄にはなったことがない。百歩譲ってもしもあの頃、彼女が僕のことを好きだったとしたら……僕の『秘密』を知った途端に、嫌悪してしまったかもしれないじゃないか?『友達』だったからこそ、その先もずっと変わらずにいてくれただけで。

「まあいいさ。今このことで言い合ったってきっと平行線だろうから。でもね、頑固な君に僕から一言プレゼントしよう。本当に好きな人ができたら    逃がしちゃだめだよ」

ああ、きっといつまでも平行線だろう。君は僕のこの体質を『ふわふわした小さな問題』と呼び続けるのだから(本当は、それがどんなにありがたいことか!)。そして僕は誰も好きにはならない    諦めることを覚えれば、思いが燃え上がることもないのだから。そうやって、この六年を過ごしてきた。そうして、自分を護ってきた。がラルフを選んだとき……僕は、『諦める』というすべを知ったのだ。だからこそ、彼女がシリウスと付き合い始めたときに耐えることができたのだろうと思う。

「ご忠告どうも。僕からも一言プレゼントするよ    あれはリリーじゃないかい?」

へっ、という間の抜けを音を出してジェームズが素早く振り向いた。その頭越しに遠く見えるのは、城の玄関を出て石の階段を駆け下りてくる女子生徒の姿だった。淡いパープルのドレスローブに、あの燃えるような赤い髪は恐らく間違いない。どういうわけか、ひとりだった。
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(08.10.05)